下 気づき
ガチャリと扉の開く音がした。
ご主人様が帰ってきてくれた。
これからは元の私とご主人様の日常がまた始まってくれる。
私は嬉しくて
「オカエリ!!オカエリ!!」
と大きな声をあげた。
「ただいまピー、閣下!」
ご主人様は玄関でそう大声で言った。
「オカエリ オカエリ」
「ただいまぁー」
ご主人様がリビングへ入ってくる。
仕事の荷物を起き、ネクタイを取ったところでご主人様の動きが止まった。
視線だけがあちこちを探している。
「閣下は?」
ご主人様の声は震えていた。
ドキリ。
--小さな自分の心臓がバクバクと動いた。
違う、これで良いんだ。
ご主人様との2人の生活が戻ってくる。
ご主人様は慌てていた。
キッチンの回収された割れたコップ、四方へ飛び散る酷い割れ方をした窓。
飛び散ったガラスたちは夜を酷く反射させる。
家に吹く冷たい風が閣下のいない今の状況を冷静に知らせてきた。
「出ていっちゃったんだ....」
ご主人様は膝から崩れ落ちた。
しばらくして、グスリグスリと鼻をすする音が聞こえてくる。
あぁ、これじゃダメだったんだ。
自分で押し殺していた「これで本当によかったのか?」という問いに自分の中で答えが出てしまった。
今までの2人の生活に戻れば、私はご主人様の1番になれたんだ。
でも、もうご主人様の1番は知らずの内に起きかわっていてその存在が消えることは大きなショックを受けるに変わりはなかったんだ...
自分の過ちに気づいた私は、やるせない気持ちですすり泣くご主人様を見ていた。
羽を広げ、ご主人様の足元まで飛んでいく。
「閣下ぁ」
ピチャン。
私の頭に涙が落ちる。
その時、私の羽が震えた。
1番じゃなくたっていい、何番でも良い。
でも、ご主人様が悲しそうなのは絶対に嫌だ。
私がやらなきゃ。
羽の1本1本に今までにない昂りとやる気を感じ、私の決意が固まった。
バサリ。
音を立てて、私はご主人様の目元まで上昇する。
「....」
ご主人様は泣くのを止めてこちらを不思議そうに見ていた。
私は言葉を告げる。
「サガス サガス カッカ」
ご主人様の涙が少しの希望に光る。
「え?何言って...」
ご主人様はありがとうと言って私
を撫でようとするが、私はそれを空中で避ける。
そのあと、ご主人様に背を向け、割れた窓へ一直線に飛んだ。
「ピーちゃん!!」
ご主人様の叫び声をよそに私は生まれて初めて外へ出た。
夜空は大きくて、ピーを飲み込みそうだった。
初めて外に出たピーは夜空に煌めく星々を掴もうと何度か口を大きく開けた。
「カッカァァァァ」
夜空を前の大きな声で叫んだ。
しかし、返事は帰ってこない。
返事どころか、不吉な犬の鳴き声やジリジリと鳴いている虫の音が聞こえる度に悪寒が走った。
もう嫌だ。
それが正直な感想だった。
「カッカッァァァァ」
もう一度叫ぶが返事はまたない。
冷たい気温、吹き付ける風、見えない家、暗い空。
でも!!
バサッ
もう一度羽を全て広げた。
ここで諦めちゃいけない!
