6.真実の姿
「いや~、見かけによらず悪いことしてるね~。密造なんて犯罪だよ?犯罪。わかる?」
一人の保安官が酒場の裏にある作業場を見渡し、ひゅう~と口笛を吹きながらぺたぺたと様々な道具に触れる。蒸留器、鉄瓶、銅鍋など物珍しそうに隅々まで物色していた。
「密造なんてしてないです。何も悪いものなんて作ってないです」
「いやね、昔っから酒場の裏では悪いことが行われてるって決まってんのよ。これだけの立派な作業場で何も作ってないとは言わないよねえ?」
「保安官さんが触っている道具で作ってるのは殆どが香水です。貴族の皆さんは香水をつけるのだと聞いています。悪いものじゃないはずです」
「だけ?そんなわけないよねえ?まず、酒。酒の密造はいけないよ?」
「お酒は造ってません。商人さんより仕入れたウォッカを使っているだけです」
保安官は「ふーん」とロゼの話なんかに興味のない様子で作業場を歩き回る。「まあ、まず香水作ってるって時点でアウトだね。ちゃーんと有力者に許可取らなきゃ」顔も向けずに言う。
「香水の製造に許可はいらないはずだ。許可がいるのは酒だけ。ここで酒は造ってない」
「でもその酒を利用してるわけだから、似たようなものでしょ」
「全く違う!」
堪らずサンジェルが声を上げる。保安官はサンジェルの声など耳に入っていないかのように返事もない。サンジェルはギリギリと歯を食いしばる。その様子を見たロゼが「サンジェルさん、ごめんなさい」謝った。「ロゼは何も悪くない。とんだ濡れ衣だ。そんな顔をするな」サンジェルはできるだけ声のトーンを落とし優しく声をかけ、縄で縛られている手でロゼの腕をさすった。
「あ~、これはこれは」
嬉々とした声で保安官の声が響いた。「やっちゃってるね~、やっぱりね~」声が踊っている。何がそんなに楽しいのか、ロゼは薬箱の引き出しを全て開けている保安官を眺めて思った。商人たちから集めたドライハーブやスパイスを保管していた薬箱、瓶詰めしていたスパイスの封を開けると独特な香りが作業場に広がる。
「魔女の手法で作る薬は禁忌中の禁忌。やっちゃいけないことだよ。これはもう、なんの言い逃れもできないね~」
「薬を作るのにも許可がいるのですか?」
「いやいや、何言っちゃってんの。魔女を崇めること自体が重罪なの!悪魔と契約を交わした魔女は悪逆非道の存在。それを真似ることだけでも大罪なわけ。なんでそんなことも知らないの?知らずにやらせてたなんて酷い父親だな、まったく」
ロゼは保安官の言っていることがさっきからわからなかった。「悪いことなのですか?」そう問うと「当たり前、君は重罪人だ」思いもよらない返答にロゼは肩を落とした。
薬だって香水だって、喜んでもらおうと今まで作ってきたものはよくないもので、その行為が犯罪だったということが悲しくてならない。俯くロゼに「ロゼ、違う。ロゼは何も悪くない。俺たちはちゃんとしたルールに則ってる。誰かがそのルールを捻じ曲げてるだけだ」サンジェルは言うが、保安官が間違っていることなどあるのだろうか?とロゼは顔を上げることができずにいる。
「先輩、実況見分は終わったんですか?」
もう一人の保安官が外から作業場を覗き込む。「ああ、こりゃ真っ黒」先輩と呼ばれた保安官はさっきから声を踊らせており軽い足取りで後輩保安官に近づく。「さ~、こいつらを連行するよ」という声に「この子はまだ子供だ!連行するなら俺だけにしろ!!」大声でサンジェルが叫ぶ。驚いてロゼは肩を竦めた。ようやくサンジェルの顔を見た先輩保安官は笑みを携えたまま「その子供が主犯でしょ?子供であろうと密造に魔女の模倣は許されることじゃないよ。重い実刑を下されるだろうね」道化師の仮面を被ったように目を三日月の形に細め笑った。「・・・クソ保安官が。買収されやがって」サンジェルは奥歯を噛みしめ保安官を睨みつける。
「待ってくれ!!お願いだ!!待ってくれ!!」
