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アドルフの蝶

作者: 豪陽

 1939年9月3日、アドルフ・ヒトラーは何とも奇妙な感覚に捕らえられていた。これまでの世界、すなわち彼が知っていた世界とは微妙に異なる何かが、空気の中に漂っている。彼は振り返らずにその感覚を無視しようとしたが、どこか心の片隅でその違和感を感じずにはいられなかった。


 その違和感の正体に、すぐには気づくことはなかった。彼は転生者だったからだ。かつて死に、再びこの世界に戻ったのだが、前世の記憶はまだ鮮明に残っている。ポーランド侵攻の歴史的な瞬間に立ち会っている。しかし、何かが違う。あの時のように、イギリスとフランスが口先だけで反応し、結局は戦争に参戦することはないという確信が、どこかで崩れかけている。


 彼は自室の机の前に座り、窓の外を眺めながら、自らの計画を再確認していた。街の喧騒が聞こえてくるが、その音は彼にとって遠く、無関係のように感じられた。ヒットラーは指先で机を軽く叩きながら、内心で何度もその計画を練り直していた。


 「英仏は介入しないはずだ。前世ではチェンバレンが融和政策を取っていた。そして、イギリスはソ連を攻撃する準備を進めていた。」ヒットラーは心の中で呟く。


 しかし現実はどうだろうか。ポーランド侵攻後、英仏が突然参戦してきた。どこか予測が外れていた。彼は、あの歴史的な動きを正確に知っていたはずなのに、目の前で展開される事態は、全く予想していなかった方向に進んでいる。まるで何かがずれてしまったかのようだった。


 「だが、これを乗り越えなければならない。」ヒットラーは自分に言い聞かせるように呟き、決意を新たにした。


「どうして、英仏がこんなに急に反応するのか?」その問いが、ヒットラーの心の中で反響する。


 彼は静かに机に向かって座り、ポーランド侵攻とその後の独ソ戦の計画を再確認した。謀略でスターリンに赤軍幹部を大粛清させ、有能な士官を多数失い弱体化した赤軍が立ち直らないうちに、1940年にはソ連に侵攻して共産主義者を殲滅するのだ。


 ヒトラーは、前世で1944年にソ連に侵攻すべく準備していた時にソ連側から攻撃され、ドイツが敗北した世界の記憶を思い出す。あの時、彼は自決を余儀なくされ、悔しさと無力感が胸を締め付けていた。それが今度は違う。今度こそ、彼はその運命を変えようとしていた。


 「だが、何かが違う。」ヒットラーは自分の頭をかきむしりながらつぶやいた。


 その時、部屋のドアがノックされ、彼は我に返った。部下が入ってきて、静かに報告を始めた。


「総統閣下、フランスの動向に関する最新情報が届きました。」部下は冷静に言った。


 ヒットラーは何気なく報告を受けるが、その背後で何かが響いている。フランスの反応が、予想を超えて強硬であることに気づいていた。ヒットラーは立ち上がり、窓の外を見つめる。今度の戦争の行方は、彼の計画通りには進まないかもしれない。


 その瞬間、過去の記憶が一瞬にして彼を包み込んだ。彼は掩蔽壕の中で、ソ連の圧倒的な攻勢に敗北した時のことを思い出す。低く、冷たいコンクリートの天井が目の前に浮かび上がり、彼の心の中でその場の重苦しい空気を再現していた。


 「いや、今回は違う。」ヒットラーは強く言い聞かせ、窓から顔を背けた。


 計画を再び練り直さなければならない。前世の記憶に縛られず、この新たな世界で勝利を収めなければならない。


 まずはフランスを電撃的に撃破し、その後にイギリスと寛大な提案で和平を結ぶ。ドイツの空軍と海軍は、イギリスとの大規模な戦争などまるで考えていないのだ。それに、ヒトラーは一刻も早くソ連との戦争に集中したいと考えていた。


 しかし、運命は簡単には彼を許さないだろう。ヒットラーはその事実を感じ取っていた。歴史が予測できない力を持っていること、そしてその力に翻弄される運命が待っていることを。


 彼は目眩がし、南米アマゾン川に美しい蝶が一匹飛んでいるのが一瞬見えたような気がした。そして同時に閃いた言葉。

彼は呟いた。「バタフライ・エフェクト?何の事だ?」


 しかし、その答えを彼が知ることはなかった。




架空史を色々と考えている時にふと心に浮かんだショートショートです。1939年のドイツ軍の装備は不十分で、特に海軍と空軍が対英戦の準備が全くできていませんでした。

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