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17 -茶会

では、実践に移りましょう。

教壇に蝋燭とマッチがあります。ひとりひとつずつ取りに来てください。

炎を灯し、その光が溶けて消えるまで見つめ続けてください。

目を閉じてもなお、その火を心に思い描けるようになること——ここが肝心です。


午後には訓練場にて、龍石を用いず火の恩寵を引き出す訓練を行う予定です。みなさん、しっかり励んでください」

=====================================

今回から、章ごとに誰の視点かが分かるよう、アイコンを添えてみました。

♤:ジュナ ♡:フリージア ♧:セピア


17 -茶会


龍の力は暴走の危険があるため、訓練場以外での行使は原則禁じられている。

もっとも蝋燭に火を点す程度で暴走など起こりはしないから、これまでは学舎内でも黙認されてきた。

だが昨日のテオの件以来、教会は過敏になり例外すら許さなくなった。


おかげでジュナたち龍の子は、力を使うたびに『学舎:北棟』と『訓練場:西棟』を結ぶ渡り廊下を何度も往復する羽目になった。

しかも訓練場は一般学生との共用。入れ替えのたびに分刻みで移動させられる今日の慌ただしさは、ただの訓練以上に堪えるものがあった。


「ご足労をおかけします。

ですが、明日からは訓練場の利用を龍の子に限定することが決定しました。これで今日のような混乱は起こらないでしょう。

それにジュナ君、これで早朝稽古のたびに申請する手間もなくなります。不幸中の幸いとはまさにこのことですね」


一般生徒との入れ替えのため、今日だけで8往復を数えた渡り廊下を皆で歩きながら、カリオン先生はここまで語ると片目を細め、柔らかに微笑んだ。


疲労を隠しきれない仲間たちとは対照的に、フリージアはしなやかな足取りを崩さず、澄んだ声で問いかけた。


「私たちだけが訓練場を使うのであれば、一般生徒はどこで鍛錬をなさるのでしょうか」


「ご安心ください。一般生徒の訓練は外でも行えます。彼らはどこにいようと構いません。

しかし、龍の子のみなさんは違う。

みなさんは、他の誰にも届かぬ次元に立つ人間なのです。

王立学院が存在するのは、ひとえにみなさんが龍の力を身につけるため。

だからこそ、みなさんは大切に扱われねばなりません」


躊躇いのない明快な返答だった。


その明確さゆえに、ジュナの胸の奥が抉られるように痛んだ。

視界が……万華鏡を覗き込んだかのように歪んでいく。

――この感覚は、僕も確かにそこにいたはずなのに、ディナミス兄さんと妹のルミーが楽しげに言葉を交わしているのを、ただ傍らで眺めていた時と同じだ。


『龍の子』は区別され——最後には憎まれる。



ぱちっと目を開けると、終業を告げる鐘が鳴り響いていた。


無意識のまま行動していたのか……。

気づけば教室の席に座り、いくつかの細々とした連絡事項が伝えられているのが目に入った。

意識を保とうとしたが、体が強く求めるまま、またまどろみに沈んでいく。



再び目を開けると、眼前にフリージアの顔があった。


「うわっ!?」

椅子が浮き、視界がひっくり返る。

後ろへ倒れかけると同時に、フリージアの悲鳴が耳に届いた。

しかし、頭は地面にぶつからない。誰かが後ろで支えてくれていたのだ。


「助かりました」

椅子を戻してくれた相手に礼を述べ、振り返ると、知らず知らずのうちに訝しげな表情を浮かべていた。


相手はその心情を見透かしたように、口の端を皮肉げに歪める。

「礼なんて結構ですよ。助けられて本当によかったです。……あ、怪我はありませんか()()()()?」


差し出された手を取って立ち上がったジュナは、乾いた金色の目を向けてくる相手に、努めて平静に、品のある微笑を返す。


(舐められてたまるものか)


