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友情の髄

作者: terurun













 ………………………………………………


 




 ギラギラの太陽が頭上に輝いていた、夏休み前の中学校。






 ………………………………………………







 悠治と出会ったのは、校門の横にある、誰も知らない桜の木の木陰で、休んでいた時だった。







 ………………………………………………







 「ここって、涼しいもんな。」







 ………………………………………………







 「あぁ、そうだな。」







 ……………………………………………







 「お前はどうしてここに?」







 …………………………………………






 「お前こそ。」





 …………………………………………














































































































   十二年後





































 




 「じゃぁな。」

 「うん。また明日、満龍(みつ)。」



 そう言って、悠治に手を振った。

 

 今日は久々に悠治と出かけた。




 帰り道。

 並木道の中央を歩く。

 紅葉に夕日が照り、紅が映えていて、風に揺られて葉が音を立てる様は、まるで、僕を歓迎しているかの様に感じられた。


 暖かく感じるその風を、この身いっぱいに受けながら、我が家に向かった。






 




 家の扉を開けた頃には、空が黒くなり、ひとつだけ星が見えた。


 「もうそんな時間か。」


 そう言い、誰も居ない静かな我が家に入った。


 我が家と言っても、小さなアパートの、狭い一部屋だ。

 古い畳が地面に敷かれ、部屋の区切りは無く、唯一区切りがあるとすれば、トイレだけだ。

 キッチンも寝床も、同じ部屋で行う。


 近くのコンビニで買ってきた、サラダとおにぎりと、カップ麺を小さいちゃぶ台の上に広げ、割り箸を置く。


 「いただきます。」

 静かに手を合わせ、割り箸を割った。


 ご飯を食べる。

 美味しいとは言えないが、ご飯を食べれるだけありがたい。




 「ご馳走様でした。」

 立ち上がりながらそう言い、残った容器を無造作に、ゴミ袋の中へ放り込む。






 特にする事もしたい事も無かったので、硬くてチクチクした畳の上に寝転がりながら、低い机に、安いノートパソコンを広げ、適当に検索する。

 結構昔に買ったパソコンだが、今でもギリギリ生きている。

 行成落ちたり、直ぐに充電が切れるが、そんな事、暇潰し出来るということに比べれば、些細な事だ。








 適当に検索してたら、あるサイトが目に入った。

 その文を見て、寝ていた体を起こす。

 然程明るく無い画面に目を近づけ、その記事を、何度も読み返した。


………………………………

 この記事を見た者は、呪われます。この記事を見たあなた。明日、あなたの家に、黒っぽいスーツの様な物を身に付けた男が現れるでしょう。そして気付いた時には........どうなっていることやら。回避する方法は一つだけです。下記のリンクから、あるサイトに移動するだけです。さぁ、どうするのかは、貴方次第でございます。お好きにどうぞ。

………………………………


 「訳分からん。」

 気味が悪い。きっと誰かの、悪戯だろう。しょうもない。

 どうせ下記のサイトって、詐欺サイトとかだろう。


 そう思い、直ぐにアプリを閉じ、パソコンの電源を切った。




 「気持ち悪かったな……」


 そう呟きながら、そのまま、畳の上で寝た。


















 朝。

 小さい窓から、太陽が燦々(さんさん)と顔を覗かせる。

 手で朝日を遮りながら、畳の上で、布団も轢かずに寝ていたことに気付く。

 「道理で昨日は寒かった訳だ……」

 そう呟き、体を起こすと。






 ドンドンドンドンドン!!!

 ドンドンドンドンドンドン!!!!




 誰かが僕の部屋の扉を強く叩く。

 それも、今にも扉が壊れそうな程に。


 

 「はーい。」

 そう言って、扉を開けようとした。



 嫌な予感がする。

 これから、よく無いことが起こりそうな。



 そんな気持ちを抱きながらも、ゆっくりと扉を開けた。



 ガッ!!


