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37 -同調(リンク)

———騎士団でさえ手を焼く西区の最奥。

荷車がきしりと軋み、ゆっくりと速度を落としていく中、私は龍石が形作った剣の柄を握り直し、そっと息を整えました。

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視点表示 ♤:ジュナ ♡:フリージア ♧:セピア


37 -同調(リンク)


床板を震わせる重い足音が、途切れ途切れに響いていた。

潜んでいる薄闇からでは様子を掴みきれない。


——仕方ない。

危険は承知で、そっと足を前へ進めた。


耳が刺すように痛む。

《《この子》》は男たちの笑い声を、本能的に“嫌悪”として受け取っているらしい。


——ごめんね、もう少しだけ耐えて。

前へ押し出すよう促すと、ためらいながらも一歩にじり寄ってくれた。


ようやく丸テーブルの端が視界に入る。

切られるカードの擦れる音。酒気を含んだ荒い息遣い。

男たちの手元がはっきりと見える距離になった。


——よし。

視線を調整し、少し上げた。


漂うタバコの煙の向こうには、胸元の火龍サラマンダーの紋章が暖炉の火を受けて静かに煌めいている。

こんな場には本来ありえない聖焔教会の騎士の姿。


その横には取引相手らしき粗野な男たち。

そして、その群れの端に見慣れた横顔が紛れていた。


「旦那、今回は急な頼みで悪かったな。

こっちも大慌てでよ、兵に嗅ぎつけられたみてぇで、計画を前倒しする羽目になっちまった。

龍の子の面倒を見る先生様なんだろ? 今日は教鞭とやらを振る予定はなかったのか?」


「よし、王環の三連刻だ」

札が卓に叩きつけられる。


対して、聞き慣れた声が涼やかに応じた。


「心配はいらないよ。

あれには“人の心を量る術”なんて発想はない。

信じ込ませるなら——そうだね、こんなふうに笑って見せれば十分だ」


白い歯を覗かせるように、整った笑みを浮かべる。

その仕草を合図にしたかのように、周囲の男たちがどっと笑い声を上げた。


「それより、御愁傷様。こちらは始祖札の三連刻」


「クッソタレ!!

へいへい……俺は灰札の単走だ。

精算しろよ。ほら、さっさと持ってけ」


粗野な笑いが弾ける。


その喧騒の中、

ひとりの男が、下卑た興味を隠す気もなく口を開いた。


「旦那、一つ聞かせてくれよ。

龍の子ってのは、触れりゃ壊れる“やわな代物”なんだろ? ヤったあと男はくたばるって噂、あれ本当なのか?」


男たちの笑いに混じって、カリオンも薄く口角だけを動かした。

その笑みは、表の世界で見せる整ったものとは似ても似つかない。


「おいおい、こっちにしてみりゃ笑い事じゃない。

あれは華王より高く売れる商品だ。

そんなものを、そうそう雑に扱えるわけがないだろう。

清潔で、刺激の少ない環境でしか生きられない。扱いをほんの少し誤っただけで、簡単に精神を壊す。

そうなれば価値は落ちるし、上からは面倒な視線も向けられる。

割に合わない仕事だよ」


火の粉のような嘲りを含んだ声で、カリオンは続けた。


「だから、丁寧に管理する。

“良品”の札を付けて送り出す、そのときまではね」


男たちが、意味を理解したふうに笑いを漏らす。


「なるほどな旦那。

あの商品は、日頃から龍の子を管理してるあんただからこそ出た発想ってわけか」


カリオンは答える前に、手元のゴブレットへゆっくりと口をつけた。

喉を鳴らし、一拍置いてから、やれやれと肩をすくめる。


「気づいてしまったかい?

華王に、孤児院の子どもが“付随する”だけだ。

ああいう連中は、それだけで二倍、三倍の金を、躊躇いなく積む」


淡々とした口調のまま、彼は続ける。


「教典に記されている通りだよ。

どんな経験も、決して無駄にはならない」


そう言って、カリオンはまるで龍神に祈りを捧げる儀式でも始めるかのように、恭しく両手を組んだ。

その不釣り合いな敬虔さが合図になったかのように、男たちの笑い声がまた一段と高まった。


——もう限界だ。

頭の奥で意識が軋むような拒絶反応が走った。

もう体が、このやり取りを支えきれなくなっている。


——貸してくれてありがとう。君は奥で待機していてくれ。


潮流に抗い、命綱のように掴みしめていた枝木から指をほどいた。

次の瞬間、意識は龍造鼠の身体から引き剥がされ、反転する流れに呑み込まれていく。


人形と肉体の境でどちらが自分なのか判別がつかない。


視界がわずかにずれ、

二重に重なり合った瞬間、

精神が鏡のようにひび割れた。


二つに分かれた意識が互いを映し合い、

その裂け鏡の向こうで、

もう一人の自分が場違いなほど意味ありげに笑っている。


聞き取ることができない。

声をかけることすら、できない


次に意識を取り戻したとき、

肺の奥へ重たい空気が流れ込み、遅れて胸が上下し始めた。


ジュナは息苦しさを引きずりながら現実の光の中へ、無理やり目を開いた。



♦︎♢♦︎


咄嗟の出来事に、私は動くことを忘れていました。


「おい! ジュナ! 大丈夫か」


まるで水底から引き上げられたかのようにジュナ様は大きく息を吸い、喉を鳴らして咳き込みます。

すぐ傍で、セピアが途切れることなく彼の背を撫で続けていました。


私は急激に冷えきった自分の身体を抱え込むようにしながら、その光景を見つめることしかできません。


「セピア、すまない。……もう大丈夫だ」


しばらく身を伏せていたジュナ様は、こめかみに手を当てたまま上体を起こされました。

その指先がかすかに震えています。


反射的に私は自分の上着へ手を伸ばしましたが、


「二人に、聞いてほしいことがある」


その言葉と同時に、

――震えていたはずの指先が、ぴたりと止まったのがわかりました。


澄み切った青を宿した瞳は静かにこちらを見据えています。

それに反して唇だけがわずかに吊り上がり、形を保つことに意識を割いているようでした。


まるで、胸の奥に生じた何かを外へ漏らすまいとしているかのように。




ご愛読ありがとうございます。


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