婚約破棄即ざまぁ。 〜 夜会会場は凍りついてますが、こっちはみんなで幸せになります。
「セリーヌ・ノイリブラ! お前との婚約は破棄する!!」
王宮内の優美なホールに大声が響いた。
私は理解が追い付かず、ポカンとしてしまった。
声の主は私を指さし、勝ち誇ったような顔をしている。彼はべルナール・バロワン。バロワン侯爵家の長男にして、不本意ながら私の婚約者である。
えっと、ノイリブラ侯爵家のセリーヌは私で、あれは婚約者。つまり私は王家主催の夜会で婚約の解消を宣言されたのか。そんな、馬鹿な。
当然ながら常軌を逸したあり得ない事態だ。
ベルナールは癖のある金髪をかき上げ、胸を張り言葉を続ける。
「お前のような傲慢な女は俺の伴侶に相応しくない! 俺の伴侶には――」
ベルナールの横には空色のドレスを纏った女性が立っていた。男爵令嬢のシルビィ・エベールだ。
ベルナールは仰々しい動きで左手を広げ、手のひらでシルビィを示す。
「このシルビィのような、淑やかな淑女が相応しい!」
ベルナールがシルビィに笑顔を向ける。
シルビィはピンクブロンドの緩やかにカールした髪に、くりっとした青い瞳の美少女だ。背丈はやや低めで、特徴的なのは豊満な胸。ドレスから上3分の1ぐらいが露出しており、何かの拍子に服から溢れて露わになってしまわないか心配になる。彼女は私と同じ16歳で貴族学院の同級生でもある。
私の外見はというと、癖のない銀髪に碧眼、高身長で胸は普通。見た目のタイプはかなり異なる。
なるほど、ベルナールは綺麗系より可愛い系が好みということか。
でもなぁ……
「シルビィ! 君を将来の侯爵夫人として迎え入れたい。結婚しよう!」
ベルナールのプロポーズに、シルビィは水宝玉のような瞳をバチクリさせて、
「えっ、嫌ですけど……」
と、真顔で拒否した。
まぁ、そうだよね。
「男爵令嬢であることを気にしているのか? 大丈夫だ。爵位の差など真実の愛の前には些細な事だ!」
ベルナールは左手を一回戻し、シルビィに体を向けてから両手をバッと広げて突き出す。
「いえ、その、まず婚約についてのお話であればバロワン侯爵から私の父に持っていくのが筋かと存じます」
酷く常識的な回答に、ベルナールが焦り始めた。ドヤ顔が崩れる。
「な、なるほど。すまなかった。父は説得してみせる。君もエベール男爵に婚約を受けるよう伝えてくれ」
「えっ? 断って下さいって、泣いて頼みますけど」
シルビィは怯え、目が潤んでいる。可哀想に。
ホール全体が凍りついていた。
王家主催の春を祝うパーティが、真冬の池の如く、凍りついている。
無理もない。侯爵令嬢との婚約を一方的に破棄し、男爵令嬢に乗り換えようとして、秒でフラれる。海千山千の貴族達でも未知の事態だ。
「それと『お淑やかな淑女』ですと意味が重複しますので『お淑やかな女性』などの表現がよろしいかと」
シルビィも少し混乱気味だ。そこは今突っ込むことではない。
ぷっ、と誰かが堪えきれず吹き出した。確かに今のシルビィのズレた指摘は面白かった。
それを皮切りにあちこちから「ぷっ」「クスッ」と誰かの口が決壊する音が聞こえる。
会場にいるのは皆貴族だ、王家主催の夜会で大笑いしてはいけないのは理解している。露骨に声を上げて笑う者はいない。
吹いてしまった人々も俯き、肩を震わせて耐えている。
一方で純粋に怒っている人もいる。格式高い王家の夜会を乱す言動、怒りもまたもっともである。彼らは拳を握り、怒りを堪えて震えている。
笑いを堪え震える者と、怒りで震える者、理由は違えどみんなプルプルしてる。
流石に自分の状況がわかってきたようで、ベルナールの血の気が引いていく。
「そ、そうだな。『お淑やかな女性』だな」
いや、取り繕うべきはそこじゃない。
「ベルナール殿はお疲れのようだ。少し休まれると良い。さ、こちらへ」
筋骨隆々な初老の男性、ロックドルフ侯爵がベルナールに歩み寄り、肩を掴んだ。口調は穏やかだが、肩を掴む手には強い力が込められている。
ロックドルフ侯は有無を言わさずベルナールを引き摺っていく。
私が一言も発さないうちに、混乱の原因が取り除かれた。
ロックドルフ侯爵ありがとう。
だが、夜会の空気は凍ったままだ。
どうしたら良いのだろう。この空気。
