ずっと一緒
「私を背負って走ってくれた時、すごく嬉しくて、この人のためになにかしたいって、ずっと一緒にいたいって、そう思ったんです。だから、沓名さんが死んだらって考えるだけで胸が苦しくなって」
浮かんだ瞳は零れ落ち頬を通っていく。涙はそれだけで止まらず次々と溢れてきた。
「嫌ですよ、沓名さんが死んだらッ」
最悪の想像に彼女は心を痛め、流れる涙を両手で拭いていく。
「初めてなんです、人を好きになったの」
彼女の感情、それは今日だけで大変なものだった。汚染病院に巻き込まれ一人ぼっちで彷徨い、怪物に襲われ、足も刺されて本当に死ぬところだった。怖くて、不安で、絶望だって味わった。
そんなどん底に光を差してくれた人がいる。出会ったばかりのその人を――
好きになるのに、時間なんて関係ない。
「沓名さんは、私のことどう思いますか?」
「それは」
ドキリとする。彼女の瞳に自分が映る。
「私、なりますよ、沓名さんの恋人に。頑張っていい彼女になりますから!」
訴えは必死だ。全身全霊で、愛しているから言う。
「だから、私と付き合ってくれませんか? それで、もう危ないことなんてしないでください」
涙できらきらと光る瞳はまるで宝石のようだ。
まさかこうなるとは思っていなかった優輝としては戸惑ってしまう。
愛羽は大事だ、それは変わらない。だけど彼女から好きだと言ってくれたことは素直に嬉しい。
(俺は……)
様々な思いと考えが巡り合う。愛羽を助けたいという気持ち、だけど彼女の思いも大事にしたい。
自分は、どうしたい?
「私じゃ、駄目ですか?」
宮坂が急かす。潤んだ瞳が再度涙を流す前、優輝は――決断した。
「分かったよ、付き合おうか」
「ほんとですか!?」
「ああ」
「やった!」
不安な表情だった宮坂の顔がパッと晴れる。零れる涙は嬉し泣きに変わり指で掬っていた。
優輝は決断した。愛羽は大事だ、助けたい。それは変わらない。けれど現状自分が出来ることはなくその役目は中水たちが頑張ってくれている。それなら二人で朗報を待てばいい、以前までの関係とは違っても。
彼女と付き合うことに、不都合なんてない。
だから。
「よろしくね」
「はい……!」
優輝は微笑み、宮坂は笑いながら涙を拭いた。
正式に宮坂葵との交際が始まった。初めて見た時から可愛いとは思っていたがまさか恋人になれるとは。まんざらでもない思いがこみ上げる。
「沓名さん、隣来てください」
それで宮坂は落ち着くと笑顔でベッドを軽く叩いてきた。
言われ隣に座る。彼女は腕を組んできた。
「約束ですからね。ずっと一緒だって。放しちゃ駄目ですよ?」
「分かったよ」
病院から逃げる時に繋いだ手とは違う、指を絡め合いもっと深く繋がる。
「怖かったんです」
「ん?」
ぽつりとつぶやく彼女に振り返る。
「あんな場所にいて、怪物がいて、死にそうになって。正直、今でも怖くて、体が震えてくるんです」
見れば彼女の手は小さく震えていた。ギュッと腕を組む力が強くなる。
「だから、沓名さんにはずっといて欲しいんです。安心できるから」
表面上は気丈に振舞っている彼女だがその内面ではまだ汚染病院の恐怖が消えていない。それは呪いのように残り彼女を蝕んでいる。
そこに手が重なった。
「大丈夫だよ。宮坂ちゃんがもう汚染病院に入ることはないし、怪物に追われることもない。もう終わったんだ」
その不安を覆うように、優輝は自分の手を置いていた。
「もしそういうことになっても、俺が助けるよ」
「ほんとですか?」
「ああ」
見上げる彼女の顔、そこに小さく笑って見せる。
「だから大丈夫だよ」
「うん」
優輝からの励ましに嬉しさを返し宮坂は体を近づける。顔を肩に当ててきた。
彼女にとって自分は命の恩人で恋人で、そんな人と一緒にいられることに彼女は幸せそうにはにかむ。その笑顔に優輝も優しく微笑んだ。
「そうだ、写真。二人の写真取らなくちゃ!」
宮坂は沓名から離れスマホを取り出す。カメラを起動し自分たちに向けてきた。
「珍しい形だね」
「そうですか? 新しいの買ってもらったからかな」
手を少しだけ強く握る。画面に収まるように体を寄せ合っていく。
「沓名さんもっと近づいて」
「こうか」
顔を互いに近づけた。沓名の方が背が高いので宮坂の顔は肩付近にある。
「それじゃあ撮りますね」
「ああ」
そうしてシャッター音が小さく鳴る。宮坂はすぐに画面を見つめ映り具合に満足していた。
「良かった、生きてて本当に良かった……!」
それがあまりにも嬉しかったのか宮坂はまた泣き出してしまう。けれどその顔は笑っていて優輝は頭を優しく撫でていく。
恐怖から解放された安全なひと時。宮坂は楽しそうに笑い、そんな彼女に沓名も幸せを感じていた。
二人は手を繋ぎ、生還した喜びを噛み締めてこの時を過ごしていった。