遠くから声がする。息を切らしたフラミンゴとイエティが作業場に現れた。保安官二人の前に膝をついて土下座する。「お願いだ!!二人を解放してくれ!!金ならいくらでも積む!!頼む!!」フラミンゴは地面に額を擦りつけた。
「やめろフラミンゴ!!お前まで汚いことすんじゃねぇ!!」
「バカか!!あっちが汚いことすんならこっちもそうするしかねえだろ!!」
「ミラ!!なんでフラミンゴを呼んだ!!こいつらはフラミンゴを潰すためにウチの店を狙ったんだぞ!!」
「呼んでない!!私は呼ばなかったんだ!!」
土下座するフラミンゴとイエティの後ろに控えていたミラが大声を出す。「フラミンゴ!なんで来たんだい!私の連絡が届かなかったってのかい!?」顔を真っ赤にして目を潤ますミラに「俺のせいだろ!なんで庇う!お前らに救われた俺が、こんな汚い手口でお前たちを貶めようとしてるのを見捨てられるわけねえだろうが!」フラミンゴは掠れた大声をミラに上げると、また保安官に向き直り「頼む!!この店を見逃してくれ!!誰に頼まれたのか知らないが、金が必要なら望み通り出す!商人を辞めろと言うのなら辞める!・・・頼む、この店だけは。アイツらだけは」涙を流しながら力なく頭を下げて地面に蹲る。
「初めまして、あなたがフラミンゴさんかい?」
「ああ・・・。」
「我々はあなたに用はないですよ?この店がね、悪いことをやっているので検挙したまでです。妙な勘違いを起こさないでください」
笑顔が張り付いている保安官はフラミンゴに近づき腰を屈めた。
「密造されていたのが酒なのか麻薬なのかはまだ調べられてないけどね、どちらにせよこの店は真っ黒だ。こんな堂々と密造品を販売していたなんて、いや~保安官として恥ずかしい限りですね~」
「ちゃんと調べてくれ。この店で密造されているものなんか何もない。禁止や規制されているもの、何もない。俺を潰したいのなら直接俺を訴えればいいだけだろうが。・・・手ぇ、出すなよ。俺の・・・俺の大事なものに」
フラミンゴは握った拳を震わせる。「そうですよね~、あなたにとっては大事な金が湧き出る水源ってとこですもんね~。そりゃ失くしたくないはずだ。でも、この店で得た汚い金は回収する義務がこちらにもありますからね~。有り金全部出してもらいましょうか?」力を込めた手で保安官はフラミンゴの肩を叩く。
「フラミンゴさんが持つ金に汚い金は存在しませんよ、保安官さん?」
フラミンゴを見下していた保安官が顔を上げる。更に高いところから見下ろすようにガナッシュが保安官とフラミンゴを覗き込んでいた。「今度は誰だい?君も隣の毛むくじゃらも邪魔なんだが」保安官は立ち上がったが身長でガナッシュを抜けない。涼しい顔で見下ろすガナッシュに小さく舌打ちする。
「保安局の人間っていうのは権力に弱いですよね。政治家との癒着でもあるんですか?市民警察の方がよっぽど地域の治安を守るのに尽力してますよ」
「何が言いたいのかな?綺麗なおにいさん」
「どこの上院議員にそそのかされたのか知りませんが、これ以上自分の首を絞めるのはやめませんか?あなたに流れる金の方がよっぽど汚いと見える」
ガナッシュは保安官二人を通りすぎ作業場へ入っていた。サンジェルとロゼ、共に手縄をつけられ佇んでいる。「ガナッシュ、お前・・・。」声を出したサンジェルに小さく頭を下げたガナッシュは腰に付けていた小さなナイフを取り出しサンジェルの手縄を切る。「おいっ!なにを勝手なことを!」近づいてくる保安官など気にする様子もなく今度はロゼの手縄を切った。そしてロゼにニコッと微笑む。「勝手に触るなクソヤロウ、って感じだよね」笑顔に似つかわしくない台詞を吐くガナッシュは「そうですよね?」サンジェルに視線を移し同意を求めた。
「君、君、さっきからなんなの。この人たちは犯罪者、それを取り締まってるのが我々保安官。君の勝手な行為も罪に問われちゃうけどいいの?」
