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6 -龍の子ら

6 -龍の子ら



嗜好品の香木を焚いたときのような薄白の煙が、教会の天窓へ向かってゆるやかに漂い昇っていた。


公爵子息のテオは「ふん」と鼻を鳴らし、指輪をはめた左手で祭壇の水晶を握りしめる。途端に、霊験めいた白煙の中へ白以外の色がじわりと差し込み、やがて無情なほど急速に膨れ上がり濃い赤煙へと変わった。


「お見事でございます。赤煙はまさしく指導者メントルの色!

テオ様が民を導くその雄姿が、今まさに目に浮かぶようでございます!」


神官の割れんばかりの拍手が鳴り響き、続いて他の教師たちの歓声が教会中に広がった。

ジュナはこのあまりにも見え透いたテオへの賛辞(お世辞)に、再び癇癪を起こすのではないかと固唾を飲んだが、それは杞憂に終わった。


テオは賛辞を当然ものと受け止めるかのように胸を張り上げ、ディナミス兄さんが自分に向けるあの冷ややかな笑みを浮かべたまま、長椅子の背もたれに腕をかけて座った。


神官はテオが席についたことを確認し、軽く咳払いをすると次の龍の子の名を呼んだ。

「フリージア・ヴァルファルド。どうぞ、祭壇へお上がりください」


「はい」


澄んだ声とともに、薄紅の淡赤色の髪を一つに束ね、ゆるく三つ編みにした少女の姿が現れた。

一見するとお淑やかな令嬢の印象だが、その凛とした佇まいには、長きにわたりバロバロッサ家の副伯(右腕)として軍務を担ってきたヴァルファルド家の矜持が漂っている。


フリージアの家系は代々、バロバロッサ家への忠誠と誇りを血と魂に刻み込んできたのだろう。

現在も火龍騎士団を率いるヴァルファルド家当主の長男が、バロバロッサ家から厚い信頼を受け、その軍務の中枢を担っている。


祭壇にあがったフリージアは同年代の者たちよりすらりと見上げる背丈で、少し膝を曲げながら水晶に添えるように優しく触れた。


すると濃い赤の煙はみるみる緑に変わり、煙はまっすぐ一直線に天窓へと伸びていった。


「お見事です、フリージア様!

この緑煙はまさしく追求者エパノルトーマの色!

あなたには一つの道を極める才があります。近い将来、その分野の要としてご活躍されるお姿が目に浮かびますな」


淡い緑の瞳が期待に潤み、長椅子に座っている龍の子たちを見渡すと、端正な顔つきがほころぶぐらいの笑顔を見せた。


「不束者ですが、皆さんのご期待に添えるよう精進して参ります。これからどうぞよろしくお願いします」


ジュナは火龍騎士団の見習いとして一時期お世話になった経験から、フリージアの兄とは面識があった。しかし彼女とは『星降祭』の折に兄とともにあいさつを交わした程度で、その人となりはまだ掴めていない。


ただ、まっすぐ一直線に天窓へと伸びていく緑煙を眺めながら、思わず「綺麗だな」と心の中でつぶやいていた。



変煙水晶とは、4つの社会的属性の中から自分に最もふさわしい属性を汲み取る装置だ。つまり、龍の子らが各々得意とする分野を自覚し、この聖焔教会に併設された学院で自分にあう専門的知識を身につけることを推奨されている。


そしてこれはあくまで僕の推測にすぎないが、この水晶は社会的属性を判定するだけでなく、煙の軌跡から術者本人の性格が読み取れるのではないかと思う。


冬朝に息を吐いたような霧がかった煙、刷毛で描かれた秋雲のように柔らく見える煙、あるいは胃もたれしそうなほどの重量感をもつ煙。


龍の子らが創り出す唯一無二の煙から、彼や彼女がどんな性格をしているのか想像するのは、僕にとって楽しいひとときだった。



「セピア・エスキュラス。どうぞ祭壇へ」


祭壇に上がった龍の子は、どこか気怠げな雰囲気をまとっていた。


『表象化』の力によって翡翠色の湖と重なり合った教会の光景が、少年の目には映っていないのではないか——そう思わせるほどだ。


手で口を押えていものの、結局押えきれず大きな欠伸をひとつ。この神聖な場でそんな姿を見せられては、さすがに不敬と言わざるを得ない。

ふと、ジュナの近くに座る少女が、隣の友人らしき人物とくすくす笑いあっているのが耳に入った。その女子特有の含み笑いには聞き覚えがある。興味を引かれ祭壇に視線を移し、よくよく観察してみる。


(なるほど背は低いが、堀の深い顔立ちに整った目鼻。まさに眉目秀麗という言葉が似合う男だ)

だがこれほどあからさまに態度が顔に出る貴族も珍しい。


ジュナは好奇心に駆られて見入ってしまった自分を少し恥じながら、退屈そうな態度を崩さない少年が水晶へ腕を伸ばす様子を身を固くして見つめた。



水晶から立ちのぼる煙は瞬く間に青へと変わり、その軌道はまるで木の枝葉のようにきめ細かく枝分かれし、際限なく広がっていった。


(彼がこれを?)


