ダメな大人が潰れるまで
『根幹の火継』本編 107話『日村大樹 4』から 108話『お父さん 11』の間の話です。
『日村大樹 4』の後書きのつもりで書き始めたら長くなって、じゃあ活動報告に載せようとしたらさらに長くなってしまい、番外編を作ることになってしまいました(汗)
酒が全て空になった。
名残惜しいがお開きかと立ち上がろうとしたら、オミにヘラリと声をかけられた。
「あ。大樹。買いに行ってくれるの? ありがとー!」
「は?」
意味がわからなくて聞き返した。
「ひとりじゃ大変だろ。ホラ、勇吾。一緒に行け」
「は?」
タカに背中を叩かれた勇吾と二人、部屋を追い出された。
「ビール多めで」
「日本酒もよろしく」
背中でバタンと閉まる扉に、ポカンと二人で顔を見合わせ。
「「ハハハハ!」」
どちらともなく笑いだした。
「なんだよあいつら。人使い荒いなー」
「そうなんだよ。おまけに悪だくみばっかりするんだぞあいつら」
「なんだそれ。ひどいな!」
「そうなんだよ! オレも何度ひどい目にあわされたことか」
「マジか」
コンビニまでの道中、二人でずっとしゃべっていた。
「ちょっと酔いを醒まそう」と猿沢池のベンチに座り、しばらく話をした。
子供の頃のこと。大阪に行ってからのこと。吉野に帰ってからのこと。
覚えている限りのことをしゃべった。
勇吾もどうしていたのか、なにがあったのか話してくれた。
話して話して、寒くなってきたので部屋に戻った。
再び四人で酒を飲み、ああだこうだとしゃべりまくる。
あっという間に酒がまた尽きた。
「少ないんだよ!」
「知るか! 文句があるなら自分で行け!」
「それもそうだな。よし、行くぞオミ」
「はいはーい」
二人が出ていって、また勇吾と二人しゃべりまくった。
吉野の知り合いが今どうしているか。
勇吾の子供達の話。
そして晃の子供の頃の話。
「最近はタカとオミがあちこち遊びに連れて行ってくれてて…」なんて話をしていたら、ちょうど二人が帰ってきた。
「なんだよ。オレ達の悪口か?」
「違うよ。お前らが晃を遊びに連れて行ってくれたって話をしてたんだよ」
勇吾の説明にタカは「それか!」と笑い、ノートパソコンを持ってきた。
オミがササッと机の上をあけ、そこにノートパソコンを置く。
「一番最初に行ったのがこれ! 中二の四月」
六人の男の子とオミとタカが嬉しそうに並んでいる。
パッパッと写真が変わり、分厚いステーキをしあわせそうな顔で頬張る様子や大きな口で笑う様子が写し出されている。
「これいつだよ? オレ見てないぞ」
「『禍』の討伐が終わった、二週間後だよ。
ハルとヒロの誕生日会兼ねて、僕らからみんなへの感謝の気持ちを込めて招待したんだ」
勇吾とオミがなにか話しているが、おれは写真に釘付けになっていた。
一年半前の晃は、遥そっくりだった。
吊り目がちの大きな目。ぴょこんとはねた髪。
楽しそうに、明るい顔で笑っていた。
「それからキャンプ行ってー」
次の写真も楽しそうな子供達が写っていた。
「これ、オミの息子?」
「そうそう」
「うり二つだろ」
「これがタカの息子で? こっちは?」
「これ、トモだよ。一緒に協議会に来てただろ?」
こっちがナツでこれが佑輝で。と『オミとタカの息子達』を紹介してもらう。
「これもオレ見てない」と文句を言う勇吾に「そうだっけ?」とタカは笑う。
子供達の楽しそうな写真を肴に酒を飲み、話を聞いた。
「いいなぁ。うらやましいなぁ」
おれはこんな子供時代、過ごせなかった。
おれ自身が遊ぶどころじゃなかった。
今考えると、もったいないことをしたと思う。
でもあの頃はとてもそんな気持ちになれなかった。
「僕も子供時代、こんなふうに遊んだことなかった。
だからみんなと遊んでいると、まるで子供時代のやり直しをさせてもらってるみたいで、すごく、すごく楽しいんだ」
笑顔のオミに「いいなぁ」と言葉が漏れる。
だいぶ酒が進んで酔いが回っている。
ふわふわ、ゆらゆらするにつれて、普段は言えないような言葉も素直にぽろりと漏れるようになった。
「じゃあ今度は大樹も一緒に行こ」
「いいのか?」
「うん。ね。タカ」
「おう! 運転手はひとりでも多いほうがいいからな!」
わざとそんなふうに言って、ニヒヒッと笑うタカ。
「オレも! オレも行きたい!」
「久木家も参加か! いいな! 大所帯だ!」
「それだと明子さん達も行きたがるんじゃないかなぁ」
「『明子さん』?」
初めて出た名前に疑問を浮かべると、オミがそれはそれはしあわせそうに笑った。
「僕の奥さん」
「ラブラブだぞ」
勇吾がナイショ話をするように付け足す。
「秘蔵写真を見せてやろう」
タカが新たに出した画面には、男を挟んで立つ二人の女性。
双子か? 三つ子か? 三人共同じ顔なんだが。
ん? よく見ると、この男、タカの息子か?
