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根幹の火継 番外編  作者: ももんがー
5/10

ナツの進路 3

 中学三年生の春のある日。

 西村家に、社長さんが来た。


 いつものようにばあちゃんに会いに来たのかと思ったら「今日はなっちゃんに料理を教えに来たんだよ」と言う。


「ありがとうございます」とお礼を言って、ばあちゃんと一緒に台所に行く。


 社長さんが「これができるかい?」「これ、やってみて」と言うのをひとつずつやってみる。

「これとこれ、同時にやってみよう」と説明される。

 前に教わったとおり、頭の中で手順を組み立ててやっていく。


 こういう同時進行のことをするときに、舞や戦闘が役に立ってる。

 複数の敵をさばくように。

 流れるように舞うように。


 その合間に別の料理をしていた社長さんから小皿を渡され、素材当てクイズをする。


 そうして料理ができた。

「思うように盛り付けてごらん」と言われ、盛り付ける。


 食卓に並べるまでが盛り付け。

 いつもばあちゃんに言われていること。

 細心の注意をはらい、じいちゃんもトモも一緒に「いただきます」と食べる。

 うん。おいしくできた。

 社長さんがおれの食べる様子をじっと見ていたけれど、なんだろうな?


 食後のお茶もおれが入れて、食卓も食器も片付けた。

 その間も社長さんがじっと見ていた。


「なんだろ?」「さあ」

 トモとコソコソ話をしながら片付けた。



「なっちゃん。ここに座って」

 ばあちゃんに言われて座ると、社長さんが封筒を渡してきた。

「中を見てごらん」と言われて出してみる。

 書類が何枚も入っていた。


「ウチの店の入社試験に関する書類だよ」

 あっさりと言われ、思わず社長さんをガン見する。


「服務規定や福利厚生やなんかの書類も入ってるから、あとでゆっくり読みなさい」

 そう言われても意味がわからなくて、ただコクリとうなずくしかできない。


「今日中村くんの仕事ぶりを改めて見させてもらいました」


 改まった様子の社長さんに、ピッと背筋をのばして話を聞く姿勢になる。


「中村くんは、私の料亭で修業ができるだけの能力があると判断しました」


『なっちゃん』でなく『中村くん』と呼ばたことで、社長さんが『知り合いのおじさん』ではなく『会社の社長』として話してくれていることがわかる。

 そして、贔屓目なしで判断して認めてくれたことがわかって、ココロが、身体が震える。


「もちろん、それは私が個人的に判断しただけです。

 その書類にもありますが、秋に試験があります。

 よかったら、中村くんに、その試験を受けてほしい。

 そして、私の店で料理人になるための修業をしてほしい」


 真剣な眼差しに、期待に、うれしくて目がうるむ。


「―――は「なっちゃん」


 感動に震えて即答しようとしたおれの言葉にかぶせるように、ばあちゃんが声をかけてきた。


「選択肢がひとつできて、よかったわね」

 にっこりと笑うばあちゃんに対し、社長さんは苦々しいという感じの顔。

 なに?


