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根幹の火継 番外編  作者: ももんがー
4/10

ナツの進路 2

 早瀬さんはおれを抱きしめてわあわあと泣き出した。


「ごめんなぁなっちゃん! あのとき助けられなくてごめんなぁ!」

「なっちゃん! おおきくなって! よかった! よかったなぁ!」


 きっとこの人も大変だったろうに。

 そんな風におれのことで苦しんで、おれのことで喜んでくれるから、おれもうれしくて涙が出た。



 それから休憩時間ギリギリまでいっぱい話をした。

 おれがさらわれてからのことも聞いた。おれもどうしていたのか話した。

 今は西村家でしあわせに暮らしていると話すと、早瀬さんはとてもとても喜んでくれた。

 社長さんも兄さんもいろいろ話をしてくれた。


「厨房見せるの忘れてた!」と兄さんが思い出し、もう休憩時間終わってるからと遠慮したのに連れて行かれた。

「せっかくだからここに座って見ろ」と椅子まで用意されて、料理が作られる様子を特等席で見せてもらった。


「聡くんの仕事ぶりを見られるなんて。うれしいわ」なんてばあちゃんが喜ぶものだから、兄さんはものすごく張り切ってた。


 料理人さん達の活気に、立ち昇る湯気に、香りに、記憶が刺激される。

 懐かしい。いつもこうやって見ていた。

 おれもこんなの作ってみたかった。

 でもおかあちゃんに「お仕事の邪魔しちゃダメよ」って止められた。

 だからいつも決められた場所に座って、じっと見てた。


「なっちゃん。ほら」

 早瀬さんが小皿を差し出してくれた。

「味見」

 あの頃のように笑ってくれて、懐かしくてうれしくて、笑顔がこぼれた。


「ウン。おいしい。合格!」

 あの頃のように指でマルを作って言うと、早瀬さんも覚えてくれていたようで涙をこぼして笑ってくれた。


「なっちゃん」

 不意に社長さんが声をかけてきた。


「今の、何が入ってるか、わかるか?」

 なんでそんなこと聞いてくるのかわからなかったけど、感じたままに答えた。


 社長さんはニヤリと笑って「正解」と言った。


 そのまま社長さんは別の場所で何かをして、また戻ってきた。

 手に小皿を持って。


「じゃあ、これは?」

 味見をして、感じたままに答える。

「正解」

 社長さん、楽しそう。

 おれ、遊ばれてる?


「なっちゃんは料理できるのか?」

「ばあちゃんに教わっているところです」

「なっちゃんはセンスがあるわよー。

 この四月から始めたんだけど、煮物はもう任せられるわ」

「ほう」

 ばあちゃんの説明に、社長さんが感心したような声をあげる。


「包丁は?」

「ほぼ完璧ね」

「じゃあ」と引っ張られ、なぜか厨房の片隅で包丁と大根を持たされた。


(かつら)()き。できる?」

「やってごらんなさい。なっちゃん」

 ばあちゃんにすすめられたなら、やる。

 おれが上手にできたらそれは、教えてくれたばあちゃんがすごいってことになるもんね。


 スルスルスルッと剥くと、社長さんは「なるほど」とつぶやいた。

「じゃあこれ、ツマにして」

 言われるままに細く細く切る。


「ふーむ。上手だね」

「ばあちゃんに教えてもらいました!」

 ムフー! と胸を張って答えた。

 兄さんもウンウンて自慢げだ。


「じゃあ次はこのきゅうりをこんなふうにしてみて」

「次。これをこうして……」


 気がついたら何故か野菜の下ごしらえをしていた。

 なんで? おれ、素人なんだけど。いいの?

 ばあちゃんが喜んでたからまあいいか。


 時間になって部屋に案内された。

 美しい器に盛られた料理の数々にびっくりする。

 見た目も綺麗。味も美味しい。

 すごいなぁ!