 扉が開いた瞬間、その訪問者が、扉に足をかけて、閉められない様にした。


 それを見て、ゾッとした。




 すっと、視線を上に向けた。









 そこにいたのは……………………黒いスーツを着た男。





 「なっ…………!」




 そして、気付いた時には、眠っていた。

























  ――――――――――――――――――――――――




























 「…………………………っ……………………?」






 気付くと、そこは、砂漠だった。


 だが、暑くない。


 寒くもない。


 まるで、温度を感じていないようだった。




 後ろを見ると、夕日が、砂漠の砂を橙に染めている。


 四方を眺めても、ただ見えるのは、永遠に続く砂漠と、綺麗な曲線美が映える地平線。


 空を眺めると、ちらちらと、わずかな星が、顔を見せていた。


 それらは、これから夜が訪れることを物語っていた。




 「………………何処だ…………」


 そこはまるで、異世界に来たようで、それであって、自然で、でもそこには違和感があって、自然ではないように感じて。


 不思議な感覚だ。















 ザッザッザッ





 後ろの方から、誰かの足音が聞こえた。

 

 それを聞いて、後ろを見る。


 「………………誰かいるのか?」


 その人物が言った。


 その声は、何か聞き覚えのあるような、懐かしい感じがした。


 



 暫くして、その人物が、姿を見せた。


 「えっ?」


 思わず声が漏れてしまった。


 彼も、目を丸くして、こちらを見ている。





 彼を見て、私の頬に、一筋の涙が、すーっと流れた。




 彼は、それを見ても、慌てる素振りを一切見せなかった。




 

 彼が誰なのか、顔を見ただけで一瞬で理解できた。














 悠治。














 ここで会ったのが、数時間ぶりのような気もするし、数十年ぶりな気もする。




 「大丈夫か?」



 そう言って、僕に手を差し伸べる悠治。


 そういや、まだ砂の上に座っていたままだったっけ。


 悠治の手を取り、立ち上がった。




 「どうしたんだ? こんな辺鄙なところで。女性一人で。」


 悠治が言った。


 「女性?」


 とっさに言葉が出た。


 僕は男性のはずだが。


 悠治の見間違いか?



 そう思いながら、下を見ると。


 



 「おっぱい……………………」



 僕の胸に、おっぱいがあった。


 


 そして、手を下の方に移していくと………………



 「無い………………」


 男子には必ずある”アレ”が無かった。



 これで確信できた。


 



 僕は、この世界に来たことで、男性ではなく、女性になったのだ。






 もう一度自分の胸を見る。



 「Cくらいかな……………………」


 「ん? どうした?」


 おっと。口から洩れてしまっていたか。


 こういうことは、心の中だけに仕舞っておくものなのに。








 「そんなことはいいとして、お前、悠治だよな!僕だよ僕! 満龍だよ!」




 そう言った。


 確かに、目の前にいるのは、悠治だ。間違いない。



 返事は…………………………









 暫くして、返事がない。


 まぁ、待ったといっても十秒ほどなのだが。


 返事がないだけではなく、動きがない。


 悠治から、生気が感じられない。


 まるで、石造の様。



 「なにが………………」


 そう呟いた瞬間。


  

 『検査ナンバー003番。システムに干渉。よって、システムコード6 18 9 5 14 4。実行します。』


 脳内に、電子音声のような声が響いた。


 その瞬間。



 「ぐあっ!!!!」



 激しい頭痛に見舞われた。


 痛い。


 痛い。痛い。痛い。


 痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。










 …………………………………………








 「はっ。」


 痛みがふっと消えた。


 「ん? どうした?」


 悠治が聞く。


 この台詞。聞いたことがある。しかも、前に言った時と、全く()()形で。


 おれが満龍だということには一切触れていない。



 聞こえていなかったのか?


 いや、結構な声の大きさで叫んだから、聞こえていない筈は無い。


 僕が満龍だってことは気にしていないのか?


 いや、それなら、同時に言った、「お前、悠治だよな!」に反応している筈だ。


 見知らぬ女性に名前を知られていて、「なぜ僕の名前を?」とか、そんなことを聞いてくるのが普通だと思うのだが。



 静止していた悠治が動き出したのは、僕の頭痛が引いてからだ。


 なので、僕の頭痛と、悠治の静止が関係しているのは間違いない。


 そういや、あの、脳内に響いたあの声は何だったのか。


 謎が謎を呼ぶばかりで、何も理解できない。


 


