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根幹の火継 番外編  作者: ももんがー
1/10

自分は養子でした

『霊玉守護者顛末奇譚』→『霊玉守護者顛末奇譚 番外編』→『根幹の火継』と進んでいる一連のお話の、『根幹の火継』の時点のお話です。

佑輝視点、中学三年生の秋のお話です。

めちゃめちゃ長いですが、一気にいきます!

 高校の推薦入試の日程について連絡があった。


 どんな書類を提出するのか、書類の提出期限、試験日程など。

「うっかりは許されないぞ!」

「確実にやれよ!」

 担任や剣道部の顧問や指導員だけでなく、オレを誘ってくれている高校の担当者までもが口を酸っぱくして忠告してくる。


「そんなに心配しなくても」と思ったのはあっさり見透かされ「そういうヤツがやらかすんだ!」と説教される。


 自分や保護者の氏名を始め、住所など『戸籍謄本に記載されている字で』『楷書で』『正確に』記入しろ、とある。

 じゃあ、と、戸籍謄本とやらをもらって確認しながら書くことにした。

「それが確実だ」と先生達も言う。


 戸籍謄本の取り方も学校で教えてもらった。

 区役所でもらえるという。

 お金はいるけれど、腹が減って動けなくなったときのためにとこっそり持っているお金で足りそうだ。


 めんどくさいことはさっさと終わらせたい。

 幸い、そういうことの専門家が知り合いにいる。

 わからないことが出てきたら弁護士のオミさんに教えてもらえば大丈夫だろう。


 そう考えて、学校が終わったその足で区役所に行った。




 手にしたその書類の、意味が、わからなかった。


 父母の欄。

 これは、オレの父さんと母さんのことだろう?


 なんで父さんと母さんじゃない名前になっているんだ?


 父さんと母さんの名前のあとの。これは。

『養父』? 『養母』?

『養父』って、なんだ?

『養母』って、どういう意味だ?


 意味がわからない。

 わからない。

 なんだこれ。



 ナニカが足元からガラガラと崩れていく。

 ハクハクと浅い呼吸を繰り返すけれどちっとも空気を取り込めない。


 なんだこれ。

 オレ、父さんと母さんの子供じゃないのか?

 なんで? どうして?

 どうなってる?


 わけがわからない。

 なにが。どうして。


 オレ、どうしたら。



「――(きみ)、君」


 ポンと肩を叩かれ、ハッとした。

 あわてて顔を上げると、職員の名札をつけたおばさんが心配そうにオレを見つめていた。


「どうしたの? 具合が悪いの?」

「―――」


『なんでもないです』『大丈夫です』

 そう、答えようと思うのに、声が出てこない。

 ただ、書類を持ってふるふると立ちすくむことしかできない。


 こんな。

 オレ。

 動けなく、なる、なんて。


 情けなくて涙がにじみそうになるのをうつむいてまばたきでごまかすけれど、返事はできそうもない。

 親切なおばさんはなおも心配そうにオレの顔をのぞき込んで話しかけてくれる。


「おうちに連絡しようか? 電話番号、言える?」


 連絡。

 連絡。

 そうだ。わからないことが出たら連絡しようと思っていた。


 オミさんなら。

 オミさんなら、この書類の意味もわかるかも。

 でも、スマホ、家だ。


 家には帰りたくない。

 この書類の意味がわからないうちに、家族と顔を合わせたくない。


 家族?

『家族』なのか?

 なにがホントウ? どこまでが? どこからが?