「どーぞどーぞ、お好きにどうぞ」
「・・・・・は?」
「俺、この地方の人間じゃないんです。それでもよければ、どうぞ訴えてください」
保安官は不穏な空気を察して一歩ガナッシュから退く。「あれ?どうしました?さっきまであんなに笑顔だったのに」今度はガナッシュがわざとらしい笑顔で保安官を見る。先輩保安官の顔が引き攣った。
「・・・・・どこから来た」
「先に聞かせてもらえますか?あなたを買収したのは誰ですか?」
「・・・・・。」
「いいんですよ、俺に言えなくたって。でもですね、ジェイミー公爵夫人はご立腹でしたよ?夫人は彼女の作った香水の大ファンでして、今回もほら、正式な発注書を頂きました」
「・・・んなっ!?公爵夫人だと!?」
「公爵家御用達の品物を製造する酒場サンジェル、その販売を行うフラミンゴさんが罪に問われるのでしたら、その金の出所でもある公爵家も罪に問われるのでしょうか?」
保安官はフラミンゴを睨みつけて声を上げる。「お前!!いつの間に公爵家にまで手を広げやがったんだよ!!」最初の余裕綽々な態度から一変。額に青筋を立てて目が血走りだす。後輩の保安官は急にフラミンゴから距離を取った。
「ああ、そうですか。あなたの後ろにいる方は公爵家には頭が上がらないんですね。でも、残念ですね。あなたが隠したところですぐ名前は割れますよ。夫人は既に動いていますから。・・・俺もね」
ガナッシュは発注書とは別に一通の手紙を取り出して、わざと封蝋が施されている面を保安官に見せた。「この印章に見覚えがあれば大したものです」ガナッシュは笑顔のまま保安官に手紙を差し出したが、保安官は身体を退ける。明らかに怯えていた。
「確認しないのですか?」
「・・・・・。」
「ま、いいか。これはロゼ宛てだし。はい、ロゼ。セバスチャンからお礼の手紙だよ」
「「セバスチャンだと!?」」保安官とフラミンゴが同時に声を張り上げたのも気にせずガナッシュはロゼに封蠟の押された手紙を渡す。渡された手紙とガナッシュを交互に見るロゼに「あ、もしかして開け方わかんない?」とガナッシュは小首を傾げたが「セバスチャンってどなたなのか・・・」差出人がわからない。
「おい!ガナッシュ!冗談も大概にしろ!」
「冗談じゃないですよ。フラミンゴさんも確認しますか?」
フラミンゴはロゼとガナッシュに駆け寄り、例の手紙を覗き込んでは言葉を失った。「ロゼの薬あげちゃったんだ。ネラルク大公国と同盟関係にあるボワイア国の第二王子セバスチャン・ニヘイアに」フラミンゴと保安官は同時に腰を抜かす。が、ロゼは誰なのか一切わからない。
「薬?」
「俺が発つ前にくれたやつ。この間、街道でたまたま会ってね。薬が欲しいっていうからあげたんだよ」
「あ、あのときの子供!」
フラミンゴが驚きの声を上げた。「あの子供・・・王族だったのかよ!?」フラミンゴは酸素を求める魚のように口をパクパクさせた。
「「お前、一体何者だ!?」」
さっきから言葉と動きがシンクロしているフラミンゴと保安官を見てガナッシュが笑う。「さっきからあのおじさんたち、面白いね」ロゼにすぐ顔を向けるので「「話を聞け!!」」またもシンクロした。
「申し遅れました。わたくし、ディオ・ネラルク・ルイズベートと申します」
うわあああああっっ!!と今度はフラミンゴや保安官だけでなく、サンジェルもミラもイエティも後輩保安官もその場にひっくり返った。ロゼだけがぽかんとしておりガナッシュを見上げている。
「おま、おまえがっ・・・!」
「え?なに?みんな、どうしたの?」
「ロゼ、全然気づかないんだね?」
「え?」
「ロゼ!!そいつが聖女に助けられた王子様だ!!ネラルク大公国に伝わる聖女様に助けられた王子がガナッシュだったんだよ!!」
