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4 -聖焔教会

4 -聖焔教会せいかきょうかい



「今後あのような衝動的な行動は慎んでください。学院内で特恵のない者に『癒しの力』を使えば——それは貴方自身のみならず、バロバロッサ家の名も貶めることになります」



サルウィンは老人に口止め料の銅貨を渡し、ジュナの襟首を掴んでその場を強引に後にした。


息を乱すことなく、一定の速度で走り続ける龍造馬のキャリッジの中——

今ジュナは頭を垂れ、サルウィンの小言に耳を傾けている。


「『樽いっぱいの神酒に、一滴の泥水を混ざるなかれ』——この教義の真意、理解していますか?」


眉間に一本の縦線を刻み目尻を鋭く寄せたサルウィンの表情には、少しでもふざけた返答をすれば腰の剣で即座に叩き斬るとでも言わんばかりの気配が滲んでいる。


(これは……完全に怒ってる)


ジュナは気まずさを隠すように視線を逸らし、窓の外へと目をやった。

だが、どうしても説教される理由に納得ができない。未練がましく、自分でも聞きづらい声を搾り出す。


「穢れのある者に癒しを与えれば、施した龍の子までも穢れ、力が濁る——そういう理屈だったよね、サルウィン?」


もっともそんな迷信を真に受けるほど、ジュナは無知でも従順でもなかった。

サルウィンが口を開くよりも早く、一気に言葉を続けた。


「でも教義の裏ではずいぶん融通が利いてるように見えるよ。

最近、商人の宝石店をある神官が引き取った見返りに、商人の子供に癒しを施されたって話があった。正直、汚らわしい話だけど……」


サルウィンは無言のまま手を挙げ、ジュナの言葉を遮った。


「……信心深い商人が、教会に店を寄進した——ただそれだけのことです。

それに、商人の子供は正式に洗礼を受けています。

聖都より承認された儀礼官による”穢れ祓いの儀式”を経た上で、龍の子が癒しを施しても問題が生じぬよう、すべては正しく、手続き通りに執り行われました」


そんな愚かな話がまかり通っていいはずがない。


聖職者はその場にいる誰が『龍の子』なのかすら見分けられないというのに、どうして穢れた者を見分けられるというのか。

それなのに、洗礼を施せば穢れは祓われ、『癒しの力』の恩恵にあずかれるという。


『癒しの力』なんて、王侯貴族と聖職者が自分たちの特権を守るために作り上げた制度にすぎない。

龍の子の力は、ただ都合のいい道具として利用されている。


こんな茶番——サルウィンだって気づいているはずだ。


(……なのに、なぜ怒るんだ)



反省の色を見せず、むすっとしたままのジュナに、サルウィンは軽く咳で誤魔化しながらも思わず笑みがこぼれる。


(……仕方がない)


「本質を理解しておられないようですから、言葉を濁さず、はっきり申し上げましょう」


サルウィンは龍造馬の蹄音だけが車内に響くなか、その歩調を乱さぬよう静かに口を開いた。


「”真実”という言葉に、意味などありません。価値もありません。

あるのは周囲がどう見るかという、体裁だけです。


このロゴスの國は、王、貴族、聖職者、そして『龍の子』の力によって繁栄を築き、民は日々を、安心のうちに過ごせるようになりました。

飢える者にはパンを、退屈する者には闘技場で”死の臨場感”を。

——それが、平和と呼ばれているのです」


そのときのサルウィンはまるで遠い記憶の中に沈み込むように、虚の目をしていた。


「ジュナ様。我々は、逃れようのない役割をそれぞれ背負って生きています。大切なのは、その役割から外れないこと。

たとえ不条理に満ちていようとも、目を閉じ、波風を立てずに日々をやり過ごせば——”平和”のうちに寿命を迎えることができるでしょう」


(絶対に嫌だ)


