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汚染病院  作者: 奏 せいや
第二章 生還
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特異戦力対策室

 病院から脱出したあと優輝は敷地内に立てられた集会用テントの下で一人椅子に座っていた。周りを見ればよく分からない機材がいくつも置かれている。目線をさらに外に移せば大勢の、自衛隊だろうか、迷彩色の服を着た人が行き来しておりここだけ被災地のようだ。おまけに病院の敷地入口はブルーシートで遮断されており外からこちらの様子は見れない。


 優輝は体を固くし視線を落とした。


 場違いだ。さきほど経験した異常な現象もそう。まるで間違っているのは自分のようで寂しいとは違う居心地の悪さを感じる。


「待たせたな」


 そこへ声が掛けられた。

 顔を上げるとそこにはさきほど助けてくれた男性兵士が立っていた。年齢は四十代ほどだろうか。灰色の髪を短く揃え体はがっしりしている。


「飲むか? 夜は冷えるだろ」


 彼はコーヒーを二つ持っておりその一つを渡してくれる。

 それで彼を見るが、こうして何気なく対峙しているだけで風格がある。鍛え抜かれた体は大きく服の上からでも発達した筋肉が分かる。表情が持つ凄みはそれだけの修羅場を潜り抜けてきたと直感した。


「ありがとうございます」


 手渡される紙コップを受け取る。湯気の立つブラックコーヒー。彼は空いている席に座りコーヒーを飲む。それを見てから優輝も一口含んだ。ブラックコーヒーを飲むのは初めてであまりおいしいとは思わなかった。


「そうか、コーヒーは苦手か。すまなかったな」

「あ、いえ」

「おーい! こっちに砂糖とフレッシュくれ!」


 表情に出ていたらしく気を使わせてしまう。

 彼とは対面になりお互い座っている状態だ。体が固い優輝に対して彼には余裕がある。


「とりあえず自己紹介だ。俺は中水寛美なかみずかんび、君は?」

「沓名、優輝っていいます」


 中水と名乗る男性はそれを聞くと微笑みコーヒーを飲み込む。


「そうか、沓名君か。ひどい目に遭っただろう、よく無事でいてくれた」

「宮坂ちゃんは?」


 そこで気になることを聞いてみる。あれから別れ一度も再会していない。


「今別の場所で治療中だよ。あとで会えるさ、約束する。怪我はしてたけどあの子も無事だよ」


 その報告に胸の重りがどさっりと下りた気がした。


「そうですか。中水さんたちのおかげです。あの! ほんと助かりました、ありがとうございます!」


 勢いよく立ち上がり頭を下げる。ほんとに命の恩人だ、彼女も無事で彼らには頭が上がらない。


「いいって。はは、君は好青年だな。ますます生き残ってくれてよかった。まあ座って」


 中水にそう言われ座り直す。とはいえ彼はこう言うがお礼の一つや二つはしなくてはならないだろう。


「人から感謝されるなんて滅多にないからな、新鮮だったよ」

「ないんですか?」

「そこらへんも話していくか」


 嬉し恥ずかしな様子だったが中水は表情を引き締める。どうやら本題に入っていくようだ。


「率直に言って、君は俺たちがなんだと思う?」

「えっと、最初は自衛隊の人かと思いましたけど、たぶん違いますよね?」

「なんでそう思う?」


 普通、銃を持った迷彩柄の服やヘルメットを着用した人物とくれば思い浮かべるのは自衛隊だろう。だがよくよく考えてみれば彼らも普通ではない。


「いきなり自衛隊の人が完全武装で病院に入るのは違和感がありますし、なにより怪物を見て慌ててない。初めてじゃないんですよね、こういうの」


 病院になにか事件が起こったとしていきなり銃を持った自衛隊が突入するか? まずそんなことはない。なによりあの怪物を前にしてこの平常心。


 彼らも、異常側の存在だ。


「おおお! おーい! 砂糖とフレッシュまだか!?」

「あの、けっこうですから!」


 優輝の指摘に喜んでいる。興奮余って砂糖の要求を急かしているがそこまでして欲しいわけではないし相手に悪いので止めて欲しい。


「ま、一番分かりやすいところはそこだよな。そう、俺たちは自衛隊じゃない。ここにいる全員だ。俺たちは、ああ、これ秘密な? ここで見聞きしたこと、ここで体験したこと、すべて口外厳禁だ。もし違反した場合処罰の対象になる。いいか?」

「はい」


 優輝も初めからそのつもりはない。巻き込まれただけの被害者ではあるが物事の分別は付いている。

 それをよしとして中水は教えてくれた。


「俺たちは特異戦力対策室という防衛省にある組織だ。一般には公開されてないけどな。業務は主にこれ、異常現象や異常存在の対処。人知れず脅威と戦ってる」

「なるほど、だから感謝されないって」


 この人たちは存在そのものが秘密なのだ。仮に人々の脅威を倒し英雄的な活躍をしても日の目を見ることもなければ感謝されることもない。それでも戦い続ける姿なき守護者たちだ。


「ここは異常事象、汚染病院に認定された」

「汚染病院……」


 その名を胸に刻みつける。汚染病院。あの暗がりとそこに潜む怪物たち、それらを内包した空間。汚染病院の名はその通りだと思った。


「異常事象っていうのは異常現象や異常存在の総称だな。それで俺たちはここの調査に来たわけだ。本日未明、突如この病院と連絡が取れなくなってな。それだけでなく職員たちとも連絡が取れないと警察に複数の通報が入ったんだ。その異常性から特戦(特異戦力対策室の略称)に情報が入り異常事象だと確認が取れ俺たちの出番ってわけだ」


「すみません、連絡が取れないってのは」


「文字度どりさ、姿を消した、忽然とな。汚染病院と化した時院内にいた人は上書きされた可能性が高い。少なくとも上層部はそう思ってる、俺も同感だな。だがこの現象を解決できれば通常の病院に戻る。そこにいた職員、患者も戻ってくるってわけだ。だからここはなんとしても解決しなくてはならない」

「なるほど」


 上書きという表現は分かりやすい。ここは本来の病院が変貌した姿ではなくまったく別の病院なのだ。本当に悪い夢のようで、その夢が覚めれば本当の病院に戻る。


 彼の真剣な表情、その理由が本当の意味で理解できた。これを解決しない限り犬會病院にいた人々は助けられない。この事件にはすでに多くの人命が掛かっている。


「そのための内部調査に入ったんだが、ここはかなりやばいな」


 彼はベテランだ。見た目の年齢もそうだし部隊を率いていたのも彼だ。それほどの男が渋面を浮かべている。


「そうなんですか?」

「ああ、汚染病院と言ったが蓋を開ければそこにはいくつもの異常現象が入り混じった悪魔のおもちゃ箱さ。君たちが生き残れたのは奇跡的なんだよ」


 汚染病院と言ってもそれはいわば総称であり中には数々の異常存在や異常現象がある。異常事象の見本市、化け物のサーカスだ。


「ちなみに発生原因は分かってたりは」

「不明だ」

「です、よね」

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