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汚染病院  作者: 奏 せいや
プロローグ
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プロローグ

 日常には存在しない存在。

 通常の現象では説明出来ない現象。

 常でないが存在し、異なる事象を起こすもの。

 それを――『異常』と呼ぶ。



 夕焼けが空を赤く染める中、総合病院の前は重苦しい空気に包まれていた。 この町一番の大きな病院は普段なら大勢の人が行き来するなくてはならない場所だ。


 しかしこの時、その場所は世界が止まったかのように静止していた。病院関係者も患者もいない。夕暮れの赤が不気味な静寂を漂わせる。


 そんな病院正面には数人が集まっていた。その一人、赤い髪をした女性は鋭い目つきで病院を見上げている。赤い長髪をポニーテールに束ね白いワイシャツと黒のパンツが凛とした印象があるが、しかしその見た目は普通ではなかった。


 軍用のアサルトライフル、それだけではない。シャツの上には弾倉やナイフが装備された戦闘チョッキを着用している。明らかなに普通ではない。そうした装備をした仲間が他にも四人、彼らは軍服着用であり皆この病院を前に気を引き締めていた。


 突入前の雰囲気。無言の緊張がこの場を覆う。しかしなぜ? 事件? テロ? 彼らは警察か機動隊なのか? そうした考えが浮かぶのが普通だがそれだけでは説明が出来ない。パトカーも装甲車もなく、なによりここは静か過ぎる。


 これは、異常だ。


 その異常の中にいる少年こそ、本当に異常なのかもしれない。彼だけが学生服でこの場では場違いだ。

 彼は不安そうな顔を上げ、そもそものなぜを口にする。


「あの」


 少年は赤髪の女性を見つめ、女性は振り返る。


沓名くつな君。さっきも言ったけど、この世界には『異常』ってものが存在するの。日常に潜む、認められないものよ」


 女性は話し出す、異常事態において異常とはなんなのか。


「たとえばね、カラスっているでしょう? 黒い鳥の。あれ、普通の鳥って扱いだけど、実は喋れるの。賢すぎるってだけなんだけど、人間の言葉を話したら社会が乱れるから特別な薬で知性を抑えてる。信じられる?」

「えっと、そうなんですか?」


 いきなりそんな話をされてもにわかには信じきれない。少年は困惑するが、そんな彼に女性は小さく笑う。


「まあ、信じなくてもいいわ。今はそこが大事じゃない。ただ、異常ってものがあるって知ってて欲しいの。この世界には、非現実的な何かが潜んでるってこと」


 彼女の言葉は突飛でおとぎ話も同然の与太ではあるが、しかし少年、沓名は笑わなかった。彼女の顔もまた引き締まっていく。


「そういう異常が可愛いものならいいんだけどね。ぬいぐるみが勝手に踊り出すとか。でもここは違う。汚染病院。この場所は異常な空間で怪物や異様な現象が襲ってくる。病院という形をした地獄みたいな場所。当然危険だしどんな目に遭うかも分からない。それでも、行ける?」


 真剣な眼差しがこちらの覚悟を試す。ここからは命がけだ。彼らが握る殺傷兵器がその危険を物語っている。

 怖気づくのを誰が責められるだろう。恐ろしくても仕方がない。逃げ出したとしてもおかしくない。だが。


「ここに、妹がいるんですよね?」


 沓名は尋ねた。恐怖を越えるため、勇気を振り絞るそのために。


「ええ。愛羽めうさんと君を再会させて、彼女を救い出す。それが私たちの目的よ」


 ここに妹がいる。今も自分の助けを待っているはずの妹が。

 怯えていた瞳に、決意が宿っていく。


「おねがいします」


 その答えに、彼女は頷いた。そして仲間たちと視線を交わす。


「行くわよ」


 部隊は一列に並び病院の入口前に陣取る。沓名は彼女の背後に立ちその背中を見上げた。自分とさほど変わらない背丈なのに頼もしいその姿。どれだけの経験を重ねてきたのだろう。

 不安の中にも、信頼が芽生えていた。


「大丈夫よ、君は私が守るから」

「え」


 背中越しに声が響く。彼女は振り返り、沓名を見つめた。


「約束するわ」


 力強い眼差し。なぜそこまで気にかけてくれるのか、沓名にはまだピンとこない。

 それが、時を超えた約束であると、彼が知ることはない。


 彼女の名前は宮坂葵みやさかあおい。二人の出会いは偶然ではない、必然だ。運命の巡り合い、それでも沓名は分からない。

 ただ、だとしても、彼女の言葉に沓名は怯えていた心に小さな勇気をもらっていた。


「はい。ありがとうございます」


 だから前へと行ける。この闇へ進むのだ。


「突入!」


 彼女の号令で先頭の隊員が扉を開き病院のエントランスに踏み込む。後続が続き扇形に広がって銃口を構え、異常がないか確認していった。


「クリア!」

「クリア!」

「ここは変わらないわね」


 安全が確保された。無人な点を除けば異常はない。だが気の緩みはなく、彼女は一点を鋭く見つめる。

 そこには電気が消えた廊下が伸びていた。奥に非常口の緑の看板が薄っすら見えるだけで深い闇が広がっている。


 その暗闇は、怪物の口のように感じられた。わずかな光さえ深海魚の疑似餌のようだ。


「油断しないでね、本番はここからよ」


 宮坂は暗視スコープを装着し視界を整える。他の隊員もスコープを下ろし銃を握り直す。


「前進」


 隊は一列の陣形を組み、闇の中へ足を踏み入れた。沓名もその中にいて、緊張しながら前へと進んでいく。


(待ってろよ、愛羽めう


 妹を救うため、この悪夢に立ち向かっていく。

 汚染病院攻略戦。運命の救出劇が、始まった。

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