中 限度
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朝のご飯の時間。
カーテンはしまったままで部屋の中は薄暗い。
リビングで何かがジュージューと焼かれている音がする。
香ばしいウインナーの匂いであることはすぐに分かった。
「朝ごはんはパンでいいか?」
「うん、閣下が作る朝ごはん美味しいんだよ!」
名前はまだ思い出せないらしくご主人様はドラキュラのこと閣下を呼ぶようになった。
「ピーちゃんも朝ごはんね!」
ご主人様がこちらにオーツ麦を片手に駆け寄ってくれる。
「オハヨ オハヨ」
私は嬉しくて言葉を繰り返す。
「うん、おはよう」
ご主人様も優しく笑ってくれた。そして、ケージを開けてご主人様の手にある大好物のオーツ麦をくれた。
嬉しさと空腹でご飯に飛びつく。
「今日は飲み会だから 晩御飯いらないから。閣下ぁ~?」
ご主人様は私から目を逸らし閣下へ言葉を投げた。
「あぁ、承知した」
少しすると、閣下の返事が聞こえてきた。
まただ。
前ならご飯をくれた時派常に私に声をかけてくれた。
なのに!!
「ピーちゃん、ご馳走様だね」
「ゴチソウサマ!」
ご主人様は私の頭を撫でた。
やっぱり世界で一番暖かい手だ。
アハハ
やっぱり、ご主人様は私が一番なんだ!
「出来たぞ!ピーとやらもベーコンは食えるか?」
閣下はフライパンを持ってご主人様に聞いた。
「大丈夫だと思うけど、もうご飯あげちゃったよ。お腹いっぱいじゃないかなぁ」
ご主人様は頬をかいた。
そうだそうだ
ご主人様から直接頂いたもん!
あなたの料理したものなんてこっちからお断りだ!!
「ミチタ ミチタ」
羽をバサバサとさせ、ご主人様の肩に止まりふんぞり返るように言った。
「そうか、、」
閣下は少し悲しそうな顔をした。
私はその姿に少しイラッとした。
「まぁまぁ、また今度にしよ
朝ごはん食べよう」
ご主人様は閣下の背中をさすって机に向かった。
「いただきまーす」
ご主人様は元気に手を合わせ危機感なく閣下が作った朝ごはんを口に入れる。
会って1週間しか経ってない男、しかもドラキュラを心から信用するのはやっぱり危ない。
でも、閣下のおかげでご主人様の生活は楽になっている。
栄養バランスの整った食事に清潔な部屋、たまらない洗濯物。
私には手伝えないことだ。
だからこそ、自分の小さいお腹がぐるぐるして、ケージの金網を蹴りたくなる。
「ご馳走様でした 美味しかった!」
そんな事を考えている間にご主人様は閣下の用意した朝ごはんをたいらげていた。
「相変わらず、早食いだな」
閣下はかすかに笑う。
「時間が無いからね!」
ご主人様はそう言ってすぐに自室に走っていった。
「アハハハ、本当に愉快なやつだ」
閣下は独り言を呟いた。
閣下と目が合う。
閣下はなんとも言えない顔で私をずっと見ていた。
私もなんとも言えない顔で応戦する。
空気が静まり返った頃、ドタドタと焦った様子のご主人様がリビングに突入してきた。
「あれ、今何時?」
「時間か?」
閣下が首を傾げるので私は素早く時計を見る。
「ハチジ ヨンジュップン ハチジ ヨンジュップン」
「あああああああああああああああああああああああああ」
ご主人様は普段なかなか聞かない叫び声をあげる。
「どうしたんだ?」
閣下はご主人様の前で慌てふためく。
「いつも乗ってる電車が出発した.....次は、55分走れ間に合う!」
リビングにあった仕事のバッグを取り、ドタドタとリビングを後にした。
どうやら仕事に行くようだ。
ドシャァン。
「いった」
ご主人様が勢いよくドアにぶつかった音もした。
「じゃあ、閣下行ってきます!」
「あぁ行ってらっしゃい!」
嵐のように去っていくご主人様に閣下はついていけなくとも言葉を返した。
ガチャリ。
扉の閉まる音がする。
仕事に行ったのだろう......
私は何も言えなかった.......
あまりのショックに羽が逆立ち全身に焦燥感が走った。
閣下だけに話しかけた。
私の名前を言わずに....。
あまりの屈辱に私は閣下を睨んだ。
また、閣下と目が合う。
よく目が合う。
「....なんだ」
閣下が私に話しかけた。
私は喋らず睨みをきかせる。
「ピーちゃん」
閣下はご主人様と同じように高めの声で私の名前を呼ぶ。
ご主人様より元の声が低いせいで高い声がかすれている。
誰がおまえなんかに!
