53.溢れる本心
「ホアンナ、僕は一度フェズィに戻って保安官に薬を手に入れたことを伝えてくる。ついでに医療キットも取ってくるよ。何かあったら大変だから。すぐ帰ってくるからそれまで何としてでもフラミンゴさんたちをここに留まらせておいてくれ」
「かしこまりました」
ホアンナが頭を下げた。マーカスはそれを見ずに出かける支度を整えている。
「今が絶好のチャンスだ。これを逃して次はない。必ず魔女を捕まえてみせる」
「・・・・・。」
「今まで心配かけてすまなかった。これが終わったらホアンナも本来の仕事に」
「いえ、私は先生の傍に仕えるのが仕事ですから」
またホアンナが頭を下げる。ホアンナに振り返ったマーカスは今度はちゃんとホアンナの姿を目に入れる。
「気を付けて行ってきてください。長年の苦労がどうか報われますように」
**
ガナッシュはロゼに抱っこされているドリューを見て小さく首を傾げた。「カエルの王様はお姫様のキスで元の姿に戻るんでしたっけ?あれ?違う?」ロゼの問いにガナッシュは無反応でじっとドリューの顔を見ている。ドリューは小さく口を開け舌を出しハッハッと息をしている。
「うーん、呪いかぁ」
「だんだんそう見えてきませんか?ドリューいいこなんですもん」
「うーん」
煮えきらないガナッシュの前でロゼはドリューを抱きなおしてドリューの顔を覗き込む。ドリューはロゼの頬を舐めた。ペロペロ舐める。「・・・犬だから許すけど、もし人間だったら許さないよ?」ガナッシュがドリューを睨みつけてもドリューはガナッシュの視線に気づかずロゼの頬を舐め続けていた。ガナッシュがロゼに抱かれていたドリューを取り上げる。
「ロゼ、悪いけど俺は呪いを解く方法は知らないんだ。ほら、呪いってかけた本人しか解き方がわからないって言わない?」
「そうなんですか?」
「それにドリューは犬のままでも幸せそうだよ?さっきから尻尾振ってるし。人間でいるより犬でいる方が幸せな場合もある」
「・・・・そうかもしれませんね」
ガナッシュはドリューを下ろし「ほら、いっておいで」と風車小屋で製粉の作業を眺めているルノとビーグルの方へと向かせた。ドリューはゆっくり歩いて少し離れたところでお座りする。食べ物の近くに近づこうとしないドリューはやはり賢い子だった。
「ところでロゼ、ルノは毒を作ってたの?」
「・・・わかりません。ビワの種子は青酸中毒を起こすって聞いてるんですけど、私も血清を作るために毒は扱いますし・・。一方だけを見て判断することはできない気がするんです。ルノちゃんが、そしてそれを売っているという村長さんが、どう取り扱っているのか」
「そこなんだよね」
ふう、とガナッシュは大きく息をついた。ロゼも小さく息をつく。
「ロゼが毒やガスを扱っていても、それで人に危害を加えようとはしていない。むしろその逆だ。・・けどルノやゴルドバ村長が同じとは限らないよね」
ガナッシュの厳しい声にロゼは顔を俯かせた。「・・・お店に保安官さんが来たことを思い出しますね」ポツリと零れた言葉に「え?」ガナッシュが戸惑った声を出す。
「あのときの私もすごく悲しかったです。みんなが喜んでくれるからそれが嬉しくて作ってたものが悪いものだって言われたとき、とても悲しかったんです」
「あれは」
「でもあの時サンジェルさんもフラミンゴさんもガナッシュさんも私を庇ってくれました。助けてくれる人がいました。とても嬉しかったです。・・だから、ルノちゃんも」
「私も・・・」言葉を探すようにゆっくり呟いていると、ポンと頭にガナッシュの手が置かれた。「うん」優しい声。自分を肯定してくれているような温かい声にロゼは声を詰まらせた。ゆっくりガナッシュを見上げる。ガナッシュは目を細めて優しく微笑んでいた。目が合うとロゼの頭の上に乗っていた手が肩に下りてきてグッと肩を抱かれるとガナッシュの胸の前まで引き寄せられる。
