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15 -類は友を呼ぶ


15 -類は友を呼ぶ



「先ほどの決闘では、差し出がましい真似をいたしました。申し訳ございません」


螺旋階段を降りてきたフリージアは、自分の靴に向かって謝るかのように深々と頭を垂れた。

思いもよらぬ態度にジュナの思考が一瞬宙に浮かんで、そこで消えた。テオが仕掛けた決闘のはずなのに、なぜ彼女がここで謝るのか、理解が追いつかない。


「そんな……!フリージアさん、どうか頭をあげてください。あなたが謝る理由なんて、僕にはまったく思い当たりません」


「……お聞きになっていないのですか?」


「何をです?」


きっと、僕はひどく間の抜けた顔をしていたのだろう。フリージアは申し訳なさそうに目を伏せ、そっと言葉継いだ。


「ごめんなさい、説明が足りませんでした。ええっと、その……エリュトロン大司教にご報告したのは、いえ、告げ口をしたのは、ほかでもない私なのです」


ジュナの視界がぱっと晴れた気がした。


「あなたでしたか!エリュトロン大司教を呼んでくださったのは。あのまま先生がいらっしゃらなかったらいったいどうなっていたことか。

どう感謝をお伝えすればよいのか…………いえ、拙くても、言葉にいたします。

フリージアさん、あなたのおかげで、僕は救われました。本当に、ありがとうございます」


ジュナは胸に右手を当て、精いっぱいの敬意を込めて深く頭を下げた。


それなら、なぜ?

ふたたび疑問が胸をもたげた。


「しかし、僕が感謝するのは当然としても、フリージアさんが頭を下げて謝る理由なんて、どこにも見当たりませんよ」


かぶりを振ったフリージアは、端正な眉をわずかにゆがませ、真剣な眼差しをジュナに向ける。

その瞳の奥には自責と覚悟が入り混じるような揺らぎが見えた。


「結果だけを見れば良い判断に思えるかもしれません。ですが……その腹案は、決して褒められるものではありませんでした」


フリージアの声は低く、かすかに震えていた。


「決闘はジュナ様とテオ様、両者の合意の上で行われたものです。止める権利は、私には本来ありません。けれど、バロバロッサ辺境伯に仕える副伯の娘として、私はジュナ様をお守りする責務があると考えました。