あまりに腹が立ち、ピーピーと鳴きながら、羽をバタバタと怒りに身を任せてケージの中をはね回った。
すると、閣下は反応してくれたと勘違いして手を叩いて「おぉ」と声を上げた。
いらだちがさらに増す。
頭の羽毛がハゲそうだ。
「ピーちゃん」
もう一度、閣下がかすれた高音で呼んできた。
今度は飛んで閣下のいる机から遠いキッチンへ飛んだ。
閣下はそのあと少し落ち込んだ様子でご主人様の食器も持ってこっちに来た。
自分はシンクの上ので足を置いた。
「ピーちゃん、危ないよ」
閣下がシッシッと手を振った。
私は、ここでひとつ企んでいた。
キッチンには自分でも掴める小さいコップが存在する。
閣下は家事などやることが結構多めだ。
そこでひとつプレゼントをしてやるのだ。
ククク
今に見てろ、追い出してやる!
閣下が水を出して食器を洗い始めた。
今だ!!
私は思いっきり力を込めて、足で掴んだ小さいコップを地面に叩きつけた。
「!!」
閣下はガシャーンと大きな音を出して割れたコップを目を丸くしてみていた。
閣下の鋭い目がこちらを見てくる。
私は、ケージの方へ、ヒューと何事も無かったかのように戻る。
ケージの中で毛繕いをしていると、閣下は大きなため息をしていた。
ハハハ、いい感じ。
ご主人様には私だけいればいいんだよ、今日1日それを教えてやる!
その後もイタズラを繰り返した。
掃除をしている間に羽を羽ばたかせてカーテンを開けて日光を浴びせようとした時の閣下の慌てようは実に面白かった。
お風呂掃除で石鹸を隠したら、「どこいった?」って本当に焦りながら排水溝まで覗いていた様子も見ものだった。
アイロンがけではアイロンのコンセントをコソッと抜いてやったりした。
そうすると閣下は毎回大きな溜息をつく。
でも、そんなこと気にしてはやらない。
だってだって、相手はドラキュラでしょう?
家事の最後の最後、夕飯作りに閣下が取り組もうと包丁とまな板を出した。
ここで、私はまたまた最高の閣下へのプレゼントを思いついてしまった。
クククッ
あまりの面白さに口元が勝手に笑ってしまう。
私の笑いに閣下は「またか」という様子でこちらに眉をひそめた顔を向けてきた。
それでも閣下は夕飯の準備を進める。
閣下が食材を、冷蔵庫から取り出す。
食材のラインナップは
人参、じゃがいも、玉ねぎ、カレーのルーだった。
私は人参に狙いを定めた。
「フライパン、フライパン〜っと」
閣下がキッチンの下の引き出しからフライパンを取り出そうとした。
食材から目が離れたこの瞬間。
私はバサリと音を立ててケージから飛び立った。
狙いの人参に向かって糞を飛ばした。
閣下はフライパンを取って顔を上げる。
糞がついた人参を見て、顔を真っ赤にした。
---しまったやりすぎた。
そう思った時には遅かった。
閣下は私を片手で握った。
「私をグロウス閣下と分かっての愚弄か!!」
閣下は顔を赤くして、私を握っている片手にぎゅっと力を入れる。
まずい、1日の不満が爆発してる....
.....ん?
「.....グロウス閣下」
閣下は自分の発した言葉に疑問を浮かべた。
私も同じ気持ちだった。
グロウス閣下...
それがもしかして閣下の本当の名前?
閣下は赤かった顔からだんだんといつもの顔色に変わりブツブツと何かを言い始めた。
「私は.....勇者との....1000年............封印....転生....ブツブツブツブツ」
ピーには閣下の早口の言葉は何も分からなかった。
握られた状態で羽を動かすことが出来ず、呼吸が苦しくなり「ピャーッ!」と叫び声を上げた。
ピーと鳴いた声で閣下はハッとこちらに気がついた。
閣下は手を自分からパッと素早く離した。
「そうか、私は、、」
閣下はそう言ってその場にへたりこんだ。
「こんなことをしている場合では...」
両手で頭を抱えて、呻いていた。
低い唸り声は部屋全体を包みまるで周りに瘴気でも漂っているかのようだった。
閣下は黒くて大きい羽をバサリと出した。
あまりの迫力にピーは視線が外せなかった。
「こんなことしている場合では!!!」
そう低い叫び声を上げて、窓へ向かっていった。
ドタドタとあたりのものにぶつかりながらもお構いなかった。
日が落ち始めた外。
閣下は迷うことなく窓へ突っ込み、バシャーンと窓を割って、外へ出ていった。
ガラスの割れた音がピーの羽を逆立たせるほど大きく部屋に響いた。
ガラスはベランダにもリビングに
も飛び散っていた。
閣下の姿はすぐに見えなくなった...。
出ていってくれた...。
嬉しくて「ピー」とその場で叫んだ。
だが、ピーはざわつく心を持っていた。
あれは止めるべきだったのだろうか。
ピーは悩んだ。
でも、出ていってくれたんだ、それも自分から!
私とご主人様だけの生活が戻ってくる!
だから、閣下のことは考えなくていい!!
ピーは大きな思いで自分に唱えた。
自分の中から「これで本当によかったのか?」と思う心を無理やり締め出した...。
読んでいただきありがとうございます!!
誠に感謝!!!
ぜひ、最後になにか一言コメントして言ってくれると嬉しいです!