 わからなくて、ぐるぐるして、立っていられなくなった。

 ふらりと倒れそうになったのを反射的にたたらを踏んでこらえる。


 驚く親切なおばさんが椅子に座らせてくれる。


「――スマホ、今、持ってなくて――番号、わからなくて――今、多分、仕事中で――」


 ぽそりぽそりと言葉を落とすオレに、親切なおばさんはうんうんとうなずいてくれる。


「お仕事場の場所やお名前はわかる?」

「――場所――」


 のろりと、下を向いていた頭をなんとか上げる。

 場所。いつも行く、御池の。


「――御池の、弁護士事務所の――」


 おばさんがスマホでパパッと調べてくれた。

 御池には何件か弁護士事務所があったみたいだけれど、地図を出してくれたので「ここ」と指差した。


「君のお名前は?」

「春日 佑輝です」

「お呼びするのは春日なにさんか、わかる?」

「イエ。連絡したいのは、オミさんで――オミさんの、名前は――」


 まわらないアタマで、なんとか「安倍 晴臣」とオミさんのフルネームを絞り出した。




 救護室に連れて行かれてベッドで横にならせてもらっている間も、いろんなことがアタマの中でぐるぐるしていた。

 なにひとつ理解できず、なにひとつ信じられなく、ただ、ぐるぐるぐるぐるしていた。


「佑輝」

 声をかけられて顔を向けると、オミさんがいた。


「――オミさん――」


 オミさんの顔を見た途端、ボロリと涙が落ちた。

 オミさんはにっこりと笑って、半身を起こしたオレの頭を抱えるように抱きしめてくれた。


「どうした? なにがあった?」


 やさしくポンポンと背中をたたいてくれた。


 それだけでブワッと涙があふれて、オミさんの背中に腕をまわしてしがみついて泣いた。


「オレ、わかん、なく、オレ、お、」

 オミさんはただ「うんうん」とうなずき、オレをだきしめて頭をなでてくれた。



 グズグズ泣いてオミさんによしよししてもらったらちょっと落ち着いた。

 救護室の人にお礼を言い、オミさんに連絡してくれた職員の人を探してお礼を言う。

 オミさんは菓子折を渡していた。

 うながされるままにオミさんの車に乗せられる。


「――で? どうした?」

 運転席でシートベルトを締めたオミさんが、なんてことないように聞いてくる。

 だから、黙って手にしたままの書類を渡した。


 黙って受け取ったオミさんはザッとそれを見て、首をかしげた。


「戸籍謄本だね」

 うなずく。


「で? これが?」


 不思議そうなオミさんに怒鳴りそうになったけど、グッとこらえた。


「……ここ……」

『養父』と書いてある欄を指差した。

 顔が上げられなくて、そのまま書類に向かって話した。


「……オレ……父さんと母さんの子供じゃない……ってこと……?」


 返事を待っていたのに、オミさんからはなんの返事もない。

 おそるおそるオミさんをうかがい見ると、オミさんは目を大きくして固まっていた。

 え? 息、してる? どうしたの?


 一体どうしたのかと首をかしげると、オミさんが息を吹き返した。


「――ええと。」


 オミさんは目を閉じ額に指を当て、反対の手のひらをオレに向けた。


『ちょっと待って』なポーズに大人しく待つ。


「――佑輝は、自分が『養子だ』って、知らなかったの?」


「――オミさんは知ってたの!?」

「知らなかったんだね」


 オレの反応にオミさんが苦笑を浮かべる。


「なんで!? なんでオミさんが知っててオレが知らないの!?」


 驚いて噛みつくオレに対して、オミさんはいつものようにおだやかに返してきた。


「『佑輝にも話してる』って、佑輝のお父さん言ってたよ?」

「聞いてないよ!?」

「本当?」


 じっと見つめられると、自信が揺らぐ。


「お父さんの話を佑輝が聞いてなかったってことはない?