それで……エリュトロン大司教に決闘が行われていることを告げ口したのです」


一度言葉を切り、ぎゅっと手を握りしめた。


「もしあの惨事が起きなければ、途中で中断された不名誉をジュナ様に背負わせる結果になったはずです。

副伯の娘として正しい選択をしたかどうか……それすら自信を持てません。

確かなのは、二人の真剣勝負に水を差すような真似を、私がしてしまったという事実だけです」


彼女の小さな息遣いが、ジュナの耳に届いた。

息を吸い込み、肩をわずかに震わせると、再び深く頭を下げた。


「このたびは、まことに申し訳ございませんでした」



二度目の夕餉を告げる鐘が鳴った。いまごろ皆、食堂で食事をしているのだろう。

鐘の音が尾を引きながらゆるやかに遠のき、やがてふたりの間には静寂だけが残った。


彼女はいまだ顔を上げない。


本来なら、僕のような立場の者が、顔を上げさせて手を取り、何事もなかったかのように振る舞うのが礼儀というものだろう。

けれどジュナは、あえてその時を待つことにした。


自分の寛容さを示すことは、為政者として立派な心がけに違いない。

だが、彼女に限ってはそれは違う——そう感じられた。


僕は少しも不快に思っていない。それどころか、むしろこちらから頭を下げて感謝したいほどだ。

けれどフリージアさんは、自らの過ちを深く恥じ、なお自分を許さず、信念に従って謝意を示している。


——ならば、誠意を正面から受け止めたい。


ジュナは、彼女の謝意を軽く受け流すことは、かえって失礼になるのではないかと考えた。


………………………………

………………………………

………………………………


だが、床に向けたまま震える肩と、あまりに長く下げられた頭を見ていると、胸が締めつけられる。

とうとう罪悪感が勝り、ジュナは声をかけずにはいられなくなった。


「……フリージアさん。許します。ですから、どうぞ頭を上げてください」


「いえ、まだ全然足りません。今も先生を呼びに行かずにあの決闘を止める案を考えているのですが、一つも思い浮かばないのです。

反省していると口で言うのは、いくらでもできます。だからこそ、答えが出るまで、このままで大丈夫です」


床に向かって言葉を紡ぎ続けるその姿は、あまりに健気で可笑しく、思わず笑みを誘った。

唇を噛みしめても、震える息が漏れてしまう。

「……っ……ふ、……は……」


その声に反応して、フリージアがぱっと顔を上げる。

ジュナの肩が震えているのを見て、彼女は慌てふためいた。


「どうされたのです?お顔が悪いように見えますが。私、何か気に障ることを言いましたか。

私……本当にすみません。いつもこうなのです。一人で勝手に空回りして、それで皆さんに迷惑をかけ……落ち着きがないと叱られて」


淡い緑の瞳が右往左往するたび、両手もまるで生き物のようにせわしなく宙をかく。

その可笑しさと愛らしさに、ジュナはとうとう抑えきれず、笑みがこぼれた。


「あの……大丈夫ですか?」


「っ……ふ、ふふっ……す、すみません」


これ以上彼女に失礼をかけまいと、ジュナは腹を叩いて必死に笑いを止めようとした。

だがその様子が、フリージアをさらに混乱させる。


「ど、どうされたのです!持病でもおありなのですか。いけません、すぐに医者を——!」


急いで螺旋階段を駆け上がろうとする彼女の手を、ジュナは思わず掴んだ。

視線がぶつかり、ほんの一瞬、言葉を失う。


ジュナは慌てて手を離し、空気を変えるように早口に告げた。

「……すみません、ただ笑っただけなんです」


「そう……なのですね。ご病気ではなく本当によかった。笑っていただけなのですね!

すみません、また勝手に早とちりを……」


「っはは。さっきから僕たち、謝ってばかりですね」

口をついて出たその言葉は、思いがけず友に語りかけるような自然さを帯びていた。


フリージアも頷き、わずかに口を緩める。

「そうかも……しれません。しかし私は——」


「フリージアさん!」

ジュナは勢いよく遮った。

「ここの掃除、手伝ってもらえませんか。それがフリージアさんの罪滅ぼしになるかは分かりませんが、手伝ってくれると助かります。

あと、僕も決闘を止める案、考えてみます。体を動かしていると、ふと思いつくこともありますから」


「っ、え? は、はい!体を動かすのは得意ですので、お任せください」


勢いに押されたフリージアは用具室へ駆け、掃除用具を抱えて戻ってきた。

しかし首をかしげ、きょとんとした表情でジュナを見つめる。


「あれ……でも、先ほど、ジュナ様はどうしてお笑いになっていたのですか?」


「……っえ、あの……」

ジュナはしどろもどろに言葉を重ねる。

「えっと……床に向かって必死に謝っている姿が……いえ、決して笑ったわけじゃなくて……その、健気で……いや、でも可笑しいというか……いえ、違います、馬鹿にしているのではなくて……」


言い訳にもならない説明を並べ立てるうちに、結局また頭を下げてしまった。


その様子を見て、フリージアは小さく肩を震わせ、くすりと笑った。

「ふふ、なるほど、そういうことだったのですね。よく兄にも笑われました」


彼女の笑みで、ジュナも肩の力が抜け、ふたりの間にやわらかな時間が流れた。


フリージアとの会話が弾み、あっという間に時が過ぎていく。


「……この間なんて、点検表の“火薬庫”の字が少し曲がっていたのが気になって……」


フリージアはほんのわずかに目を伏せる。

「……気づいていました。直そうか迷ったのですが、勝手に書き換えるのもと思って」


ジュナはくすっと笑う。

「そうですよね。老先生に修正して良いか尋ねに行ったのですが、神経質すぎると叱られてしまいました。火薬庫と倉庫を見間違えると惨事になると思ったのですが……僕、少し神経質すぎましたかね」


「いえ、ジュナ様の勘は正当だと思います」

フリージアはわずかに微笑む。

「それもまた、あなたらしさの一部だと思います。ただ……たまに、誰かに“もう大丈夫だ”って言ってほしくなるときもあります」


「それなら、今晩は僕が言わせてもらいますね」


飴の破片を片付け終えたはずなのに、フリージアはまだ仕事が残っているとでも思っているのか、窓まで拭き始めようとした。


「……もう大丈夫ですよ、フリージアさん」




ご愛読ありがとうございます。


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