晃とひな 4
「ひなをお嫁さんにください!」
ガスッ!
「違うでしょ」
ひどいよひな。いきなり殴らないでよ。
久木家のリビングでおじさんおばさん修兄を前にしてひなと二人並んで座った。
「ちょっと話があるんだけど」とひなに呼ばれ集まった三人にガバリと土下座して「ひなをお嫁さんにください!」と言った。
ソッコーひなに殴られた。ひどい。
涙目で頭を押さえるおれを放置して、ひなが話を進める。
「私と晃、付き合うことにしたわ」
さらっと報告するひな。
え? そんなもん?
「なんだやっとか」
『やっと』ってナニ兄ちゃん。
「思ったよりは早かったわね」
どういうこと真由おばちゃん。
「で。結婚式はいつにするんだ?」
「それは当分先ね」
当然のことを聞くように質問する勇おじさんに、ひなはさらりと答えてる。
………えーと?
「晃はひとりっ子だから、陽奈が日村家に嫁にいくべきだな。家はどうする?」
「それはまだ先だって」
「とりあえずじいちゃんばあちゃんに報告しないと」
「今から行くから大丈夫」
「結婚式は着物とドレス、どっちがいいかしら」
「だからそれはまだ先だって」
おれを置いてけぼりに話がどんどん進んでいく。
「なんでみんな、そんな、フツーに話してるの? なんで誰も驚かないの?」
おれの戸惑いに「そりゃ」と久木家の面々は顔を見合わせて答えてくれた。
「晃がひなを好きなのはわかりきってたし」
へ!?
「ちいさい頃はしょっちゅう言ってたじゃない。『ひなとけっこんするー』って」
そ、そんなこと言った!?
「問題はひなだったけど、最近ちょっと態度が柔らかくなってたしな」
「……そんなことないわよ」
ぷいっとそっぽを向くひな。すねてるのかわいい。
ち、違う! そうじゃない!
「まあ、おめでとう。末永く、よろしくな」
おじさんがペコリと頭を下げてくれたから、おれもあわててきちんと座り直してお辞儀をする。
「これで晃もオレのホントの弟だな」
兄ちゃんが隣にきてわしゃわしゃとおれの頭をなでる。
「でも晃。ホントにいいのか? ひなはキッツいぞー。苦労するぞー」
「修兄?」
わざとひなに聞こえるようにそういう修兄がおかしくて笑った。
そのまま久木家一同とおれの家に行って、じいちゃんばあちゃんにもひなと『お付き合い』することを報告した。
じいちゃんもばあちゃんも涙を流して喜んでくれた。
「赤飯炊こう!」とばあちゃんが言い出し、じいちゃんは秘蔵の酒を出してきた。
そのまま宴会になってしまい、ひなの結婚式の衣装の話や結婚後の家の話なんかが詰められていった。
「だからそれはまだ先だって!」
「何を言うんだひな! 早くしてくれないと儂が死ぬ!」
「じいちゃんはまだ元気だから大丈夫!」
「私の足腰が丈夫なうちに子供を産んでもらわないと子守が大変になるわ」
「ばあちゃんは十年後も丈夫だから大丈夫!」
ひながツッコミに忙しくしている間、おれはしあわせを噛みしめていた。
「アンタも止めろ」
スパンと頭をはたかれて「ごめんなさい」と謝るおれに、大人達は笑っていた。
翌日。
学校に行って、松川と梅宮に報告した。
ずっとおれのぐちを聞いてくれてた二人は「よかったな」って祝福してくれた。
ひなも友達に報告してた。
放課後には学校中におれ達が付き合いはじめたことが広まっていたらしい。
恥ずかしいけど、それ以上にうれしい!
ひなはおれの彼女。
手を出したら許さないよ!
「威圧すんな」
スパンとひなに頭をはたかれる。
ひどいよひな。
久木家はブログをしてる。
畑や山のことを発信しているそこに、おばちゃんが記事をあげた。
『娘が幼なじみと付き合いはじめた』
いつ撮ったのか、おれとひなが手をつないでいるのを後ろから撮った写真も一緒に。
顔をうつさないようにうまく撮れてる……じゃない!
なんでこんな記事載せるの!
なんでひな止めなかったの!?