国王陛下を始め王族の方々は夜会の中盤で入場される予定だ。それまでには極寒のホールを春に戻しておかなくてはならない。
場が凍ったままの原因は私とシルビィだ。どちらかと言えば被害者とはいえ、騒動の当事者がいては、無かったことにして仕切り直し難い。私達は早急にこの場を去るべきであろう。
しかし、これから演奏が始まり、ダンスというタイミングだ。この国では夜会で一曲も踊らず帰るのは、主催者への失礼に当たるとされている。全くもって面倒な文化だ。もちろん体調不良などであれば許されるが、今から腹痛の演技などしたら余りにも露骨である。
一曲だけ踊って逃げ帰るのが一番だが、この状況で私とシルビィの手を取るのは度胸がいる。
互いの兄が居れば良かったのだが、うちの兄は所用で不参加だし、シルビィの兄も外しているようで、今この場にはいない。
そろそろ曲が始まる。早急に相手を見付けねばならない。どうしよう。
さっと周囲を見回す。ちょうどいい友人も見当たらない。シルビィも同じことを考えているようで、きょろきょろしている。ちょうど目が合った。
そうだ、いっそ彼女と踊ってしまおうか。普通は女性同士では踊らないが、タブーという程でもない。この状況なら皆理由は察してくれるだろう。
「シルビィさん、変則的ですが一曲どうですか」
私はシルビィに歩み寄り手を伸ばす。
「ふふっ、喜んで」
シルビィは笑って、私の手を取った。
「セリーヌ様はどちらにされますか?」
シルビィが尋ねてくる。男性役か女性役かという意味だ。背の高い私が男性役をするのが無難だが――
「じゃあ、シルビィに男性役をお願いしてもいい?」
私も男性役ぐらいはお手の物だが、できると言っても当然女性役の方が慣れている。難しい方はより上手い人に任せよう。
周囲の人々が興味深そうに私達を見る。
私達2人が踊るとなれば、興味は引くだろう。
私とシルビィが貴族学院女性部で首席の座をかけて競り合っていることはそれなりに知られている。昨年の成績は私が首席、シルビィは僅差で次席だったが、今年はどうなるか分からない。
そう、このシルビィ、実は才女として有名なのだ。特にダンスの評価では私は一度も勝ったことがない。
ちなみにドレスの胸が露出多めなのは、仕立てた後で想定外に成長してしまったためである。手直しには限界があるし、男爵家の資金力ではドレスは気軽に作り直せない。
ベルナールは何も知らなかったのだろうなぁ。
曲が始まる。彼女と踊るのは初めてだが、やはり男性役も上手い。導かれるように、体が自然に動く。ここまで踊りやすいのは兄のブリュノと踊るときぐらいだ。
注目が集まっているのが分かる。
奇異の目で見られている訳ではない。私達がなるべく早くこの場を去って夜会を健全化しようと、変則的なダンスをしていることは大半の人が理解している。
視線に込められている感情は主に称賛だ。シルビィの男性役が完璧なのはまともな貴族なら理解できる。
曲が終わる。周囲から自然と拍手が起こった。
「お騒がせしました。これで失礼させていただきます」
そう宣言して、二人で出口に向かう。
「シルビィ、私の馬車で送るわ」
「ありがとうございます。兄は非公式な会合で一時的に外しているので、助かります」
シルビィは兄と2人で1台の馬車に乗って夜会に来ている。なので先にシルビィが馬車で帰ってしまうとお兄さんが夜道を歩いて帰ることになってしまう。
御者に指示をして、馬車に乗り込む。カラカラと馬車は走り出した。これで周囲を気にしなくて良い。ホッとした。
「セリーヌ様、ご迷惑をおかけしました。ベルナール様から突然『大事な用事があるから横に居てくれ』と言われて、訳も分からぬまま隣に立っていたらあんなことに」
「いえ、婚約の解消は願ったり叶ったりだし。向こうの有責にできて良かったわ」
父が生前に結んでしまった婚約を解消しようと、若くして侯爵家を継いだ兄が頭を悩ませていたところだったのだ。この騒動なら婚約は確実に解消できる。
「そうですね。セリーヌ様とベルナール様は、どう考えても釣り合いませんから」
シルビィが容赦ない評価をする。
まぁ、ベルナールは容姿こそ悪くはないが、正直に言って馬鹿だ。勉強もしないし、交友関係も偏っている。自分の家の状況も分かっていない。
