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12 -霧の彼方から


12 -霧の彼方から




自分の人生を観客席から眺めているように、次々と龍造人形が倒されていく光景を目の前にしても、心はどこかに置き去りにされたまま映像だけが無機質に網膜を通り過ぎていく。


とうとうすべての龍造人形が行動不能となり、『影』と自分を隔てるものは、もはや何一つない。

しかし、『影』は溶岩の塊を解き放つことも、指をジュナに向けて命を奪おうともしない。


(‥‥はは、そういうことか)


乾いた笑いがこぼれた。


『影』は愉快でならないのだろう。

瀕死の獲物を前に、死にゆく灯火が最後にどんな余興を魅せるのか。

鋭い爪をわずかに立て、今にも跳びかかりそうな猫のように、定まることのない影が膨張と収縮を繰り返し、狂おしくゆらめている。


歪んだ高揚感が喉の奥から込み上げてくる。

それがどれほど愚かで、情けなく、稚拙な衝動か、自分でもよく理解してた。

——それでも、復讐を遂げたその瞬間に味わえるあの甘美で濃密な褒美を思えば、そんな理性など些末なことに過ぎなかった。


視界を遮るほどの満面の笑みを浮かべ、ほとんど瞼が閉じたまま、『影』を見つめた。


(誰がお前の余興なんかに付き合ってやるか)


そのまま、ジュナは抵抗することなく、その場に座り込んだ。


『影』がジュナの態度に失望したのか、それを知る術はない。

ただ確かなのは、『影』の動きが目に見えて緩慢になり、木の葉の擦れ合うようなあの不気味な音が『影』の内から再び鳴りはじめたということだった。


自分が選んだ結末が、『影』を動揺させた。

そう思うと、腹の底から、抑えようのない笑いがとめどなく込み上げてきた。


「いい気味だ!」

ジュナは肩を震わせ、腹を抱えて笑い続けた。


その笑いの中に、生きようとする意志が微塵もこめられてはいない。

——そんなことは最初からわかっている。


ただ、『影』の計画さえ思い通りに進まなければ、あとはどうでもよかった。



ふと、霧越しに、ぼんやりとした白光が遠くでかすかに瞬いた。

何だろうかと目を凝らすうちに、その光は徐々に濃く、そして鮮明になっていく。やがて塊のような明滅へと姿を変えたその光が、一気に視界を白く染め上げた。


目の奥まで突き刺さるような眩しさに、ジュナは思わず目を閉じた。




♦︎♢♦︎




目を開くと、

『影』は光で編まれた鎖で絡め取られていた。

鎖は満ちゆく月の光を帯びて白銀に輝き、悠然と、しかし確実に『影』の体を締め上げていく。

そしてそれを操るのは、赤を基調とした、くるぶし丈の平服に身を包んだひとりの老人だった。


思いがけない人物の姿に、ジュナの胸が熱く締めつけられた。


「エリュトロン大司教……!」


もう誰も助けには来てくれないと

——そう、思っていた。なのに、彼は来たのだ。


大司教は知性をたたえた銀色の瞳でジュナを見やり、目尻を柔らかく寄せた。

長く伸びた口ひげの下から、わずかに口元が覗く。


「そこでじっとしておるように」


ウインクをひとつすると、再び『影』に向き直り、茶目っ気を帯びた声でやさしく語りかけた。


「テオや、よう耐えた。もう少しの辛抱じゃよ」



『影』が創り出した、宙に浮いた燃え盛る溶岩の塊を見上げると、老人は少し困ったように眉をひそめる。


「なによりもまずは、あの炎の卵からはじめたほうがよさそうじゃ。ひとたび割れてしもうたら、どうなるか分からんでの。それはそれは慎重にことを運ばねばならん」


声には子どものような溌剌さと好奇心がにじんでいたが、その眼差しは老賢者の静謐が宿っていた。


「……うむ。絵に描いた餅にしてやればよいか」


そう言うと、老人は皺深い手をまるで日差しを遮るようにしてゆるりと溶岩の塊にかざした。

が、その突如、塊が重力を帯びてそのままエリュトロン大司教と『影』がいる頭上へ落ちてきた。


「先生!」

ジュナの悲鳴に近い警告も虚しく、

ガシャ、とガラスが砕けるような音が響いた。


しばらく目を閉じたままだったジュナは、老人の落ち着いたいつも通りの声に誘われるようにゆっくりと目を開けた。


「うーむ……これはあまり良い案ではなかった。いや、これはどう考えても失敗じゃ」


老人は平然とその場に立ち、長く垂れた髭を弄びながら、まるでイタズラが見つかった子どものように、ばつの悪そうな顔をしていた。


エリュトロン大司教の周りにはガラスのような破片が散らばっている。


(なんだろう?)

ジュナは好奇心に駆られ、近くまで転がってきた破片を拾い上げた。


「これ、ガラスじゃない……。なんだか甘い匂いがする」


ジュナの言葉に老人ははにかみ、少し申し訳なさそうに話し始めた。


「夜の屋台で食べたりんご飴が、ほんに甘くてのう。

龍灯に照ったりんご飴が綺麗で、思わずポケットから銅貨を出しておった。

ワシは近くの空いていた席に腰を下ろし、りんご飴なるものを初めて口にしてみたのじゃ。あれは……素晴らしい体験じゃった。

飴の濃密さがパリッと弾けたかと思えば、次にはりんごの瑞々しさと甘酸っぱさが一気に押し寄せてきてな。あの瞬間、口の中は小さな祝祭じゃったよ。

あの炎の卵を見てから、ずっとそのことばかりが気になっての。

やれやれ、もっとマシなものに変えておけばよかった。この後の掃除が大変じゃのう」


「……これ、すべて飴なんですね」


溶岩の塊だったものがすべて、エリュトロンの力によって飴へと姿を変えてしまったのだ。

ジュナは周囲に散らばる破片を見渡し、感嘆のため息を漏らした。


ご愛読ありがとうございます。


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