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この世界には聖女様がいるらしい  作者: やまとうみ
第六章 阻止せよ!世界大戦
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80.ぶつかり合う魂


山の上でもないのにどうして霧が深いのか。ロゼは真っ白で先の見えない霧の中を行商箪笥を抱えながら歩いていく。聞こえるのは発砲音に金属と金属がぶつかる音、そして悲鳴。ロゼはなんとなく行商箪笥を防具代わりに胸の前に抱えた。「おも」持っているだけで体力が奪われていく。


「ファルガ様・・・どこだろう」


辺りを見回しても霧が邪魔して人の姿が探せない。「ファルガさまーっ!」呼んでみた。返事はない。「ファルガさまー、どこー?」また呼んでみた。返事の代わりに聞こえた足音。ぬかるんだ泥をパチャパチャ跳ねさせて近づいてくる。


「う、わわわああ!」


ファルガではない、無精ひげで赤黒い顔をしたおじさんが迫ってきた。ロゼは思わずローブの中に忍ばせていた閃光弾を男に投げつけた。弾は男の頭に当たり、男は衝撃でひっくり返る。その横で閃光弾が炸裂した。


「ロゼ!!ばか!!なにしてんだ!!」


音と光を放ったからか今度はちゃんとファルガが現れた。「ファルガ様!遅い!」折角駆けつけてくれたファルガの胸をポコンと軽く殴ってしまった。


「危ないだろ!!なんでドルマンたちと一緒にいなかった!!」

「だって」

「だってじゃなくてだなあ!!」


吠えるファルガの背後からまた別の男が襲い掛かろうとする。「わわ」ロゼの顔で背後の敵に気づいたのか、ファルガは裏拳で男の顔を殴ってのした。


「なんですか、この人たち!ボワイアの人たちじゃない!」

「こいつらは海賊だ。海賊が攻め入ってきた」

「海賊!?海賊って海にいるんじゃないんですか!?」

「裏切ったのはゼネフじゃなかった。マフィアの方だ」


ファルガはロゼを行商箪笥ごと抱える。「マフィアが海賊を雇ってムシュンドゥル国を攻めてきた。厄介だぞ」ファルガは霧に紛れて塹壕に身を隠す。そこにはムシュンドゥル国の兵士たちが既に隠れていた。


「海賊は俺もよく出くわす。船上では逆に捻じ伏せてやるが、マフィアに飼いならされたアイツらはいつものやり方と全く違う。どうしたもんか」

「マフィアさん、どうして」

「わからん。元々信用はしてなかったが、この裏切り方は予想外だったな。金を払う前に俺に刃向かいやがって。今に見とけよ」


ファルガが塹壕から顔を少し出す。ドスドスと銃弾が塹壕に刺さる音がした。


「くそっ、ただでさえ視界が悪いってのに見えやしねぇ」

「催涙ガスを忍ばせます。ファルガ様、その隙に私をマフィアのボスさんのところへ連れて行ってもらえないですか?」

「は?なに言って」

「マフィアのボスさんは話せばわかる人です。私が説得します。海賊さんを引き揚げさせるように」

「んなの俺がやる。ロゼがやることじゃ」

「前も交渉の場に立ったのはフラミンゴさんじゃなく私でした。多くのものを差し出せる人よりも、なにも持たない小娘の方が向こうはやりにくいはずなんです。どうして裏切ったのかはわからないけど、顔見知りですし大丈夫ですよ、きっと」


ロゼはムシュンドゥル国の兵士に向かって「ニアンナアム、ニアンナアム」と告げた。兵士たちは困った顔でロゼから目線を外さない。


行商箪笥から催涙弾を取り出したロゼはピンを抜いて塹壕の裏に投げ込む。「よし、ここから離れるぞ。先導してくれ」ファルガの合図により兵士が先に塹壕から出た。銃を構えながら海側へと走り出す。その後ろをロゼと行商箪笥を抱えたファルガが追った。