「ありがと。でも、どうしてあんなことに……」
「うーん。別にベルナール様に色仕掛けをしたり、異性としての好意を示したりはしていないのですが……領地も隣接しているので友好関係は築こうと機会があれば話しかけていたのを勘違いされてしまったのですかね」
小首を傾げるシルビィ。
たぶん、そんな所だろう。
「しかし、これで晴れてフリーか。結婚どうしよ」
「爵位の差のことさえなければ、うちの兄はお勧めなのですけどね……」
シルビィのお兄さんはローラン・エベールという。彼は私の兄ブリュノの貴族学院時代の同級生だ。そしてローランさんが学年首席、うちの兄が次席である。
文句なしの優秀さだ。しかし、侯爵家の令嬢が男爵家に嫁ぐのは、この国の貴族社会では許容されない。逆に男爵令嬢が侯爵家に嫁入りするのは大丈夫なので、変な話である。
しかし、仮に変でも貴族社会の不文律というのは重い。
「何にせよセリーヌ様なら引く手数多でしょう。ノイリブラ侯がよい縁談を探してくれるのでは」
「うーん。確かに兄さんなら変な縁談は持って来ないと思うけど」
病気で早逝した父は少し困ったお人好しだった。古くからの友人であるバロワン侯に頼まれたらホイホイ婚約してしまうような人である。
その辺、兄は合理的で冷酷だ。でも私にだけは甘い。なので安心できる。
「話は変わりますが、セリーヌ様とのダンス楽しかったです。人前で男性役は中々経験出来ないですから。譲っていただいてありがとうございます」
「完璧でびっくりしたわよ、流石ね。私が男性役やったらあそこまで綺麗に決まってないもの」
そこから、雑談に移行していく。学院の話とか、他の貴族家の裏話とか、領地経営の話とか。シルビィとのお喋りは話題が尽きない。
挨拶と天気の話でネタが切れるベルナールとは凄い違いだ。まぁ元婚約者と友人は比べるものではないが。
やがて馬車はエベール男爵邸に到着する。大きさは貴族の屋敷としては小さいが、センスの良い家だ。漆喰の外壁と黒塗りの窓枠が品の良い外観を作っている。
「では、ありがとうごさいました」
「うん。こちらこそ。またね」
シルビィを見送り、私はノイリブラ邸への帰路についた。
◇◇ ◆ ◇◇
「くそぅ。葡萄酒輸出組合の会合なんて行くんじゃなかった。ベルナールの馬鹿の自滅に、セリーヌとシルビィのダンス、最高の見物を逃した。一生の不覚だ」
夜会の翌々日、夕食の席で兄が騒いでいた。本気で悔しそうである。テーブルに座るのは私と兄と母の3人、家族水入らずの夕食だ。
兄はその美貌と銀髪、感情を表に出さない態度で一部から『氷銀侯』とか呼ばれているが、家の中ではただの優しいお兄ちゃんである。
ちなみに『氷銀侯』という恥ずかしいネーミングは大嫌いなので、そう呼ぶとキレる。
「私もダンスは見たかったわ。今王都はその話題で持ちきりよ。馬鹿は馬鹿として、女性二人のダンスが凄く綺麗だったって」
あのダンスは概ね好意的に受け止められているらしい。私はともかく、シルビィの評判が傷付いていなくて良かった。
「ははは。シルビィのお陰ね。兄さん、婚約は正式に破棄するでしょ?」
兄に一応の確認をする。
「もちろん。最初からベルナールにお前を渡す気はないしな。いやはや、金貨を山と積んででも破棄しようと思っていたが、良かった」
「でも、セリーヌの結婚相手はどうしましょうね。早めに探さないと」
そろそろ私も適齢期、のんびりしていると行き遅れ扱いされてしまう。
「母様、その辺は考えていますよ。セリーヌ、変なのにお前はやらんから安心しろ。とりあえず明日バロワン侯爵と会う約束を取り付けた。婚約は破棄してくるさ」
「バロワン侯は粘るでしょうね。ちゃんと押し切るのよ、ブリュノ」
母の言う通り、バロワン侯は必死に粘るだろう。
バロワン侯爵家は歴史のある名門貴族だが、先代の侯爵が凄まじい浪費家で多額の借金を抱えてしまっている。領地経営も上手くいっておらず、借金の利子に財政を締め付けられている状態だ。
一方でノイリブラ侯爵家は国内でもトップクラスの金持ちである。領地に港湾都市があり、貿易から利益が上がるのが大きい。更には良質な鉱山もある。
バロワン家にとってノイリブラ家との繋がりは生命線だ。本当にベルナールは馬鹿である。
