29 -砂上の城
そんなジュナが、ふいに笑った。
危うい光を宿した瞳でこちらを見据え、低く告げる。
「指示系統も確認できた。いつでも刷り替えられるよ」
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視点表示 ♤:ジュナ ♡:フリージア ♧:セピア
29 -砂上の城
♧
「でも聞いてくれ」
そうジュナが前置きしたあとが長かった。
「この龍造犬は複数の人間の手で造られてる。だから言語プログラムに手垢があって、重複した命令がいくつも書き込まれているんだ。せっかく質のいい龍石を使ってるのに、その力を全然活かせていない。本来なら、今の三倍はパフォーマンスを発揮できる個体だよ」
三本の指を立てて見せるジュナは、瞳孔が開ききっていた。
俺は不用意に機嫌を損ねぬよう、相槌を打つ。
「ああ、そうだな。もったいねぇ話だ……。
それより……あー、ジュナ様?早いところ人形の制御を始めてくれませんかね」
「え?制御は無理だよ」
あっけらかんとした声に、頭がカッと熱くなる。
(今なんて言いやがった。無理だと? )
「おい冗談じゃねえ、そんな余裕ぶっこいてる場合か。
“いつでも刷り替えられる”って、あんたが言ったんだろ」
「言った。刷り替えるって。——でも、それは“制御”とは違う」
ジュナは妙に明るい声のまま、さらりと続けた。
「君の言う制御っていうのは、完全に龍造犬の支配権を奪うことだ。
でも、これからやる“刷り替え(リライト)”は違う。相手の指示系統の一部を書き換えて、正しい行動をしているように錯覚させるんだ。
たとえば“お座り”しているように見えて、実は“お手”をしている、みたいな感じに」
ジュナは人の揚げ足を取るように軽々しく説明を続け、フリージアはあっけらかんとそれに耳を傾けている。
「ジュナ様、どのくらい持ち堪えられそうですか?」
ふたりの呑気な会話に、我慢の限界だった。苛立ちが爆発した。
「お前らいい加減にしろ!
言葉遊びなんかしてる暇はねえ。制御でも刷り替えでも構わねえからさっさと始めろ!」
フリージアはじっと俺を見つめ、わずかに迷いを滲ませながら言った。
「セピア、冷静になりなさい。私も龍造人形の全てを理解しているわけではありませんが、家柄として人形兵器の運用に深く関わっています。その危うさは、身に沁みて知っているつもりです。
制御された人形の対処法なら記録に残されていますが、刷り替えの例はほとんど見受けられません。おそらく理屈の上では可能でも、現実では簡単に再現できないのでしょう」
フリージアの言葉のあとを受け、ジュナが続く。
「セピア、要するに刷り替え(リライト)は理屈では通っても、手間と危険が桁外れに大きいんだ。洗脳じみたことを一つ一つやるくらいなら、支配権を丸ごと奪った方が早い。だが、今回は良質な龍石が使われていてセキュリティレベルが高くて制御できないんだ。
だから仕方なく――部分的な刷り替えをする。命令の一節だけを書き換えて、龍造犬自身に『異常なし』と思い込ませるんだ。」
短い沈黙の後、ジュナは唇を引き締めた。
「計算では、刷り替えられるのは半小刻(10分)が限界だ。
いいかい?その間にセピア、君たちは素早く証拠を集める必要がある。
僕の言ってる意味、わかるか?」
「…………。
あんたは、それが言いたかったんだな」
こめかみを押さえた手が、わずかに震えていた。
フリージアの静かな声も、ジュナの理屈っぽい口調も——全部、俺を落ち着かせるためだった。
まさか、自分が孤児院のガキ相手にここまで取り乱していたとは。
その事実を自覚した瞬間、胸の奥で張り詰めていた糸は張力を失って垂れ下がった。
途端に、これまでの自分の態度が滑稽に思えて腹の底から笑いが込み上げてくる。
「くくく……
だはははっ……くそやろう………」
ジュナとフリージアは互いに顔を見合わせ、ときおり”気でも狂ったんじゃないか”と訝しげに目を向けてくるが、無理もない。
現に、狂っていたんだからな。
——バチン
頬を両手で強く叩いた。
「我に返ったよ。
もう馬鹿みたいに喚いたりせねえ。だからいつでも始めてくれ」
