82.新たな決意を胸に
「よっ・・くやった!お前たち!無事でなによりだっ!」
ファルガは目に涙を浮かべ海から引き上げられたロゼとガナッシュを抱きしめた。いつもならファルガに触れられて嫌がる素振りを見せるガナッシュも今回ばかりは大人しく抱きしめられていた。ロゼは完全に気が抜けてぼーっとしている。
「犠牲になった方などはいませんか?」
「全く・・・というわけにはいかなかった。こればっかりはな」
「・・・そうですか」
「だが、多くの人間が助かったのも事実。すぐジョーイと合流して治療を行ってもらう」
ファルガはぼーっとしているロゼの目の前に膝をつき、ロゼの肩に手を置いた。
「ロゼ、疲れたな。後始末は俺がやるからディオと一緒に先に宮殿に戻るんだぞ。ありがとな」
「・・・ファルガ様。みんなは?」
「一部の兵士と海賊に被害は出ているが、俺たちが派遣したみんなは無事だ。ポラリスばあさんとドルマンも」
「・・・そうですか。よかったです」
「争っていた兵士たちもザザロブが事実上の降伏を決めたからこれ以上の争いはない。あとは和解に向けて話し合いを続けていく。俺も入ってな」
ファルガの後ろにルイズベート家の旗が掲げられているのが見える。ムシュンドゥル国をネラルク大公国は自国領とした。意味を理解せぬままロゼはコクンと一度頷く。
「ディオ、この土地から早く人を撤退させてくれ。俺とザザロブは色々やることがある。指揮はお前に任せる」
「・・・承知しました」
安心させるように笑顔を向けたファルガはゆっくり立ち上がり、両手を腰にやって顔を靡く旗に向けた。
「晴れてきたな」
少し前まで槍のような雨が降っていたこの国境沿いに日が射している。空には虹がかかっていた。
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宮殿に戻っても肝心なファルガとザザロブが不在の中、ガナッシュはドルマンと連携して戸惑うムシュンドゥル国の兵士や使用人たちと対話を続けていた。その合間にあらゆる指示を出し、負傷した兵士の治療を優先に、ビーグルとルノが率先してやっている毒の浄化に使節団を割いたり、反政府軍の一時的な処遇として戦禍の爪痕残る村の復興に回したりと、異国の地でありながら自国領となったムシュンドゥル国のこれからを担うのは骨の折れる作業であった。
「・・・ディオ」
ドルマンとの会話中に名を呼ばれて後ろを振り返る。セレスティアが立っていた。すぐドルマンはガナッシュから離れ遠ざかる。セレスティアは俯き加減でそこから動かない。「どうしたの?」声をかけながらガナッシュが近づく。
「忙しいところごめんなさい」
「いいよ、大丈夫。で、どうしたの?」
「あの・・・マーカスさんは?」
「マーカスさんは重傷者を集めた病棟にいるよ?何か用事?」
「そうじゃないんだけど・・・。ロゼさんは?」
「ロゼはポラリスさんと現地の人と一緒に薬草集めに行ったけど」
「そう」
セレスティアは俯いたまま頭を小さく揺らしている。「セレス?」優しく声をかければびくっと身体を揺らし顔を上げた。垂れ下がった眉に潤んだ瞳。「・・・あの」と声を震わせた。
「私も、お手伝いできない、かしら?」
「セレスが?」
「ディオとマーカスさんと各地の集落を回ったとき色々見たから・・少しはお手伝い、できるかもしれないって・・思って」
弱弱しい声で呟く。いつもどこか高慢だったセレスティアがこんなにも下手に雑用を願い出るなんて今まであっただろうか。怯えるように身体と声を震わせて、両手を胸の前でぎゅっと握る。「うん」ガナッシュは優しくセレスティアの手をとった。
「助かるよ。人手が足りてないんだ。大変かもしれないけどマーカスさんを手伝えるかな?」
「・・・・・。」
「できそう?」
「・・・・・やるわ。みんなが頑張ってるなか、このまま何もしないでいるのは苦しいから」
セレスティアは震える手でガナッシュの手を強く握った。「ありがとう」自然と笑みが零れる。微笑んだガナッシュの顔を見てセレスティアの怯えた表情が緩んだ。
「・・・そんな顔もできたのね、ディオ。初めて見た」
「え?」
「なんでもない」
また顔を俯かせたセレスティアの手を引いてガナッシュは歩き出す。怖がりながらも一歩踏み出そうとしているセレスティアの背中をそっと押しながら。
**
それぞれの役割を果たしながら数日経った頃、やっと宮殿にファルガとザザロブが戻り「一旦帰るぞ。準備を整えてまた戻ってくる」と疲れた表情ひとつ見せずに言い放った。ドルマンとベルタがすぐにその場を離れ準備に取り掛かる。「ロゼとディオ、あとセレスティア、ちょっと来てくれるか」ファルガに呼ばれた三人は顔を見合わせながらファルガに近づく。
「帰る前にザザロブと話をしようと思うんだが、聖女を攫った件についても話をしようと思ってる。そこでだ。お前たち二人はどっちが同席する?」
ファルガはロゼとセレスティアの二人に目配せした。「え?」戸惑いの声を上げたのはセレスティアで、すぐ隣にいるロゼに視線を落とした。