 料理を全部いただいて、お茶をいただいていたら、社長さんと兄さんが挨拶に来てくれた。


「村井くん。聡くん。今日はありがとう。とっても美味しかったわ」

 喜ぶばあちゃんに、社長さんも兄さんもうれしそうだ。


「ところでなっちゃんは将来どうするんだい?」

 社長さんがそんなことを聞いてきた。

「まだ決めていません」と正直に答えると、社長さんは思いがけないことを言った。


「もし君が料理の道を望むなら、ウチで修業したらいいよ」


「――料理の道――?」


 ぽろり。

 目からウロコが落ちた。


 料理の道。

 考えたこともなかった。

 料理はおじいちゃんとおにいちゃんがやることで、おれは邪魔しちゃいけないと思ってた。


「それ、子供の頃の話だろう?」

 兄さんのツッコミ。

 あれ? おれ、声に出てた?


「出てる」

「大丈夫かナツ」

 トモがコソリと耳打ちしてくれたけど、呆然としたままうなずくしかできない。


「料理の道」

「おじいちゃんや、おにいちゃんみたいな?」

「おれも、しても、いいの?」


 浮かんだ言葉が脳みそを通らずに口から出ていく。


「おれも、料理人に、なっていいの?」

「君さえ望むなら」

「そのかわり修業は厳しいぞ」


 社長さんと兄さんがニヤリと笑う。

 じいちゃんとばあちゃんはニコニコ笑ってる。

 トモはやれやれって感じで肩をすくめた。


「まあ、選択肢のひとつではあるんじゃないか?」


 料理人。

 進路説明会の職業紹介に、そういえばあった気がする。


 おれ、おじいちゃんやおにいちゃんみたいになれるの?

 あの空間に、おれも立ってもいいの?


