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汚染病院  作者: 奏 せいや
第一章 異常存在
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異常顕現

 声が、出ない。金縛りにあったみたいに体が動かない。 心すら恐怖に支配されて、動けない。

 泣きそうだった。


 カツン。


「!?」


 金属がぶつかるような音が聞こえた。それにその音は近づいている。


 恐怖が一気に膨れ、優輝は動くことが出来た。すぐに診察室を出て来た道を戻る。焦りと恐怖でいっぱいで、ただ走ることだけ考える。


「はあ、はあ!」


 だけど、さっきの天井が脳裏から離れてくれない。多くの死体、それもただの死体ではない。あり得ないくらいの凄惨さだった。


(何だよあれ!? どうなってるんだ、なんだよこの病院!?)


 分からないこと、あり得ないことが多すぎる。


「があ!」


 突然、足の感覚が消え体が前のめりに倒れ両手を突き出す。だが、両手は廊下をすり抜け床が目の前に迫ってきた。


「な!?」


 衝撃はなく、一瞬の闇の後優輝は廊下に激突した。


「ぐうう!」


 なにが起こった? 全身が痛いが怪我はない。なんとか立ち上がった。


「何だよ、いったい……」


 痛む肩を擦りつつ天井を見上げる。 確かに今、この天井から落ちてきた。廊下をすり抜けて。

 辺りを見回すと少し先に窓がある。月の光がそこだけを照らし地下じゃないと分かる。窓に近づき、外を覗いてみる。


「……なんで」


 その光景に、立ち尽くす。


 木々が上から見下ろせた。病院の敷地を眺め、視線を端にやると自分が停めた駐輪所が見える。

 自分がいるのは、三階だった。


 ずるずると後ずさり窓から離れる。


 ここでようやく気づいた。いや、本当は最初から気づいていた。気づいていて気づかないふりをしていたんだ。


 自分は、この病院に捕まった。まるで口を開けて獲物を待つ怪物に、自ら飛び込んだように。

 この異常に、囚われたんだ。


「何だよ、これ……」


 荒唐無稽、まさに悪夢だ。非現実的な空間。現実が汚染された、悪夢の病院だ。

 知らず、優輝は泣いていた。怖くて息が上がり、体が震える。気を抜けば叫んでいたかもしれない。 それも当然だ、こんな場面にあって竦む者を誰が責められる? 怖い。怖いに決まっている。


「う、うう」


 すすり泣きが廊下に響く。優輝の心はすでに折れる一歩手前の状態で、すでに恐怖に飲み込まれていた。


 だけど。


『優輝ならなれるわ、立派なお兄さんに』


 優輝は、涙を拭った。


『約束よ』


 怖い。今だって怖い。でも、愛羽が助けを呼んでいる。一度は死を覚悟した。 それならなんだ、異常くらい。恐怖くらい。


 彼女を守る。今度こそ、絶対に。

 歩き出した。一歩進むたび、愛羽に近づいていると信じて。


 優輝は暗い廊下を進んでいった。不安に押し潰されそうな心に耐えて、ただひたすらに。それはなぜ? 死ぬほど怖いのに、逃げることよりも前へと行くことだけ考えている。


 それは、優輝にとって、それだけ愛羽が大切だから。その思いだけが、この恐怖に立ち向かう唯一の武器だった。


 震える心が何度も無理だと弱音を言うけれど、その気持ちだけで前へと進む。

 そんな優輝に、それは現れた。


「え」


 それはいったいなんと称すればいいのか、恐怖しかないと思った。不安しかないと思った。そこには味方はおろか、誰もいない、そんな場所で。


 廊下の壁に、一本の花の絵が描かれていた。色鉛筆で描かれたそれは大きな黄色い花弁に緑色の葉っぱと茎。その茎が曲がり花が道を示しているようだ。


(花の、矢印?)


 なんとも不思議な絵だ。不気味な病院にこの絵だけが平和で、なにより、昔に愛羽が書いてくれた絵と同じだ。


「愛羽……?」


 この絵に、優輝の恐怖心が少しだけ和らいだ。自分は一人じゃない。それは希望的観測で根拠のない思い込みだけど、それでもいい。


 そう信じて、優輝は花の示す方へと歩いていった。そこに迷いなんてない。

 そうして歩くと階段が見えてきた。おかげで二階にたどり着くことが出来た。


(よし)


 あの花は本当に愛羽が案内してくれたものなのか、それは分からないけれど、優輝は胸の内で彼女に感謝した。

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