「大丈夫。わかってるから。ロゼは自分のやっていることをちゃんと理解している。それはおばあちゃんから正しく知識と技法と心構えを引き継ぐことができたからだ。・・・だけどルノは違う。やっていることは似たようなものであったとしても中身が全く違う。やっていることの責任の重さが違う。けどそれはルノが悪いってわけじゃなくて、ルノを利用している大人たちが悪いんだ。だから・・・それをひっくり返さないとね」
「ひっくり返す?」
「マーカスさんがフェズィに帰った。ノワイズ村を取り締まる気だ。そうなるとルノは無事ではいられない。たとえ悪意がなくても、自分が何をやらされていたかわかっていなかったとしても、事実だけは残ってしまっているから。・・・このままでは罰を受けると思う」
「そんなっ!」
「だからひっくり返したい。ルノのやっていたことは決して悪いことじゃないんだと。そう・・・信じたい」
肩に回る手に力が篭った。更に強くガナッシュの胸に引き寄せられる。ガナッシュの心音が聞こえる。ドクンドクンと大きく、そして速い気がする。不安げな表情を出すまいと顔を強張らせているガナッシュからロゼは目を逸らし顔を伏せた。
「ガナッシュさんはやっぱり優しいですよね。私やフラミンゴさんを助けてくれたり、ビーグルさんのことも放っておくことなくて、セバスチャンさんのことも、王女様の結婚のことも、全部全部自分を犠牲にしながらみんなのこと守ってくれます」
「・・・俺は何も守れてないよ。全然ダメ。逆にロゼやフラミンゴさんに守られてばかりだ」
「そんなことないですよ」
「いや、そうなんだよ」
「んー・・・もし、そうだとしたら、これからも私はガナッシュさんを守ります。ガナッシュさんって無茶するところがありますから」
「それはロゼにも言えることだよ。俺はいつも冷や冷やしてるんだからね」
「ごめんなさい」
「言葉ではすぐ謝るんだけど、本当にわかってるのか謎だな」
ガナッシュとロゼが同時に笑う。二人とも肩を小刻みに揺らして頬を少し赤らめた。
「私はおばあちゃんから色々教えてもらいました。その知識は魔女から得たものなのかもしれない。人々を怖がらせてしまうやり方なのかもしれない。けど、私もおばあちゃんも大切なものを守るために魔女の知識を引き継いでるはずなんです。その大切なものは人かもしれないし、土地かもしれないし、別のものかもしれない。でもどちらにもちゃんと意味があるはずです。だから、ルノちゃんも使い方を知らないだけで、きっと大切なものを守る術を持ってると思います。それをルノちゃん自身にも周りの人にも教えてあげられたらいいですね」
「ね?」とガナッシュを見上げたロゼを、ガナッシュは真剣な表情を変えずに眺めていた。それからまるで頭突きをするようにゴンと脱力したガナッシュの頭がロゼの額めがけて降ってきた。
「い、た」
「ごめん」
「どうしたんですか?私、変なこと」
「いや、そうじゃない。・・・・ものすごく、愛おしくなってしまって」
「ひぇっ!?」
「・・・・俺、この間フラミンゴさんに半殺しにあったばかりなのにな」
ガナッシュの両手がロゼの頬を包む。大きな手のひら。若干冷たく感じるのは自分の顔が熱いからなのか。はあ、とガナッシュの吐息が漏れる。ロゼはあまりの顔の近さに息を止めていた。
「そろそろ我慢がきかなくなってきた・・・。答えを・・導き出せないまま、ずるずるとロゼやフラミンゴさんに甘え続けるわけにはいかないのに」
「・・・・・・。」
「いつも傍にいてくれてありがとう。ロゼの言葉に、その笑顔に、俺は何度となく救われてる。きっとそれは俺だけじゃない。関わってきた多くの人たちが俺と同じ気持ちなんだと思う。・・・だから、少し悔しい。同じじゃ嫌なんだ。守られてばかりでは、救われてばかりでは嫌なんだ。・・ロゼを守るのは俺でありたい。フラミンゴさんでもなく、セバスチャンでもなく、俺が守りたい」
「・・・・・・。」
「息止めてるよね。わかってます」