海に近づけば近づくほど視界が晴れていく。船がぼんやりと見えてきた。岸壁に停められた船。そこから海賊たちが岸壁を登り攻めてきていた。


「止まれぇ!そこから動くなっ!!」


突然大声を出すファルガに、海賊だけじゃなくロゼもムシュンドゥル国の兵士も驚いて動きを止めた。


「海を縄張りとしてる海賊たちが、(おか)に上がってなにしてやがる!この国はもう俺様のものになった。勝手に上がってんじゃねぇよ。さっさと失せな!」


海賊たちはファルガの声に怯むことなく手に持っていた(なた)を振り上げ振り下ろす。ヒュンと風を切る音がした。


「ああ?なんでお前なんかに指図されなきゃなんねぇんだ?」

「さっきも言っただろう。この国はもう俺様のものだ。海賊風情が勝手に上がることは許さねぇつってんだよ」

「はあ?お前らだって俺らの海に勝手に入ってくるじゃねぇか。お互い様だろ?」

「海はお前らだけのもんじゃねぇ。みんなのものだ。だからお前たちの存在も海の上だけでは認められてる。海の上だけでな」

「俺らの居場所は海の上にしかないってことか?」

「ああそうだよ」

「だが残念だな」


鉈を持った海賊とは別にライフルを構えた海賊が岸壁に並ぶ。「海の上では海賊でも、陸の上ではマフィアになっちまったんだ。これで市民権獲得だろ?許してもらおうか」パーンパーンパーンと発砲音が響いた。視界の端で人が倒れる。ファルガとロゼを残し、ムシュンドゥル国の兵士が撃たれてその場に倒れた。


「だ、大丈夫ですか!?」


兵士たちは衝撃で倒れてはいるものの全て急所を外している。とはいえ銃弾を掠めた傷口からは出血があり、兵士たちは痛みに顔を歪める。


「お前ら・・っ!ふざけんなっ!!ランサーを出せっ!!いるんだろっ!!」


海賊たちはファルガの言葉に耳を傾けず、またライフルを構えた。今度は距離を詰めてくる。「・・・くそっ、やるにしてもこの人数は・・!」ファルガが後ずさりしてロゼと兵士を庇おうと腰を低くする。その横からロゼが前に出る。顔を隠すほどの大きなフードを取り、海賊たちを睨みつけた。


「どうした?お嬢ちゃん。命乞いか?女なら許してやらんこともねぇぜ?」

「・・・許す、ってなんですか?私はあなたたちを許しませんけど」

「はあ?」

「あなたたちは人の命を奪おうとした。強引に、無残に、身勝手に。そんな人たちを許すわけないじゃないですか。だって私は本当の聖女様じゃないから、全てを許して罪を流すなんてできないんですよ」


ロゼは行商箪笥から液体の入ったガラスの瓶を取り出し海賊の顔にぶん投げた。その瓶を男がはたき落とす。地面に叩きつけられた瓶が割れると「ぐあああああっっ!!」勢いよく炎が上がった。「焼けちゃえ」ロゼは容赦なく更に追加で瓶を投げつける。海賊たちの足元で割れるたび、炎が大きく上がった。小雨が降っているのにもかかわらず炎が海賊たちを包み、痛みと熱さに叫び声を上げながら海賊たちは海に身を投げる。岸壁からどんどん飛び込んでいく。その場にいた海賊たちは全員いなくなった。


「・・・おい、ロゼ」


震える声でファルガが呼ぶもロゼに返事はない。じっと船を見つめて動かない。一番高い帆柱(マスト)に人影があった。岸壁の上にいるロゼたちと目線はほぼ一緒のところに、腕を組んだアーノルドと満面の笑みのブラッドがいた。


「海賊なんてやっぱ荒っぽいだけで弱っちいよね。案の定、あっさりやられちゃったじゃん」

「あんなのBUGみたいなもんだ。勝手に暴れてくれりゃ十分なんだよ」


マストからロゼたちのいる岸壁に二人が飛び移ってきた。「よぉ」ガタイの良いアーノルドが上から見下してくる。いつものスーツ姿で武器の一つ持たず、両手を組んでふんぞり返る姿は変わらない。その隣でブラッドが嬉しそうに笑っているのも相変わらずだ。


