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汚染病院  作者: 奏 せいや
第一章 異常存在
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初めての遭遇者

 それで案内図を見ると二階は手術室らしい。他のフロアは病棟で食堂もある。見舞い客用だろうか。とりあえず愛羽がいる場所を探そうと気合を入れた。


「きゃあああ!」


 その時、廊下に女性の悲鳴が響き渡った。

 愛羽ではない。だが他に人がいる。そう思ったら体はすぐに動きその声の場所に走っていった。


(人がいる!? 早く助けないと!)


 走って走って、廊下を曲がってその先を見る。


「放して!」

「な」


 そこには、本当に人がいた。だがそれだけじゃない。


 廊下の天井、そこに十人くらいの患者が立っていた。逆さだ、天井をまるで廊下のように立ってぶら下がる患者の服を着た亡者たち。白目を剥いて顔からは涎が糸を引き床に落ちていく。その男たちが両腕を伸ばし一人の少女を捕まえていた。


 赤い髪をしたその少女はリュックを振り回し、さらにそこから何かを取り出す。それはスプレーで患者たちに噴射する。患者が目を押さえ天井でよろけるが、他の手が彼女の腕を掴み、悲鳴が上がった。


「嫌、放してぇ!」

「待ってろ、今いく!」

「え」


 優輝はすぐに飛び込んだ。彼女の腰に手を回すが、天井から伸びる腕が優輝の肩を掴む。冷たい感触に背筋が凍った。だが熱意がその冷たさを押し返す。


(愛羽を救えなかった俺でも――)


 力任せに引っ張ると、患者の爪が肩を切り裂き痛みが走る。でも、患者の手がわずかに緩むのを感じ歯を食いしばって引っ張った。


「走れ!」


 患者たちの手から離れ優輝は彼女の手を引いていく。

 危機一髪、優輝は彼女を助け出しこの窮地から逃げ延びていった。


 それから。


 優輝と少女は食堂に逃げ込んだ。待合室のような場所で机が並び端にはテレビや雑誌が置いてある。スイッチを押すと電気が点いてくれた。


(助かる)


 それで手近な椅子に女の子を座らせるがその表情は憔悴しており影に沈んでいる。無理もない、あんな目に遭えば誰でもそうなる。


「う、うぅ……」


 そして女の子は泣き出した。我慢していたのだろう、小さな泣き声は次第に大きく、涙はその数を増やしていく。


「うううぅう!」


 その姿に、優輝は顔を下げ胸を痛めた。彼女の恐怖や痛みが分かるから。あの恐怖に、掛ける言葉すら浮かばない。


「何、あれ。なんでこんな目に……ッ」


 恐怖と疑問を吐き出す彼女に、心底同情する。


「待っててくれ」


 席を立つ。何かしてあげたくて、それで入口近くに自販機があったのを思い出した。温かい飲み物でもあれば少しは落ち着くかもしれない。それが気休めでもあった方がいいとそう思った。


「待って!」


 が、立ち上がった優輝の腕を少女が捕まえる。


「おねがい、一人にしないで……」


 震える声で、優輝を見つめていた。 怯えている。さっきの怒りが消えるほどに。

 優輝は微笑んだ。


「大丈夫、すぐそこに自販機があるから、使えるか見てくるだけだ」

「でも」

「本当に大丈夫。何かあったら叫ぶよ、な?」


 それでも不安そうな彼女にもう一度笑う。すると手を離してくれて優輝は外へ出た。

 廊下にある自販機。暗闇を照らす光が頼もしい。


(使えるか?)


 こんな場所だから不安はあるが、財布から小銭を出しボタンを押してみる。ゴトンと音がしてホットのミルクティーが出てきた。裏を確認するがラベルに怪しいところはない。原材料も普通だ。


(助かる)


 自分の分も買い、食堂に戻る。優輝を見つけると彼女の顔がぱっと明るくなった。


「よかった」

「すぐそこだって言っただろ、ほら」


 正面に座りミルクティーを渡す。彼女は受け取り、ためらいながら一口飲んだ。強張った表情が少し和らぎ息を吐く。


「落ち着いた?」

「はい」


 残った涙を拭いていく。よかった。それが嬉しくて優輝も小さく笑いながらミルクティーを飲み込んだ。

 改めて見ると彼女はとても可愛らしい。赤いショートカットが小顔に映え瞳が大きい。服もおしゃれでキラキラした印象だ。


「あの」

「ん?」


 呼ばれて口を離し、キャップを閉める。


「さっきは、ありがとうございました。助かりました。本当に、ありがとうございます! すみません、言うの遅くなって。気が動転してて、その」

「いいよ。大丈夫だって」


 軽く手を振る。そんなの気にしてない。あの状況では誰だって無理だ。


「はい、ありがとうございます」


 頬を緩め、少し顔を下げる。緊張は消え落ち着けたようだ。


「あの、名前なんて言うんですか? 私は宮坂葵みやさかあおいっていいます」

「沓名優輝だ。よろしくな」

「沓名優輝さん、ですね。はい、覚えました!」


 活発な性格らしい。言葉遣いもはっきりしている。見ると妹と同じくらいの歳だ。どことなく愛羽と重なってしまう。今さらだけど守れてよかったと実感した。


 優輝は表情を少し引き締め体を前に出す。


「なあ、宮坂さんはこの病院で金髪の女の子見てないかな? 宮坂さんくらいの歳で、俺の妹なんだ」


 愛羽の手がかり。僅かな期待を胸に彼女に聞いてみる。


「金髪の女の子……ごめんなさい、見てないですね」

「そうか……」


 その期待が沈んでいく。仕方がない、最初から根拠があったわけじゃない。


「ちなみに、宮坂さんはここがこうなった理由は知ってる? 何か手がかりとか分からないかな?」


 愛羽のことを知らなくても他のことはどうだろうか。初めて出会った遭遇者だ、自分の知らないことを知っている可能性はある。


「いえ、私も何が何だか分からないです。母の見舞いで夕方から来てたんですけど、夜になって帰ろうと廊下に出たら人が消えてて。それで、よく分からない人たちに襲われて」


 しかし、彼女も自分と同じようなものだった。


「そうか、今まで頑張ってたんだ。すごいな」

「そんな」


 彼女もこの病院に巻き込まれた一人だ。それで生き延びたんだから大したものだ。


「あの、沓名さんはその妹さんを探してるんですか?」

「愛羽って言ってな、ここにいるはずなんだ。俺が助けなくちゃならないのに」

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