覚悟が強く羽に力を込めさしていた。
そこから、辺りがまた1段と暗くなり月光の光が強く街を照らし始めた頃、羽に力が入らなくなってきたピーは思い出した。
「てか、どうしてあんな公園に1人でポツンと立ってたの?」
ご主人様の言葉だ。
ハッ。
私は公園と言われるであろう場所を最後の力をふりしぼりながら、駆け回り始めた。
「....!!!」
閣下はそこに居た。
街灯に照らされる閣下の姿は戦慄する雰囲気をまといながらもどこか悲しげだった。
周りに吹く冷たい風が閣下の髪の毛を揺らしていた。
「カッカ....」
小さく声をかけた。
閣下の耳には聞こえなかった。
閣下に取り巻く空気が一段と重くなった。
羽が持たずフラフラと地面に着地する。
それでも気づかず、閣下はブツブツと独り言を呟いている。
「メアリは、サーリアは、何故だ何故だ なぜ死ななければならなかったのか、何故だ。なぜ勇者に殺されなければいけなかったのか。
彼らも転生者?入れ替わり、勇者とは思えぬ風貌に訛りの口調、そ
れもこれも」
閣下は急に肩に入っていた力を抜いた。
閣下はふいに満月を見上げた。
「死んだんだ____」
閣下の言葉に満月が雲に隠れた。
「カッカァ」
泣きそうな声で閣下を呼んだ。
それには閣下も気づき、ピーをに見つめた。
閣下は息を飲んでいた。
「なんだ、出て行って欲しかったのだろう。」
閣下の涙がポツリポツリと公園の地面をまた濡らしていく。
「お前には、好都合じゃないか!」
閣下が大きく手を広げて笑ったような顔をした。
「...モドル カッカモ モドル」
慎重に選んだ言葉を紡いだ。
この言葉たちが本当に意味で伝わるかは分からない。
懸けたおもいだった。
閣下は立ち尽くしたままなにも言わなかった。
「帰る場所か....」
閣下は再び姿を見せた月を眺め、涙を反射させる。
閣下は何か腑に落ちたのか少し笑って、涙を裾で拭いた。
「それでいいのか、ピー」
閣下はピーに手を伸ばした。
初めて閣下の手に触れた。
そのまま閣下の手の上に乗り、閣下の肩へ移りのった。
「帰るか 」
閣下は大きな羽を出し、ピーと共に空を飛んだ。
「やはり夜の風はいつ何時、どこでも気持ちの良いものだな」
閣下はまだ鼻と目を真っ赤に腫らしたまま鼻声でそういった。
ピーも夜の寒さが今はなんだか心地が良くなっていた。
「カエル カエル」
風に当たりながら閣下の肩でそう叫んだ。
閣下と鼻歌を歌いながら、夜の空の帰路を楽しんだ。
「........」
ご主人様は割れた窓付近から少し離れた位置で茫然と立っていた。
まるでこの世の終わりのように全てに絶望した真っ黒な瞳で立っていた。
バサリバサリ
羽の音が聞こえてくると、ご主人様はこちらを向いた。
ご主人様は確実に私たちを捉えた。
ご主人様の瞳が光り輝く。
「ピーーーーーーーーーーーー
閣下ぁーーーーーーーーーーー」
ご主人様は無我夢中な様子で叫んでいた。
私はあなたの1番さえも捨ててあなたの笑顔を取りに行った。
そんな自分の思いが報われたかのようだった。
ご主人様は泣き叫びながらもこちらに両手を広げている。
閣下はなんだか引いたように「ハハ」と笑っていた。
閣下はベランダに安全に着地をする。
「ピーーー閣下ぁーーー」
ご主人様は閣下が家に着くなりすぐに抱きしめた。
「お、おい」
閣下は嬉しそうに笑顔になりながら抱きしめてくるご主人様の手から逃げようとしていた。
「ピーも閣下も無事でいてくれて本当によかった〜~〜~〜~〜~~~~~~~~~~~~~」
顔を真っ赤にして鼻水を辺りに散らすご主人様は今まで見た事なかった。
閣下はこんなにも帰りを待ってくれる人がいたのかと実感できたようで、服に着いたご主人様の鼻水を受け入れていた。
一件落着だ!
そう思えた。
自分はケージへ戻ろうと、羽の力を振り絞り空中へ飛んだ。
「ピーーーー!!!!!!!!」
最初は何が起こったのか分からなかった。
ご主人様?
ご主人様が私を抱きしめてくれている?
「!!!!」
理解した時、私は涙がこぼれそうになった。
ご主人様は私にも泣いている顔をこすり付けてきた。
「ピー、無茶しないでくれよぉぉぉぉぉぉ。1人になっちゃうかと思ったじゃぁん」
ご主人様はそう訴えかけ私の羽毛で涙を拭いた。
あぁ、なんて馬鹿なことを考えていたんだ。
ご主人様はいつだって全員を平等に愛してくれていたんだ。
1番とか順位を決めることは間違いであったのだ。
ご主人様.....
心の内がホンワリとご主人様の優しさに包まれた。
「ピー」
言葉にならない声が涙とともに漏れた。
ご主人様は私をソッと抱きしめた。
「愛してるよ」
私もだよ。
言葉が分からない。
すぐには真似出来なくて。
でも伝えたくて
「ピーーー!」と大きな声で鳴いた。
そしたら、今度は閣下がご主人様を抱きしめた。
もう今しかない。
そう全員が思え、全員ありったけの涙を零した。
それからというもの、三人(二人と一匹)元気に暮らしていた。
相変わらず閣下にはイタズラを仕掛けるが、閣下もピーも程度を分かって楽しむようになった。
それは、あの後正気に返ったご主人様に窓を割ったことをかなりしっかりと怒られたからだ。
そして、窓がまだ割れたままでダンボールで応急処置がされている。
「今日は寿司にするか」
突然、閣下がそう言ってご主人様の帰宅を待つ時間に言い始めた。
そんな高いもの大丈夫なのか?