ジュナは龍石によって造られた龍造犬ムギの硬い腹に顔を埋めた。正面からサルウィンを見ることが出来なかったのだ。


「……僕はサルウィンが怪我したらすぐに『癒す』から」


サルウィンは、血のつながりのある家族ではない。

けれど、誰よりも大切な存在だった。



小さくため息をつく気配が、車内に沈んだ。


「まったくもって短慮なことです。私は衝動的な行動を慎めとだけ注意したのです。”癒し”を行使するなとは、申し上げておりませんよ」


「はい?」


サルウィンの意外な言葉にジュナは驚いて顔をあげた。だが、その表情はいつも通りの仏頂面のままだ。

どうやら、冗談ではなく本気らしい。


「よろしいですか。癒しの力は、決して誰にも見られてはなりません。

あのような軽率な行動に出る前に、もう少し頭を使ってください。

私が同行していれば助けることもできますが、学院ではおひとりで行動されることも多くなります。

規則を破るならば、せめて冷静に落ち着いて行動してください」


ジュナは純粋に嬉しかった。


突き放すようなその言葉の裏に、サルウィンらしい不器用な優しさが確かにあった。

あの説教も心配から出たものだと、ジュナは今になってやっとわかった。


「サルウィンって、どうしていつも……こんな回りくどい物言いをするんだよ。毎回こっちが赤っ恥をかくじゃないか」


「ええ、実によく踊られたと思います。とてもお恥ずかしい振る舞いでございました。先ほど私が申し上げたことを努努ゆめゆめお忘れなきよう。

ご自分の行動が、周囲にとってどれほど”平和”の障害になるか、重々自覚なさるべきです」


力なく笑うジュナに、サルウィンは何もなかったような顔で言葉を続けた。


「ご覧ください、城郭の門が見えます。あっという間に時が過ぎました。

——良い退屈しのぎになりましたね」




♦︎♢♦︎




切り立つ崖のような鋭い傾斜をもつ高い城壁。


その城郭の東門には4体の龍造岩ゴーレムが護衛に配されている。

いずれも大量生産されたδデルタと呼ばれる機種で、人間に最も近い形に設計されているが、戦闘力よりも見栄えを優先しているのが特徴だ。


最近は、こういう人形を侍らせたがる貴族が増え、母上も聖都セントラルから大量受注していた。そんな近頃の傾向に、ジュナはどうにも腑に落ちないものを感じていた。


安全面を考えれば、人に護衛させるほうがずっと確実だ。このδデルタの機種は内部の制御プログラムを書き換えるのが容易で、わずかな時間さえあれば、主人に牙を向けるように仕組むことができるからだ。


僕なら、まずそばには配さない。


「でもムギは違うからな」


汎用性と標準化ゆえに制御プログラムが簡素化された大量生産型とは異なり、

ジュナの手で1から造り上げたムギとではセキュリティレベルに天地の差がある。

仰向けになって尻尾を振るムギを撫でていると、胸の奥に熱い思いが広がっていった。それは誇りにも似た、かけがいのない存在を守りたいという気持ちだった。


そんな感情を抱きつつも、現実は流れていき、気づけば蹄の音が砂利道のざらつきから石畳の硬質な響きに変わっていた。



門の前、龍造馬が白線の上に停車した。


門番の胸章を帯びたδ型が窓の前に立ち、サルウィンが許可証を手渡すと、軽く会釈して詰め所へと歩み去った。


数分後、馬の鼻息と乾いた蹄音が近づき、栗色の馬とつばの深い帽子を被った御者を連れて戻ってきた。


御者はジュナに短くあいさつし、δ型に指示を出す。

龍造馬を外させ、栗色の馬を繋がせた。


すべての工程を終え、御者は礼儀正しく帽子を脇に挟み御者台に上がる。

微かな静寂のあと、鞭の音が響き、馬車がゆっくりと動き始めた。




♦︎♢♦︎




聖焔教会およびこれに併設された王立学院は、城郭都市の中心に威容を誇る。


その地は周囲の低地を見下ろす堅固な台地に築かれ、その尖塔は城郭の隅々からも仰ぎ望むことができた。


馬車は高級住宅や名高い老舗が軒を連ねる”東・大街道”を抜け、台地をぐるりと囲む環状交差路を南へ回り込んだ。

やがて、聖焔教会へ続く急な坂道へと差しかかり、御者の打つ鞭の音がひときわ高く響く。


坂脇の歩道では、巡礼者たちは長く続く石段を息を切らせながら登っている。その姿は過酷で苦しげだが、その瞳には喜びの光が息づき、どこか安寧を得た表情を浮かべていた。


坂を登り切ると、聖焔教会の全貌が明らかになり、威厳に満ちた佇まいで目の前にそびえていた。


中央の大扉の上には巨大な円形のステンドグラスが嵌め込まれており、その中には幾重にも重なり合う、剣のように先の尖った鮮血色の花——龍神の象徴とされる“華王”が描かれている。


聖焔教会の天辺に屹立きつりつする火龍サラマンダー像は北の空を鋭く見据え、その視線のはるか彼方には、総本山『ロゴス大聖堂』を擁する都が広がっている。


——そこに兄たちがいる。


(絶対に良い成績を収める。

レオン兄さんとディナミス兄さんに必ず認めてもらうんだ)


「ジュナ様、到着いたしました。ご同行ください」


サルウィンの合図にジュナは頷き、勢いよく馬車を降りた。



ご愛読ありがとうございます。


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