 話の内容が理解できなくて忘れちゃったってことはない?」


 オレのやりそうなことを並べられて、そっと目を反らすことしかできない。


 そんなオレに、オミさんはまた苦笑した。

「とりあえず、お家まで送るよ」


 そうしてエンジンをかけて車を動かした。



 このまま家に帰っても、どんな顔をしたらいいのかわからない。

 どうしたらいいのか、どうしたいのかもわからず、ただ黙ってうつむいていた。


「――僕が佑輝の話を初めて聞いたのは、初めて会いに行った日だよ」


 話を始めたオミさんをちらりと見る。

 オミさんはまっすぐ前を見たまま、変わらない調子で話を続けた。


「ハルもヒロも佑輝も四歳だったよね。かわいかったなぁー」

 クスクス笑うオミさんに、なんだか照れくさくなる。


「ヒロと佑輝が話してる間にさ。ハルが佑輝のご両親とお祖父さんお祖母さんに『霊玉守護者(たまもり)』の説明をしたんだ。

 自分が安倍晴明の生まれ変わりなことも。

 安倍家の首座様なことも。

 佑輝が『霊玉守護者(たまもり)』なことも」


 そうなんだ。知らなかった。

 オレが『霊玉守護者(たまもり)』のことを知ったのはいつだっけ?

 多分、同じ日だったと思う。

 やっぱりハルから説明された気がする。

 意味がわかってないことがすぐにバレて、その後何回も何回も説明された。


「そのときに、佑輝が養子だってことを聞いたよ。

『お父さんの双子の弟さんの息子だ』って」


「父さんの……双子の、弟……」


 その人、知ってる。

 仏壇に写真が飾ってある人だ。

 父さんがいつも話して聞かせてくれていた。

 じいちゃんばあちゃんも話していた。


 ユキチ。


 手にしたままの戸籍謄本を確認する。


『春日 佑吉(ゆきち)』『父』


 ユキチさんが、オレの、父親。


「佑輝と奥さんを産院から連れて帰る途中に、事故に巻き込まれたって」


 ふと、昨年末の騒動がアタマをよぎった。


 高霊力保持者であるユキとサチ――ヒロの弟妹の出産にあたり、オレ達とハルとで病院を守った。

 高霊力保持者が弱ったところを狙った妖魔がうじゃうじゃやって来た。


 ハルが言っていた。

『高霊力保持者は、それだけで善いモノも悪いモノも引き寄せる』


 オレも高霊力保持の赤ん坊だった。

 ということは。

 もしかして。

 まさか。

 その事故は。


 青くなるオレに気付くことなく、オミさんは話を続ける。


「『ユキチの息子なら自分の息子だ』って、遺された佑輝を息子にしたって、聞いたよ」


「………」

「佑輝は、ユキチさんの話は聞いたことない?」

「………聞いたこと、ある」


 そういえば、前に十三回忌ってのをした。

 そのときに「この人どういう関係?」って聞いた気がする。

 なんて言ってたっけ?

「佐吉の弟とお嫁さん」「息子」「オレの弟」「お父さんの弟さんと奥さん」

「お前の父さんと母さんだよ」


 ――そういえば。

 そういえば、そう、言われてた。


 そのときは意味がわからなくて、まあいいかってスルーした。

 そんでそのまま忘れてた。


 あれ。そういえば。


 いつも帰ってきたら、一番に仏壇に挨拶しろって言われてた。

「無事帰りました」「今日も守ってくれてありがとう」

 そう挨拶しろって。


 誰にかなんて考えたことなかった。

 漠然とご先祖様とか、そんな人達に挨拶してるんだと思ってた。


 あれ?

 もしかして。


「ユキチさんもミズキさんも、佑輝が産まれてとても喜んでたって聞いたよ」


 ミズキさん。

 戸籍謄本に目を落とす。


『春日 瑞輝(みずき)』『母』


 あれ。


『佑吉』『瑞輝』


「――オレの名前、この二人から一文字ずつ取ってる……?」


 初めて気づいた事実に、ポカンとするしかできない。


「ああ。そうだねぇ」なんてオミさんは笑ってる。

 ポカンとしていたら、オミさんがやさしく声をかけてくれた。


「――きっと佑輝も、今まで余裕がなかったんだよ」


 余裕。

 この前から晃が話してた。

『今までは余裕がなかった』『霊力が落ち着いて、いろんなことが目に、耳に入るようになった』


『今まで気にならなかったことが気になるのは、それだけ余裕ができた(あかし)だ』ってオミさんに言われたって言ってた。


 オレもそうなのかな?

