第二話後編 竜と遊ぶ男
二話後編です。
面倒な手続きを終えて、ようやく戦えるグレッド。
ノリノリのグレッドの無双っぷりを、どうぞお楽しみください。
よし、三人は竜の泉に向かったな。
あの様子だと脇目も振らず、竜の泉に突き進むだろう。
さて、これだけ仕込みに苦労したんだ。
竜が正気に戻るまで、思いっ切り遊ぶぞー!
「グオ!?」
お、展開した結界に気付いたか。
「よぉ。遊ぼうぜ」
「グオオオォォォン!」
あー、やっぱりキレてるなー。
未知の敵に対しては、まずブレスで牽制するのが基本だろうに。
振り下ろされた前足をかわし、とりあえず一発!
「グオワッ!?」
ちっこい人間が顔の高さまで跳んで来て、ぶん殴られるとは思わなかったみたいだな。
あーあ、ものの見事にひっくり返っちゃってまぁ。
「……! スウウウゥゥゥ……!」
お、ちょっとは冷静になったか?
起き上がった竜はブレスの構えを取って、大きく息を吸う。
さて、どうしようかなー。
直撃しても大したダメージにはなんないけど、ただ受けるってのも芸がないよなー。
「ガアアアァァァ!」
おっと時間切れ。
とりあえず斬るか。
「ギャアアアウ!」
「あ! ごめん!」
ブレスだけ斬るつもりだったのに、鼻の頭まで斬っちゃった!
威力を高く見積りすぎてたかー。
失敗失敗。回復しとこっと。
「ガ? ガァ?」
鼻と頬の傷が消えたのが不思議なのか、何度も顔をさする竜。
これで今の失敗はチャラな。
「よーし、続きといくか!」
剣だとやりすぎちゃいそうだから、火炎魔法にしよう。
鱗の耐火性能でそこそこ耐えられるだろうし。
千……、いや、とりあえず五百で様子を見るか。
「魔法隊、放てー! なんちゃって」
「ギャアアアァァァ! グ、グオオオォォォン!」
お、ダメージを受けた事で防御結界を展開したな。
これなら初っ端から千発でも良かったかな。
「ギャアアアウ!」
あ、結界割れた。
咄嗟の展開じゃしょうがないかー。
やっぱり五百で良かったわ。
「グ、グオ……」
やべ! やりすぎたか!?
鱗が派手に剥がれた竜が倒れ込む!
死んじゃう前に回復しないと!
「グオオオォォォン!」
おぉ! まだまだ元気だ! 自力で回復した!
よーし! お前の鬱憤が晴れるまで、思いっ切り暴れようぜ!
なるべく長くな!
『いやー、楽しかった! 思いっ切り暴れてお前はどうだった?』
『……』
半日戦い続けて正気を取り戻した竜に、竜言語で話しかける。
大暴れしてすっきりしたはずの竜は、俺を怯えた目で見てくる。
怪我は全部治したのに何でだろう?
『何故我を殺さぬ……? 貴様の力なら我を殺すなど造作もなかったであろう……。なのに力を加減し、あまつさえ回復まで施し……。貴様は何がしたいのだ!』
『あー、話すと長いんだけど、お前を倒しちゃうと英雄に祭り上げられて面倒なんだよ』
『短いではないか』
『後はたまには思いっ切り羽根を伸ばして遊びたい』
『羽根などないではないか』
『比喩だよ比喩』
本当に伸ばしたら服破れるし。
『それに俺の親父は竜だからさ。なるべく穏便に済ませたいんだよね』
『何!? 名前は!?』
『アウラームって言うんだけど知ってる?』
『お、黄金竜の長アウラーム様なのか!?』
あ、知ってた。
やっぱり親父有名人なんだなー。
いや、有名竜か。
『で、では何故貴様は人の姿を取っているのだ!?』
『お袋が人間だからさ』
『ば、馬鹿な! 竜の中で最も気高い黄金竜が、しかもその長であるアウラーム様が、人間などを娶るなど……!』
『お袋は大魔王退治の英雄だからなー』
『ははー! ヘーロイネ様のご子息であらせられたとは!』
竜が頭を地につける。
あー、やっぱりこうなったかー。
『いや、凄いのはお袋だから、俺にそういうのはやめてほしいんだけど』
『いえ! ヘーロイネ様は命ある者全ての恩人! そのご子息とあれば礼を尽くすのは当然!』
まぁその言い分はわかる。
世界そのものを滅ぼそうとした、命あるもの全ての敵、大魔王ニヒーリーム。
人も竜も魔族さえも協力して、それでも五分だった化け物。
それを討ち取ったのがお袋だから、その身内まで含める程の感謝が生まれるのは仕方ないと言えばそうなんだけど。
『お袋はお袋。俺は俺だ。親が凄いからって子どももそうとは限らないだろう?』
『えぇ……?』
納得のいかない顔をする竜。何でだよ。
『ま、そういうわけだから、この後ちょっと一芝居打ってくれるか?』
『ひと、しばい……?』
「……ナンダココハ……。竜ノ泉……? 我ハ一体何ヲ……?」
「ふぅ、何とかうまくいったな」
「グレッド君!」
「グレッドさん! 良かった……!」
「グレッド殿! よくぞ無事で……!」
岸の各所で喜びの声を上げる三人にそれぞれ手を振って、岸まで泳ぐ。
勿論ウィティアちゃんのいる方に。
「良かった……! 本当に……!」
「おいおい、濡れちゃうよ」
「いいの! そんな事……!」
自分の服が濡れるのも構わずに、岸に上がった俺を抱きしめるウィティアちゃん。
うんうん、可愛いなぁ。
「グレッド君! 良かった無事で!」
スペアル君、そんな全速力で戻って来なくても。
名残惜しいウィティアちゃんの身体をそっと離して、スペアル君の手を握る。