「セピア、本当に大丈夫なのですね?」
フリージアは俺の目を確かめるように覗き込んだ後、小さく頷いてジュナに伝えた。
「半小刻(10分)しか時間は稼げない。
その間に必ず見つけてここまで戻ってくるんだぞ」
ジュナは華王の粉末を封じ込めた銀の指輪を高く掲げ、そのまま腕を龍造犬の方へ伸ばした。
「よし、繋がった。——入ってくれ。」
合図を受け、俺はポケットからカリオンの鍵を取り出す。
刷り替えによって仰向けに転がった龍造犬を脇目に扉の鍵を開け、フリージアを先に中へ送り、続いて俺も足を踏み入れた。
♦︎♢♦︎
♧
学院内のカリオンの部屋はジュナの部屋と同等かそれ以上の広さがある。おそらく奴はこの部屋を倉庫代わりにしているのだろう。紙で梱包された絵画や陶器が、床や机の上に無造作に散らばっていた。
確かに、この階層は龍の子以外立ち入りが許されておらず、保管場所としては理想的だ。
「ここにあるもの、全部……カリオン先生の所有物なのでしょうか」
フリージアは慎重に歩を進めながらも、声がわずかに震えていた。
無理もない。信じていたカリオンの裏の顔を目の当たりにし、まだ現実を受け入れられていないのだろう。
「随分と羽振りがいいじゃねえか。給与の3分の2も寄付してるだろ?一体どこから金が湧いて出るのやら」
フリージアが机の中を覗き込む間、俺は本棚の埃の少ない箇所を中心に本を持ち上げ、ページを慎重にめくる。何かやましいことをしてる奴は、机の中のそんなわかりやすい場所には隠さない。
「う、嘘でしょ?こ、これ、有名な画家が描いた“夕日”ではありませんか」
普段の冷静さを忘れたように、フリージアは奇声を上げながら小さな絵画を拾い上げた。
「どうした?そんなにも値打ちがあるものなのか」
適当に相槌を打ちながら、本に挟まれた宛先に『西地区倉庫』と書かれた怪しいロゴス手形をポケットにしまい込んだ。
すると、少し遅れて歯切れの悪い声が耳に入る。
「……もっと、悪いです」
声の調子が気がかりで思わず振り返ると、
彼女らしくない蒼白な顔が罪の意識に耐えきれないように歪み、微かに笑っていた。
「ふふ……これ、東区の美術館で盗まれた盗品ですよ。一度、展示で見たことがあります」
「おい、大丈夫かよ」
肩を軽く揺すり、焦点の合わない目に光が戻るまで声をかけ続ける。
フリージアの呼吸が徐々に整い、瞳にわずかな力が戻ってくるのがわかった。
やっと意識を取り戻した彼女は、まだ少し震える手を胸に押し当てながらあたりを見渡すと、何かに駆られるように手当たり次第に調べ始めた。
「手を止めさせてごめんなさい。一刻も早く証拠を集めましょう」
♦︎♢♦︎
♧
「カリオンは、俺たち龍の子をかなり舐めているようだな」
半小刻(10分)もかからず、次々と証拠が出てくる。
仲介料で得たと思われる大量の金貨は、一見ただ梱包された絵画や陶器に見せかけた中にあちこち隠されていた。さらに決定的だったのは、本の中身をくり抜いた箇所に、カリオンの隠し口座の手帳がしっかりと収められていたのだ。
「これをジュナ様に渡せば、カリオンも完全におしまいだろう。フリージアさん、撤退するぞ」
「ええ、そうですね」
まだ少し動揺の残るフリージアの返事を聞きながら、セピアは本棚から離れ、足を扉まで進めた。
「っ!セピア、もう一度本棚まで戻ってください」
さっきの憔悴はどこへやら、勢いよくそう告げると、フリージアはおろした髪をひと束にまとめ、耳を出した。
理由はわからない——それでもセピアは素直に従った。
本棚の辺りまで足を戻ったときだ。
「止まってください。やはり、そこの床……吹き抜けになっているようです」
セピアはしゃがみ込み、床板を叩いた。確かにここだけ音がわずかに違う。フリージアの地獄耳に感心しながら床板の角を持ち上げると、あっさり外れた。
裂け目からひんやりとした風が肌を撫で、湿った木屑のカビ臭さが混じっている。
微かに軋む床下の奥から、まるでこちらの動きを息を潜めて窺っているかのように、黒ずんだ小さな木箱がひっそりと顔を出していた。
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