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拒絶-2

 生きる楽しみは無く、かといって死ぬ理由もない。異分子である自分を社会にどう溶け込ませていくか、人生において重要なことはそれだけだ。笹山徹ささやまとおるはそう思いながら28年間生きてきた。


 ある時、徹は思いもよらず大きなプロジェクトに参加することとなる。「あなたに次世代AIの発展に貢献して頂きたい」。プロジェクトの代表でありAI工学の権威、三上透子みかみとうこ博士は徹に告げた。三上博士が徹に与えた役割。それは、『AIに愛を教える』ことだった。

「本当にやる意味あるんですか?。こんな定例会議」


 フュチャー・ビジョンのオフィスで誰かの不満げな声を徹は耳にする。10分後に始まる定例会議を控え、オフィスには淀んだ空気が流れていた。


「お前らー、そろそろ会議室に移動しろ」

能天気な小谷の声がオフィスにこだまする。


 小谷にせかされた社員たちは不満げな面持ちで社内に唯一の会議室へと移動する。小谷が何かの音頭を取っている時だけ、徹は小谷がチームリーダーというよく分からない役職に就いていることを思い出す。


「相変わらず余裕そうだな、色男」

最後までオフィスに残っていた徹に小谷は皮肉を言う。


「必要な資料は完成している。今更焦って準備したところで何になる?」


 実際、徹が作った資料は昨日完成した時点で手を加える必要がないほど完璧だった。定例会議に向けて徹がしたことと言えば、朝起きて資料のデータが収められたUSBを仕事用の鞄に入たくらいであり、後は朝食を食べ、歯を磨き、スーツに着替え、携帯したくもないAIをズボンのポケットに入れる。普段通りの出勤前の朝を過ごした。


「違いないが、余裕をこいてるお前に朗報を教えてやるよ」


「何だ?」


「今日の会議には大石社長も来るらしいぞ」 


 小谷の言葉に徹は驚きを隠せなかった。徹がフュチャー・ビジョンに入社して6年間、大石社長が定例会議に参加することなど1度も無かった。


「今日の定例会議には何か特別な意味があるのか?」

徹は小谷の腹の内を探った。


「さぁな。けど、俺が思うに大石社長はお前を見に来るんじゃないのか?」


「どうして俺なんかを?」


「お前がうちで一番でかい案件を抱えてるからだよ」


 小谷はジェネレーション・ワンと関わりのあるプロジェクトに徹が参加していることを見抜いていた。以前、徹が三上博士について理由も告げず小谷に調べさせたこと。三上博士がジェネレーション・ワンで有名な社員であること。大石社長が徹に内密に仕事を任せたこと。これだけ情報が揃っていれば、徹が隠していること(仕事)に辿り着くのはそう難しくはない。


 かく言う徹も極秘事項である三上博士のプロジェクトについて、ある程度小谷に知られても構わないと思っていた。小谷勇こたにゆうという男は口が堅いという訳では無いが、自分にとって不利益になる行為は決して行わない。万が一小谷がプロジェクトについて口外しても、情報を漏洩させた社員という烙印を押されるだけ。大学時代から付き合いがある徹は小谷の性格をよく分かっていた。


「物見遊山か?。大石社長は俺のことを動物園で飼育されているパンダとでも思ってるんだろう」


「言い得て妙だな」

小谷は腹を抱えて笑った。


 定例会議に対し他の社員たちは一様に不満を抱えていたが、この2人にそれは無い。意味のない会議であることを認めつつ、今いる環境(会社)の規則に自らを適応させる。『環境に適応できない生物から消滅する』という、生物としての基本原則を2人は無意識的に理解していた。


「与太話はこれくらいにして俺たちも行こうぜ、色男」


「そうだな」


 2人が居なくなると、静寂のみがオフィスに残された。 




 会議室と銘打っているが、実際は事務用の机を無理矢理に繋げて椅子を置き、安物のプロジェクターとPCがあるだけの小さな部屋に過ぎない。フュチャー・ビジョンのエンジニア全員がその小さな会議室に押し込められ、議題に対する解決案を順番に発表していく。


 普段の定例会議であれば、粛々と自らが作った資料を読み上げことも無く終わる。緊張感など皆無であるが今日に限っては様子が違った。大石社長の存在がエンジニアたちを浮足立たせている。


「えー、以上で終わりです」


 徹以外の最後の1人が発表を終えた。発表する順番はいつもランダムであるが、今日は徹がトリを務める。小谷の大石社長に対する配慮と徹への嫌がらせで決まった順番である。


 最後の発表者への講評が終わり、後は徹の発表を残すのみとなった。徹は作成した資料のデータが収められたUSBをPCに接続した。資料には発表の際に読む文章も入っているため、徹がすべきことはそれを読み上げるだけ。


 PCに表示されたUSBのファイルから今日の資料を選択し開ける。



「...」

徹は開けたファイルを目にし、立ち尽くした。


 

 徹の知らない資料のデータが収められている。『検査データから予想される疾患を診断するプログラム』。そのプログラムに関する資料。 


 徹がAIに対して語った己の願望。

 


「どうかしたか?」 

徹の異変に気づき小谷が声をかける。


「いや...。それでは始めます」


 徹はズボンのポケットで沈黙を守るAIに怒りを覚えながら発表を行った。 

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