「よくぞ無事で……!」
「約束したからな」
「うん、君なら約束は守ってくれると思っていたよ」
「グレッド殿〜!」
あぁ、ヒラールのおっさん。
そんな息切らして走って来なくても。
「ここに来るまでの道中、祈りを捧げ続けた甲斐がありましたな! お怪我もないようで何よりですな!」
「ありがとう。心配かけた」
ぐえ。ウィティアちゃんの感触を上書きしないでー。
まぁ心配かけたんだから、仕方ないか。
「人ヨ……。転移陣デコノ泉マデ我ヲ誘ッタ事、感謝スル……。コレハ詫ビト礼ダ……」
そう言うと竜は手のひらに魔力を込め、生み出した宝玉を三人に渡した。
「りゅ、竜の宝玉……!」
「こ、これって竜に認められた証、よね……?」
「で、ではこれで今回の騒動は解決という事でありますな!」
はいそういう事。
討伐しないで解決した事を証明するには、何かしらの証が必要だもんね。
「デハサラバダ……」
竜は羽ばたいて飛び去った。
うん、なかなかいい演技だった。
「終わった、のか……? 我に返った竜と戦わなくて済んで良かったけど、何だか信じられない……。逆鱗に触れられておいて、物分かりが良すぎないか……?」
う、俺の脚本に問題があったかぁ。
スペアル君の勘の良さにも困ったもんだな……。
「確かに……。転移で竜の泉に連れて来ただけで、宝玉までくれたのも不思議よね……」
ウィティアちゃんまで……。
しょうがないじゃん。
ギルドを納得させるのに鱗や爪じゃ弱いんだから。
「きっと神が奇跡を起こしたもうたのだ! 神の愛は種族を超えて、あの竜にも注がれたに違いない!」
いいぞヒラールのおっさん!
理屈はよくわかんないけど!
記憶消去の魔法は微調整が馬鹿みたいに面倒だから、そのまま押し切ってくれー!
「奇跡、か……。確かにそうとしか言えないな」
「神殿にも感謝しに行かないとね」
「うむ!」
ありがとうヒラールのおっさん!
今まで心の中で邪険にしてごめんね!
「それにしても、この宝玉、どうしようか?」
「四人に三個……。分けられるものじゃないしね……」
「悩ましいところですな……」
いや俺の分無いから。
俺がそんなの持ってたら、英雄の仲間認定待ったなしでしょ。
「今回の一番の功労者はグレッド君だしね」
「いや、俺がした事といえば、たまたま古本を見つけたのと、一瞬竜の前で走ったくらいだ。何もしてないも同然だろう」
「そんな事ないよ! 命がけで転移陣まで誘導してくれたんだから!」
「いやいや、本当に一瞬竜の前を横切って、すぐ転移陣に飛び込んだんだよ? だから……」
「いや! それがなかったら、全員無傷で解決には至らなかったであろう! 讃えられるべきなのである!」
「それを言うなら、こんなに早く竜の泉にたどり着いた三人だって凄いさ。お陰で俺も助かったんだから」
「……しかし……」
「……でも……」
「……納得がいかないのである……」
いや本当マジで勘弁してくれー。
そのためにわざと三つ作らせたんだから。
「竜も俺の存在に気付かなかったみたいだし、その宝玉は英雄の三人が持つのが相応しいよ。俺は酒の一杯でも奢ってくれたらいいからさ」
「……何て無欲なんだ」
違う違う。本当に欲しくないの。
実家に行けば、子どもの弾き遊びに使えるくらい沢山あるんだから。
「他に欲しいものとかないの!? ……その、私であげられるものなら、な、何でも……」
顔真っ赤にしちゃってかーわいいー。
ほんの二回仕事を一緒にしただけなのにこの態度。
俺みたいな悪い男にころっと騙されそうで心配になるわー。
「グレッド殿はきっと聖人の生まれ代わりなのであろう!」
やめてー。拝まないでヒラールのおっさーん。
こっちは英雄の称号を、代わりにおっかぶってもらってんだからさー。
「とにかくウィティアちゃんもヒラールさんも、俺のせいでびしょ濡れだ。火を起こして服を乾かそう。そしたら近くの村に行って……」
「宴会だね」
「美味しいの、目一杯食べようね!」
「神よ! どうか良き茶との出会いを!」
盛り上がる三人に、自然に頬が緩む。
英雄にならないために嘘で固めた俺だけど、この瞬間の嬉しさと楽しさだけは嘘じゃないって思えた。
読了ありがとうございます。
という事で、グレッド君は竜と英雄から生まれた子どもでした。
母ヘーロイネは英雄ですから、『国を飛び出す』のレベルも桁違いです。
そして人間の国から見たら辺境どころか秘境にあたる竜の国で出会った黄金竜アウラームは、その強さよりも期待に応え続けてすり減ってしまったヘーロイネの儚さに惹かれ、二人は恋に落ちました。
ちなみに強さでは、ヘーロイネ>アウラーム≧グレッドです。
母は強し(直球)。
さて、英雄にしてグレッドの母ヘーロイネは、英雄の女性名詞heroineから。
黄金竜の長にしてグレッドの父アウラームは、金を表すラテン語aurumから。
大魔王ニヒーリームは虚無主義nihilismから。ネオなんちゃらさんにしたいのを何とか踏み止まりました。
まんまだっていいじゃない
出番ないんだもの
つよし
来週土曜日の第三話で完結予定です。
多分、おそらく、メイビー。
よろしくお願いいたします。