「まぁ、任せてください」
兄は何か凄く悪い顔で笑った。楽しそうだ。
◇◇ ◆ ◇◇
ノイリブラ侯爵ブリュノ・ノイリブラはバロワン侯爵邸を訪れていた。
応接室でバロワン侯と向かい合う。部屋は内装こそ最高級だが、その割には調度品が少ない。資金難で売り払ってしまったのだろう。
「この度のこと深くお詫び申し上げる」
バロワン侯が深く頭を下げる。精気がなく、顔は土気色だ。
「ご子息が正気を失われたこと、お悔やみ申し上げる」
ブリュノはそう言って、慇懃無礼に頭を下げ返す。
「正気を失った、か。そうだな、そう言われても仕方ない」
バロワン侯はか細い溜息をつく。
「失礼、嫌味が過ぎた。それでバロワン侯はベルナール殿をどうするおつもりで?」
「あれはもう駄目だ。廃嫡して一兵卒として軍に入れる。バロワン家は次男のクレマンに継がせる」
王家主催の夜会であれだけの醜態を晒せば貴族としては終わりだ。王家の面々が入場する前だから不敬として処罰はされないが、もう誰も彼を“貴人”とは見做さない。彼に家を継がせては、バロワン侯爵家は破滅一直線だ。
幸いベルナールには弟がいる。廃嫡しても後継者不在とはならない。
ベルナールの未来は暗い。平民と同じ扱いで軍に放り込まれれば、国境地帯の荒野で警備をさせられるか、水兵として船に乗せられるか、いずれにしても過酷な生活が待っている。取り柄のない農家の3男、4男が泣きながら入隊する場所だ。
「妥当な判断かと存じます。セリーヌとの婚約は正式に破棄させていただく。そちらの有責ではあるが、貴殿は亡き父の友人、慰謝料の請求はしないつもりだ」
「ま、待ってくれ。貴家との繋がりは大切にしたい。婚約の相手を変更という形にしてはいただけないだろうか」
バロワン侯は悲痛な声を上げる。今までまともな利子で金を借りられていたのはノイリブラ家との繋がりが信用になっていたからだ。それが消えれば破産は免れない。
「それは流石に無理でしょう。ご次男はまだ11歳のはず」
バロワン侯は頭をテーブルに打ち付けそうな勢いで下げる。
「必ずしっかりと育てる。ベルナールの失敗は繰り返さん。だから」
「結果を数年待てと? 有り得ませんね……しかし、どうしてもというなら養子を取っていただくしか」
ブリュノが唇を歪めて笑った。
「どこぞの者にバロワン侯爵を譲れ、と?」
「いえ、そこまでは求めません。コロミエ伯爵領で構いません」
バロワン侯は家名にもなっているバロワンの他に、コロミエという土地を持っており、コロミエ伯爵の爵位も有している。複数の領地を持つ貴族が分割して領地を継がせることは認められている。
コロミエ伯爵領は旨みのない土地だ。かつては銀鉱山があり、重要な領地だったが鉱山は枯れて久しい。今では細々と農業が営まれているだけだ。建国時の領地の“格”が変更されず「伯爵領」の扱いではあるが、実態は精々が子爵領である。
「なるほど。貴殿の指定する者を養子に取り、その者にコロミエを与えると」
「ええ。その条件なら婚約をお受けいたします。持参金名目で7万ルカム出しましょう。それで先代の残した借財は清算できるはず。後はご次男の教育が上手く行けば、バロワン家の建て直しは可能かと」
バロワン家の負っている借金は約6万5千ルカム、利子の払いがなくなり、手元に5千残るなら、再起できる。コロミエの代価としては十分だ。
「詳しく話を詰めさせて貰いたい」
バロワン侯はぐっと身を乗り出した。
◇◇ ◆ ◇◇
私、セリーヌ・ノイリブラは王都ノイリブラ邸の応接室に座っていた。兄さんから話があると呼び出されたのだ。応接室に呼ばれるなど普段はない、どうしたのだろうか。
少し待っていると、ノックに続いて兄が入ってくる。
「やぁ、セリーヌ。呼び出して済まないね」
「ううん、別に家の中だし。それよりもどうしたの兄さん」
「話があってね。まずベルナールとの婚約は正式に破棄してきた。彼は廃嫡されて平民枠で軍隊送りだそうだ」
なるほど順当な展開だ。でもそれを伝えるだけなら応接室でなくても良いはずだ。夕食のときにでも言えばいい。
「あの人、軍隊じゃ耐えられないでしょうね……それだけ?」
「いいや。実はバロワン侯爵に粘られてね。婚約者の変更という形になった」
へ? 想定外の発言だ。変更?
