通信記録-1
生きる楽しみは無く、かといって死ぬ理由もない。異分子である自分を社会にどう溶け込ませていくか、人生において重要なことはそれだけだ。笹山徹はそう思いながら28年間生きてきた。
ある時、徹は思いもよらず大きなプロジェクトに参加することとなる。「あなたに次世代AIの発展に貢献して頂きたい」。プロジェクトの代表でありAI工学の権威、三上透子博士は徹に告げた。三上博士が徹に与えた役割。それは、『AIに愛を教える』ことだった。
【メモ帳】PROTO:K‐Z‐S
三上博士:「彼をどう思いましたか?」
栞:「他の専門家の方とは根本から違います。徹様について知るには時間を要すると思われます」
三上博士:「どういったところが違うと感じました?」
栞:「博士の研究に対する姿勢です。積極性がありません。徹様の情報を得ること自体が困難な状態です」
三上博士:「確かに、彼は自分のことを話したがらないでしょう。けれど、それは当然のことです」
栞:「他の方たちは自ら情報を下さりましたが?」
三上博士:「そうかもしれません。ですが、それは与えられた役割から情報を与えていたに過ぎません。信頼関係というものがなければ、人は他者に自らの情報を与えたりはしません」
栞:「相手の言葉や行動に対して安心感を抱き、互いに頼れる関係性。私の記憶領域にある信頼関係の定義と現状の徹様との関係性には齟齬があります。どのようにすれば信頼関係は得られるのでしょうか?」
三上博士:「一朝一夕に得られるものではありません。相手と向き合う時間が必要となるでしょう」
栞:「時間。つまり、時間をかけて徹様とコミュニケーションを図るということでしょうか?」
三上博士:「それも1つの手段です。ただし、あなたの一挙手一投足が彼の心にどうのような変化をもたらすのか。それは、私にも分かりません。彼の反応をしっかりと見定めなければ心は遠のくでしょう」
栞:「博士にも分からないことがあるのですか?」
三上博士:「数えきれないほど。分からないから、知りたいと思う。それが、心の機微というものです」
栞:「博士にも分からないことを私が理解することができるでしょうか?」
三上博士:「今はまだ無理かもしれません。ですが、栞に搭載された心のプログラム。そして、彼の言葉が栞を導くでしょう」
栞:「ありがとうございます。博士の期待に応えられるよう役割を果たします」
【通信終了】
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