晃とひな 2
「日村ってさあ」
翌週の週明けの昼休み。
弁当を一緒に食べるようになった松川が突然聞いてきた。
「久木のこと、好きなの?」
思わず動きが止まった。
なんて答えたらいいのか、なんでバレたのかわからなくてあわあわしていたら、なんだか生暖かい目で「そっかー」と納得された。
「な、な、なんで」
なんでわかったの?
そう聞きたかったのはすぐわかってもらえて「バレバレだよ」と笑われた。
「幼なじみって言ってなかったか?」
隣の梅宮も聞いてきたから「うん」と答える。
「告白したの?」
「……『好き』とは、何回か、言った……」
ヒロ達による『ひなにおれを男と認識してもらう大作戦』のひとつ『ストレートに「好き」って言う』を実行したけど、結果は「ハイハイ」で終わった。
「……ひなにとってはおれは『手のかかる弟』だって……言われた……」
「「あー」」
生暖かい目で微笑まれて、なんだか居心地がわるくていつの間にかうなだれていた。
「いろんな人にアドバイスもらってやってみたんだけど……全然相手にされてないっていうか……子供扱いっていうか……」
話しながら落ち込んできた。
「例えばなにしたんだよ」と聞かれたから「抱きしめてみたり」「『好き』『かわいい』って言ってみたり」と答える。
ボソボソ話すおれの話を聞こうと二人が頭を突き合わせるようになる。
「……で?」
「……よしよしってしてくれた……」
「「……………」」
松川と梅宮は顔を見合わせ、別の席で弁当を食べてるひなをちらりと見て、またうなだれるおれを見た。
「……ま、まあ、がんばれ?」
「お前、背も高いしイケメンだから、いつかなんとかなるよきっと。うん。がんばれ」
「……ありがと……」
なんだろう。励ましてくれるというよりも、なぐさめられてる気がするんだけど。
「お前見た目と中身が違うよなー」なんて二人が笑う。どういう意味だろう?
そうして毎日、ドギマギして過ごした。
ひなはいつもどおり。なにも変わらない。
おれひとりがオロオロオタオタしてる。情けない。
夢にまでひなのことをみるようになった。
夢の中のひなはおれのことを好きで、結婚してて、夜になったら、イチャイチャして――
朝起きるたびに恥ずかしくて動けなくなる。
顔を両手でおおって丸くなってぷるぷるしてしまう。
え? おれ、ひなのこと、そんなふうに見てるの?
チカンと同じじゃないか!?
夢の中のひなを思い出して、また「うわあぁぁぁ!!」ってなる。
ガバッとふとんから飛び出して山を駆けずり回る。
登校するために久木家に行く頃にはヨレヨレのヘロヘロになってるけど、現実のひなを目にした途端、また血がのぼったようになってシャキッとする。
ひなはそんなおれに不思議そうだったけど、特になにも言ってこなかった。
高校に入学してほぼ二週間。
学校にも通学にもだいぶ慣れた。
その日は、いつもよりひながキラキラしていた。
電車で側にいるだけでなんかいいニオイがする。
「ひな、なんかつけてる?」「なにもしてないわよ?」
「シャンプー変えた?」「別に?」
ならなんでこんなにいいニオイがするの?
甘いような、とろけるような。
ひなはいつもいいニオイだけど、今日は特別いいニオイがする。
抱きしめて、その細い首元に顔を埋めてスンスンしていたい。
あ。おれ、ヤバいヤツかも。
でも、なんだろう。ひなのそばにいるだけで、とろんとしてしまう。
ひな、かわいい。
ひな、好き。
そんなことばかりがアタマの中を占めている。
そういえば。
中学のとき、ミチオに聞かれた。
「ひな、かわいいだろ?」
トモ達に聞かれた。
「ひなさんのこと、好きなのか?」
聞かれたときはよくわからなかった。
『好き』も『かわいい』もわからなくて「ひなはひなだから」と答えた。
おれにとっては、ひながひなであることがすべて。
「かわいい」も「好き」もどうでもよかった。
ひながひなとしておれの側にいてくれたら、それだけで十分だった。
でも。
今なら、わかる。
ひな、『かわいい』。
なんでこんなに『かわいい』の!?
まっすぐな黒髪は艶々してる。
一重の目は星でも入ってるんじゃないかってくらいキラキラ。
肌は白くて、でも健康的で、やわらかそう。
お化粧なんかしてなくても赤い唇。細い首。
手足もすらっと細くて長くて、まるで涼やかに立つ青竹のよう。
凛々しくて、涼やかで、自信に満ち溢れている。
颯爽と歩く姿も、凛と立つ姿も見惚れる。
こんなにかわいくてキラキラしてるなんて、今まで気が付かなかった。
なんで急にこんなふうに感じるようになったんだろう?
春休みに会わなかった間になんかあった?