引き寄せられるように顔が上を向かされると目にキスを落とされた。ガナッシュの微笑みは、ボワイア国で見た”ディオ”としての顔だった。眉を垂れさせ、さみしそうな瞳を潤ませる。それから頬を撫でるようにガナッシュの手が離れていった。ロゼは未だに呼吸ができない。
「いいなぁ」
いつの間にそこにいたのか。ロゼとガナッシュを見上げるルノとドリューの存在に気づき、ロゼはその場で小さく跳ねるとよろけてこけた。
**
交流のないノワイズ村とヒルケット村の人たちにとって、ルノの存在は受け入れられないものじゃないかと危惧していたガナッシュだったが、ルノが子供だったからか、それともロゼに付きまとって一緒に農作業を手伝っていたからなのか、ルノはあっさりヒルケット村の住人たちに受け入れられた。「いいねいいね、賑やかで。嬉しいよ」民宿を営んでいるわけでもないブルーノの家は普通の二階建ての家なのに、ロゼたちに加えルノさえも家に招き入れた。
「マーカスさんにはお世話になってるから気にしなくていいよ」と笑顔で受け入れてくれるブルーノに対し、ガナッシュは引き攣った笑顔で「・・・こっちはこれ以上、恩着せられるの怖いんだけどな」と小さく呟いた言葉にロゼは頷くことなく小首を傾げるだけだった。
それから三日ほど過ぎた頃、焼却炉の近くで作業しているウェストの隣で、その様子をじっと眺めていたルノがいた。「危ないからあっち行ってろ」と言われてもお手伝いしたそうに、ずっとウェストの隣にいる。
「まーた人の邪魔して」
「邪魔じゃないですよ。お手伝いしたいんです、きっと」
ロゼはビーグルを置き去りにルノとウェストがいる焼却炉へと近づいた。「あー、ちょうどよかった。ルノ連れてってくれよ。危ないから」ウェストは大きなミトンを左手に嵌め、右手には火かき棒を持っている。
「なにを焼いてるんですか?」
「藁だよ」
「藁を?」
「そう。灰にすんの。んで、今から灰を搔き出すからさ、退いてほしいわけ」
ウェストは火かき棒を前後に揺らした。あっちいけ、と示している。「ルノちゃん、ウェストさんの邪魔しちゃ悪いから離れて見てよう?」ロゼはルノの両肩に手を置き、焼却炉から離れるように後ろに引っ張った。ルノは視線をウェストから離さず二歩三歩後ずさっただけ。
「ねぇ、ロゼちゃん。あれは悪いものじゃないの?」
「え?」
ルノはウェストを指さした。正確にはウェストの先にある焼却炉。その中にある灰のことだろうか。「灰のこと?灰は悪いものじゃないよ。色んなものに使われるし、特に肥料として使われることが多いね」焼却炉を見ながら言うロゼにルノは目と口を三日月のように細めてビーグルに振り返った。
「へへっ!あれは悪いものじゃないんだって!」
「は?」
「あれは私も作ってたもん!あれを水に溶かして火にかけて塩をつくって」
「塩?」
ぽかんと口を開いたビーグルはルノでなくロゼに問う。「塩だよね?そうだよね?ロゼちゃん」ルノは今度はロゼに振り返り抱きついた。「え~っとっと・・・」と口籠るロゼに「あれが塩なわけないでしょ。嘘つきめ。やっぱ処刑だわ」ビーグルはロゼに抱きついているルノを引き剥がすように引っ張った。
「うそ~・・・なんでえ」
「ビーグルさん!すぐ処刑処刑って言わないでください!・・・ルノちゃん、あれは料理で使う塩とは違うけど、石鹸つくったり、ガラスつくったり、色んなものに」
「は?ガラス?」
「え?」
「あれがガラスに?」
「えっと、まあ、そうですね」
「はああ?」
声を荒げたビーグルは「ガラスって砂と灰でできてんの!?どうやって!?」引き剥がしたルノを更に突き飛ばす。尻もちついたルノは顔をぎゅっと寄せて頬を膨らませた。そして勢いよく立ち上がりビーグルに突進して後ろから背中を勢いよく押し出すとビーグルはつんのめってこけた。
「いてっ、なにすんだよ!」
「先にやったのはそっちだもん!」
「お前に用はないんだよ。あっちいけ、しっし!」
「も~~~!!!」