 謎の声が聞こえたのは、悠治の名前と、自分の名前を口にした瞬間だ。


 そして、頭痛が起きた。


 なので、謎の声の聞こえる条件は、悠治の名前を言うか、自分の名前を言うのか、のどちらかだろう。


 「………………悠治。」


 「………………ん? 何か言ったか?」


 悠治の名前を言ってみた。



 何も起こらない。


 これで確定した。


 頭痛の原因は、自分の名前を口にしたから。


 検証しようにも、頭痛が強すぎて、もう一度受けよう、という気にはなれない。


 とにかく、自分の名前だけ言わないように気を付ける。






 「まぁいいや。僕の名前は悠治。よろしくな。」


 悠治が自己紹介する。


 「…………で貴女の名前は………………」


 悠治に名前を聞かれる。


 本名を言ったら頭痛か起きるから、偽名を言うしか無いのか………………


 でも、こんなに直ぐに、偽名なんか思いつく筈もない。


 どうしよう…………


 「名前は…………?」


 悠治に再度聞かれる。


 「……………………」



 暫く、沈黙が続く。


 「名前は………………」


 「(みや)! 僕の名前!」


 偽名が思いついた。


 ってか、思いっきり一人称”僕”だけど、別にいいか。


 「そうか、宮………………」


 悠治が、僕の偽名(なまえ)を呼んで、笑みを浮かべた。






 その後、僕たちは、暫く黙った。


 互いの脳内では、互いの名前が連呼されている。







 「…………行こうか。」


 悠治が、静かに言った。


 「行くって、どこに?」


 「僕の家だよ。」


 「こんなところに家があるのか?」


 「小っちゃい家だけどな。」


 「……そう。」


 互い、あまり元気がない。


 元の世界でも、悠治はあまり笑わない性格だったので、元気でも、よくわからなかった。


 今の悠治の心境は、何年も関わってきた僕で際、理解できなかった。


 元の世界では、悠治の感情の理解ができたのだけれど。







 悠治が、歩き出した。


 僕も、悠治に付いて行く。


 
















 一キロくらい歩いた。


 未だに、家らしきものは見えない。



 悠治の歩く速度が、少し落ちた。


 「「あのさ!」」


 「あっ、悠治からでいいよ。」


 「あ、ありがとう。」


 何かぎこちない。



 「宮………………さんは、僕が、………………………………今の僕ではない僕の記憶があるって言ったら……………………信じる?」


 今の僕ではない人の記憶……………………地球での悠治の記憶ってことかな。


 「ま、まぁ! はっきりとした記憶があるってわけじゃないんだけど!……………………でもまぁ、信じないよね、こんなこと。いいや、なんでもない。」


 そう言って、また歩く速度を速めた悠治。


 漫画のキャラなら、ここで、「僕は信じるよ」とか言うんだろうけど、すっと口から出なかった。


 自分もそうだから、信じるも何も、事実なのだけど。


 「……………………そう。……………………」


 何を言おうか悩んだが、それしか出なかった。


 なんだかんだで僕は、気の利かない男だ。


 だから何十年も、彼女の一人もできなかったのだろう。


 だから時々、自分が嫌になる。












 そこからも、一言も、特に会話もなく、永遠の砂景色の上を、ざくざくと歩いて行った。











 「あれだ。」


 そう言って、地平線を指さす悠治。


 よく見ると、綺麗な地平線の中に、四角い物体の影が見えた。



 