「聖女の存在を明るみにすることは望ましくない。だが、俺たちはその聖女の力をもって今回の問題を解決に導いてる。一人は癒しの能力を持ったセレスティア。もう一人は毒を浄化するロゼ。俺たちが二手に分かれたことでポラリスばあさんのことはバレてねぇが、元々噂のあったセレスティアと俺が連れてきたロゼについては説明が必要だろう。ロゼについては素性がバレてねぇから存在を誤魔化すのは簡単だが、セレスティアはボワイア国の王女としてその存在が広く知られている。ここでセレスティアを本物の聖女とすることが今後のセレスティアに光をもたらすのか影となってしまうのかは正直わからん。うやむやにしたいが言い逃れも難しいだろう。お前たちはどう思う?」
セレスティアとガナッシュはファルガから目を逸らして俯く。ロゼは口を挟める立場になかった。
「・・・一応、セレスティア“も”本物の聖女だとした方がいいのではないでしょうか。誘拐したことについては厳しく諫め、聖女の存在を悪用されないよう口外しないことを約束させるのが第一かと」
「セレスティアはどう思う?」
「私は・・・・。」
セレスティアはロゼを睨むように目を細める。ロゼは目をパチパチ瞬きさせながらセレスティアから目を逸らした。
「私は、今回の件で自分がどれだけ愚かで惨めな存在なのかを思い知りました。けど、だからといって地位もなく身の振り方も知らない一般人に聖女の名を背負わせるのは相応しくないかと思います」
「セレス・・・。」
ガナッシュが溜め息と共に呟く。ロゼから目を逸らしファルガを見たセレスティアは大きく息を吸いゆっくり吐いた。
「私に治癒能力などありません。けど、私は、そうありたいと思いました。“聖女のフリ”をするくらいなら私にもできます。ロゼさんを、ポラリスさんを、二人の存在を靄に隠すためなら私が一歩前に出て二人を守る盾となりましょう」
そして言葉の通りセレスティアは一歩前に出た。
「私は聖女ではありませんが王族の血を引くボワイア国の元王女です。この立場を活かして真正聖女の目くらましをします。彼女たちをもう二度と、こんな争いに巻き込みたくはない。争いは争いを起こした当事者たちが責任を取るもの。人の心に安らぎを与える存在が利用されてはなりません。ですから、私が前に立ちます」
「・・・本当にいいのか?噂を事実としても」
「構いません」
「そうか」
ファルガは頷いたまま顔を上げずに動きを止める。暫し考え込んだのち顔を上げ「ディオとセレスティア、一緒に来い」と部屋を出ていく。ロゼは一歩二歩と後ろに下がり三人を見送ろうとした。けれどセレスティアがロゼに振り返る。
「ロゼさん」
「は、はい」
「貴女に助けられたのは二度目だわ」
「え?」
「貴女に私という存在は助けられている。パレードのときも、今回のことも」
「え、え、ええ?」
「こんなことしかできないけど、これは私の生まれ持った使命でもある。私が表に立ってあげるから、貴女はなにも気にせず、自由気ままにありのまま生きるといいわ」
フイとセレスティアが顔を逸らした。そして「私を聖女にしてくれてありがとう」ポツリと呟いた。
ロゼは何も言えずセレスティアからガナッシュに視線を移す。ガナッシュは目を丸くしておりセレスティアとロゼを交互に見た。そして穏やかに微笑む。
「ロゼ」
「はいっ!?」
「みんなと帰る準備をしていて。すぐ戻るから」
そしてガナッシュもファルガとセレスティアを追って部屋を出て行った。大物三人が出て行ったことによりピリピリ肌に刺さっていたような緊張感が緩み、部屋の中の空気が変わると「ようやく自覚したようじゃの。セレスティアは」とポラリスがロゼの隣に並んだ。
「どういうこと?私よくわかんなかった」
「ロゼには関係ないことじゃからな。わからんでも問題ない」
「おばあちゃんにはわかったの?」
「どうかの?ワシも普通のババアじゃから、王族のことなんかこれっぽっちもわからん。けど、セレスティアもあの時のワシと同じように勇気というのをもらったのなら、あとは踏み出すだけじゃ」
ロゼは首を傾げながらポラリスを見るしかなく、再度どういうこと?と聞きたくともポラリスが嬉しそうに微笑んでいるので、それを聞くのも野暮かと思った。自分が理解しなくても問題ないのならそれでいい。
「・・・帰ろうか、おばあちゃん。疲れちゃったね」
「そうじゃの。もう一生分働いた気分じゃ」
「私も」
「ロゼはまだまだ若いんじゃからもっと働け。人生まだまだ長いぞ」
「そうだね。おばあちゃんだって人生まだまだ長いし」
「ワシをどれだけ長働きさせる気じゃ」
「私の寿命分ければずっと一緒にいられるんじゃないのかなぁ」
「・・・ありがたい話じゃが、ロゼはワシじゃなくもっと他の大事な人のためにその命くれてやれ」
さっきまで嬉しそうに笑っていたポラリスが顔を隠すようにロゼの腕を組んでは顔を俯かせた。
「・・・はあ、こんな可愛い孫娘を手放したくなどないんじゃがのぉ」
「はああああ~」盛大な溜め息をついたポラリスは「ワシがまだまだ若ければ、ずーっとお目付け役として一緒におられるのにな」とぼやくと組んでいたロゼの腕を引っ張って帰り支度で忙しなく動き回っている使節団のみんなに混ざった。




