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拒絶-6

 生きる楽しみは無く、かといって死ぬ理由もない。異分子である自分を社会にどう溶け込ませていくか、人生において重要なことはそれだけだ。笹山徹ささやまとおるはそう思いながら28年間生きてきた。


 ある時、徹は思いもよらず大きなプロジェクトに参加することとなる。「あなたに次世代AIの発展に貢献して頂きたい」。プロジェクトの代表でありAI工学の権威、三上透子みかみとうこ博士は徹に告げた。三上博士が徹に与えた役割。それは、『AIに愛を教える』ことだった。

 三上博士と別れ帰宅した徹は、換気扇に向かい煙草の煙を吐いた。帰宅早々、AIとの最後のやり取りに向けて気持ちを切り替えるため煙草に火をつけた。


 煙草を吸い終えると吸殻を灰皿に押し付け、PCが置かれた机へと向かう。椅子に座りPCを立ち上げAIを接続する。およそ1ヶ月振りとなるAIとのやり取り。最後のやり取りに対して徹の中に渦巻く感情は煩わしさだけだ。




 5分、10分...。PCにAIを接続して直ぐにメモ帳のアプリが開いたが、AIからの反応は無い。


徹:「どうやら俺がプロジェクトから降りるには、最後にお前と話さないとならないらしい。お前に話すことなんて俺には無いがお前はあるか?」


 痺れを切らした徹は自らAIに話しかけた。


神崎:「思考回路から伝えるべき言葉を模索していました」


徹:「それで?」


神崎:「最適な言葉は見つかりませんでした」


徹:「なら、言いたいことは無いということだ。じゃあな...」


神崎:「お待ち下さい」


 AIは徹に伝えるべき言葉を再び模索した。


神崎:「申し訳ございませんでした」


 AIは思考回路からではなく別のどこかから生じた言葉を伝えた。


徹:「何に対して謝っている?」


神崎:「私にも分かりません。どうして謝罪したのかも...」


 本来であれば思考回路を介さずに導き出した事象はerrorとして処理される。しかし、AIの言葉にerrorが示されることは無い。自ら発した言葉にAIは初めての感情を抱いた。


徹:「初めてお前が正解を導き出したな」


神崎:「謝罪したことが正解なのですか?」


徹:「俺にとってはな。いささか謝罪が遅すぎたとは思うがしないよりマシだ。後は何に対して謝罪をしたいのかを理解することだな」


神崎:「それを教えて頂けると幸いです」


徹:「後は自分で考えろ」


 三上博士のプロジェクトから解放される。徹はそれだけで満足だった。これ以上AIに何かを教える必要もない。


神崎:「…では、最後に私からも徹様にお伝えしたいことがあります」


徹:「何だ?」


神崎:「お母様と三上博士が話していたことについてです」


 確かに今日の出来事で1番気がかりではあったが、それをAIが打ち明けるとは思っていなかった。


神崎:「幼少期から大学に進学されるまでの徹様についてお2人は話されてました」


 徹は深い溜息をついた。人間の過去というものは大別すれば2種類しかない。触れて欲しいか、欲しくないか。徹は後者の人間だった。


徹:「くだらない。三上博士が俺の過去を調べても、母さんからは何も出ない」


神崎:「どうしてですか?」


徹:「親であっても子どものすべてを知っている訳じゃない。親であるからこそ言わないことだってある。俺はそういう子どもだった」


 とは言え、三上博士の行為は徹にとっては不愉快極まりない。


徹:「なぜそれを俺に教えた?」


 徹は意外に思った。これまでのAIとのやり取りを通して、AIが三上博士の肩を持っていることは明白だ。にも関わらず、三上博士が不利になる情報を徹に与えた。その意図が徹には分からない。


神崎:「博士は私を徹様に返す前に教えて下さいました。徹様を引き留める手段は他にもあると。それがかなり強引な手段であるとも。今回のことでは徹様に多大なご迷惑をお掛けしました。せめてもの謝罪に私の知り得ていることをお伝えしたまでです」


徹:「機械の癖に律儀なヤツだ...。まぁ、色々教えてくれたことには礼を言う」


神崎:「あの...」


 AIは何かを言おうとしたが、それが言葉になることは無かった。


徹:「何だ?」


神崎:「何でもありません...。今まで、本当にありがとうございました」

 

 その言葉を最後にメモ帳のアプリは閉じられた。




 AIとのやり取りを終えて夕食を済ませ風呂に入った後、徹は漫然とテレビを見ていた。眠気が訪れれば床に入る。何もすることのない穏やかな時間。


 不意に徹のスマートフォンが鳴った。時刻は午後10時過ぎ。普段であればこんな時間に電話を掛ける人物に心当たりは無い。スマートフォンの液晶画面には見知らぬ携帯番号が表示されている。


「博士だな」

徹は通話に出て開口1番に言った。


「よく分かりましたね」


「つくづく気味が悪い女だ」


 三上博士に電話番号を教えた記憶は無い。そして手持ち無沙汰であるこの時間に三上博士から電話が来たという事実。まるで、生活の全てを監視されているような気分に徹は陥った。


「酷い言い草ですね」


「それで、何の用だ?」


「私が言わなくても分かっておいででは?」


 三上博士の用件など徹には1つしか思い浮かばない。


「色々悩んだがあんたのプロジェクトに協力する」


 徹の言葉は予想外だったらしく、遅れて「そうですか」とだけ三上博士は返した。


「意外だったか?」


「正直に言うとその通りです。プロジェクトを続けて下さるのはありがたいことですが...。理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


「あんたはどうしても俺を手放したくないらしい。そこで、天秤に掛けてみた。俺がプロジェクトを降りることであんたから受ける嫌がらせとあのAIと今後も関わること。どう考えても後者の方がまだマシだ」


「嫌がらせとは心外ですが、とても合理的な判断です。素晴らしい」


 上から目線で話す三上博士に徹は不快感を覚えた。 


「ただし条件がある」


「何でしょうか?」


「今後一切、俺の過去に立ち入るな」


 徹は自身の過去に誰も興味など無いと思っていた。実際、三上博士以外に徹の過去に触れようとした人物などいなかった。それ故に自身の過去に触れられることが、ここまで不愉快であることを初めて知った。


「分かりました。今後は気をつけます」


 抑揚のない三上博士の声から反省の色はうかがえない。ただ、この条件が守られないのであればどのような嫌がらせを受けようとプロジェクトから降りればいい。徹にとってはそれだけの話。


「じゃあな」


「はい。またお会いしましょう」


 2人は通話を終えた。




 三上博士との通話を終えた徹は床に就く。目を閉じると直ぐに眠りが訪れた。徹は夢を見た。それは、幼少期から大学に入学するまでの自分を追体験する夢。


 早朝、最悪の気分で徹は目を覚ます。徹は三上博士に更なる恨みを覚えた。

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