思わず二度見してしまう。失礼だとわかっていたが、それほどに意外だった。


幾重にも枝分かれする煙は繊細さに加え、セピアという人物の深みを感じさせた。

ただの昼行燈ではない。少なくとも粗雑な印象とはまったく結びつかなかった。



「おお、まさしく海の如く深い青は責任者アイティアーの色!

周囲の信頼を一身に集め、皆に頼れる存在となるでしょう」


「素晴らしい!」

拍手を送る神官の瞳孔は見開かれ、祭壇を降りる少年をまるで鳩に豆鉄砲をくらったみたいな顔で見送っていた。


おそらくジュナ自身もあの神官と同じように面食らった顔をしていただろう。


外見で中身を判断してはならないという教訓なのか、それとも変煙水晶は自分の意思で操作できうるものなのか。

前者であれば、セピアという人間を注意深く観察していけばいずれ答えは見えてくるはずだ。

だがもし後者なら……自分が希望する社会的属性を意図的に公の場で印象づけることができる。それが可能なら、兄さんたちが望んでいるであろう指導者メントルの赤煙に変えることもできるかもしれない。


変煙水晶についてもっと調べておくべきだった。僕という人間を14年間も続けてきたのだから、自分がどの色になるかなど大方見当がつく。



「有終の美を飾るのはこのお方!ジュナ・バロバロッサ様。どうぞ、どうぞこちらへ!」


……皆の視線が痛い。


まがりなりにも僕はこの南端サウスエッジを治める領主の跡継ぎ息子だ。神輿に担ぎ上げるにふさわしい人間かどうか、その立ち居振る舞いの一挙手一投足が精査される。


(上辺だけの態度で人を測れるはずがないじゃないか)


思いつきで口にした言葉が、胸の奥に鋭く刺さる。

つい先ほど、自分もまったく同じ過ちを犯したばかりではないか。


(自分に他人を裁く資格などないな)



祭壇には白檀の優しい甘い香りがほのかに漂い、ビロードのクッションに置かれた変煙水晶からは、いまだ木の枝のように細く分岐し繊細な形を保つ青色の煙が立ちのぼっていた。

ジュナはこれが赤の指導者メントルの色になった未来を思い描き、その情報を脳から水晶に触れる指先へと流し込むように想像し、祈るように目を閉じた。


もちろんこんなことをしても無駄で、不真面目な行為だ。

だが目の端にちらつく兄たちの影に、少しでもいいところを見せたいという思いは、振り払おうとしても振り払えなかった。



案の定、無情にも煙は黄色へと変わった。


枝分かれした煙は渦を巻きながら一気に核となる部分に押し寄せ、最後には……毛玉のように絡み合った糸がもつれあい、まるで小さなマリモのような形を作り出した。



「おお、これは献身者ヘリオトロープの色!

さすがはクラウン・バロバロッサ卿のご子息様。ご存知の通り、クラウン卿も同じ黄煙の献身者ヘリオトロープに変煙したのです。きっとジュナ様も海のようにお心が広い海闊天空な御仁になられることでしょう。ええ!私の目にはっきりと見えています」


予想通りの幕引きにジュナはさほど落胆しなかった。こうなることはわかっていた。

軽くため息をつき、祭壇を降りようと水晶に背を向けた



——その時だ


長椅子に座る龍の子の少女が「あっ……」という間の抜けた声を漏らした直後、悲鳴の叫びが教会中に響き渡たった。


「静粛に願います!静粛に!」

注意を促す神官の声色にも恐怖が混じり、そのせいで教会内はますます阿鼻叫喚の巷と化した。


いつの間にか、エリュトロン先生が創り出した翡翠の湖は消え、硬く冷たい大理石が剥き出しになっている。


ジュナは現状を把握しようと、龍の子らが見つめる水晶の方へ振り返るが——これもまた『表象化』の一種なのだろうか。



献身者ヘリオトロープの黄煙だったものが視界に入った瞬間、冷や汗が背を伝い落ち、甲高い耳鳴りが鼓膜を削り、鈍い頭痛が頭蓋の奥を叩きつける。


心の臓を撫でまわされたような嫌悪が、吐き気とともに喉奥を突き上げた。


今まで築き上げたすべての事象を呑み込もうとする、純粋な悪意が骨の髄まで侵食してくる。


ジュナは膝をつき、小刻みに震える手を握りしめ、それを凝視する。


水晶から立ち昇る黒煙は、まるで天窓に粘りつくかのように這い出し、

軋むような金属音とも、低い唸り声ともつかない不協和音を断続的に響かせながら、教会の空気をじわじわと蝕んでいった。



ご愛読ありがとうございます。


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