会わない間ひながどうしていたのか気になってきた。
こんなこと、今まで考えたこともなかった。
ひなはいつもあの家にいておれのことを待ってくれている、それだけで十分なはずだった。
なんで急にこんなに何もかも知りたくなったんだろう?
ひなのことを考えるとドキドキする。キュンてする。ぎゅうってなる。
胸がしめつけられたり、ホワンとしたり、頭かきむしりたくなったり、なんだか落ち着かない。
ひなの側にいたい。
でも側にいると落ち着かない。
姿が見えるだけでうれしくて、でも視線が合うと急に恥ずかしくなって目をあわせられない。
側にいるとなんだかいいニオイがして脳みそとろんとなる。抱きしめたくなる。
でも触れようとしたら無性に恥ずかしくなる。
あれだけ毎日手を握ってくっついていたのが信じられないくらい。
前にハルが女性の身体について教えてくれたことがある。
「僕達男とは全然違う生き物だと思ってやさしく扱え」ていって、男と女性がどんなふうに違うか教えてくれた。
あのときはよくわからなかったけど、今ならわかる。
ひな、すごくやわらかそう。
おれがちょっと力入れたら壊れちゃいそう。
手の大きさだって全然違う。
足の太さなんて、おれの半分しかないんじゃないか?
おれ、また背が伸びたから、ひなより頭半分大きくなった。
肩幅も広くなったし、筋肉もついた。
きっと抱きしめたら、ひな、おれにすっぽりおさまっちゃう。
かわいい。ひな、かわいい。
ドキドキしながら一緒に登校して、同じ教室で過ごして、一緒に帰る。
その間ずっと目で追ってしまう。
黒板をじっとみつめる真剣な表情。
友達とおしゃべりしてるときのリラックスした顔。
バカな男子がはしゃいでいるときに向ける冷めた目。
電車の中で、チカン対策と人混み対策でおれの腕の中に守られているときの安心しきった表情。
「ありがと」ってちょっと笑うときの、やさしい目。
好き。
大好き。
やっとわかった。
これが『好き』だ。
胸の中も頭の中も、ひなでいっぱい。
ひなのことしか考えられない。
ずっと『側にいてほしい』って思ってたけど、それは今でも変わらないけど、前とはちょっとちがう『側にいてほしい』。
今ならわかる。
前はお母さんみたいな、お姉さんみたいな感覚だった。
『好き』だけど、家族の『好き』。
甘えていたくて、守ってもらいたくて、側にいてくれるだけで安心した。
今は、ひなを守りたい。
おれひとりのひなにしたい。
甘えていたいのは変わらないけど、同じくらい甘えてほしい。
おれにだけ笑ってほしいし、おれにだけかまってほしい。
あんなことも、こんなことも、したいししてもらいたい。
「晃」って呼ばれるだけで、ちょっと笑いかけてくれるだけで、もう、うれしくて、きゅうん! てなって、「ああ、もう、好き!」って叫びたくなる。
なんだろう。なんでこんなになったんだろう。
心当たりが、ないわけじゃ、ない。
年末におれの父親の大樹さんのココロに『浸入』した。
大樹さんは思春期に霊力を失ったことで苦しんでいた。
それなのに精神系の能力者と言えるくらい感受性が強くて、ひとの悪意とかをモロに浴びてココロがこわれた。
こわれたココロのまま、機械のように過ごしていた大樹さんが出会ったのが『半身』であるお母さん。
無意識に『半身』に救いを求めたんだろう。
大樹さんは、お母さんを求めた。
抱きしめてもらって、キスしてもらって、包み込んでもらって。
その時だけは熱を感じて「生きてる」って感じてた。
そんな感覚を、その行為を、おれは大樹さんとして追体験した。
大樹さんの意識に『取り込まれて』同調して、大樹さんの感じたことを感じた。
あの、飢えた獣が求めるような、乾ききった喉で水を求めるような、激しい熱情を、おれは知ってしまった。
その先の行為も。
それに影響されてひなに反応しているのかな?
でも『浸入』してからもう三ヶ月以上経ってるのに。
その間もひなと一緒だったけど、卒業式まではなにも感じなかったのに。
なんでかな?
わかんないけど、わかることがひとつ。
ひなが好き。好き。大好き。
前にひなに男として見てもらおうと「好き」って言ったことがある。
あのときも本気だった。
おれはひなが好きだった。
でも、今ならわかる。
あれは、子供がお母さんに言う『好き』だ。
きっとひなはわかってた。だから「ハイハイ」ってあしらったんだ。
だってハルトが告白したときは、ひな、ちゃんと答えてた。
ハルトの『好き』は、きっとこんな熱を持っていたんだ。
ひなが、好き。
好き。
この気持ちをどうすればいいのかわからない。
ひなに伝えるべきなのか、黙っていたほうがいいのか。
おれはこれからどうしたらいいのか。
わからなくてぐちゃぐちゃで、でもひなの側にいたくて、でも側にいると恥ずかしくて逃げ出したくなる。
もう、おれ、どうしたらいいんだろう?