拒絶-4
生きる楽しみは無く、かといって死ぬ理由もない。異分子である自分を社会にどう溶け込ませていくか、人生において重要なことはそれだけだ。笹山徹はそう思いながら28年間生きてきた。
ある時、徹は思いもよらず大きなプロジェクトに参加することとなる。「あなたに次世代AIの発展に貢献して頂きたい」。プロジェクトの代表でありAI工学の権威、三上透子博士は徹に告げた。三上博士が徹に与えた役割。それは、『AIに愛を教える』ことだった。
三上博士の元へと向かう足取りは思いの外軽かった。
徹がAIとの関係を断ち1ヶ月が経過した。AIに干渉されない生活は徹に安寧をもたらした。漫然と過ぎていく日々を過ごし、三上博士との面談日を迎えた。無造作に衣装ケースへと放り込んだAIを持ち、初めて三上博士と出会ったあの部屋へと向かう。
三上博士にAIを返しプロジェクトから降りる。三上博士の部屋へと繋がる、マンションの内廊下を連想させる廊下を歩きながら徹はその決意を固めた。
「お待ちしておりました。中へお入りください」
部屋のチャイムが鳴り、扉を開けた三上博士は不気味なほど普段通りに徹を迎えた。
「どういうつもりだ?」
部屋のソファーに対面して座るなり徹は尋ねた。
徹は三上博士から苦言の1つでも受ける覚悟でいた。それだけに、何事も無かったかのように振舞う三上博士に違和感を覚えた。
「...と、おっしゃいますと?」
三上博士の表情は揺るがない。
「手段は知らないが、あんたはAIを常にモニタリングしていると言った。だったら、この1ヶ月俺がAIとの関りを断っていたことも知ってるはずだ。それに対して、何か言いたいことは無いのか?」
「ありません」
三上博士は断言した。
「私はあなたとお会いできるこの日を楽しみにしていましたから」
三上博士は屈託のない笑みを浮かべる。
「じゃあそれも今日で最後だな」
「どうしてですか?」
「あんたにAIを返して、俺はプロジェクトを降りる」
「前にも言いましたが、あなたにプロジェクトへ参加いただくためあなたの会社に多額の資金提供を行いました。プロジェクトを降りても会社に居ずらくなるだけでは?」
脅しとも取れる三上博士の発言。しかし、徹にとっては想定済みだった。
「大石社長からの評価は落ちるだろうな。だが、そもそも社会的な評価なんて俺には不要だ。それに、昨今はどこも人手不足だ。俺みたいな社員でもクビにはならない。まぁ、一生飼い殺しにされるだろうが」
「社会的評価というものは本人の意思とは無関係に伴います。あなたが不要と感じていても周囲が勝手に評価を決めます」
徹は思わず嘲笑した。徹の社会的評価を勝手に上げた人間が誰なのか?
「あんたの俺に対する評価みたいにか?」
「確かに私のあなたに対する評価は高いと言えるでしょう。ですが、それはあなたが確かな実績を残しているからです。あなたと共にしたこの数か月で、AIに確かな変化がみられました。これは他の方では成し得なかったことです」
「俺じゃなくても誰かがやってたろう」
「そうかもしれませんが、私はあなたならAIに変化をもたらすことができると思った。そして、実際に変化が起きた。事実だけを見ればあなたは私の研究に貢献しています。プロジェクトからあなたがいなくなる損失は計り知れません」
「それはあんたの都合に過ぎない。悪いが俺には関係ないことだ」
プロジェクトから降りる。徹の決意は揺るがなかった。
「困りましたね...」
三上博士の言葉では徹の決意を変えることはできない。初めから分かっていたこと。
「明日はお休みでしたよね?」
不意に三上博士は尋ねた。
「そうだが、それがどうした?」
「では、明日は私にお付き合い下さい。それから、どうすべきかあなたが判断して下さい」
三上博士の意図は読めなかったが、徹は承諾した。その目論見を拒絶すれば、三上博士も諦めがつくだろうと考えた。
「明日、あなたの家の最寄り駅にAIを持って午前9時に来て下さい」
三上博士は面談の最後に告げた。
面談の翌日、服装の指定も無かったため徹はAIを持ち普段着で駅へと向かった。落ち合う場所を明確にしていなかったため、駅に着いても三上博士の姿を見つけることはできなかった。
「ここに居ますよ」
駅の舎内で三上博士を探していると、改札口で聞き覚えのある声が徹を呼び止めた。声のする方へ向くと、小さなハンドバックを持ち白のワンピースに身を包んだ綺麗な女性の姿が徹の目に映った。
三上博士が徹と面談で会う際はいつも白衣を着ていた。そのため、徹がその人物を三上博士であると認識するまでに時間を要した。
「こういう時は男性から女性に何か言うべきですよ」
漫然と姿を見つめる徹に三上博士は言う。
「何かって、何をだ?」
「服装を褒めたりです」
そんな気の利いた言葉を言う必要性がどこにあるのか、徹には理解できなかった。何処に向かおうとしているのかは知らないが、少なくともデートに行くわけでは無い。
「早く目的地に連れて行け」
三上博士の言葉を無視し、徹は冷たく言い放った。
「そうですね。では、向かいましょう」
在来線で進んだ後、新幹線へと乗り換える。かなり遠くに行くことは確かであるが、未だ三上博士は行き先を明らかにしない。
「いい加減どこに行くか教えろ」
隣の座席に座る三上博士に徹は尋ねる。
「いずれ分かります」
1時間、2時間...。時間が経過する度に、徹が目にする日常は消え去っていくはずだった。しかし、新幹線が降車駅へと近づくにつれ徹のよく知る風景が目に映るようになった。
「おい、まさか…」
三上博士は徹の言葉など聞えていないかのように、窓の外を眺める。どこにでもある、地方の風景を。
新幹線が降車駅へと到着した。改札を出てロータリーのタクシー乗り場へと向かう三上博士の後を徹は追う。
「〇〇町。××番地まで」
乗り込んだタクシーの運転手に徹が行き先を告げる。三上博士はそれを否定しなかった。
どうして三上博士がそこに向かおうとしているのか?。車内で徹は考え続けたが、結局タクシーが目的地へ到着しても結論には至らなかった。
2人がタクシーを降りた先にあったのは、徹にとっては見慣れた2階建ての木造家屋。小さな庭に、無駄に大きく、重厚な玄関の扉。
徹の生家だった。
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