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汚染病院  作者: 奏 せいや
第三章 再突入
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敗走

「一階まで行くぞ。そこまで行けば救援部隊と合流できる」

「うう、ぐう!」

「頑張れ! 今なら生き残れる、生きることだけ考えろ!」


 今の岩賀は戦える状態じゃない。こうして歩くのだけで精一杯だ。


 時間との勝負だった。ただでさえ重装備の中彼女の体を支えて行くのは大変だが億劫だなんて思わない。この重みを必ずや一階に届けてみせる。


 しかし彼女の足がもつれ膝をついてしまう。中水もそうだが彼女の額には玉のような汗が浮かび表情は見るからに苦しそうだった。


 その彼女が自身の腹に手を当てている。


「隊長、すみません、私は無理です」

「諦めるな! 生きて出――」

「無理です!」


 中水は叫ぶが、彼女が遮る。


「アア! 駄目、動いてる!」


 彼女の顔が一段と苦痛に歪む。中水は見ていることしか出来ない。


「う、ウウ! ウオエ! ごほ。はあ、はあ、産まれる!」

「……!」


 その異様な光景に中水ですら緊張が走る。

 出産さながらの叫びを上げながらお腹の膨らみがせり上がる。それは喉を圧迫し、


「おえ! お、オオオエ!」


 激しい吐き気と共に、口から手を伸ばしてきたのだ。


(なんだ、これは)


 喉は三倍ほども膨れ顎は外れ頬は裂け、岩賀の口から幼児の手が生えていた。口から無理矢理赤ん坊が生まれようとしている。その苦しみに目と鼻から水分を流し、けれど悲鳴を出すことも出来ない。赤ん坊は気管を封じこのままでは窒息死してしまう。


 人体は口から出産できる構造をしていない。赤ん坊を取り除くのは不可能だ。

 岩賀は涙を流した顔で中水を見る。その視線に中水も覚悟を決めた。

 取り出した拳銃に安心したかのように岩賀は目を瞑る。中水は額に銃口を当て、発砲した。


「すまん」


 救えなかった。助けられなかった。何度こんな思いをすればいいのか、仲間の死に胸が斬り付けられる。


「クソが! ふざけやがって!」

「行くぞ太田、俺たちが死んだら全部が無駄だぞ!」


 けれど、立ち止まっている余裕なんてない。岩賀の遺体は廊下に置いたまま中水は太田と共に走った。

 一階へと続く階段を見つけ一階に降りることに成功する。あとは出口だけ。この悪夢から覚めるにはそれしかない。


 中水は廊下を曲がるがその先には看護婦が立っていた。


「撃て!」


 中水と鉢合わせた看護婦もこちらに気づき甲高い声をむき出しにし襲いかかってくる。咄嗟に銃口を構えそれを返り討ちにする。ほとんど反射でやってのけ体力は限界、気力をふり絞る。


 ここで自分たちが死んでしまえば仲間たちの犠牲が無駄になってしまう。そんなこと絶対にあってはならない。

 死ぬのが怖いんじゃない、死ねないのだ。だから進む、魂を燃やして。


 そんな二人に光が見えてくる。エントランスの電灯だ。


「太田!」

「はい!」


 そこへ向かって最後の気力をふり絞る。走って走って走って、中水と太田は光に照らされた。


「大丈夫ですか?」


 そこには救援部隊がいた。銃を構え展開しており一人が中水に駆け寄ってくる。怪我はないか目視で確認している。


「他の隊員は?」


 生還した、生き残った。だが安堵の心もすぐに沈んでいく。


「……死んだ」


 その一言がすべてだ。否定できない事実に沈痛としていく。


「分かりました。対象を確保、撤退するぞ!」


 中水たちを囲うように部隊の人が集まり汚染病院から出ていく。出口をくぐり二人は生還を果たした。けれどそこに喜びはない。


 疲労で前かがみになる体を動かし振り返る。そこに聳える病院を見た。

 栗本。白井。岩賀。亡くなった仲間たちがそこにいる。救うことも共に抜け出すこともなく。


(くそ!)


 後悔が心を握り潰す。何度経験しても慣れない痛みが胸を突き刺した。

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