だが、場の緊張など露ほどにも気にしないフリージアの声色が、明るげに響いた。


「ご無事でよかった。驚かせてしまってすみません。

それと、セピア。ジュナ様を助けてくださって感謝します」


その声にジュナは毒気を抜かれた。

よくよく考えれば、火種を投げたのは自分のほうだ。


「無意識とはいえ、助けを賜りながら無礼を働いてしまった。セピア君。どうか、この失態をお許しいただけるだろうか」


「”無意識とはいえ”ですか……っふ、正直なお方ですね。

俺がどう見られているくらい自覚しているつもりです。だから気にしないでください」


そう言って、セピアはひょいっと眉を上げて小気味よく笑った。


「よく存じ上げませんが、お二人のわだかまりは解けたようですね」

フリージアは微笑を浮かべ頷く二人を見つめていたが、ジュナに向き直ると、心配そうな表情になった。


「ジュナ様。授業後のアレを覚えておられますか……」

「ええ、もちろんです。ぼんやりしていて、本当なら僕からお誘いするべきでした」

フリージアは勢いよく首を振り、顔をほころばせた。


「いいのです。覚えてくださっていたのなら十分。それより議題はきっちり準備してありますのでご安心を」

「僕も話したいことを箇条書きにしてまとめてあります」

二人の声が次第に弾みを増すにつれ、教室中に熱気が充満し、セピアは蒸し暑さを感じた。


「まあ!では、急ぎましょう。時間が惜しいです!」

「はい!」


セピアは目を瞬かせ、今にも教室を出て行こうとする二人に声をかける。

「ずいぶん盛り上がってますが、この後何か用事でも?」


「「王制騎士団史について!」」


「……は?」

二人が目を爛々と輝かせて口にした言葉の意味が、セピアにはまるで理解できなかった。




♦︎♢♦︎



「俺までお邪魔することになってしまいました。失礼をお許しください」


辺境伯家の息子の寮室だけあって、俺の部屋の3倍はあろうという広さだ。

白布の張られた食卓には、磨き込まれた銀器がずらりと並び、龍灯(龍の子が灯りの願いを施した龍石)の光が銀器に反射していやに眩しい。

ひとたび触れてはいけない部分に指紋でも付けば、その輝きはたちまち台無しになりかねない。


(なんでこんな薄氷踏みみたいなゲームをやらされてんだ。普通に飲ませろよ……)


ここ南端(サウスエッジ)をさらに南下した外界と呼ばれる南国から取り寄せた茶葉だけあって、銀のカップから立ち上る香りはたしかに上等だ。なぜかジュナは茶葉について言い淀みながら説明していたが、その所作は自然で、フリージアと共に落ち着き払って茶会を楽しむ様子は、貴族らしい華やかさが部屋の空気の中に自然と溶け込んでいた。


(お貴族様の優雅な暮らしってやつは……作法だらけで、こっちの呼吸が詰まりそうになる)