 オレも、余裕ができてきたのかな?


「きっとそうだよ」


 オミさんがそう言うなら、そうなんだろう。


「それは、いいこと?」

「どうだろうねぇ」

 家に向かう坂道を走らせながら、オミさんは笑う。


「いいかどうかを決めるのは、佑輝自身だよ」


 そうか。そうかも。

 去年の秋から晃がよく話してくれた。

 晃はいろんな人から話を聞いて、自分で気持ちをまとめていた。


 余裕ができて、いろんなことが目に、耳に入るようになって。

 それからどうするか、どう考えるかは、オレ次第。


 じっと手の中の書類を見つめる。

 エンジンを止めたオミさんに「さ。行こ」とうながされる。


「まあ、怒られておいで。僕も一緒に行ってあげるから」


 言葉の意味がわからなくて、黙って車を降りた。




「おかえりー。遅かったわね佑輝」

 おそるおそる玄関をくぐると、いつもどおりの母さんの声に出迎えられた。


「手洗いうがいして、仏様にご挨拶しといで」


「………その、」

「こんにちは。突然お邪魔します」


 オミさんの声に、母さんはやっと台所から顔を出した。


「安倍さん!?」

「佑輝を送ってきました」

「は!?」


 アンタ何したの!? と視線で怒られる。

 運悪く父さんとじいちゃんも鍛冶場から帰ってきた。


「安倍さん!?」

「こんにちは。ちょっとお話したいことがありまして。お時間よろしいですか?」


 あわてて仏間に上がってもらい、ウチの大人たちの前にオミさんが座る。

 オレはオミさんの横に座った。


 何事かと身を固くする家族を前に、なんと切り出したものかと小さくなる。

 オミさんが説明してくれないかなぁとチラリと目を向けたけど、にっこりと笑顔を返された。

『自分で言いな』と顔に書いてある。


 仕方なく、そっと、戸籍謄本を座卓の上に出す。

 大人たちは『なんでこんなものが?』『これがどうした?』という顔で、書類とオレを交互に見ている。


「……その……」

 なおも未練がましくオミさんをちらりと見たけれど、オミさんはニコニコするだけで助け舟を出してくれそうにない。


 観念して、言った。


「……オレ……その、……養子、なの……?」


 父さん母さんの顔を見られなくて、膝の上の握った拳に向かってボソボソと言った。


 しばらく待っても、なんの返事もない。

 おかしいなと思って顔をあげると、父さんも母さんも、じいちゃんもばあちゃんも、口をあんぐりと開けたまま固まっていた。


 え? これ、どういう反応?

 わからなくて首をかしげた。

 最初に再起動したのはじいちゃんだった。


「……佑輝……お前……。まさか……。今日初めて知ったのか……?」


 コクリとうなずいた途端、大人たちはさらに口を大きく開いた。


「――お、おま――ッ!」

 ふるふる震える父さんがオレを指差す。


「……え? じゃあ、ユキチさんとミズキさんのことはなんだと思ってたの!?」


 母さんが聞いてくるから、正直に答えた。

「父さんの弟とその奥さん」


 息を飲む大人たち。

 座卓をバン! と叩いたばあちゃんが身を乗り出した。


「この前の十三回忌でも話したでしょう!?」

「……覚えてない」


「「「―――!!」」」


『驚愕を顔に貼り付ける』って、こういうことか。

 大人たちは文字通り驚き、それぞれに頭を抱えたり顔を覆ったりした。


 ガバリと顔を上げた父さんは、ザザーッと仏壇の前に土下座した!