首を傾げても閣下がスルーする。
これは、確信犯だ。
寿司が食べたいから寿司を食べる。
そう言った欲望が全面に現れている。
「ダメ タカイ スシ!」
叫ぶが閣下はとんがった耳全体に手を当てて聞こえないふりをする。
「頼んじゃおぉ!」
閣下は最近になって買ってもらったスマホを取り出す。
少し前までは電源をつけることさえワタワタしていたのに、もう手馴れたものだ。
「カッカ イイツケル」
言葉を変えると閣下はピンと背筋を伸ばした。
そして、閣下はスマホで「インコ 寿司 食べれる?」と調べ始めた。
寿司はインコに取って有毒なので絶対にあげないでください。
「.....」
閣下はしばらく悩んでいた。
「オーツ麦...」
その言葉を聞いて思わず羽が広がる。
分かってやがる....。
大好物の名前の前にくちばしを閉じた。
「はい、ポチリ」
閣下はご主人様に無断で寿司を購入した。
「グハハハハハ」
閣下はドラキュラらしく大声で両手を広げ、笑っていた。
ガチャリ
ご主人様のご帰宅だ。
ドラキュラらしい笑いをすぐに閣下はやめた。
そして、シーと人差し指を立て見せてきた。
わかってるよ オーツ麦くん♡
「閣下ぁ!これにお風呂に水ためて!あと、寿司取ってぇ!」
まさかの言葉に閣下は耳をあげ、牙をあらわにさせて笑った。
「任せろ!!」
閣下は目を輝かせながら、お風呂に水をために行った。
だが、なぜお風呂を入れるのだろうか?
いつもの時間よりだいぶ早い。
そして、今日もまたいつも通りにご主人様がリビングに走ってこない。
いつかのあの日みたいだな。
嫌な予感がした。
「すみませんがおんぶしますね」
そう玄関からご主人様が誰かを気遣う声が聞こえてきた。
まさかだよね
嘘だよね
「お風呂10分後にはできるよ!」
閣下がリビングに帰ってきた。
「ありがとう」
ドサ ガサガサ
玄関付近から聞こえる異様な音に閣下も気づいた。
「お、おい」
閣下の顔はだんだんと渋くなっていく。
「ただいま〜」
ご主人様がリビングに入ってきた。
ご主人様がおんぶして来たのは綺麗な髪、艶めかしい唇、宝石のような綺麗な目をした下半身がヒレの人魚だった。
大事な事だからもう一度、人魚だった。
誰がどう見ても人魚としか言えない人魚だった。
閣下と目が合った。
閣下は首を横に振った。
人魚の世話などこの世で誰もやったことがない。
「ありがとうございます。下ろし
てくださいまし」
綺麗で透き通った声だった。
「これから一緒に暮らしていくパルメと申します。よろしくお願いいたします」
パルメという人魚は深々と頭をこちらに下げてきた。
「いや、どうするんだよ コレ」
閣下がご主人様に問いかける。
バチン!!!!
勢いのいい音が部屋に突然響いた。
「コレではなくパルメでございますわ、無礼者」
パルメのヒレが勢いよく当たったようだ。
閣下の顔に綺麗にヒレの跡が赤くついた。
閣下は顔全体を赤にしていく。
「こんの、女!ふざけるな!!」
閣下がパルメに掴みかかる。
「仲良くなったようでよかった」
隣で笑うご主人様。
相変わらずのカオスさ。
ピーも思わず笑いがこぼれた。
「触れないでくだいさいまし!」
「貴様からケンカ売ってきたんだろ!」
これからもこんな日々が続くと思うと不思議と羽がウズウズと待ち遠しく感じるのはピーだけの秘密である。
「ピーちゃん、オーツ麦食べる?」
喧嘩する2人を後ろに聞くご主人様のその問いにピーは羽を大きく広げて
「ピーーーーーーーー!!!!」
と叫んだ!!
私は愛されてる。
ドラキュラも愛されてる。
人魚も愛されてる。
きっときっとあなたも誰からか愛されてる。
あなたも一緒に愛されてる。
お終い
これでピーちゃんのお話は一旦終わりとなります。
結構、長めな話でしたけれども読んでいただいた方、本当に感謝の気持ちでいっぱいです!
またピーちゃんと逢いに来てください!