実働部隊、任務開始
慎重に中水たちは廊下を進んでいくがそこでまたも栗本の足が止まる。
それがなぜか、中水も気づいた。
カツン。
廊下の先、看護婦が徘徊していたのだ。ゆっくりとした足取りだが動けばかなり速いことは分かっている。全身に刺さった針が動くたび廊下に当たり小さな音を立てている。
栗本は振り返り中水を見る。中水が頷いたのを見て栗本は静かに近づいていった。看護婦の背後へとそっと忍び寄る。そして銃口を頭部に当て引き金を引いた。シュッと風を切る音がした後看護婦が倒れる。うつ伏せになった頭に再度銃弾を撃ち込み様子を見た。
動く気配はない。針に気を付けながら足で突くも反応はなかった。
「サンプルを回収しろ。他は周囲警戒」
他に仲間が来ていないか前後に別れ警戒する。その間に栗本はナイフを取り出し看護婦の指を切り落とした。それをフィルムケースのような半透明のプラスチックケースに入れバッグにしまう。
「回収しました」
「いくぞ」
それを終えれば用はない。いつ動き出すか分からないのですぐに移動する。
それで地下を目指して廊下を歩いていくがいきなり床が抜けたように落下していく。全員廊下をすり抜け別の廊下に落とされてしまった。
「大丈夫か?」
中水はなんとか受け身を取り痛む体を無視して起き上がる。他の隊員たちも無事なようで顔を引きつらせているが問題ないようだ。
中水たちが落ちた廊下は窓が並び反対側には部屋がある。夜は暗いが窓から入る光源でうっすらと廊下は明るい。
栗本は暗視スコープを外し窓から外を見た。それでここがどこなのか判明する。
「四階ですね、前情報だと三階とのことでしたが」
「ランダムってことですか?」
「白井、位置情報を確認しろ。俺たちはどこにいる」
「待ってください……、おかしいな」
「どうした」
「GPS上では俺たちはエントランスを出てから動いていません。まだ一階の、入口付近です」
どう考えてもおかしい。これだけ進んでエントランスからほとんど動いていないわけがない。
「空間異常、情報通りだが場所は不規則とはな」
「始まり始まり、と」
「口を慎め太田。本部、こちら中水」
『こちら本部、どうした』
「廊下から落下した、現在は別の廊下にいる。四階のようだ。隊員は全員無事、任務を継続する」
『了解。以降もなにかあれば連絡するように』
「了解」
階段を目指すこと自体は同じだが四階からになってしまった。中水たちは三階に下りられる階段を目指し進む。
「う」
そこで女性隊員の岩賀から声が漏れた。見れば腹に手を当てている。
「どうした?」
「いえ、大丈夫です」
苦しそうではあるが動けるようなので先を急ぐ。ここで足を止めるのは危険だ。
それから廊下を歩いていくが先から足音が聞こえてくる。どしんと響くような音だ。さらに大きな物を引きづるような音まである。
その音に部隊は立ち止まった。
「迂回しますか?」
どうするべきか。先頭の栗本の確認に中水は廊下の先に目を凝らす。
音が近づいてくる。全員が銃を構え廊下の先へ向けた。
「来るぞ」
廊下の突き当り、その右から音の正体が現れた。その姿に中水だけではない、全員が目を大きく見開いた。
それは、巨体を持つ白衣の人間だった。二メートルは優に超えている。看護婦と同じで白衣は汚れぼろぼろだ。だがこの異常存在の最大の特徴はそれではない。
「なんだこいつ」
隊員の一人がつぶやいた。
それには、頭がなかった。自分で持っているのだ。黒の長髪を握り締めて、頭は廊下に転がっている。まるで犬の散歩のように。その頭部は大きく一メートル近くもある。
自分の頭を引っ張り歩く怪物。
異常存在が髪を引っ張り顔がこちらを向く。その顔は男性であり、自分たちを見るとにやりと笑っていた。
「接敵!」
「交戦、撃て!」
即座に射撃を開始する。サイレンサー付きのライフルから風切音が短く響き大男の体に命中していく。
しかし相手には効いている様子はない。巨体は髪を引っ張ると頭を投げつけてきた。
投擲される巨大な頭は栗本に食いついた。
「があああ!」
「栗本!」
「太田、やれ!」
太田が駆けつけ背負っていたショットガンに持ち変える。中水たちは頭を、太田は本体へ至近距離からショットガンを撃ち込んでいく。散弾の強烈な攻撃を何度も受けようやく巨体は倒れていった。
「栗本!」
倒れる栗本に駆け寄るがその有様はひどいものだ。腰に噛みつかれた栗本の体は背骨だけで繋がっている状態で腹は裂け血や内臓が零れている。中水は彼のそばで膝を付き手を握った。
「すみません、隊長」
「いい、喋るな!」
治ると言いたいがどう考えても無理だ。これ以上はいたずらに苦しめるだけになる。
「やってください」
彼からの一言に中水はゆっくりと頷いた。
彼の手を握りながら、片方の手で敬礼する。
「栗本英二、よくやってくれた。君と共に戦えたことを誇りに思う」
「はい……!」
他の隊員たちも栗本の周りに敬礼する。太田だけは周囲を警戒していた。中水は敬礼していた手で栗本の目を覆うと拳銃を取り出し彼の額に当てる。そして引き金を引いた。握っていた手から力が抜けそっと廊下に置く。
「こちら中水、本部どうぞ」
『こちら本部どうぞ』
「栗本が死亡した。他に怪我人なし」
『了解。任務継続せよ』
「了解」
中水は立ち上がりアサルトライフルを両手に持つ。
「いくぞ、こいつの犠牲を無駄にするな」
「了解」
「白井、お前が前だ」
「分かりました」