「まさかクレマンくんとですか!? それはちょっと」
ベルナールには弟がいる。ベルナールと違って素直な良い子という印象ではあるが、まだ11歳ぐらいだった筈だ。そういう趣味はないし、成人を待つと大分先になってしまう。
「いや、まさか。バロワン侯に養子を取って貰う。実子のクレマンがバロワン侯爵領を継ぎ、養子がコロミエ伯爵領を継ぐ。なのでセリーヌはコロミエ伯爵夫人ということになるね」
なるほど。ややこしいが理解はできた。
「その、それで誰と婚約するのですか?」
「実は呼んである。顔合わせと行こう。入ってくれ」
兄がそう言うと、応接室の扉が開き一人の男性が入ってくる。
ピンクブロンドの髪に優しげな青い瞳、鼻のすっと通った整った顔立ち。
兄の親友にしてシルビィのお兄さん、ローラン・エベールだった。
「やぁ、セリーヌ。久しぶり」
ローランが微笑みかけてくれる。
ローランは以前は兄を訪ねて、よくノイリブラ邸に来ていた。なので、その頃から交流がある。
知的で、優しい……正直に言うと私の初恋の人だ。
爵位が合わないと諦めていたけど、バロワン侯の養子になってコロミエを継ぐなら問題はない。
「もし君さえ良ければ、僕と結婚してくれないかい」
ローランの問いに、私は首を縦にぶんぶん振った。
「します! いっぱい結婚します」
嬉しすぎて、語彙が壊れた。コロミエの経営となれば苦労はあるかもしれないが、好きな人と一緒なら何でもない。
「でも、ローランさんは私で良いの?」
兄がねじ込んでないか、ほんの少し不安になる。
「君がいい。ずっと好きだったんだ」
感極まって、視界が滲む。涙が頬を伝っていった。胸がいっぱいだ。
「私も好きです。兄さん、ありがとう」
流石は兄さん、最高だ。
「うん。幸せそうで何より。あ、そうだ、俺も結婚するから。シルビィと」
ほへ。なんか兄がしれっと重要なことを言った。
「シルビィ、入って」
兄の言葉に、シルビィが入室してくる。気恥ずかしそうに笑っている。
「その、実は少し前からお付き合いを……てへ」
そう言って、シルビィが兄と並ぶ。
美男美女でお似合いだ。ノイリブラ侯爵の夫人となれば相応の能力が求められるが、彼女なら申し分ない。
私は真似をして、ローランの横に並ぶ。ローランの背は男性としてはやや低めだ。私は女性としては少し高めなので、身長は殆ど同じ。高身長も見栄えが良いが、目線が同じというのもまた素敵だ。
「妹を交換したと揶揄するやつもいるかもしれないが、まぁ無視すれば良いよな」
兄とローランがはっはっはと笑った。
読んでいただき、ありがとうございます。
ピンクブロンドで胸の大きな男爵令嬢もたまには幸福にしよう、をコンセプトに書いてみました。
長編にもチャレンジしているので、よろしければこちらも読んでみてくださいませ。
「公爵令嬢は隣国王太子の部下としてのびのびと働く」
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