「・・・どうしてここにいるんですか?」

「なにがだ?」

「マフィアの皆さんは武器の納入をしに来ただけですよね?そうガナッシュさんから聞いてます」

「ああ、お前たちのおかげで無事納入できた。ありがとよ」

「ならどうして」

「そりゃあ、なあ?折角武器を納入したってのに、こうもあっさり戦争が終わってしまえばお客さん困っちまうだろ?なんのために大金はたいて買ったんだってなるだろ?」

「つまりー、このままこの戦いを終わらせちゃったら困っちゃう人がいるってこと」


目が吊り上がるほど口角を上げたブラッドが小銃を構える。銃口はロゼでなくファルガだった。


「あの人さえいなければこの戦いはもっと混沌としたものになる。そうだよね?じゃあ、ご退場願わなきゃ」


善悪のつかない子供のような思考のブラッドの発言がハッタリには聞こえない。そしていつもやりすぎるブラッドを諫めるアーノルドが何も言わない。本気で撃つ気でいる。


「撃ってもいいぞ」


ファルガが言った。


「撃ってもいい。俺を殺してもいい。俺の意志は息子が引き継ぐ。俺を消したとてなんにもならん。ディオがこの争いを鎮めてくれるだろう」

「あ~、いらないいらない、念仏とか。息子も息子なら親父も親父だ。おしゃべりなんだね~。ボスが言ってたよ。アイツらは口が上手いって。でも僕にそんなのは通用しないよ。だって僕がするのは“交渉”なんかではないからね」

「だから撃っていいっつってんだろ。お前らにはわからんだろうが、俺様がここまでこれたのも、ここまでやれたのも、全て仲間たちのおかげだ。俺一人の手柄じゃねぇ。だから俺を殺したとて無駄なことなんだよ。それでもいいならさっさと撃ちな」


ファルガがロゼの前に出ようとした。それをロゼが止める。ファルガの手を掴んで放さない。「ロゼ、いいんだ。お前は下がってろ。今のうちにポラリスばあさんとドルマンのところに行ってディオにこのことを伝えるんだ」ファルガはロゼの顔を見ずに淡々と言う。ロゼはファルガの顔を見上げて首を左右に振った。


「んっん~、怯えてくんなきゃ面白くない。もっとさあ、自分可愛さで仲間を売るとか、汚らしい顔で命乞いするとかさ、色々あるじゃん?つまんないの。どうする?アーノルド」

「どうするもこうするも、大公の言った通り大公だけ殺しても仕方ねぇんじゃないか?なら皆殺しにするしかねぇだろ?ここにいる奴らも。そしてこの近くにいるであろう次期大公も」


腕を組んでいたアーノルドがその腕を解き誰かを呼ぶように右手を上げて手首を前後に振った。すると身体が傷だらけの老父が岸壁から上がってきて、あるものをアーノルドに渡す。直径二十センチメートル長さ五十センチメートルはある重たそうな榴弾。それを軽々しく持ったアーノルドが頭身をこちらに向ける。


「船に発射台がある。今からこいつをムシュンドゥル国に打ち込む」

「・・・・てめぇ」

「仕方ねぇだろ?大公だけを殺したところで意味がねぇのならいっそのこと、この国自体を沈めるしかない」

「お前たちの本当の依頼人は誰だ?ザザロブでないことは始めから気づいてんだよ」

「言ってどうなる?どうにもならんだろ?お前はここで死ぬ。ムシュンドゥル国の王様も、ネラルク大公国の次期大公もな。そうすれば今度はドラチェフとコタボボタの争いになる。そこにボワイアも参戦するんだろうな。これはこれは、大忙しになっちまう」


毛を逆立てているファルガがロゼに手を掴まれたままアーノルドに詰め寄る。その間にブラッドが入り込み銃口をファルガの喉元に当てた。


「即死はつまんないから苦しんじゃって」


パァンと乾いた音が響いた。耳に膜が張ったように音が聞こえなくなる。放たれた銃弾は空を切りファルガの喉に穴は開いていない。


「・・飛び込んでこないでよ、ロゼ。間違ってお前を撃っちゃったら、僕、ボスに大目玉くらっちゃうよ」


ブラッドがトリガーを引く前にロゼがブラッドの腕を取った。体当たりをしてもブラッドは少しよろめく程度。銃を奪おうとしても握る力が強すぎてびくともしない。


「ブラッド、銃を仕舞え。誤射されたらたまんねぇ」

「今のは僕が悪いんじゃない。ロゼ、やめて。僕たちはお前を殺すつもりはない。お前だけはボスのところに連れていく」


その言葉に慌ててファルガがロゼのフードを引っ張った。急に後ろに引っ張られてロゼがひっくり返るところをファルガが抱きとめる。大きな身体でロゼを包みこんだ。


「あらら、殻に籠っちゃった」

「まあいい。イーサン、準備しろ」

「はいよ」


イーサンがまた船に戻っていく。「お前も手伝ってこい」アーノルドが自分の広い肩でブラッドの肩を小突く。「やった~。撃つのは僕にさせてよ。楽しみだな~」ずっと笑顔のブラッドの笑みは崩れることない。ブラッドも船に戻っていく。