 この世界に来た時より、空に輝く星の数が多くなり、陽が沈んできた。


 元は紅かった砂漠も、今は黒に染まり、自分の影も、見辛くなってきた。



 これまで、あれ以外一言も喋っていない。


 悠治は、元の世界でも、女子との関りがほぼ無かったので、僕が女性になったから、気まずいのか、喋れないのだろう。






 「「あっ!」」


 「ごめん、何もない。」


 「僕も………………」


 そんな、ぎこちない会話が永遠に続く。


 気まずい。














 「ここが……………………」


 「あぁ、僕の家。」


 悠治の家に着いた。


 家というより、中くらいの小屋、という方が正しいだろう。


 扉は無く、木の板が無造作に立てられ、天井は、厚めの布を掛けてあるだけ。


 木の板も、所々黒く腐っていて、一発壁を殴ろうものなら、直ぐに倒壊しそうだ。




 この家を見て、一つの疑問がわく。


 この家の材料は、一体どこから採ってきたのか。


 この辺りには、木など一本も生えていない。


 布を作る素材も、ある筈もない。


 では、どうやってこの家を作ったのか。





 「それじゃぁ、中へ入ろうか。」


 悠治が手招きする。


 考えるのは、また今度で良いか。





 中に入った。


 家の中にも、外の砂が侵入していて、空中には、それが舞っていた。


 普通なら、気管に入って咳込みそうだが、咳が出ない。


 不思議な感覚だ。



 家具は特に置かれていなくて、置かれていたのは、人一人分くらいの大きさの麻の布一枚。


 恐らく、この上で悠治は、毎日睡眠をとっていたのだろう。


 元の世界であれば、寒くて睡眠などできたものではなかっただろうが、温度を体感できないこの世界では、そんなこと、気にしなくてもよかった。


 只、地面が固いことを我慢すれば、問題は無い。



 「食料は何処に…………?」


 いくら家を見渡しても、食糧庫らしきものが何もなかった。


 それどころか、倉庫すら無い。


 どこを見ても、物資や食料を保管しておく場所がなかったのだ。


 「食料? なんだそれ。」


 「えっ…………? 食料……………………知らないの?」


 「知らないけど………………」


 まさか、食料そのものを知らないとは。


 ってか、よく考えたら、この世界に来て一時間くらいたった今でも、のどが渇いたり、おなかがすいたりしていなかった。


 まさか、この世界だと、食料や水は要らないのか…………?


 「水は………………?」


 「水…………?」


 水も知らない。


 ということは、悠治は、この世界に来てから今まで、飲食をしたことがないということ。


 それに、人が来た形跡がないので、今までずっと独りぼっちだったということ。





 家に着くと、悠治はそのまま、麻の布の上で、寝てしまった。


 睡眠はいるようだ。




 僕は、特に眠くなかったので、外に出て、状況を整理した。













 ……………………………………







 僕は元々、地球に住んでいた。これは間違いない。


 そして、あのネット記事を見た次の日に、謎の男が家に現れて、気付いたら、この砂漠の世界にいた。


 そして僕は、女性になっていた。


 鏡や水がないので、自分の容姿を客観的に確認することはできないが、主観的に、自分の体つきを見るに、明らかに女性になっているのだろう。


 悠治もそう言っていたし、間違いない。



 そして、この世界では、飲食は必要ない。温度を感じることができない。只、睡眠は必要。



 今よく考えると、目の前にいる悠治は、本当の悠治なのか?


 確かに、あのネット記事を見たあの日、悠治に会っているから、姿や声を見て、他人と間違える筈がない。


 じゃぁ、悠治と同じ姿で、悠治と同じ記憶を持った別人だとしたら。


 地球に住んでいたという認識は持っている。


 地球に住んでいた悠治がここに来て、その道中で、記憶が欠損したと考えると、辻褄が合う。


 その場合、ここに来たのが、僕と同じ時刻に此処に来たということになるので、食べなくても、飲まなくても、ここに生きているのは必然と言える。


 もしそういう場合、「この世界では、飲食は不要」ということの見直しが必要となる。


 もし飲食が必要となれば、この砂漠での食料確保が、一番の目標となる。


 だが、道中、一度も生物らしきものを見なかった。


 食べれるとしたら、いっぱいある砂か。


 そういえば、何故こんなところに家が建っているのか。


 さっきも言った、僕と同じ時刻にこの世界に来たのが本当であれば、この家の存在を知っている筈がない。


 



 そういえば、僕の名前を言った時のあの頭痛は何なのか。


 『検査ナンバー003番』というのは、何なのか。


 まぁ、003番が僕のことであると考えるのが必然だろう。


 『システムに干渉』というのは………………自分の名前を言う行動が、システムに干渉ということなのか。


 只、悠治は、自分の名前を言っても、何も起こっていないようだった。


 もしあの時に、悠治も頭痛が起こっていたのであれば、今の僕に、「悠治が自分の名前を言った」という記憶がある筈がない。


 だって、僕が自分の名前を言った時、悠治が、「僕が満龍であること」を言ったことを覚えていなかったから、悠治が自分の名前を言ったということを、今の僕が覚えている事実から考えるに、悠治は、自分の名前を言っても、頭痛は起こらない、システムに干渉しない。ということなのだろう。





 う~ん。益々分からない。









 