「えええええっ!?」悲鳴のような大声を上げたロゼもガナッシュから距離を取った。今まで話に聞いていた大好きな聖女様の話。素敵な話だな、本当だったらもっと素敵だなと思っていたら、まさかのご本人登場。あの噂に聞く王子様がまさかガナッシュだったなんて、想像すらしなかった。
「王子・・・さま?」ロゼは瞬きを忘れガナッシュを見上げる。「厳密に言うと違うかな?ネラルク大公国は王様がいないから」ガナッシュは開けられた距離を詰め、自身の首にかけていたネックレスを取るとロゼの首につける。「これ、ウチの家紋なんだけどロゼには厳つくて似合わないなぁ。けど、お守りとして持ってて」金でできたネックレスの先に獅子の顔が模られた飾りが付いている。
「肩にもタトゥーが入ってますけど、女の子の前で脱ぐわけにはいかないんで身分の証明までしなくていいですか?」
「ふざけるな!!なんでネラルク大公国の正統後継者が俺に弟子入りしてくるんだよ!」
「父が貿易商なのご存知ないですか?その修行の一環として三年の期間限定で行商の旅に出ることにしたんですよ」
「貿易商ならデカいとこにいけ!!俺のところにくるな!!」
フラミンゴは顔を蒼褪めさせながらずりずりと後ずさる。その姿を見て「傷つくなあ」全然傷心の色を見せずガナッシュが言う。
「聖女様に会いたかったんですよ」
「聖女、だあ?」
「セバスチャンが俺と同じ病に罹ったって聞いたときから俺は心のどこかで聖女様を探してました。俺を救った聖女様が本当にいるのか。・・・もちろんボワイア国もネラルク大公国もあの薬を必死で探しましたが見つかりません。俺が旅に出たのはあくまで修行としてですけど、出るなら行商の旅にしようと決めていました。船で他国を往来するのではなく、一歩一歩土地を歩いて多くの人や自然に触れた方が探しているものに近づける気がしたんです。それで行商人の中で一際有名だったフラミンゴさんに志願しました」
「驚いたのはこっちの方ですよ。まさか本人だと思うわけないじゃないですか。あの奇跡の薬を売りに出したフラミンゴさん、その薬を今でも作っているロゼ。俺はあなたたちに救われ、今度はボワイア国の王子を救ったんだ。そう、聖女様は存在した」ガナッシュは呆けているロゼの頭を撫でる。「あっ・・と、触っちゃったや。二人の父親にまた半殺しにされる」手はすぐ離れガナッシュはサンジェルとフラミンゴを交互に見た。
「ガナッシュさんが探してた人って・・・聖女様?」
「そう。君を探してた、ロゼ」
「私・・・?」
「きっとこの世界に聖女は一人じゃない。けど、俺が探してた聖女様はロゼ」
ロゼは首を左右に振る。「私、聖女様じゃない・・です」眉をハの字に下げて長い睫毛が下を向く。渡された手紙も首元で輝くネックレスも自分に相応しいものじゃない。ロゼは手紙をガナッシュに返したがガナッシュはその手をロゼに戻す。
「それはロゼの」
「でも」
「それはロゼのなの。まあ、確かにあの当時の俺を救ったのはロゼじゃなくてロゼのおばあちゃんだから俺が探してた聖女様っていう定義からは少し外れてるかもしれないけど、同じ薬でセバスチャンを救ったのはロゼなんだよ。俺と同じ病に苦しみ奇跡の薬を求めて、決死の覚悟でマーケットに足を運ぼうとしたセバスチャンは今きっとロゼに感謝している。きっとそこにそのことが書いてるよ」
「私はなにも」
「ロゼのおばあちゃんが今でもご存命だったら同じことを言いそうだね。お前に薬をやったんじゃない、たまたまお前に行き渡っただけだ、って」
「でもその偶然が奇跡と呼ばれ、その奇跡は聖女様によるものと語り継がれてるんだから面白いよね」ガナッシュはロゼに笑いかけると次に保安官へと歩き出す。保安官はフラミンゴと同じように腰を抜かしており歩み寄ってくるガナッシュから逃げるように後ずさる。けれどあっという間に距離を詰められて、ガナッシュは保安官の前に屈んだ。
