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根幹の火継 番外編  作者: ももんがー
3/10

ナツの進路 1

『霊玉守護者顛末奇譚』のあと、『根幹の火継』のうらでナツがどうしていたかのお話です。

三話完結です。

 進路相談会があった。

 中学二年のゴールデンウイーク明け。

 どんな学校があるか、どんな職業があるかの説明を学年全体で聞いて、進路調査票を渡された。


 正直、なにも考えられない。

 おれには、なんにもないから。




 おれが五歳の夏。大好きなおかあちゃんが死んだ。

 おれは遺伝子上の父親にムリヤリ誘拐されて、そのままずっと舞を舞わされていた。


 その頃のおれはおかあちゃんを失ったことでココロをこわしていて、自分の生命も、自分の周りのことも、なにもかもがどうでもよかった。



 それを救ってくれたのが、晃。

 おれのココロを温めて、暗闇を燃やしてくれた。



 ココロを取り戻したおれに、たくさんの人が手を差し伸べてくれた。

 サトばあちゃん。玄じいちゃん。タカさん。オミさん。トモ。


 そもそもおれがここまで生きてこれたのは、それまでずっと支えてくれていたヒロとハルのおかげ。

 ココロを取り戻して、そのことにも気がついた。

「ありがとう」って言ったら、ヒロが泣きながら抱きしめてくれた。




 トモの家で新しい生活が始まって、今まで考えたこともない楽しい暮らしが始まった。


 今のおれは今の生活がうれしくて楽しくてしあわせで、進路なんて言われても、正直、先のことなんて考えられなかった。


「トモはどうするんだ?」

 一番身近なトモに聞いてみたら「まあ、ここらへん?」と、高校一覧の上の学校を指さした。

「ここが一番近いだろ」

「……偏差値も一番高いな……」


「そうか?」なんて簡単に言うトモは、ものすごく勉強ができる。


「公立高校行って、大学行って。そのあとどうするかは、まだ未定」


「今仕事している会社に正社員として入るのが一番有力かな」と話すトモに「すごいな」と言葉がもれる。


 トモはちゃんと考えていてエラいな。

 そういえば佑輝も「警察の特練員になりたい」って言ってたし、ハルは家を継ぐことが決まってるし、ヒロはそんなハルの右腕になりたいって言ってた。


 道が決まっていないのは、おれと晃だけ。

 その晃も「善人がしいたげられない世の中を作る」っていう夢がある。



 なんにもないの、おれだけ。

 おれ、なんにもない。



 おれのそんな思いは、ばあちゃんにすぐにバレた。


「『なんにもない』なんて、素敵じゃないの」

 ばあちゃんはそう言って笑った。


「今『なんにもない』ということは、これから『なんにでもなれる』ということでしょう?」


 そう言われて、ハッとした。


 そうか。そうかも。

 おれ、なにになってもいいんだ!


 前のおれは舞を舞うことだけを求められた。

 舞っている間たけはおかあちゃんを感じられたから、舞うことだけはオレも従った。

 でも、サトばあちゃんが、オレの中におかあちゃんがいることを教えてくれた。

 舞わなくても、おかあちゃんはオレの側に、オレの中にいる。

 それなら、もう舞う必要はない。


 もう人前で舞は舞わない。

 もう舞の世界に関わりたくない。

 もう舞に縛られることはなくなったんだ。


『なんにもない』おれだから、なにをしても、なにになってもいいんだ。


 そう考えたら、うれしくなった。


「なっちゃんは、なにが好きなのかしら」

 ばあちゃんにたずねられたけど、即答できない。


「好きなことを見つける楽しみがあるなんて、素敵ね」

 そう笑って頭をよしよしとなでてくれた。



 ばあちゃんの言葉は、魔法の言葉。

 いつもうれしい気持ちにさせてくれる。


 それからおれは『好きなこと』を探すようになった。


「『楽しいこと』でもいいわよ」


 そうか。

 探すものが増えちゃったね。


「楽しみが増えたわね」

 ホントだ。ありがとうばあちゃん。



『好きなこと』『楽しいこと』


 トモやみんなと修業するのは楽しいな。

 ばあちゃんと話をするのも楽しい。

 じいちゃんと一緒にいるのもうれしい。

 学校で普通の学生みたいにしてるのも楽しいよ。


 毎日毎日『うれしい』や『楽しい』を探していると、なんだか毎日がキラキラして見えるようになった。

 