 ……………………………………




















 いろいろ考えていると、夜が明けた。


 時計がないのではっきりとは分からないが、陽が落ちて、約二時間程しかたっていないように感じた。


 体感時間が短いのか、この世界での一日が短いのか。




 「う~~~~ん。」


 夜が明けて、悠治が目を覚ました。



 「おはよう。」


 声をかけてみた。


 「……………おはよう。」


 未だにぎこちないが、昨日よりかは、距離が近くなった気がする。


 悠治が、寝ぐせでぼさぼさになった頭を掻きながら言った。


 「………………何か、懐かしい夢を見ていた気がする……………………」


 「昨日言ってた、『今の僕ではない僕の記憶』?」


 「かもしれない。」


 「そうか…………」


 「なにか、知らないけど、知っているような男の人が出てきて、その人に、夕方、『また明日』って言ってる夢。」


 それって、僕があのネット記事を見たあの日の記憶なんじゃないか?


 「その男の人が僕、って言ったら信じる?」


 試しに聞いてみた。


 信用しないのは目に見えている。


 だが、少しでもきっかけが欲しかった。


 「そんな訳ないだろう。宮は女性じゃないか。」


 立ち上がりながらそう言った。


 そりゃぁそうだよな。







 「地球………………って知ってる?」


 試しに聞いてみた。


 「知らない……………………でも、聞いたことはあるかも……………………」


 やっぱり。




 あっ、そうだ。


 自分の名前を、言葉で言ったら駄目なんだったら、地面に、文字として書けばいいんじゃないか?


 地球を覚えているなら、きっと文字もわかるだろう。



 悠治を外に呼び、地面に、こう書いた。




 [僕は満龍]




 「なんだこれ、面白い絵だな。」


 悠治はそう言った。


 「なんて書いてあるかわからない?」


 聞いてみた。


 「………………質問の意味が分からない。……………………描いてあるって………………絵だろ?」


 まさか、文字を図形として認識しているのか。


 文字が分からないのか。





 気付いたら、悠治が、僕の文字()を、真似して描いていた。


 地球にいたころの悠治も、絵が上手かった。


 なので、悠治が真似して描いた僕の文字も、そっくりそのままトレースしたようだった。


 「絵、上手いんだな。」


 「そう?」


 「あぁ、上手いよ。」


 「ありがとう………………」


 悠治が少し照れる。


 僕が女性だから。


 なんだか、不思議な気分だ。


 「なんだかこの感じ、懐かしいな。」


 悠治が言った。


 「奇遇だな…………僕もだ。」


 「そうか………………宮もか。」


 そう言って、優しく微笑む悠治。



 このまま、時間が止まってほしい。


 僕は自然と、そう思った。

























































































 





 数日が過ぎた。






 この数日の間に、悠治は、少しづつ僕に心を開いていき、今では、地球にいたころと同じ……………………とまではいかないものの、まぁまぁ仲良くなっていた。


 砂漠だけの世界で、暇しかないと思うかもしれないが、意外と暇ではない。


 まぁそれは、一人ではない場合だが。


 仲のいい人と気兼ねなく話せるというのは、当てのないPC弄りとかに比べて、遥かに楽しい暇つぶしだった。





 











 今日も悠治と、話をしていた。


 僕が地球にいたころの、悠治との思い出だ。


 只、話に出てくる友人が、悠治だということは言っていない。


 会ったことのない人が、悠治の名前を使って話をしていて、悠治が僕のことを気味悪がることを危惧したからだ。


 なので、只、「友人」としか言っていない。


 性別も、容姿も、その人物の素性が、少しでもバレそうな情報は一切言っていない。


 聞かれても、誤魔化している。


 只、悠治はその話を、楽しそうに、相槌を打ちながら聞いてくれた。


 そんな悠治の姿を見ていると、地球のいたころの悠治を思い出して、何とも言えない気持ちになってしまう。






 この話を聞いていて、悠治が、満龍のことを思い出してくれたらな、と思いながら、毎日、話した。





 それでも結局、思い出してくれることは、なかった。




























 「でね、その時にその友人がー……………………」


 今日も、悠治の話。

































 「その友人が、僕のことをー…………………………」


































 「そんなことを言ったんだよ! 考えられないよねー……………………」


































 「でも僕はあいつを、忘れられないんだ。会えなくなった今でも。」


































 





   

   

   一か月後


































 「なぁ、宮。話があるんだ。」


 いつも通り、地球での話をしようとすると、悠治がそう言った。


 「話って?」




 話の内容を聞いてみたが、悠治は無言で、外に出て行った。


 僕も深くは散策せずに、無言で悠治に付いて行く。






 