「村井くんのお店ももちろん素敵よ。私達が聡くんを預けてもいいと思ったくらいにはね。

 でも、聡くんとなっちゃんはちがうわ。

 なっちゃんには、望んでくれている人が他にもたくさんいる。

 その人達からも同じように話を聞いて、それから、どこを受験するか決めたらいいわ。

 もちろん晴臣くんにも相談しましょうね」


 それもそうだと納得するおれに、社長さんは「チッ」となんだか悔しそう。

 なんでだろう。



 あとでオミさんが教えてくれた。

 この頃にはおれが料理人になりたいと希望していること、高校には進学せずに中学を卒業したらすぐに修業に入ろうとしていることがあちこちに広まっていたらしい。


 おれの進路に現実味と期日がでて来たことにより、おにいちゃんの言うところの『なっちゃん争奪戦』がさらに激しくなっていた。


 そこで社長さんが先手を打ちに来たと、そういうことらしい。


 おれにいち早く修業の具体的な提案と試験日程を示すことで、おれの意識を他の店に向かないように「攻めた」と。


 オミさんの説明に「はー」「なるほどー」と感心するしかできなかった。


「怒らないのかい?」と聞かれたけれど、怒るようなことじゃないと思う。

 そこまでしておれのことを想ってくれるのが、ただただうれしかった。


「なっちゃんに任せてたらどこで罠にかかるかわからない」「『村井と桔平が有利すぎる』『不公平だ』って人がいる」と、おれの成年後見人であるオミさんがあちこちから就職に関する書類を集めて条件を確認してくれた。

 オミさんと一緒に改めてお店の見学に行った。


 話もした。料理もいただいた。

 学校の先生達とも、じいちゃんばあちゃんとも話をした。

 いっぱいいっぱい話をして、いっぱいいっぱい考えた。


 そうして、決めた。


 第一志望、社長さんの料亭に就職。

 第二志望、おにいちゃんの弟子。


 おれの決断を、ばあちゃんはすごくすごく喜んでくれた。


「村井くんのところなら安心だわ」


 ばあちゃん、そんなこと一言も言わなかったじゃないか。

 ばあちゃんがそう言うならおれ、あのときすぐに決めてたのに。


「たくさんの選択肢をなっちゃん自身が探して、なっちゃんが自分で考えて、なっちゃんが選んで決めることが大切なのよ」


 ばあちゃんがおれのために黙って見守ってくれていたことがわかって、嬉しかった。


「見ててねばあちゃん。

 おれ、今からもがんばって、秋の試験、絶対合格するよ!