とうとうセピアは茶を飲むことを諦め、手持ち無沙汰の手を、銀色に輝く菓子器へと慎重に伸ばした。


「紅茶は口に合わなかっただろうか、セピア君」


目ざとくジュナに勘付かれ、セピアは後ろ髪をかきながらどうにかして話題を逸らそうと考えた。


「ジュナ様、”セピア君”などと君をつける必要はありません。呼び捨てにしてください。さっきからどうにもこしょばくて(くすぐったくて)話に集中できません」


「そうか……それは失礼した。では僕もジュナと呼び捨てで構わない。

フリージアさんも気を遣わないでください。

もてなしをする立場として、二人には心ゆくまで寛いでほしい」


「そうですか。お心遣い感謝します」

フリージアが丁寧に頭を下げる。


それを見てセピアも肩の荷が下りたかのように、普段通りの言葉に切り替えた。

「そうか?なら遠慮なく。

ジュナ、あんたに話したいことがあって邪魔させてもらったんだ」


「話したいこと?」

ジュナが首をかしげる。


「お待ちください!」

フリージアの声が、待ったをかけるように鋭く部屋中に響き、セピアを射抜くような剣呑な目で睨みつけた。


「セピア!なんですか”あんた”などとジュナ様に向かって。無礼がすぎます、言葉を慎みなさい。」


「はぁ?普段通りでいいってジュナ本人が言っただろ。なんでフリージアさんが横から口を挟むんだ」


セピアの返しに、フリージアは驚きと呆れが入り混じったように目を見開き、声にはさらに怒気がこもった。


「な、何を言ってるのですかセピア!そんなの形式的なお言葉に決まっているでしょう。

ジュナ様がわざわざご自身を呼び捨てにするようおっしゃったのは、その振る舞いを本当に許すためではありません。

あくまで場を和ませ、居心地のいい雰囲気を演出なさったのです。

上下の秩序を揺るがすような行為が、許されるはずがないでしょう!」


「この場限り、それも俺たちガキだけの集いにすぎないんだぜ?そこまで神経質になる必要なんかない……よな?……そうですよね、ジュナ様?」


言い返したものの、無礼講の線引きも見えてないまま軽々しく口にした自分の浅慮さを、セピアはすぐ悟った。

声は次第に言い淀み、頼りなく響く。

こんなことでジュナの機嫌を損ねてしまったら、計画を進めるどころの話ではない。


そんな状況の中、主催者の口元は小刻みに震え——抑えていたものが解けるように、はじめて子供らしい笑みがこぼれた。


「たしかにフリージアさんの言う通り、あまり深く考えず口にしたんだ。

でも……よくよく考えれば、親しくする範囲も、弁えるべき範囲も、相手に委ねてしまうのは僕の甘えだったのかもしれない。

ただ、誤解しないでほしい。別に僕は堅苦しい気遣いなんて望んでいない。

純粋にこの茶会を楽しみたいだけなんだ。

だから少なくとも、“ガキだけの集い”では、普段通りで構わないよ」


「ジュナ様がおっしゃるのなら、私から異論はありません」

フリージアは一度セピアを睨みつけ、口直しに銀カップへ手を伸ばした。

セピアは一瞬たじろぎつつも、手元のカップに目を落とし、小さく「やれやれ」と息をついた。


「できればフリージアさんも、僕のことを気軽にジュナと呼んでくれると嬉しいのですが……」


「わ、私もですか?

もちろん、私のことはフリージアと呼び捨てで構いません。ただ、これは性分ですので、砕けた物言いはできません……ごめんなさい」

フリージアは応えられないことを申し訳なさそうにしており、セピアはつい茶々を入れたくなった。


「なんだよフリージア、堅すぎだろ。殿下が呼び捨てをお許しになったんだ。今日は無礼講ってことで、気楽にしようぜ」


「……んん」

フリージアは咳払いをして、気持ちを整えようとしたのかもしれない。

だが、小さく喉を鳴らすその音には、抑えきれない苛立ちが滲んでいる。


「……そうですね、セピア。

では、無礼講ついでにあなたに尋ねたいことがあります」


フリージアの目は氷のように冷たく、軽蔑が声に剥き出しであった。


「今日のカリオン先生への態度……あれは一体何なのですか?

もしあれが私の身内の振る舞いだったら、決して容赦しなかったでしょう。

さあ答えなさい、セピア・エスキュラス!」


「そんな怖い顔で睨むなよ」

セピアは鼻で笑ってみせたが、ジュナにはそれが強がりに思えた。

「今日ここに来たのは、まさにそのためだ。

カリオンが裏でどんな悪事を働いているのか、告げ口してやろうと思ってな」


表情は動かない。だが、カップの縁をトントンと叩く指先は、フリージアの怒気をやり過ごそうとする小さなごまかしに見えた。


(悪事……だと? 今、確かに“悪事”と言ったのか?)

セピアの言ったことがあまりに突拍子もなくて、ジュナは思考の歯車がうまく噛み合わず、頭の中で同じ言葉ばかりが渦をまいた。


ご愛読ありがとうございます。


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