 家からある程度離れたところで、悠治は足を止めた。


 そして、ゆっくりと、こちらに振り返った。



 「話って?」



 もう一度聞いてみる。














 悠治が、何か言いたそうに、口を大きく開けた。











 だが、何も言わずに口を閉じた。










 そして、一つ、深呼吸をした。










 そして、ゆっくりと目を閉じ、また開けた。




























 そして、少し下に向けていた顔を、僕の方に向けて、言った。


















































































  「僕……………………宮が好きだ。」











































 「えっ………………」


 





























 



 複雑な感情だった。









 何て言うのが正解なんだろうか。










 考えるが、何も頭が回らない。








 
































































  「ごめん。」



















































  「…………………………そうか。」

































 そう言って、悠治は、家に帰っていった。










 やっぱり僕は、気が利かない男だ。


 そんな自分を、本気で嫌いになった。


 もっと、悠治を傷つけない言い方があったのではないか。


 ここで、本当のことを言ったらよかったんじゃないか。


 そんなことばっかり考えてしまう。



 僕はつくづく、気の利かない男だ。


 僕は、そんな自分を恨み、そして、軽蔑した。






































 それっきり、悠治とは何も会話がない。


 それは、告白されたあの日から一か月ほど経った今日でも、変わらないこと。



 何度も声を掛けようとしたが、何て言えばいいのかが分からず、結局何も話せずにいる。


 悠治はというと、一日中ずっと、外で座って、青い空を眺めている。
















 決心した。




 今日こそ話そう。




 そう思い、悠治の隣に座った。


 悠治は、隣に座った僕を横目に、座る位置を変えて、僕と距離をとった。
















 今日こそ喋るんだ。










































 「あのさ、覚えてる?」








 一か月ぶりに話した。


 悠治は、こちらを向かない。




























 「僕たちが出会ったあの日。あの桜の木の下。」





























 それを聞き、悠治が、静かにこちらを向いた。







 この話は、この世界の悠治には、話した事がなかった。




 僕自身も忘れかけていて、つい先日、思い出した。































 「夏にさ。その桜の木の下は、涼しくて。ほら、中学時代にさ。お前から声かけてくれてさ。『ここ涼しいもんな』って。」

































 「それからさ、あの日、いっっっっっぱーい、お前と話して、凄く楽しかったんだ。」








































 「そうだよな。悠治。」

































 








 「まさか……………………お前………………………………満龍か…………………………?」
















































 悠治がそう言った途端、空が光輝いた。













 まるで、僕たちを祝福しているかのように………………………………


















































































  ――――――――――――――――――――――――
























































 