 夕ごはんのときにその日見つけた『うれしい』や『楽しい』をじいちゃんばあちゃんに話したら、二人がとってもうれしそうにほめてくれるからまたうれしくなる。


「なっちゃんはいい子ね」

 ばあちゃんがほめてくれる。

「なっちゃんがいてくれて私達もうれしいよ」

 じいちゃんが笑ってくれる。


 トモは黙って側にいてくれる。

 わからないことや困ったことがあったらすぐに助けてくれる。


 おれ、ここん家の子になれてよかった。


 毎日うれしくて楽しくてしあわせで。

 そんなときには、おかあちゃんが笑ってくれている気がする。




 ある日、いつものようにばあちゃんから料理を教わっていた。

 鍋から昆布を取り出してかつお節をドサッと入れた。

 その瞬間、フワッと香りが立ち上がる。


 あ。


 その香りに、記憶が呼び起こされた。


 ちいさいとき。

 おかあちゃんとおじいちゃんおばあちゃんとおにいちゃんと暮らしていた、あの家の香り。



 おれが育った家は、一階が料理屋さん、二階が家だった。

 おじいちゃんとおにいちゃん、それからたくさんのおじさん達が毎日料理を作っていた。


 おれはそこに行って、料理が出来上がっていくのを見るのが好きだった。


 ふわりと立ち上がる出汁の香り。

「これは昆布だけ」「これは海老でとった出汁」

 おじいちゃんは面白がって、いろんなものを作っては味見させてくれた。


「ほらなっちゃん。味見」

 おにいちゃんやおじさん達がそう言っていろんなものを味見させてくれた。


 旬のもの。素材そのままの味。手を加えて変化した味。組み合わせ。


 まるで魔法みたいで、もわもわと部屋に広がる湯気が違う世界のようで、不思議で楽しくて、飽きることなく見続けていた。



 出汁の香りにそんな記憶が蘇り、ばあちゃんに思い出を聞いてもらった。

「だからなっちゃんは手際がいいのね」って褒められた。


「『見取り稽古』と言うでしょう?

