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24 -龍造犬

ジュナ様はムギの胴を抱き寄せてしゃがみ、背に尻尾が強く当たっても撫でる手をゆるめません。やがて八重歯をちらりとのぞかせ、くすっと笑いながら私を見上げました。


小雨はもう霧雨のようにか細く、差す意味もほとんどなくなっています。

私はジュナ様と身を寄せて入っていた小さな傘をそっと閉じ、胸の奥を鎮めるように静かに息を吸いました。

=====================================

視点表示 ♤:ジュナ ♡:フリージア ♧:セピア


24 -龍造犬シェパード


「冷えるな」


柵門をくぐって学院の訓練場へ続く大通りを進むと、ひゅう、と冷たい風が吹き抜けました。

ジュナ様は堪えきれぬ息をふっと洩らし、身を温めるように腕を抱え込んで小さく震えておられます。


髪の先まで濡れそぼっているのです。

無理もありません。


「ほら、これを着てください。いいえ、断ってもダメです」

いまさら大丈夫だと言い張ろうとするジュナ様に、私は容赦なく自分の上着をかけて差し上げました。


南端サウスエッジがいくら温暖でも、この季節はもう名残りわずか。寒くて当然です」

声にわずかばかり強さを込めましたが、これは至極当然の帰結です。ジュナ様は……あまりにもお優しすぎます。雨の中、わざわざ私を待つ必要などなかったのですから。


霧雨は遠景を覆い隠す代わりに、互いの息遣いがひときわ意識されるようです。意識せずにいようとすることは、結局は意識することと同義であって……私はどうしても相手の仕草一つひとつが気になって、つい視線が泳いでしまいます。


そのとき、ジュナ様が親指を立ててムギに合図を送っておられるのが目に入りました。するとムギは答えるかのように、口を大きく開きます。


それにしても……ムギの体の中は一体どうなっているのでしょうか。


傘の次には、口からするすると手拭いが現れました。ジュナ様はそれを引き出しつつ、こちらの驚きを見透かしたかのように、恥ずかしそうに答えてくださいます。


「ええっと……日常で使うものは、ムギの中に入れてあります。龍石や龍貨(硬貨)、それに軽食や水もありますよ」


引っ張り出した手拭いで自然にうねる髪を拭きながら、声に以前にも聞き覚えのある熱が混じりはじめます。なるほど、どうやらジュナ様は龍造人形の話になると、いつもより少しお話し好きになるようです。