 目が覚めるとそこは、僕の狭い家だった。









 懐かしい、この畳の匂い。








 寝ていた体を起こす。







 目の前にあるちゃぶ台には、僕のノートパソコンが置いてあった。






 気になったので、例のネット記事が掲載されているサイトを検索した。












 今までの、見知らぬ砂漠での出来事が、まるで、凄く長い夢のように感じられた。

 今頃、悠治はどうしているかな。

 向こうの世界から帰ってきているかな。

 ちょっと気になったので、検索している手を止めて、悠治に電話をかけてみた。




 プルルルル プルルルル プルルルル




 一分ほど待ったが、なかなか電話に出ない。

 「悠治も混乱してるのかな。」

 そう思い、再び、パソコンのキーボードを、カタカタ鳴らした。




 例のサイトにアクセスした。

 特に変わったところはない。


 「下記のリンク………………」


 文章の下に載ってあるリンクが気になる。


 ゴクリ


 唾をのみ、意を決して、マウスパッドを下に押し込んだ。


 読み込みが完了した。




 そのサイトにも、文章が長々と掲載されていた。


 また、画面に顔を近づけ、読んだ。








………………………………


恐らく、今この記事を読んでいるのは、見知らぬ砂漠に送り込んだ、三組目の人だと思います。

今三組目と言われても、何のことだか分からないだろうから、順々に説明していこうと思います。


先ず、このサイトを見れるのは、あの砂漠から帰ってきた人物だけです。

多分、もう一人の友達も、今頃この記事を読んでいる頃でしょう。


俺。いや、私は、昔、信頼していた唯一の友人に、父母と兄を惨殺されたことがあって。

その友人は、惨殺した後に、警察に連行されて死刑になったんだけど。

そんなことがあってね、私は思ったんです。

『本当の友情とは何なのか。』

こんなに信頼していても、裏切った。

ならば、本当の友情とは何なのか。

”友情の髄”とは何なのか。

私は知りたかった。


だから私は、ある”世界”を作ったんです。

この世界は、私以外誰も干渉することのできない世界。

その世界が、今まであなたがいた、広大な砂漠です。


そしてその世界に、ある一定の信頼関係を結んでいる、”同性同士の”友達を送り込んだんです。

条件は、あなたも見た、『呪われました』と書かれた記事を、二人ともみて、二人とも無視すること。

なので、あなただけでなく、あなたの友人も、あなたが見た『呪われました』の記事を見て、あなたと同じように無視したんです。

ちなみに、無視せずに下記のリンクにアクセスしていれば、私の世界に送り込むことはなく、全然関係のないサイトにとぶだけだったんですよ。


そして私は、只送り込むだけじゃ面白くないと思ったんです。

だから私は、私の世界に送り込んだ二人のうち、

一人は、その記憶を()()消し、

もう一人は、性別が変わり、自分の名前を呼ぶと、激しい頭痛に襲われる。

そういうシステムを確立したんです。

ちなみに、()()というのは、完全に記憶を消すのではなく、断片的に少し残しておいて、きっかけさえあれば、元の記憶を取り戻せるくらいに、ということです。

あっ、ちゃんと元の世界に帰ったら、ちゃんと記憶は戻してありますよ。安心してください。


元の世界に戻れる条件は、互いが誰なのか、その正体に気付くこと。

本当の友情があれば、たとえ記憶がなくても、自分の名前が言えずとも、正体が分かると思うんですよ。

ですが、あなたの前に送り込んだ二組の友人達は、互いの正体に気付かぬまま、互いにはぐれ、今頃は、無限に続く広大な砂漠を、永遠と彷徨っている筈です。

あなたとは別の世界なので、会うことはなかったと思いますが、前の二組は、もう永遠に、この世界に帰ってくることはできないでしょう。



私は、あなた達二人の友情に感動しました。

ドラマチックな展開に、こちらも、心動かされました。

過去に告白されたケースはあったのですが、その後、関係が崩れ、互いに別れたので、そこで話しかける勇気。これが友情ってものなのですかね。


長々と話をしてしまって申し訳ありません。

それでは、失礼します。

次会う機会があれば、また。



 -管理者-



………………………………









 読み終わり、はっ、とした。

 信じられないというか、実感がわかないというか。

 半信半疑だ。


 その管理者が狂っているのは理解ができた。

 その二組の友情をぶち壊したのは管理者であり、それを良しとして放置して閉じ込めているのも管理者だ。


 自分は助かった。

 助かってよかった。

 素直にそう喜べればいいものの、素直に喜ぶことができなかった。





































  十年後




















 あれからというもの、悠治とは何の連絡も取っていない。

 こちらから電話をしても、一向に出てくれない。

 メールを送っても、既読すらつかない。


 


 今や僕は、立派な仕事人間だ……と思う。

 平均的な収入を得て、これまで住んでいた小さなアパートではなく、綺麗なマンションに引っ越し、コンビニ弁当ではなく、ちゃんと料理を作って。

 何不自由のない生活を送っていた。


 だが、悠治のことが、気がかりでしょうがない。

 今どうしているのか。

 楽しく暮らしているのか。

 何も連絡がなく音信不通なので、何もわからない。

 あまり気にしないようにしていたが、やはり気になる。





 今日は、僕の通っていた中学校の前を通る機会があった。


 今は、桜の散る季節。


 学生たちは、春休みで、遊び惚けている時期だろう。




 「懐かしいな。」

 そう思いながら、校門の前を通り過ぎたその時。






























 「満龍!」






















 僕の名前を叫ぶ、悠治の声が、校門の横から聞こえた。





















 咄嗟に振り返ると、そこには…………………………













































 

 「悠治!」

































 そう叫び、気付いた時には、足が前に出ていたのだった。





































  …………………………………………………………


















読んでいただき、ありがとうございました。

今回は、(多分)スッキリとした結末だったのではないでしょうか。

短編にしてはだいぶ長かったのですが、ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました!

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