 見ることも大切な修業なのよ」


 おれには特殊能力がある。

『完全模倣』。一度見たことを完全にコピーできる。

 ちいさい頃に見ていた料理の手さばきとかをちゃんと覚えていて『模倣』していたらしい。


「それに味のセンスもあると思っていたの。

 なっちゃんは微妙な味の違いもわかるし、丁度いい塩梅を見極めるのも上手だわ」


 ばあちゃんに褒められちゃった。うれしいな。

 それからますます料理が好きになった。




 じいちゃんとばあちゃんの実の子供はトモのお父さんひとりだけ。今は外国にいるらしい。

 時々会うおじさんは養子。

 お寺を継いでもらうために子供になってもらったってばあちゃんが言ってた。


 その二人以外に、じいちゃんとばあちゃんには子供がたくさんいる。

 高霊力保持者で家庭とか学校とかにいられなくなった子供を、学校卒業するまで面倒見てたらしい。

 その子供達はみんな「私達の子供よ」ってばあちゃんが言う。


 おれも居場所がなくてばあちゃんに引き取ってもらった。

「じゃあおれも『じいちゃんとばあちゃんの子供』?」て聞いたら「そうよ」って言ってくれた。


「『子供』というには年齢(とし)が離れすぎてないか?」

 トモの指摘にじいちゃんが「じゃあ、私達の『孫』でいいじゃないか」って笑う。


「『子供』でも『孫』でも、どっちでもいいわ。

 なっちゃんは『ウチの子』。そうでしょ?」


 そう言ってばあちゃんが笑ってくれるから、うれしくてしあわせで、ばあちゃんに抱きついて甘えた。



 そんな『西村の子供』に、会うことがある。

 じいちゃんばあちゃんをたずねて家に来る人もいるし、じいちゃんばあちゃんが会いに行くこともある。

 おれもトモと一緒に同行する。

「なっちゃんも一緒に行ってくれると助かるわ」ってばあちゃんが言うから。

 ばあちゃんのお願いは叶えてあげたいから。


『西村の子供』は、一番若い人でも三十歳をこえていた。

 トモが生まれてからはトモにかかりきりになって受け入れられなかったからだと教えてもらう。

 一番上は六十歳近かった。

 おれから見たらおじいさんくらいの年齢の人でも、おれが西村の家に下宿していることを説明されると「新しい弟が増えたな」「私のことは兄さんだと思いなさい」なんて声をかけてくれる。


 おれ、兄さん姉さんがたくさんできちゃった。


 その兄さん姉さん達にとってトモは「ヒデさんの息子」という枠で「弟ではない」らしい。

 なんかよくわかんないね?


 どっちにしても、兄さん姉さん達はじいちゃんばあちゃんをとても大切にしているし、おれやトモにもよくしてくれる。




 中学二年の秋。

 ばあちゃんのお誕生日にと、兄さんのひとりが食事に招待してくれた。


 東山のふもとの有名な料亭の料理人さんになっている兄さんは、毎年じいちゃんばあちゃんのお誕生日に招待してくれているらしい。

 トモと三人で毎年ごちそうになっていると教えてくれる。


 おれも行っていいの? 邪魔じゃない?


「ぜひ来ておくれ。新しい弟に兄のすごいところを見せてやるよ」


 タカさん達よりも年上の兄さんがそう言ってくれたから、おれも一緒に行った。



 約束の時間よりもずいぶん早く料亭についた。

 営業時間外じゃないの? 大丈夫?


 心配しながらじいちゃんばあちゃんについていく。

 ばあちゃんが「こんにちはー」と声をかけると、兄さんが飛んできた。


「母さん! 父さん! いらっしゃい!」


 トモがこっそり教えてくれたところによると、わざと休憩時間に挨拶に行くらしい。

 料亭の社長さんに「兄さんがいつもお世話になってます」って挨拶して手土産渡して、兄さんの様子を聞いて、兄さんと話をするんだと。

 兄さんがこの料亭に弟子入りしてからずっとそうしているんだと。


 兄さんは五十歳だって聞いた。

 でも子供みたいな顔でじいちゃんばあちゃんと話してる。

「とりあえず、座って座って」と席を用意してくれた。

 社長さんという人が来て話に加わった。


「そうだわ」

 ばあちゃんがポンと手を打った。


(さとる)くん。村井くん。お願いがあるんだけど」


「なんですか?」

「母さんのお願いならなんでも聞くよ。何?」


 ばあちゃんは滅多に『お願い』をしない。

 そんなばあちゃんに『お願い』されて、兄さんはすごく張り切った。


「調理場を見せてもらえないかしら」

「調理場を?」


 そんなこと? って二人ともちょっとがっかりしたみたい。

 でもばあちゃんはニコニコと続けた。


「なっちゃん、ちいさい頃、料理屋さんで育ったの。

 雰囲気とか匂いとか、感じさせてあげたくて」


「ばあちゃん……」


 おれのために『お願い』してくれたのがうれしくて、胸がいっぱいになる。


「料理屋? どこだい?」

 兄さんに聞かれ「祇園の『なかむら』っていう仕出しのお店です」と答える。

 その途端。兄さんと社長さんが、息を飲んだ。


「――君は――」

 なんだろう。兄さんも社長さんもびっくり顔で固まってしまった。


「……なっちゃん。君、名前は。本名、フルネームは」


 兄さんの勢いに引きながら「中村 奈津です」と答えると、兄さんも社長さんもまた息を飲んだ。


「……『なかむら』の……」


 あれ? 社長さん、おじいちゃんのお店のこと知ってるのかな。


「……そうか……。君が……。君は……」

 兄さんはなんでそんなウルウルしてるの?