「どうする?お前たち。このままいけば数分後に爆弾の雨が降ってくるぜ?あのサイズをこっちはいくつも持ってんだ。このままここにいるより、逃げて身を隠した方が助かる確率は上がるかもな?」

「・・・お前ら、ふざけやがって」

「なあ?ロゼ。お前が本物の聖女だったら、ここにいる奴ら全員を助けてみろよ。お前は人を生き返らせることはできないんだろ?なら生かした状態で守ってやれよ。聖なる力とやらでな」


ククッとアーノルドが喉で笑う。この台詞は以前も聞いたことがある。演技がかったこの口調。アーノルドの重たい瞼は上がることなくずっとこちらを見下している。ロゼはファルガの腕を搔いた。自分の身体をシェルターにロゼを守ってくれているファルガの腕の中から出ようとする。最初ファルガはそれを許してくれなかった。「挑発にのるな」そう小さく呟くのみ。ロゼは首を左右に振る。温かく力強いシェルターの中で何度も首を振る。


「ファルガ様、私、やらなきゃ。最後まで聖女様を演じなきゃ」

「いいんだ、ロゼ。お前はここまでよくやってくれた。この落とし前は俺が」


ロゼがまた首を振る。力強く。ファルガの腕を振りほどくように。


「私は大丈夫ですから、ファルガ様は大公様としてすべきことを優先してください。みんなが危ない。今優先するのはここでじっと私の壁になることじゃないはずです」

「そんなことはない。余計なことは考えるな。この状況をどうするか・・今、考えて」


言葉の途中、ファルガの背後からドオオオオォン!!と大きな音が鳴ったかと思えば黒い影が空に舞い上がる。空に向けて発射された榴弾は距離を伸ばせず、岸壁を越えて地面に落ちることなく空でボオオンと破裂した。今度は黒煙から無数の黒い球が落ちてきてドォンドォンドォンドォンと連続で空気と大地を大きく揺らした。砂が、石が、熱風が襲ってきて二人は咄嗟に身体を小さくする。辺り一面に勢いよく地上を跳ねた土砂が、泥の雨としてボトボト落ちてくる。間髪入れずにドオオオオォン!!と二発目が発射され、絶え間ない攻撃の応酬にその場を動くどころか身体を起こすのも難しい。


「くそっ!本当に撃ってきやがった!」


アーノルドは船に逃げたのかいつの間にか目の前からいなくなっていた。後ろを振り返れば、さっきまで反政府軍や他国の兵士たちと戦っていた平地に無数の大きな穴が開いていた。さっきまであった穴とは比べものにならない大きさだった。穴の周りからは薄っすらと白い煙が上がり、あったはずの塹壕がなくなっている。


攻撃が止まったことにより、軋む身体をゆっくり起こしたロゼは首を伸ばして辺りを見回す。風が顔に当たると目が沁みて、爆風に乗せられた火薬のようなにおいに(むせ)た。ゴホゴホゴホッと何度も咳が出た。それはロゼだけでなくファルガも、そして負傷して歩けずにいる兵士たちも同じだった。

何度か大きな咳払いをして海賊が落とした鉈を拾いローブの袖を切る。雨に濡れてびしょびしょの白のローブを絞りもせず、そのままファルガの顔に被せた。それと同じものを、兵士たちの顔にも被せる。


「ニアンナアム、ニアンナアム、ウーマラノンコス」


大丈夫、大丈夫、ありがとう、とムシュンドゥル国の兵に告げ、ロゼも雨水をたっぷり含んだローブのフードを切っては鼻と口を押さえ顔に巻いた。


「おい、ロゼ!」

「ファルガ様、できるだけ射程から離れて、なるべく風上を目指して避難してください」

「避難って・・お前も」

「あれ、ただの爆弾じゃない。ガスを・・発生させてます」

「な・・っ、ガスだと!?」

「簡易的なマスクでごめんなさい。あるにはあるんですけど、数が少ないから。だから早くこの場から逃げてくださいね。私、みんなに知らせてきます。早くここから離れるように」

「ま、まて!ロゼ!」


手を伸ばすファルガはロゼを掴まえることはできなかった。雨で重たくなった白のローブを引き摺りながらロゼは毒の沼地へと走っていく。


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