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汚染病院  作者: 奏 せいや
第二章 生還
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情報提供

 彼らをもってしてもなぜ病院がこうなってしまったかは分からないようだ。


「でだ」


 原因不明、攻略困難。危険極まりないダンジョンに入るなら情報は値千金の価値がある。

 中水の目が沓名をまっすぐに見た。


「君は辛い経験をした。それを思い出させるようで悪いんだがあそこでなにがあったのか教えてくれないか? 君はなぜあの場所にいた? いつ頃からいた?」

「それは」

「教えてくれ。分かることだけでいい、俺たちにはそれが必要だ」


 彼からの本気の質問。その目に敵意はなくとも迫力に竦み上がりそうになる。


 優輝は一旦自分を落ち着かせた。情報を頭の中で整理する。


「俺には妹がいて、その妹から電話がかかってきたんです。この病院にいるから助けてって」

「…………」

「でも、俺が来た時にはすでにここは無人でした。院内は非常灯とかはありますけど基本明かりはなくて、廊下には――」


 それから出会ってきた異常存在について話していく。全身に針が刺さった看護婦、天井を歩く患者たち。そこで体験した恐怖の数々を。それに空間が普通じゃないこともだ。知っている範囲ですべてを伝え、その中で宮坂との出会いも話していく。


 そのあいだ中水は真剣な表情で聞き入っていた。一言も聞き逃さない。その真剣な眼差しに彼の任務への真面目さを感じ入る。


 優輝の話を全部聞き終えどう思ったか。中水はつぶやいた。


「なるほど」


 楽観も悲観もなく、ただ事実を受け入れる。その上で顔は険しい。


「複数の異常存在は確認してたがそこまでか」

「あの!」


 彼ほどの男がそう思っているのだ。汚染病院、ここはとても危険だ。


「妹は、無事でしょうか? 俺は妹を、愛羽を助けないといけないんです!」


 そんな場所に愛羽はいる。こうしている今ももしかしたら怪物に襲われているかもしれない。


「落ち着いて、熱くなっても事態は好転しない、だろ?」


 彼の言う通りここで焦っても仕方がない。ただやり場のない焦燥感が胸を引っ掻く。


「君が教えてくれた情報と宮坂葵の情報を統合しこちらでも対策を整え再度出撃する予定だ。君はここでコーヒーでも飲んで待っててくれ。おい! 砂糖はいつなんだよ!?」


 そこで一人の兵士が急いで砂糖とフレッシュを持ってきてくれた。


「ありがとうございます」


 それを恭しく受け取りお礼を言う。せっかくなので両方ともコーヒーに入れかき混ぜる。


「ときにだ」


 中水は今までの張り詰めた雰囲気を若干緩め椅子に背もたれた。


「君も災難だったな。それにずいぶん妹さんを気にかけているようだが仲がいいのかい?」


 それは他愛もない世間話、きっと少しでも話をして気を紛らわせようとしてくれているんだろう。

 そのことに苦笑しつつ、優輝は妹のことを振り返る。


「どう、なんですかね」

「違うのか?」

「最近はちょっと疎遠気味、ですかね。あまり話をしたことがなくて」

「そうなのか。そのわりには」

「はい。愛羽は絶対に助けないといけないんです。母との約束なんです」


 妹のこと。それを助けるのは優輝の中で絶対的指標になっている。


「もちろん愛羽は大切です。家族ですから。ただ母に彼女を守るよう言われたんです。お兄さんになるんだからって」


 母の顔を思い出す。妹と同じブロンド色の長い髪。どれを思い出しても母の記憶は優しかった時のものしかない。


「そうだったのか。立派だな君は」

「いえ」


 母は自らの命を犠牲に新たな命を地上に届けた、偉大なことをやり遂げたのだ。

 なら、守るのは自分の番だ。


「最初はそう思っていろいろ妹に言い聞かせて、一緒に遊んだりとかありましたけど、でも最近はどう接すればいいのか分からなくて。疎遠なんです」

「ははは、その年で親心を知るとはほんとに苦難だな。ただ、それでも妹を助けようと思うのか。あの汚染病院を知ってなお」

「はい」


 断言するのに時間は掛からなかった。表情には覚悟があり瞳には決意が宿っている。


「危険なのは分かってます。だけど俺は彼女を守らなければならない」

「死ぬかもしれないぞ」

「だとしても」


 自分は彼らに比べ非力だ。ただの一般人でおまけに高校生。特殊な技能や知識もない。

 だけどそれは諦める理由にならない。体は動く。心も折れていない。それなら行けるはずだ。


「俺は行かなくちゃならない。それがどこでも、あそこでも」


 視線が中水から外れ暗闇に聳える病院に向かう。

 恐怖と怪異が蔓延る異常の空間。それでも優輝の意志は輝きを失ってはいなかった。


「そうか」


 優輝の覚悟を聞いてどう思ったか、中水は肯定的とも否定的とも取れない複雑そうな表情をしている。

 ふと、彼の雰囲気が少しだけ鋭くなった気がした。


「ちなみに君はどうなんだ? 趣味とかあるのか? なにか好きなものは?」

「え? 俺ですか?」


 突然の話題変換に少々驚く。強引だなあと思いつつもこれも彼なりの気遣いなのだろう。鋭くなった気がしたが気のせいのようだ。


「なんでもいいよ。そうだ、テレビは? 普段なにを見てるんだ?」

「テレビはニュースばっかりですね。たまにバラエティとか見ますけど」

「そうかそうか。それに最近の子だとテレビよりもYouTubeか」

「?」

「ああいい、気にしないでくれ」


 彼は片手を振って話を中断する。それからコーヒーを一気に飲み干すと紙コップを握り潰した。


「話せて楽しかったよ。俺は他の連中と話があるからここを離れるが、君はここにいてくれ。勝手に動いたり早まったことはしないでくれよ? ここは俺たちに任せておいてくれ」

「分かりました。妹をお願いします」


 そう言って中水は去っていく。そんな彼に頭を下げ優輝は天井を見上げた。


「ふう」


 集会用テントの白い天井。ここは明かりがあるのでいいが正直お先は真っ暗というか、これから自分はどうなるのか、どうすればいいのか具体的なことは分かっていない。ただここで座して彼らの成果を待つだけだ。


(でも、それでいいのだろうか)


 中水にああ言った手前今すぐなにかすることはないが正直焦る。自分は今ここにいる、妹のいる病院は目の前だ。


 自分が助けないで誰が救うというのか。

 そう思うとため息に似た深い息を定期的にしてしまう。

 そこへ一人の兵士が近づいてきた。


「沓名さん、宮坂さんの治療が終わりました。会いますか?」

「宮坂ちゃんが? はい! お願いします!」


 彼女の知らせに勢いよく立ち上がる。

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