聞いたら、おれのためだった。
おれの家庭はちょっと複雑。
お父さんの大樹さんはおれに関わらないことを『誓約』している。
お母さんは記憶を封じられて伊勢に帰った。
そのお母さんの両親――おれのおじいさんおばあさんは、表立っておれのことを聞くことができない。
おれのことを自分の息子だと思ってくれているお母さんの旦那さんの亮さんも。
そんなおれの知り合いの皆さんに、久木家は自分家のブログを紹介した。
そして『娘がこんなことをした』という形で、おれがどうしているか紹介しているのだ。
卒業式も、入学式も『娘と幼なじみの男の子が』と紹介された。
その流れで『お付き合い』の話も紹介された。
すぐに亮さんからメールがきた。
「おめでとう」から始まって、おじいさんもおばあさんも喜んでることが書かれていた。
「伊勢神宮では結婚式できないけど、猿田彦神社で式を挙げて……」なんて、何故かウェディングプランの案内がしてあった。
ひなに報告したらソッコー断りのメールを入れてた。
「大樹さんから電話かかってきたわよ」
「なんて?」
「『アンタを頼む』って」
「はあ」
「喜んでくれてたわよ」
「……そっか」
いろんな人が祝福してくれる。
うれしくてしあわせで、ますますひなを大事にしようと思う。
「ひな、大好き」
「ありがとうひな」
「私は関係ないわ。アンタがそれだけみんなから愛されてるってことよ。
私はいいから、周りの人に感謝しなさい」
そんなふうに教えてくれるひなが、やっぱり愛おしい。大好き。
「ひな、大好き」
「話聞け」
あれだけ恥ずかしくて目もあわせられなくて「好き」って言うのも触れるのもできなくて挙動不審だったのに、ひなに受け入れてもらった途端に平気になった。
ていうか、今では逆にずっとくっついていたい。
ずっと「好き」って言いたいしぎゅうって抱きしめていたい。
ずっと側でベタベタくっついていたい。
なのにひなに「節度を守れ!」ってあんまりさせてもらえない。
「仕方ないな。『半身』だから」
そんなふうにハルが言う。
京都のみんなにもひなと付き合いはじめたことを報告していた。
「やっぱり『半身』だった」
「ひながそう言ってた」
そう伝えると、ハルとタカさんにこんこんと話をされた。
『半身持ち』がどれだけ嫉妬に狂うか。どれだけ相手に執着するか。
「とにかくひなさんに迷惑をかけないようにしろ」と何度も何度も念押しされた。
信用ないなぁ。反論できないけど。
ひなはひなでアキさん千明さんと話をしてた。
『女性側の心得』みたいなのを教わっていたと教えてくれた。
なんで急にひながキラキラして見えたのか不思議だった件は「おそらくだが」とハルが説明してくれた。
「晃が『満ちた』んだろう」
「『満ちた』?」
「霊力が安定して。親の愛情を知って満たされて。精神的に成熟した。
身体も完全に大人の身体に成長した。
それで『半身』に気付けるだけの土台ができたんだろう」
それまでのおれは未成熟だったと。
うん。今ならなんとなくわかる。
自分でも根幹の『器』がいっぱいに満たされている感じがする。
「父親の経験を追体験したのも大きいだろうな。
雄の本能を植え付けられたというか、目醒めさせたというか」
「でも『浸入』した直後はなんともなかったよ?
三ヶ月以上経って影響が出ることって、あるの?」
おれの疑問にも「受験があったからだろう」とハルはあっさりと答えを出した。
「無事合格して心配事がなくなった状況で、ひなさんと数週間離れていた。
改めて『半身』と『出会う』状況になり、『半身』に反応したんだろうな」
なるほど。
未成熟だったおれが成熟して『半身』がわかるようになったと。
離れていた数週間のおかげで『半身』と初めて会ったときと同じシチュエーションができたと。
だからあんなにひな、キラキラしてたのか。
「何か問題が起きたらすぐに連絡してきなさい」とハルは自分の直通電話番号をひなに教えていた。
あとでヒロが教えてくれたところによると、京都を牛耳る安倍家の主座様であるハルの直通番号は、安倍家でも知ってる人はわずか数名。
よほど親しい人にしか教えていないという。
もちろんおれ達は知ってるけど、そんな極秘扱いだとは知らなかった。
それだけでなく、ハルは連絡用の札も何枚もひなに渡していた。
タカさんも千明さんも直通番号をひなに教えて「遠慮せずに、困ったことがあったらすぐに連絡するんだよ?」と何回も何回も念押ししていた。
なんでみんなひなに言うの?
おれ、信用なくない?
「若い『半身持ち』なんて信用できるものか」
そんなもん?
スミマセンちゃんと聞きます。
き、気をつけます。
ハルは白露様と緋炎様に連絡をとってくれた。
「おめでとうふたりとも」
二人で吉野まで来てくれて祝福してくれた。
うれしくて久しぶりに白露様に抱きついた。
「晃を頼むわねひな」
「お任せください」
なんでみんな「晃を頼む」って言うのかな?
おれ、そんなに信用ない?
「子供が楽しみね」
「二人の子供なら火属性かしら。それなら私が修業つけてあげるわよ」
気の早い霊獣達に、さすがのひなも苦笑しかできなかった。
「お互い『半身』だと自覚し、こうなった以上、のんきにしている時間はないぞ。
早急に二人の人生設計を立てろ」
ハルに言わせると、いつおれが暴走するかわからないらしい。
信用ないなぁ。……否定できないけど。
いろんな人からいろんな話を聞いて、いろんなことを調べて、いろんな可能性を考えた。
ひなは経理関係の資格をとって家の経理を担当したいという。
そのために進学したいと。
「専門学校でもいいけど、どうせなら大卒の資格もとりたいのよね」
だから、結婚はひなが大学を卒業してから。
「大学卒業してなくても久木家は雇うぞ! 資格は通信講座で取ればいいじゃないか!
高校卒業したら結婚したらいいじゃないかー!!
早く孫を見せてくれー!!」
「黙れ阿呆父」
勇おじさんがずいぶん粘ったけど、ひなの意思は変わらなかった。
「第一、なんで結婚すること前提なのよ。おかしいでしょう。まだ付き合いはじめたばかりなのよ?」
ひなのもっともな指摘に、誰もがきょとんとした。
「え? だって、するだろ?」
まるで「太陽は東から出るだろ?」みたいな当たり前の話をするように言われてしまい、さすがのひなも絶句した。
おれもみんなの意見に同意。おれはひなと結婚する。
「もーちょっと考えてから物を言え」
ひなはそう言うけど、おれはひなとずっといたいんだから。結婚するのは当たり前でしょう。
「だからもーちょっと考えろ」
考えなくてもわかるよ。おかしなひなだなぁ。
そんなところもかわいいなぁ。
「……………」
「ひな、かわいい」
「黙れ」
「ひな、大好き」
「黙れ!」
そんなふうに、おれ達ふたりはたくさんの人に祝福されてしあわせに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。
明日ひな視点で完結です