「衣類も入れようと考えたことはあるのですが、キャパの限界もあって体の拡張を試みたんです。でも敏捷性が著しく低下して、ムギが不機嫌になったので元に戻しました」


好きなことを共有できるあの高揚感はかけがえのないものです。

私も”騎士物語の黒き誓い白き道”が大好きでよく兄にせがみ、話し相手になってもらった経験は一度や二度ではありません。

ですが……申し訳ありません。

私はジュナ様のお相手を務めるにはまだ力不足のようです。龍造人形のことは所々しかわからずうまく話を返せませんでした。

次までに、どうしても身につけておかねばなりません。



「あら……?」


前方、北の方角から規則的な振動が伝わってきます。

湿った土の匂いに混じり、龍石を宿した獣特有の重みも確かに感じられます。


水滴で音は乱れ、遠くの気配は掴みにくいですが……


しかし四つの足が地面を蹴る爪音は、瞬く間に鮮明となって、

疑わしかった感覚は一気に確信へと変わりました。


「ジュナ様、北から六です。判別はつきませんが、四足歩行のものが迫っています。直ちに私の後ろへ!」


ジュナ様は私に理由を尋ねず、すぐにムギに指示を出して背後に下がってくださいました。懐に手を伸ばし、指先で冷たく硬い感触を確かめます。


念のため、龍石を持参しておいてよかった。


——淡く青く鈍る刃先。

——いつも稽古で扱うずしりとした重み。

——その圧が手に伝わるあの感覚。

——柄は汗を吸いとり、よく手に馴染み、決して離れることはない。

龍脈を通し、その願いを龍石に染み込ませていく。


思いをのせた龍石は、淡く燐光を放ち、ほのかなぬくもりを帯びて形を変えていく。ほどなくして、恩寵により飾り気のない無骨な塊は、私の手の中で鋼の刃として顕現した。


思い描いた通りの感触にほっと息をついたものの、喜びに浸っている余裕はありません。今は手にある刃のように、意識を鋭く研ぎ澄ませることだけに心を注がねばなりません。


息を整え、心を静めます。

視界に黒い塊を捉え、刃先に意識を集中させる。ただし思考は一瞬だけ。

あとは湿った風の匂い、霧雨の一滴一滴が肌を伝う感覚、足元の微かな振動──五感がすべてを告げてくれる。

私はただ、それに身を委ねればいい。


石畳を蹴る爪の鈍い響きが止まり、六頭の足音が弧を描くように散っていきました。耳奥で、私はその動きをくっきりとした像として感じ取ることができました。

……どうやら相手は私たちを囲い込むつもりのようです。


その選択、ありがたく活かさせてもらいます。

一点を突き、訓練場のある北へ——二人が逃げる道を切り開いてみせる。


「ジュナ様!私についてきてください。一点突破します!」

前にいる黒い塊に斬りかかろうとしたその瞬間——


「フリージアさん、動かないで!」


「ええっ──!?」

背後のジュナ様の声に反応しきれず、握っていた剣を放したまま受け身を取り、地面へ転がり込んでしまいました。


慌てて手をついて顔を上げると、六体の龍造犬シェパードが赤黒く光る目を灯し、獰猛な気配を纏って完全に包囲しているのが見えます。

私は咄嗟に放ってしまった剣の位置を探しました。その傍らでムギは、同種の仲間に出会えたのが嬉しいのか、尻尾を風車のようにぐるぐる回してはしゃいでいます。


龍造犬シェパードがなぜここに……?この子達も、ジュナ様の所有されているものなのですか?」


「いいや、違う。この子達は教会の所有する龍造犬のはずだ。ほら、額にある印を見てくれ」


ジュナ様に促されるまま龍造犬の額を見ると、聖焔教会の象徴である火龍サラマンダーが確かに刻まれていました。


「ますます意味がわかりません。教会の龍造人形が、どうして私たちを取り囲む必要があるのですか」


その時、

——ピピー、ピピー、ピピ

六体の龍造犬から、金属を打ち鳴らすような、鼓膜が破れるくらい甲高い音が一斉に響きわたりました。


「ど、どうしましょう!私が人形を壊してしまったのでしょうか!ジュナ様!私は誓って指先一寸も触れてませんよ!この人形叩けば治るでしょうか!」


あまりの唐突さに、口をついて出た言葉は自分でも意味がわからないものでした。

それでもジュナ様は何度も頷き、落ち着かせるように、一語一語、私にわかるよう短く言葉を返されました。


壊れてないよ。

警告音だ。

僕たちを探してる。

ここで待っていよう。



長い間、不快な警戒音に包まれたまま、私たちは耳を塞ぎながらじっと待ちました。


やがて――

「ジュナ君、フリージア君!」


霧の向こうから、聞き慣れたカリオン先生の声が届きます。

先生は龍造犬に短く声をかけて静めると、こちらに歩み寄り、柔らかい笑みを浮かべていらっしゃいました。


「大通りにいたんだね。君たちだけ訓練場に戻っていなくて焦ったよ。

それで教会から警護用の龍造犬を借りて捜索していたんだ。」


その声音はいつも通り穏やかでしたが、転がる剣に視線を落とした瞬間、表情がきゅっと引き締まりました。


「警戒音、きっと驚かせてしまったね……。

それで、これはどちらが龍の力で造ったものなのかな?」


私は一片の罪悪感も覚えず、むしろ胸を張るように堂々と手を挙げました。


「おやおや、君らしくもない。いけないよ、フリージア君。

授業でも言ったろう?四大元素以外の龍の力を用いることは教義に反する。

それは結果的に己の可能性を狭め、暴走の危険を招いてしまう。

だからこそ、カリキュラムに沿った安全な術を学ぶべきなんだ。

この教えは君たちを縛るためではなく、守るためにある。わかるかい?」


私が抗議を口にするより早く、ジュナ様が先に口を開かれました。


「お言葉ですが、もし相手が危害を加える者だったとしたら、

それが先天的であれ後天的であれ、自らの身を守るために力を使うのは、やむを得ないことではないでしょうか」


「ジュナくんも冗談を言うんだね」

カリオン先生は微笑を崩さぬまま、ゆっくりと首を横に振ります。

「聖焔教会の境内でそんなこと、君たちの前では起こり得ないさ。

龍神様の稀血を授かった尊き存在――龍の子に不敬を働く者など、この世には存在しないからね」


先生の瞳はふいに氷のような冷たさを帯び、どこか足元を踏みつけるような視線を投げかけてきます。

数秒の沈黙ののち、眉根をわずかに寄せたその様子が、私にはいたたまれずに出た仕草のように映りました。


「最後まで演じきれなかったようだ」

肩をそっと持ち上げ、ぱっと白い歯をのぞかせながらいつも通りの爽やかな微笑みを浮かべられました。

「いや、すまない。ほら、僕も一応神官だから、こういうことはきちんと言わないといけない立場にあるんだ。

だから畏まって見せたんだけど……やっぱり僕には向いてないようです。ジュナ君の言葉にも真があるからなおさらね。」


「ただし——」

カリオン先生は声を落とし、忠告するように続けます。

「教会ではジュナ君の理屈は許容されない。教典に記されていることが間違っているとなれば、大変なことが起きてしまうからね」


「いいかい?二人ともくれぐれも気をつけるんだよ」


静かに念を押す先生の声には、本当に私たちを気遣う誠実さが滲んでいます。

潔白を確かめるためとはいえ、こんな良い先生に疑いをかけてしまう自分があまりにも馬鹿げているように思えました。





ご愛読ありがとうございます。


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