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28 -覚悟

「俺はそれを止めなければならない。まず何より、カリオンを捕まえる確実な証拠が必要なんだ。ジュナ、俺にはあの龍造犬を突破する術はない。

頼む、手伝ってくれ」

=====================================

視点表示 ♤:ジュナ ♡:フリージア ♧:セピア


28 -覚悟


拳の中で爪が食い込み、その痛みだけがかろうじて自分を現実につなぎ留めていた。


今ここでセピアの申し入れを受け入れれば、もう後戻りはできない。

それでも孤児院の子どもたちを守ることこそが、今この場にいる自分の意味を辛うじて確かめさせてくれる気がした。


承諾の言葉が喉元までせり上がった、そのときだった。


「ジュナ様、セピアの問いにお答えになる前に一つ条件があります」


セピアの前に進み出たフリージアは冷静に手順を整理するように告げた。


「露見した場合は、私が前に出ます。軍務を担うヴァルファルド家の名を以てすれば、捜査の枠組みだけはなんとか握れるでしょう。ですから、ジュナ様は表に出ないでください」


「つまり、君が罪を被るというのか?」


フリージアは微動だにせず、視線をジュナに据えた。


「あなたが前に立てば、聖都の介入によって、南端サウスエッジの屋台骨ともいうべきバロバロッサ卿が窮地に追いやられるかもしれません。私が責任を引き受け、あたかも公式手続きを踏んだかのように体裁を整えれば、事は『公的な枠組み』の中で処理されたことにできます。

そうなれば、外部の横やりや噂の暴走も格段に抑えられます。ジュナ様が表に出ることは火に油を注ぐようなものです。」


ぐうの音も出ない。理屈もわかる。

だが、納得だけがどこかで反発している……。

前髪をかき上げ、息を吐いた。


「なるほどな……ヴァルファルド家はバロバロッサ家の右腕だから、矢面に立たされても構わないってわけだ」


「はい。剣は、相手の矢を弾くことだってできますよ」


フリージアは微笑んで、腕を曲げて力こぶを作り、反対の手をそっと添えた。その仕草は、軽やかにジュナの言葉を受け流すようでもあった。


「それに——」

フリージアは唇を噛み締め、肩の線をわずかに強張らせた。


「華王を子供の目と鼻の先で売り捌いているのなら、これはヴァルファルド家の沽券に関わることです……絶対に、許せません」


フリージアはまるで熱に浮かされたように出入り口へと進み出ると、更衣室の扉の取手を強く握り締め——そのまま勢いよく開いた。

「さあ、決まったのなら即、行動あるのみです!」


振り返った淡緑の瞳は、いつもの穏やかさを失い、まっすぐに燃えている。


「何をぼさっとしてるんですか、セピア! 

ジュナ様が龍造犬シェパードをどかしてくださいます。着いてきなさい!」


呼ばれた本人は呆気に取られていたが、フリージアの熱が伝染したのか抗えない力に引き寄せられるように歩を進めた。


(僕まだ、答えてないのに……)


更衣室に一人取り残されたジュナは慌てて二人のあとを追った。



♦︎♢♦︎


学舎南棟の奥、曲がり角をいくつも抜けた先にカリオン先生の部屋はあった。

ジュナにとっては一度も足を踏み入れたことのない領域だ。


「あいつらだ」

セピアが指さす方角に目を向けると、二頭の龍造犬シェパードがお座りの構えのまま微動だにせず、カリオン先生の扉を守っていた。


「あれ……」

一目で違和感を覚え、息を詰めて視線を凝らした。


「あの龍造犬……ただの教会の所有犬じゃない。おそらく、カリオン先生個人のものだ」


「確かに。額に火龍サラマンダーの印はありませんね」


声を潜めながらも、フリージアの調子には少し得意げな弾みがあった。


「それだけじゃない。光沢からしても別格だよ。おそらく龍素純度の高い龍石が使われてるんだ」


(流石にムギよりは劣ると思うけど……)

