当らない予言
「地震の夢を見た!!もうじき…、大きい地震が来る!!」
……ああ、また始まった。
おおよそ年に一度のスパンでやってくる、母親の…予知夢によるお告げ。
曰く、夢にしてはリアリティがすごい。
曰く、夢ならこんなに冷や汗は出ない。
曰く、夢だからと侮って死んだらどうする。
毎回、毎回…大騒ぎをして、食料を買い込んで、予定をすべてキャンセルして。
準備万端状態で災害を待ち受けなければ…気がすまない。
そして…何も起きずに、私が買い込まされた乾パンを黙々と消費し続ける日々を送ることになる。
このやり取りも、もう…何年になるだろう。
子供の頃は、ただ振り回されて。
大人になってからも、結局振り回されて。
どれほど騒いでも、一度も当たったためしがない。
地震が起きるのは、ボケーッとテレビを見ていた日ばかりだ。
豪雨に翻弄されるのは、大丈夫だと高を括った時ばかりだ。
雷が落ちて電気がつかなくるのは、予想外に荒天した時ばかりだ。
なにも準備していない時を狙って、災害は起きる。
毎回、思いがけず恐怖心を煽る出来事が起きて、半狂乱になって。
毎回、自分の不運を嘆いて。
毎回、不安な気持ちを怒りに変えて…私に叩きつけて。
どうせ…今回も、地震なんて来ない。
今まで、一度たりとも予言が当たった事はないのだ。
どうせまた、無駄足に、無駄遣いになる。
…だが、私は、騒ぎ立てる母親に口ごたえするような愚かなことは…しない。
反論したところで、聞く耳なんか持っていないことを知っている。
何かを言ったところで、昔のつまらない出来事をこれでもかと持ち出して人の気持ちを逆なでした挙句、気のすむまで罵倒して…捨て台詞を吐いて不貞寝するということを知っている。
水のペットボトルの箱を5つも買い。
乾パンの缶を10も買い。
トイレットペーパーを箱買いし。
カップ焼きそばを箱買いし。
部屋の真ん中に几帳面に並べられた段ボールを見て、ようやく落ち着く様相を見せた…母親。
案の定、地震はいつまで経っても…来なかった。
乾パンを齧りながらパソコンに向かっていると、母親がやってきた。
ノックもせずに、不機嫌にドアノブを回して…無言で立っている。
何事かと思って振り向くと、目も合わさずにフローリングを睨みつけたまま、口を開いた。
「地震の夢、見た」
ああ……、また、大騒ぎが始まるのか。
「…ふぅん」
極力刺激しないよう、ため息を噛み殺し…とりあえずの返事をする。
「もう、騒ぐのはやめるわ」
母親は、微塵も騒がずに……、自室に戻っていった。
……珍しいこともあるものだ。
今後も…この調子で落ち着いてくれれば、助かるのだけど。
無駄遣いをしないで済みそうだと、喜んで買い物に出かけた私は。
週末の、混みあうスーパーの、レジ前で。
ゴゴゴという、地響きを聞いた。