「君さえ望むなら」


 何かを望むなんて、許されないと思ってた。

 今がとてもしあわせで、将来のことなんて考えられなかった。


 でも。


 でも。


 なんだろう。身体が震える。

 なんとか首を動かしてばあちゃんを見ると、ばあちゃんはうれしそうに笑ってくれた。


「『やりたいこと』が見つかって、よかったわね。なっちゃん」


 こわれた人形みたいにコクコクうなずくおれに、みんなが笑ってくれた。




 それからすぐ、おにいちゃんから連絡があった。

「なっちゃん! 料理人になりたいんだって!?」


 なんでも、社長さんと兄さん、早瀬さんの三人それぞれからおにいちゃんに連絡があり、それぞれから叱られたらしい。

「なんでなっちゃんのこと黙ってた!?」って。


 春におれが能の家から出られたときに、おれのためにいろいろしてくれた人のところに挨拶にまわった。

 でもそれは全部じゃなかったらしい。

 おにいちゃんもオミさんも知らないところで、たくさんの人がおれのことを心配してくれていたと聞いて、うれしくてなんだか気恥ずかしい気持ちになった。


 春のあの頃はマスコミがわあわあしてて、だからおれが西村家にいることも、転校することも「ナイショにしててください」ってお願いしてた。

 だから、挨拶した人は知ってるけれど、それ以外の人には情報がもれなかった。


 おにいちゃんはずいぶん怒られたらしい。

「ゴメンね」ってあやまったら「いいよいいよ」って笑ってた。


「それよりもなっちゃん! 料理人の修業するならおれのところに来な! おれが色々教えてやるよ!」

「それもいいなぁ」


 おにいちゃんといろんな話をしているうちに、ますます料理人をやってみたくなった。


 おにいちゃんに話を聞いた。

 どんな進路をとったのか。どうやって決めたのか。よかったこと。大変だったこと。色々。色々。


 兄さんも話を聞かせてくれた。

 西村の家を出て今の料亭に就職したこと。

 高校には行っていないこと。

 今の料亭のこと。他のお店のこと。和食だけでなく、洋食も中華も料理人であること。色々。色々。


 何故か社長さんや早瀬さんも西村家に来てくれて、いろんな話をしてくれた。

 時々台所で料理の基礎も教えてくれた。

「なっちゃんは筋がいいでしょう」とばあちゃんが自慢げにしてくれるのがうれしかった。




 あとでオミさんが教えてくれたところによると。


『仕出しなかむら』のことを知っている人は多くて、おれのことを知っていて心配してくれていた人もたくさんいた。

 その人達に、元々おじいちゃんの友達だった社長さんがおれのことを話した。


「『なかむら』の孫が料理人を目指している」 「ウチで修業させる」


 おにいちゃんが教えてくれたところによると「京都和食界が騒然とした」そうだ。


「なっちゃんはおれが面倒見ます!」と「闘った」おにいちゃんをはじめ、あちこちの人が「ウチが面倒見る」と名乗り出てくれたらしい。

 その中には昔『なかむら』で働いていて、おれのちいさい頃のことを知っている人もいた。


「本人に決めさせよう」という常識的な結論が出るまでに、おにいちゃん曰く「掴みかかる寸前の大喧嘩」があちこちでおこったらしい。


 なんで?


「それだけなっちゃんが愛されていたのねぇ」

 おっとりとばあちゃんが言う。

 そうかな。それなら、うれしいな。


 そうして、学校が終わってからや休みの日に、あちこちのお店にお邪魔させてもらった。

 いろんな話を聞かせてもらったり、修業の真似事をさせてもらったり。


 料理の話も進路の話も勉強になるし参考になるけれど、昔の話――おじいちゃんやお店の話を聞かせてもらえるのがうれしかった。

 おじいちゃんも、おじいちゃんのお店も、たくさんの人に愛されていたってわかって、うれしかった。


「目と舌で覚えることも大事だよ」と、あちこちで料理をごちそうになった。

 その店その店で味も趣向も違っておもしろかった。


 ばあちゃんからお茶も習う。

 お茶だけでなく、掛け軸やお茶碗、季節の花のことも教わる。

「和食の料理人さんになるなら知っておいたほうがいいわ」といろんなことを教えてくれる。


 おにいちゃん曰く、その間も「『なっちゃん争奪戦』が繰り広げられていた」らしく「おれは闘う! 闘うよなっちゃん!!」と、時々意味のわからない連絡があった。



 そうやって、いろんな人からいろんな話を聞いた。

 そうして、決めた。


 料理人を目指すことを。


「高校には行かない。料理人になる」

 そう「決めた」と報告すると、いろんな人がさらにいろんな話をしてくれた。


「高校だけは行ったほうがいい」という人が多かった。

 でも「中卒でもいいぞ」という人もいた。


 オミさんもタカさんもハルも、中卒で修業に入る利点不利点を説明してくれた。


 これまでの安倍家の仕事で、おれには「大学の学費まで一括で払えるだけの貯金がある」ことも説明された。

 高霊力保持者で退魔の実積のあるおれは、今からでも退魔師として安倍家に就職できる資格のあることも。


「なっちゃんが後悔しないように、しっかり考えるんだよ」と、おれに決めさせてくれた。


「どんな選択肢を選んでも、大なり小なり後悔はする。

 それでも、悩んで悩んで決めたことならば諦めもつく。

 いつか後悔したときに『あのときあれだけ考えたんだから』と納得するために、今、しっかり考えろ」

 ハルもそんなふうにアドバイスしてくれた。


 だから、それからもいっぱいいっぱい考えた。

 料理人以外の道も考えた。

 じいちゃんばあちゃんも、兄さん姉さん達もたくさん相談に乗ってくれた。


 いっぱいいっぱい話をして、いっぱいいっぱい考えて。


 そうして、決めた。


「高校には行かない」「料理人になる」


 じいちゃんもばあちゃんもトモも「おれが決めたなら」と喜んでくれた。

 学校の先生達も、いっぱい相談していたこともあり、認めてくれた。

 じゃあどこに就職しようか、と話をしていた中学三年生の春のある日。


 西村家に、社長さんが来た。

『根幹の火継』で晃が「ナツもなんかしてる」「忙しそう」といっていたのは、こういうことでした。

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