 それですぐに一人前になるから。

 兄さんみたいに、ばあちゃんにお店で料理食べてもらえるようにがんばるからね!」


 ばあちゃんはうれしそうに笑うだけで、返事をしてくれなった。



 返事がもらえなかったことに、あとで気がついた。




 その年の夏。

 ばあちゃんは、旅立った。

 おれが独り立ちする姿を見てもらうことは、できなくなった。




 ばあちゃんを失って、泣いて泣いて泣いた。

 晃がずっと側で一緒に泣いてくれた。

 二人でわんわん泣いた。


 兄さんも姉さんも駆けつけてくれて、一緒に泣いた。

 社長さんも来てくれて、泣くおれを叱ってくれた。


「お前はサト先生の『最後の弟子』だ。

 サト先生の『最後の子供』だ。

 お前は、サト先生に恥じない生き方をすべきだ」


 その言葉で、おれの中に芯が入った。


 おれは『西村サトの最後の弟子』。

『西村サトの最後の子供』。


 そうだ。

 おれは、ばあちゃんにたくさんのものをもらった。


 生活の基礎を教えてもらった。

 茶道を教えてもらった。

 おかあちゃんをおれの中に見つけてもらった。

 しあわせな気持ちをもらった。

 いっぱい甘やかしてもらった。

 間違ったことを叱ってもらった。


 おれは、ばあちゃんの『最後の子供』。

 ばあちゃんに誇れるように、がんばる。



 ばあちゃんがいなくなってかなしかったけど、晃がずっと側にいてくれた。

 トモの両親が帰ってからは佑輝も来てくれた。


 毎日みんなでわあわあしていたある日、晃が言った。


「サトさんは、ちょっとお出かけしてるんだ」

「旅行に行ってるとか、トモのご両親みたいに外国で暮らしてるとか、そんな感じ」

「向こうでも元気に暮らしてるんだろうなー」


 その言葉は、不思議なくらいストンとおれの中におさまった。


「おれもそんな感じする」


 そう。

 ばあちゃんは『ちょっとお出かけしてる』だけ。

 きっとおかあちゃんと同じ国にいる。

 だから、また会えたときにいっぱい褒めてもらえるように、おれもがんばらなきゃ。


 自然にそう思えて、不思議と「がんばろう」って思えた。




 秋に社長さんの料亭で試験を受けた。

 中学生はおれだけだった。

 合格の連絡が来て喜んだ。

 いろんな人が喜んでくれたけど、おにいちゃんだけは悔しがっていた。

 ゴメンねおにいちゃん。



 冬休みは就職が決まった料亭でアルバイトをした。

 学校側も「就職のための研修扱い」ってことで許可してくれた。

 兄さん曰く「一年で一番忙しい時期」で「猫の手も借りたい」くらい大変だという。


 実際仕事に入ってみたら、戦争だった。


 おれはまだ資格がないから料理はできない。

 だからおせち用の箱や材料を運んだり数を確認したりの簡単な仕事だけだった。

 それでも数がとんでもなくて、とにかく大変だった。

 覚えることもたくさん。

 人の顔と名前、料理の名前、材料の名前、場所の名前。

 アタマがパンクしそう。

 おれの指導役のお兄さんにくっついて、とにかく迷惑かけないようにミスしないようにと必死にくらいついた。


 なんとか無事年末年始の営業が済んだときには、ホッとしてへたり込んでしまった。

「よくがんばったななっちゃん!」兄さんが褒めてくれた。

「助かったよ。ありがとう」早瀬さんも褒めてくれた。

 他にもいろんな人が「よく乗り越えたな」「ナイスファイト」って声をかけてくれて、なんだかチームの一員に入れてもらったみたいで、すごくうれしくて誇らしかった。




 卒業式の次の日。

 タカさん達が卒業記念パーティを開いてくれた。


 一乗寺のタカさんの会社の一室にお花を飾って『卒業おめでとう!』なんて横断幕もかかってた。


 おにいちゃんが出張してくれて料理を作ってくれた。

「四月からは同業者だからな。負けないぞ」なんて笑ってる。


 晃のお父さんという人に初めて会った。

 でも事情があって親子だと名乗れないらしい。

 今日はたまたま仕事の視察に来て、そのまま「ごはん食べていってよ!」「たまたま息子達の卒業パーティなんだ!」ってタカさんに連れ込まれたらしい。

 晃も晃のお父さんもうれしそうだった。


 じいちゃんもオミさんが連れてきてくれた。

「ばあちゃんにも参加してほしかったな」って、つい、ポロッとこぼした。


「ホントだねぇ」

 じいちゃんは穏やかに笑っていた。


「こんなに見事な花に囲まれて、こんなにおいしいお料理をいただけるとわかっていたら、サトさんもあの世にいくのをもうちょっと遅らせたかもしれないねぇ」

「あのばーさん、食い意地はってるからな」

 トモがげんなりした感じに言うのがおかしくて笑った。




 おれの人生が変わったあの春から二年。

 たった二年しか経っていないけど、おれには特別な二年だった。


 仲間達といろんなことをした。

 ばあちゃんからたくさんのものをもらった。

 進む道が決まった。


 明日の朝には西村の家を出る。

 正式に社員として採用されるのは四月一日からだけど、それまではアルバイトとして働く。

 冬休みは鳴滝の西村家に帰ってたけど、明日からは家を出て住み込みで働く。


 正直、さみしい。不安。

 じいちゃんとトモ、二人になるのも心配。

 でも。


 おれには仲間がいる。

 離れていても支えてくれる、素晴らしい仲間が。


 ばあちゃんがくれたものがおれの中にある。

 おれは『西村サトの最後の子供』。

 ばあちゃんの名に恥じない生き方をしなくちゃ。


 胸の奥におかあちゃんがいる。

 きっと同じところにばあちゃんもいる。

 二人共きっとおれのことを見守ってくれている。


 だから、がんばる。


 見ててねおかあちゃん。

 見ててねばあちゃん。

 おれ、すぐに一人前の料理人になるからね。

 そしていつか二人のために料理を作るからね。




 気の早い桜が咲き誇る中、おれの新しい人生が始まった。

ナツのお話はとりあえずこれにて終了。

明日からは『根幹の火継』のあとの晃のお話を投稿します。

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