プロローグ
かつて要衝として栄えた海に浮かぶ古城。
血で領土を切り拓いていた時代、自らの一族が武力で奪い取った土地を守るために築いた城だ。
莫大な富を注ぎ込み、幾重もの城壁と海上要塞を備えたその威容は、かつて周辺諸侯を震え上がらせたという。
だが時代は流れた。
交易の中心は、より利便性に優れた港町へ移り、人も富も城を見捨てていった。
巨万の財を投じながら役目を失ったその城は、過ぎ去った栄華の残骸として、ひっそりと歴史の底へ沈みつつあった。
——そして今。
朽ちた城へ渡る唯一の大橋は、人の手によって崩落し、城は海の向こうに切り離されていた。
迷いはない。清々しさすらある。
それでも指先だけがわずかに震えていた。
蒼白い月光に照らされた古城を最後の砦とし、ここを動く気のない者たちは、損耗した身体をそのままに、海から迫るものを待ち受けていた。
静まり返った城壁には、沈黙だけが張り付いている。
声はない。
視線も交わらない。
ただ定められたように彼らは海の方を見つめ続けていた。
僕は、懐から二つの指輪を取り出す。
どこにでもある、何の変哲もない指輪だ。
握りしめると、腹の奥で熱が渦を巻く。
それなのに不思議なほど呼吸は静かで、意識は還るべき場所へと向かっていた。
「故郷の匂いだ」
そう呟き、人形の頭を撫でる。
額から頬へ。
指先はゆっくりとその輪郭を辿り、やがて離れた。
——青年はもう、海の彼方を見据えていた。