 わけがわからずキョトンとしてたら、兄さんがわしわしと頭をなでてくれた。


「よかったなぁなっちゃん。『西村の子』になれて、よかったなぁ!」

 そう言って喜んでくれるから、よくわかんないけど「はい」って答えておいた。



 そういえば、じいちゃんばあちゃんが兄さん姉さんにおれのこと紹介するとき「なっちゃん」としか言わなかったね。

 で、兄さん姉さんもそれで納得してたね。

 よく考えたら、もーちょっと色々聞くよね?

「今までどうしてたのか」とか「なんで引き取られたのか」とか。


 トモにそう言ったら「あの人達のじーさんばーさんへの信頼度はハンパないから」とため息まじりに言われた。


 なんか納得。

 じいちゃんばあちゃんが認めた人間なら自分も受け入れるって感じかな。

 例えばおれが逆の立場だったら。

 うん。何も聞かずに受け入れる。



「厨房に行く前に会わせたい人がいる」と言われて待っていると、社長さんがひとりのおじさんを連れてきた。


 あれ。この人。

 なんか、見たことある。


「――みっちゃん――!」

 おじさんはおれを目にするなり叫んだ。


「なんで――!

 そうか、なっちゃんを守れなかったオレを祟りに来たのか――。

 スマンみっちゃん! オレは、なっちゃんを守れなかった!

 店も、親父さんも、桔平(きっぺい)も守れなかった!」


 わあああ! と泣きながら土下座するおじさんにポカンとするしかできない。


「早瀬。ちがうちがう。この子はなっちゃんだ。みっちゃんじゃない」

「……なっちゃん……?」


 兄さんのとりなしで、おじさんはポカンとおれを見つめた。

 トモにつつかれて、あわてて「中村 奈津です」とお辞儀した。


「―――!!」

 早瀬と呼ばれたおじさんは、これ以上開かないんじゃないかというくらい大きく大きく口をあけて、おれを指さした。

 目ん玉こぼれ落ちるんじゃないかっていうくらい目も大きくあけて、ぷるぷる震えだした。


「――なっちゃん!?」

 大きな声で呼ばれ、かろうじて「ハイ」と返事をする。


「なっちゃん!?」

「そうだよ」


 兄さんに問いかけ、肯定されたおじさんはパニックになってるみたいだ。


「え!? なっちゃん!? だって、なっちゃんは、もっとちいさくて。あれ? なっちゃん? みっちゃん? え?」

「落ち着け早瀬。あれから何年経ったと思ってるんだ」


 社長さんと兄さんが二人がかりで説得して、やっとおれが『中村 奈津』だと納得してくれた。


 説得の時間でおれも思い出した。

 この人、お店にいた人だ。

 おじいちゃんとおにいちゃんと一緒に料理を作っていた人だ。


「……知ってたの?」

 ばあちゃんに聞いたけど、ばあちゃんはにっこり笑うだけだった。


 そういえば、おにいちゃんとオミさんが教えてくれた。


 おれが誘拐されて、おじいちゃんとおばあちゃんが死んで、おにいちゃんはお店をやっていけなくなったって。

 お店で働いていた料理人さん達は、おじいちゃんの友達のお店で働くようになったって。


 じゃあ、もしかして、ここも。


「――あの」

 思い切って社長さんに声をかけた。


「もしかして、おじいちゃんの――中村 康平(こうへい)の知り合いですか?」


 オミさんから教えてもらった名前。

 おじいちゃんの名前。

 社長さんはちょっとびっくりしたようだったけど、すぐににっこりと笑った。


「友達だよ」


 なんだろう。

 胸がぽかぽかする。

 こういうの、なんて言うんだっけ。


「まあ。そんなご縁があったのね」


 そうだ。『ご縁』だ。


 じいちゃんばあちゃんが育てた子供が料亭で料理人になって。

 その料亭の社長さんはおれのおじいちゃんの友達で。

 おじいちゃんの店にいたおじさんがそこで働いてて。

 今日おれと会えたなんて。



 おかあちゃん。

 早瀬さんに、また会えたよ。

 おじいちゃんの友達に会えたよ。

 喜んでくれる?


 どこかでおかあちゃんがにっこりと笑った気がした。

ナツの過去については『霊玉守護者顛末奇譚』を、「おにいちゃん」については『とある弁護士のつぶやき』をお読みくださいませ。

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