三人共花を手にして、なにかのポスターのようだ。
「これがオレの女神。で、ウチの天使。こっちがオミの奥さんのアキちゃん」
女神? 天使?
きょとんとしてたら「わかるか!」と勇吾がツッコミを入れてくれた。
「ええとねえ。この女性が、僕の奥さん。明子さん。かわいいでしょー」
えへへ~とだらしなく笑うオミ。そんな顔もするんだな。
「で、こっちがタカの奥さんの千明さん。
明子さんの従姉。そっくりでしょー」
「うん。そっくり。双子かと思った」
「昔からよく言われてたらしいよー」とオミが笑う。
「で。これがヒロ。タカと、この千明さんの息子。
千明さんそっくりでしょー。
三人並ぶと、もう、どっちの息子かわかんないよねー」
オミが説明している正面で、勇吾とタカが話をしている。
「これ、真由と陽奈、見てるか?」
「いや。見せてないよ。親衛隊にだけ公開許可してる」
親衛隊? て、なんだ?
「うげぇ〜。
『千明様の秘蔵写真見た』なんてバレたら、オレ、殺されるかもしれない…」
「『千明様』?」
「聞いたことない? 華道家の目黒千明」
「――よくわからない……」
申し訳なくて首が下がる。
テレビとか全然見ないから、芸能人とか有名人とか全然知らない。
「いいよいいよ」「今度紹介するね」と、タカもオミもケロッとしている。
それからオミとタカの昔の話や奥さん達との馴れ初めを聞いた。
勇吾もおれと遥の馴れ初めを話して聞かせていた。
誰も彼もがおれと遥の結婚を反対していたのはおれがポンコツだからではなく、おれが遥を好きなように見えなかったからだと教えられた。
「おれがポンコツだからじゃなかったのか?」
「違うよバカ!」
それから、いかにおれが遥に無関心だったかをつらつらと並べられた。
いたたまれなくなり、思わず椅子から下りて「ごめんなさい」と土下座した。
「仕方ないよ。大樹はココロがこわれてたんだから」
オミがぎゅうっと抱きしめてよしよしと頭をなでてくれる。
うれしくてまた涙がこぼれた。
「オミいぃぃ」としがみついてメソメソ泣く。
酒のせいで情緒がオカシイ。
「今だったらどうする?」
タカに投げられた質問に、ガバリと顔を上げた。
「今遥に出会えたなら、ソッコー口説く!
もう、愛を語りまくって囲い込む!