地団駄を踏んでいるルノからしてみれば不本意かもしれないが、ロゼから見ればルノは大分ビーグルに懐いていた。大人は優しいが一緒に遊んではくれない。同レベルで構ってあげているのはロゼというよりどちらかと言えばビーグルの方だと思う。
「ルノちゃん、カリ作れるのなら作ってあげたら?灰のままにしておくよりそっちの方が高く売れると思うからヒルケット村の人たちも喜ぶかもしれないよ?」
「ほんと!?」
「うん。私も手伝おうか?」
「ううん!煮るだけだもん!」
突き飛ばしたビーグルをわざと踏んづけてまたウェストの隣に並んだルノは「おい!近づくなって!」と怒られながらも灰を持ち出そうとしている。
「ロゼちゃんって本当にお人好しだね~」
「え?」
「アイツの居場所つくってあげてんでしょ?積極的に手伝いさせてさ。そのおかげでこの村での好感度は上昇傾向。アイツは自分の村では結構酷い目にあってるみたいだし、ここに住まわせた方がアイツのためになるだろうしね」
「そんなつもりないですよ。ルノちゃんがお手伝いしたそうにしてたので、それで」
「その何気ない感じに周りは救われてるんだってこと、自覚はないからな~、ロゼちゃんは」
ルノに突き飛ばされて地面に這いつくばっていたビーグルが起き上がると「げ、アイツ、泥つけやがって」ルノに踏んづけられた腰のあたりにある足跡をパンパンと払った。
「ビーグルさんも自覚なさそうですよ」
「へ?」
「ルノちゃんが自然体でいられるのはビーグルさんの存在が大きいと思います」
「は?なんで?」
「同レベルで遊んであげてるし」
「それ褒めてなくない?」
「いっつも意地悪ばかり言うし、みんなを怒らせてばかりだし、すぐ人に噛みつくし、困った人だと思ってたんですけど」
「ここぞとばかりに本音ぶちまけてくるな」
「やり方が違うだけで、ビーグルさんはビーグルさんなりにみんなのこと助けてたのかもしれません。薄情そうにみえて妙に義理堅いですしね」
「ビーグルさんって本心が見えないから、わかりにくいというか」ロゼがビーグルを背に歩き出す。ウェストに邪険にされながらも傍を離れないルノの方へと歩を進めると「好き」いつものふざけた間延びした声とは違うビーグルの声に違和感を覚え、ロゼはビーグルに振り返った。
「俺、ずっとロゼちゃんのことが好き。初めて会ったときからずっと好き」
「急になにいって」
「でも、無理に手に入れようとはしたくない。だって好きになってもらえなきゃ意味がない。心のない人形を愛でても虚しいだけだから。だから傍にいた。俺に価値の意味を教えてくれたロゼちゃんは、いつか俺の価値に気づいてくれるかもって。いつか俺のこと好きになってくれるかもって」
ビーグルが一歩ロゼに近づく。ロゼは逃げたくなる足を必死に踏み留めた。逃げてはいけない気がする。
「俺、今ならガナッシュ君の気持ちがわかる。一緒にいればいるほど離れられない。気持ちが止まらない。結局好きになるのはこっちの方だった」
「ビーグルさん、あの、今はルノちゃんを」
「俺はガナッシュ君以外にロゼちゃん譲る気なかったけど、今はガナッシュ君にだって譲りたくない」
一歩二歩と間を詰められると顔だけを向けていたロゼの両肩を掴み、ビーグルが正面に構える。吊り上がった細い目を見開いて真剣な表情でロゼを見つめた。
「ってか、最近の君たち距離が近すぎるよ!!ガナッシュ君は既に王女様と結婚してるんだから、このままじゃロゼちゃんは本気で愛妾にされちゃうよ!?いいの?それでも!?それよりは俺と結婚した方がいいでしょ!!好きな人の二番目にいて本妻にビンタされるよりも、一番に愛してくれる俺にした方がいいって!!絶対いいって!!・・って、そうなったら俺の最大のライバルってガナッシュ君よりもちっこい王子じゃね?ってか、そっちの方がマズくない?あの、人の好さそうな顔をしておきながら腹黒さが垣間見えるあのキラキラ王子が・・」
黙る気配のないビーグルに堪らずロゼは平手をお見舞いした。それなのに嬉しそうに笑うビーグルに鳥肌が立ったのは言うまでもない。




