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拒絶-5

 生きる楽しみは無く、かといって死ぬ理由もない。異分子である自分を社会にどう溶け込ませていくか、人生において重要なことはそれだけだ。笹山徹ささやまとおるはそう思いながら28年間生きてきた。


 ある時、徹は思いもよらず大きなプロジェクトに参加することとなる。「あなたに次世代AIの発展に貢献して頂きたい」。プロジェクトの代表でありAI工学の権威、三上透子みかみとうこ博士は徹に告げた。三上博士が徹に与えた役割。それは、『AIに愛を教える』ことだった。

「本当にここに来たかったのか?」

徹は隣に立つ三上博士に改めて確認した。


「間違いありません。何か問題でも?」


 徹の生家に見知らぬ女性が来る。それを徹の両親がどう思うか。想像するだけで、問題しか浮かばない。


「帰るぞ」


 踵を返そうとする徹に、三上博士は「なぜですか?」と呼び止める。


「俺の親からすれば見知らぬ女を連れて突然息子が帰ってきたっていうことだ。そんな状況、想像するだけで吐き気がする」


「それなら問題ありません。昨日の時点であなたが私を連れてここにお戻りになることは伝えてあります」


「どういうことだ?」

三上博士の言葉の意味を徹は全く理解できなかった。


「ですからあなたのお母様に連絡を取り、あなたと一緒に帰省することは伝えてあります」


 開いた口が塞がらないという状態を徹は初めて体感した。


「どうやって連絡先を...。いやそれより、母さんがお前の言葉を信じたと?」


「あなたに行き先は告げず、ここに連れてくると言いました。そうでないと、私がご両親に挨拶をさせて貰えないであろうとも。お母様はあなたが帰省することを避けていることをよく理解されておられました。だから、私の言葉に信憑性があると思ったのでしょう。お父様ともご挨拶できればよかったのですが本日はお仕事でおられないそうです」


「なぜお前が俺の両親に挨拶する必要がある?」

色々と言いたいことはあったが、徹は最も違和感を覚えたことを尋ねた。


「私があなたの恋人だとお母様に伝えたからです。その方が話が円滑に進むだろうと思いました」


 徹はもはや怒りを通り越し、呆れることしかできなかった。同時に徹が選べる選択肢が三上博士と共に徹の生家に行くこと以外無いことを理解した。


「行くぞ」


「待って下さい」

三上博士は玄関の扉へ向かおうとする徹を呼び止めた。


「AIを渡して下さい。ここから先は私が預かります」


 徹は言われるがままAIを三上博士に渡した。




 玄関で徹たちを迎えた徹の母親は取るものも取り敢えず2人を1階の居間に通した。徹が社会人となってから1度も帰省していなかった生家は何一つ変化が見られない。テレビ、机、収納棚...。居間に置かれた家具はどれも年季が入っており、何年もその位置から動かされた形跡が見られない。


「この子はちゃんと生活できているのかしら?」

徹の母親は机を挟み並んで床に座る徹たちに対し、互いの自己紹介ももそこそこに尋ねた。


「生活の基準を定義するものを何とするか。それに尽きると思いますが、私の基準から見れば問題ないと思われます」


 徹の母親が徹に尋ねた訳では無いことは分かるが、よくも抜け抜けと答えられたものだと徹は三上博士に感心した。徹の母親へ三上博士がかける言葉は相手を信用させるための嘘でしかない。例え徹がどのような生活を送っていようと、三上博士は同じことを答えただろう。


「久しぶりに帰ってきて他に聞くことはないのか?」


「そうね...」


 徹の母親は言い淀んだ。聞きたいことは山ほどあるだろう、しかし互いに会うことのなかった数年の歳月は親子という関係に隔たりを作るのには充分だった。


「でしたら、私からお母様にお聞きしてもよろしいでしょうか?」

気まずい空気など気にする素振りも無く三上博士は徹の母親に尋ねる。


「おい、勝手に…」


「構わないけど。何を聞きたいのかしら?」


 突然現れた息子の恋人に頼るほど徹の母親も気まずい空気に耐えかねていた。


「席を外していただけませんか?」

三上博士は徹に顔を向け言った。


「どうしてだ?」


「女性同士の方が話しやすいこともあります」


 三上博士はそれ以上のことを語らない。徹の母親と2人で何を話したいのかは分からないが、徹は素直に従った。徹も今の空気に辟易していたし、とにかく1人になりたかった。


「2階の俺の部屋に行くから、話が終わったら呼びに来い」


 それだけ言い残し、徹は2人の前から立ち去った。




 生まれてから10年以上も生活していた徹の部屋。1階の居間と同様に昔の姿のまま時間が止まった部屋。それにも関わらず、徹は居心地の悪さを感じていた。かつて勉学に励んでいた子供用の勉強机の前に置かれた回転椅子に腰かけ、徹は三上博士を待つ。


 ふと、窓の外から子供の声が聞こえた。見下ろすと、子供の手を握る母子の姿が目に映る。母親の年齢は徹と同じくらい、名前は憶えていないが中学の同級生だ。大人になり印象は随分と変わっていたが、その姿にはかつての面影がある。徹が母子の姿を眺めていると、不意に母親と眼が合った。


 徹は反射的に身を隠した。その同級生に徹が何か悪いことをした訳ではない。ただ、自分がここに居るということを徹は誰にも知られたくなかった。




「お待たせしました」


 徹が居間から立ち去って1時間ほど経った頃、三上博士は徹を呼んだ。


「帰りましょうか」


「もういいのか?」


 何の目的で三上博士がここに来たのか。その意図は徹にも分からないが、徹の母親との会話でそれは完遂された。


「私の用件は済みました。あなたがまだここに居たいと言われるのであればお付き合いしますが」


「愚問だな」


 1秒でも早くこの場から消える。徹が考えているのはそれだけだ。


「帰る前にこれをお返しします」


 三上博士の手にはAIが握られていた。徹はAIと三上博士を交互に睨みつけた。


「プロジェクトからは降りると言ったはずだ。言葉も分からないのか?」


「自宅にお戻りになりましたら、最後に1度だけ彼女(AI)と話して下さい。その上でプロジェクトから降りるのであれば、私は構いません」


 徹は溜息交じりに渋々AIを受け取った。


「帰るぞ」




 2人は徹の生家を後にした。


 徹は帰路で徹の母親と何を話したのか三上博士に尋ねなかった。会話の内容は気になったが、それ以上にこんな場所から一刻も早く立ち去りたいという気持ちが勝った。 

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