大事に大事にする!」
「だよなあ」
わかるわかる。とうなずくタカ。
オミに椅子に戻されて、また酒を注がれる。
「次の女性にはそうしてやりな」
タカはそう言って笑った。
『次の女性』。
その言葉に、固まった。
「……なんだ。それ」
おれの声が固くなったのに気付かないのか、タカはヘラリと言った。
「大樹はまだ若いんだし。ココロを取り戻したんだし。独身だし。
新しい恋をしても、いいんじゃないか?」
『新しい恋』。
遥以外の女性と。
そう言葉で考えるだけで、拒否反応が出た。
『嫌だ』『ありえない』と魂が叫ぶ。
「――考えられない」
真顔でふるりと首をふるおれに「ま、そうだろうな」とタカはあっさりと言った。
「――試したのかよ」
ムッとして睨みつけると「ちがうよ」と笑う。
「『そういう可能性もある』ってこと。
有り得る未来のひとつを示しただけだよ」
そう説明されると「そうか」と納得する。
「悪かったよ。ゴメンな。ホラ、お詫び!」
そうしてまたグラスにドバリと酒を注ぐ。
グッとあおると、モヤモヤしたものが流れていった。
「お前も飲め」
「お。悪いねー」
タカのグラスにもだばりと酒を注ぐ。
タカもグイッとグラスを空ける。
「大樹は何党? オレ、辛口が好きなんだけど」
さっきの話をなかったことにするかのように明るく問いかけてくる。
が、その質問には答えられない。
「――酒は普段飲まないから、よくわからない……」
情けなくてボソリと言ったおれに、オミが大袈裟に驚く。
「にしては強くない!?」
「ザルだな大樹!」
「そ…そうかな…?」
よくわからなくて首をかしげる。
勇吾が助け舟を出すかのように話に乗ってきた。
「オレはやっぱビールだな! 仕事終わって風呂上がりに一杯やるのが最高だよ!」
「わかる! それは別格!」
すぐに缶ビールを引っ張り出したタカは勇吾に一本持たせるとプルタブを開けた。
「ビールにかんぱーい!」と二人で缶を打ち合わせ、グビリと飲む。
「はいはい。ほら大樹」とオミに缶ビールを持たされる。
同じように「カンパーイ」と缶を持ち上げるオミの缶に、自分の持つ缶をカツンと合わせる。
誰かと乾杯するのって、こんなにうれしいことなんだな。
「大樹大樹! こっちもこっちも!」
タカに促されて缶を差し出すと、三人が競うように缶をぶつけてきた。
ガツンと四つの缶が音をたてる。
「「「カンパーイ!!」」」
バカみたいな顔で、子供みたいに叫ぶ三人がおかしくて、おれも「カンパーイ!」と叫んだ。
また酒がなくなった。
「よし! 行くぞ大樹!」
「なんでお前そんなに元気なんだよ!」
タカに引っ張られ再びコンビニに行き、猿沢池のそばで話をした。
震災で家族も友人も全て亡くした話を聞いた。
その後の苦しみを聞いた。
オミもタカも、おれなんか比べ物にならないくらいの苦しみを背負っていた。
「おれ、甘ちゃんだった」
泣きながらそうこぼしたら、タカはガシガシと頭をなでてくれた。
「人の痛みは人それぞれだ。
誰かと比べられるものじゃない。
お前の痛みも苦しみも、お前自身のものだ」
そうして、ぎゅうっと抱きしめてくれた。
「大変だったな」
「苦しかったな」
「がんばったな」
そんな言葉をかけてくれるから、また涙が出た。
タカにしがみついて、メソメソ泣いた。
四人のときはバカな学生みたいにはしゃいで騒いで。
買い出しで誰かと二人になったときには真面目な話をしたり泣いたり。
そうして、ずっと溜め込んでいたイロイロなモノを吐き出した。
何度目かに酒が空になり、買い出しに行こうと立ち上がったら、ふらりと身体が傾いだ。
ボフリと布団に倒れ込むと、ふわふわの感触に離れられなくなった。
「大樹ー。大丈夫かー」
よっこらしょ、と立ち上がったタカも足をからませおれの隣に倒れ込んできた。
そのまま動かない。
「なんだよー。二人とも、寝たのかよー」
勇吾がふらふらと寄ってきたが、やはり同じように布団の上に倒れ込んで動かなくなった。
「じゃあ僕もー」とオミがおれの横にゴロリところがる。
狐のような吊り目は糸目になっていた。
「楽しかったねー大樹」
「うんー。たのしかったー」
酔いと睡魔が襲ってきて、子供のような受け答えになった。
「また一緒に飲もうねー」
「うんー」
ヘラリと笑顔を返したところで、意識が途切れた。
買い出し名目で大樹と一対一でかわるがわる話をする作戦です。
誤算は、大樹が思った以上に酒に強かったこと。
お酒はほどほどに!
一気飲みはいけません!
番外編はとりあえずここまで。
しばらく別の連載を投稿したあと、高校生になった少年達のお話を投稿しようと思っています。
なので、完結にはしません。
こちらに投稿するときは活動報告でお知らせします。