内心でわずかな優越感を覚えながら、二人に説明した。


「つまりどうなんだ?あの人形は、あんたでも止められないのか」


セピアの手が服を強く引いた。答えを急かすようなその力に何度も頷く。


「できるよ。確証はないけど……きっとうまくやれる」


もっとも——教会の所有犬であれば話は早かった。

聖都刊行の『龍造犬編纂本』に記載されたものは、多少アレンジこそ施されているが、結局は汎用性と標準化を優先した簡素な制御プログラムの上に築かれている。

だから、指示系統さえ把握できれば、制御など造作もない。


龍造人形を扱ううえで最も大切なのは、核となる龍石の”性格”を見極めることだ。

原理はいまだ不明だが、龍石には確かに“選り好み”がある。

『コード』と呼ばれる言語プログラムを与え、その龍石にとって心地よい命令を入力してやれば、龍石自体が途中から自動的に続きを紡ぎ始める。

——ムギが誕生したときも、そうだった。


逆に、その龍石が嫌う命令を与えると、構造が歪み、最後には砕け散る。

だから、基本は“標準値のコード”を入力して、最悪の破損を避けようとする。


だが、カリオン先生の部屋を守るこの龍造犬は違う。

ムギのように一から龍の子が造り上げた個体だ。

指示系統は桁違いに複雑で、難しい命令も難なくこなすだろう。

つまり、セキュリティは最高水準。簡単に制御できる代物ではない。


一から造り上げられた愛のある龍造人形に侵入するのは、ためらいがある。

それでも、ためらいはあくまで感情の問題に過ぎない。設計者がどんな『コード』を、どんな言葉を与えたのか

――その一点への関心が、思考の大半を占めていた。



♦︎♢♦︎


俺は相当参っていた。

絡まった紐がほどけずにもがくように、苛立ちのせいで思考はまったく働かない。あの二人に言い訳じみたことまで口にした自分が情けなかった。偏見を拭えず、奴らを十把一絡げにまとめてしまったこと。これが明らかな失態だった。


朱鯉池で、フリージアがバロバロッサ家お抱えの宵傘衆ばんがさしゅうに頼んでいないと知り、驚かされた。貴族たちは自分の権益が侵されれば、表では柔和な笑みを浮かべつつも、裏では悪どい手段も辞さず強行する生き物だと俺は信じて疑わなかったからだ。


=回想=


フリージアの話を聞いて焦った俺は、急ぎ学院へ引き返し、証拠を得るため単身でカリオンの部屋へ向かった。

だが、そこにはいつもと変わらず、二頭の龍造犬が扉の前に陣取っている。


それでも退く気はなかった。

強行突破を決め、扉をすり抜けた瞬間――頬をかすめる刃に阻まれ、思わず後退させられる。


直後、甲高い警戒音が鳴り響いた。

ピー、ピピ――耳を刺すその音に呼応するように、隣の事務室の扉が、がらりと開く音がした。


俺は素早く近くの展示用の騎士像の中に潜り込み、関節部の小さな隙間から外の様子をうかがった。

うだつの上がらなさそうな眼鏡をかけた男が辺りを見渡し、めんどくさそうに声を荒げる。すると、龍造犬らは鳴き止み元の位置で動かなくなった。


「まったく、カリオン先生は何を考えているんだ。人形を配さなくても鍵さえかけておけば問題ないだろ……どうして僕が人形の世話までやる必要があるんだ。くそっ!!」


男は唾を吐きかけるように龍造犬に目を向ける。


「聞いてるか?そこのポンコツ! 

誰もいないのに吠えるな、いいな!」


だが、龍造犬はまるで何事もなかったかのように微動だにせず、扉の前で座ったままだった。


「……“吠えるな”以外、まったくの無視か。ほんと、神官様様だな」


隣室の扉が乱暴に閉まる音を待って、俺は鎧から音を殺して抜け出した。


===


カリオンの部屋に侵入するには、人形を操るジュナの助けが要る。

だが、その頼みの綱が今は意味のわからない言葉を呟いている。

……不安しかない。


そんなジュナが、ふいに笑った。

危うい光を宿した瞳でこちらを見据え、低く告げる。


「指示系統も確認できた。いつでも刷り替えられるよ」

ご愛読ありがとうございます。


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