「さて、どうしますか?ロゼとサンジェルさんを逮捕しますか?どうせ証拠不十分で釈放になると思いますけど、あなたとあなたを買収した議員の愚行を明るみに出すためには必要なのかもしれません」
「わ、我々は・・・何も」
「言い逃れできると思いますか?告発した人がいたから職務を遂行しただけだと言えるのですか?既に金は受け取ってるんですよね?」
「ま、まってくれ!」
「言いましたよね。既に動いていると。待つのは俺じゃありません。公爵家に交渉したらどうですか?墓穴を掘るだけでしょうけど。保安官ともあろう方が買収されるなんて情けない」
保安官は力の入らない足をバタつかせ、急いでその場を立ち去ろうと四つん這いになりながら酒場サンジェルを後にする。もう一人の保安官は先輩の後を追っていった。
急に静かになった作業場。全員の視線はガナッシュに注がれており、ガナッシュが小さく身じろぎするだけで全員の肩がびくっと上がった。
「え・・、と、ルイズベート卿・・でよろしいのか」
「やめてくださいよサンジェルさん。未来の婿に」
「いい加減にしろ!!」
「何が未来の婿だあ!何が将来商人になりたいだあ!お前のお遊びにこっちは付き合ってらんねぇんだよ!俺のこともロゼのことも引っ掻き回すんじゃねぇや、バカ野郎が!!」フラミンゴがガナッシュの前に立ち唾を飛ばす勢いで捲くし立てる。両腕をガシッと掴みフラミンゴは顔を上げず「くっそ・・・。バカ野郎に助けられちまった。すまねぇ、俺が誰かの恨みを買ったばっかりに・・・・すまねぇ・・・アイツらを、店を救ってくれてありがとう」震える声で言う。
「俺が出しゃばらなくても、ジェイミー夫人が守ってくれたはずです。フラミンゴさんを信用していましたから」
「夫人にまで迷惑かけちまって・・・俺は・・・。」
「商人辞めるなんて言わないでくださいよ。フラミンゴさんに救われた人たちだって多いんですから。恨み一つで諦めないでください」
ポンポンとフラミンゴの肩を叩くとガナッシュは手紙を握りしめるロゼの前に立つ。「黙っていてごめんね」ロゼはなんの言葉も発さず首を横に振るだけ。「怒ってる?フラミンゴさんみたいに」ロゼは首を横に振る。「驚いてる?サンジェルさんみたいに」ロゼは首を縦に振る。ははっと笑ったガナッシュは「人形じゃないんだからさ、声、聞かせてよ」腰を折って目を合わせてきた。
「そうだ、ロゼ。セバスチャンに会いに行こうか」
「え?」
「その手紙の差出人。家族揃って聖女の奇跡に大喜びしてると思うよ。昔の俺の家みたいに」
「そんなはずないです。あれは確かにおばあちゃんから習った薬ですけど、万能薬だなんて大袈裟だなって心では思ってて」
「ならその事実をその目で確かめたらいい。酒場で噂話を聞くだけじゃなくて、実際色んな世界に触れてみるといいよ。その方がきっと楽しい」
「でも、お店が」
「お店はしばらく営業休止を余儀なくされると思う。調査が入るはずだから。でもそれは何も悪いことはなかったって示す必要があるからであって信用を得るための期間だよ。勘違いしないでね」
ロゼはガナッシュを見たあと、横にいるサンジェルを見た。いつの間にかミラも隣に立っている。サンジェルは眉を下げ「行っておいで、ロゼ。店のことは何も気にしなくていい。彼の言う通りしばらくは大人しくしていた方がいいだろうから俺たちも久々に遊びに行くわ」とわざと嬉しそうに言って見せた。隣でミラも頷いている。
「サンジェルさん、俺のことはこれまで通りガナッシュでいいですよ」
「・・・ありがとな、ガナッシュよ。全てお前さんのおかげだ。この恩は忘れねぇ」
「それは助かります。それではロゼをもらっていってもいいですよね」
「は?」
「あれ?」
「俺、なにか間違えました?」小首を傾げるガナッシュに容赦ない張り手を食らわすフラミンゴが「立場を考えてものを言え!お前は大公殿下のご令息なんだ!正統後継者なんだ!軽い気持ちで口説くんじゃねぇ!」更なる張り手をお見舞いする。叩かれた肩をさすって「軽い気持ちじゃないんですけど」ガナッシュが呟く。
「サンジェル!ミラ!お前たちも何か言ってやれ!」
「フラミンゴ」
「なんだよ。臆せず言ってやれ!」
「お前、ガナッシュから離れるんじゃねぇぞ。絶対だ。絶対。俺は商人の嫁だろうが大公の嫁だろうが許さんぞ」
「なんで俺に言うんだよ!」
「お前の弟子だからだ。お前が責任を持つんだ」
フラミンゴは歯を食いしばると顔を真っ赤にして「あー!はいはい!全て俺が悪いんだよ!!」大声を出して開き直った。「そうだ、全てフラミンゴが悪い。危うく俺の儲けも全部飛ぶところだった」イエティがフラミンゴの肩を抱く。「はいはい!お前さんにも感謝してますよ!この件は全て俺のせいさ!」フラミンゴとイエティは肩を組みながら「最後のヤケ酒だー!!」と店の方へ歩いていく。
「あーあ、せっかくのハネムーンが邪魔されちゃうね」
「ガナッシュ?」
全く顔が笑っていないサンジェルが顎をクイッと横に突き出す。「俺流の恩返しをしてやる、こい」とサンジェルも店へ歩き出した。「美味しい料理作って待ってるよ」ミラも追いかけるようにその場を去る。
「多分、沢山お酒飲まされますよね?」
「絶対にそうだね」
「お薬作ります。少しでも楽になれるように」
「ありがとう。でも、こっちの薬の方がいいかな」
ガナッシュがロゼを抱きしめる。急な出来事に驚き「ガナッシュさん!?」ロゼは身を捩るが力強く抱きしめる腕から逃れそうにもない。後頭部に手を添えられ胸に頭を預ける。自分の胸の音なのかガナッシュの胸の音なのか判断つかないドキドキが耳に響きロゼは呼吸も忘れ固まってしまった。
「あー・・・本気で焦った。ここで俺が助けられなかったら本当のまぬけでのろまなガナッシュだった」
「・・・・・。」
「ロゼはね、全然わかってないけど俺はロゼに結構救われてるんだよ。ガナッシュの名前の件もだし、いっつもニコニコして俺を出迎えてくれるし、酒が苦手な俺をいつも嫌な顔せずに介抱してくれるし。・・・自国を出て知らない土地で身分を偽りながら旅をする不安をかき消してくれたのはロゼの存在だった。酒場サンジェルに戻ればガナッシュとしての俺を受け入れてくれるロゼがいる。それは別に奇跡とかではないけどさ、俺はロゼが俺の探してた聖女様で嬉しかったよ」
「・・・・・。」
「聞いてる?」
ガナッシュが覗き込むように顔を近づける。ロゼは目を強く瞑って顔を真っ赤にして息を止めていた。「嘘でしょ・・・ロゼさん」こみ上げる笑いを抑えながら「ロゼ、お願いだから息して。死んじゃうから」ロゼの身体を揺すった。限界に達したロゼがパッと口も目も開き激しく呼吸すると、ガナッシュの顔を見てまた息を止めてしまう。「はい、はい、俺が悪いんです。ちょっと俺も気が緩んだみたいで」ガナッシュは身体を離し少し距離を置いた。
「ガナッシュさん・・・!あの・・・!」
「ん?」
「私も旅がしたいです!直接、聖女様のお話聞いて回りたいです!」
茹ったように顔を赤くしてロゼはガナッシュを見上げると「うん、一緒にいこう」とガナッシュは頷く。
酒場に訪れる人たちの話でしか知らなかった世界を見れることが楽しみでロゼは零れる笑みを抑えられない。ガナッシュもフラミンゴも一緒だ。お父さんとお兄さんのように頼れる人が一緒ならば怖いものなかった。「あれ?今、想定と違うこと思われたような?」ガナッシュは宙を見上げた。
「ロゼ、それ付けててね。ネックレス」
「え?あ、でも」
「俺のですよって証。旅先で変な男に目をつけられるの嫌だからさ」
距離を探るようにガナッシュがおずおずとロゼの頭に手を伸ばすと「さっさとこんかーい!!このハイエナ公がー!!」酒に酔ったフラミンゴがとんでもない暴言を吐いたので、その場にいた全員がフラミンゴがを取り押さえた。
「ロゼ、俺が死なないように助けてね」
「がんばります」