「ユキチーッ! スマン! 佑輝をこんなアホに育ててしまった!!」

「ごめんなさいミズキさん! 話を聞かない子だとは思ってたけど、ここまで聞いてないとは……!!」


 わあわあと仏壇に向かって泣きながら謝る両親にドン引いていると。


 ガツン!!


 思いっきり頭を殴られて、目の前に星が散った。


 頭頂部を抑えて振り向くと、じいちゃんが仁王立ちしていた。

 な、なんか身体から威圧がにじみ出てるんだけど!?


「――こ、の、」


 本気の怒りを感じて「ぴっ」て変な声が出た。


「阿呆ーー!!」


 ガツーン!!

 また拳骨が落ちた。

 手で隠してるところを避けて、思いっきり落とされた。

 痛くてうずくまったら、さらに蹴りを入れられる!


「お祖父様、落ち着いて」

「この、阿呆! 阿呆!!

 いつも言っているだろうが!

『人の話はちゃんと聞け』と!

『わからなかったらわかりませんと言え』と!!」


 オミさんに羽交い締めにされながらもオレをゲシゲシと踏みつけるじいちゃんに「ごめんなさいごめんなさい」と謝るしかできない。


「おじいさん」とばあちゃんの声。

 助けてくれるのかと顔をあげると、ばあちゃんはイイ笑顔で木刀をじいちゃんに渡した。


 ぴいいぃぃぃ!!


 さすがにこれはマズいから!!

 本気で振り下ろしてきた木刀をはしっと真剣白刃取りで止める!


「止めるなアホ孫!」

「止めるだろ!!」

 ギリギリとじいちゃんとせめぎあいをしていたら。


 バシン!

 背後から後頭部を殴られた。


 涙目で振り向いたら、ばあちゃんがハリセンを持って立っていた。


 ば、ばあちゃんからも威圧出てるんだけど!?


 オレの力がゆるんだ隙を見逃すことなく、じいちゃんが木刀をひねり、オレに胴を決める。

 瞬間的に腹筋締めたけど、痛い! 痛いよ!


 腹を押さえてうずくまるオレを、じいちゃんとばあちゃんがふたりがかりで叩いたり踏みつけたりする。


「この阿呆! 阿呆!」

「情けない! なんでこんなに阿呆なの!!」

「ごめんなさいごめんなさい」

「まあまあ」


 オミさんがなんとかとりなしてくれて、じいちゃんとばあちゃんを座らせてくれた。

 じいちゃんばあちゃんがオミさんに向けて頭を下げた。ほとんど土下座だ。


「安倍さんには、ウチの阿呆がご迷惑を……」

 じいちゃんの声に、父さんも母さんもあわてて横に並んで土下座する。


「イエイエお気になさらず」なんてオミさんはニコニコしている。


 けど、すぐにきちんと姿勢を正し、話をしてくれた。


 オレに余裕ができたんだろうってこと。

 これまでは話を理解するだけの余裕がなかったこと。

 オレだけじゃなくて、晃も、ヒロも、同じように知らなかったことを知っていっていること。


 ヒロも「そう」だと聞いて、大人たちの態度がちょっぴり軟化した。


「晃やヒロにも話したんですけど」と前置きして、オミさんがオレ達に話をしてくれる。


「この子達は今、『根っこ』を固めてるんです。

 自分の『根幹』を。

 霊力が落ち着いて、生命を(おびや)かされることがなくなって、やっと、そういうことに目を向けることができるようになったんです」


 オミさんのおだやかな声でつむがれる話に、大人たちはうなずいた。

 オレもなんだか納得した。


「だから、これからたくさん話をしてあげてください。

 本当のご両親のこと。これまで育ててきた皆さんのこと。昔のこと。将来のこと。

 きっと今なら、佑輝も理解することができると思います」


 大人たちは「ありがとうございます」ってオミさんに頭を下げた。


「ほら佑輝。お父さんとお母さんにちゃんと『ごめんなさい』しないと」


 オミさんにそううながされて、ハッと気が付いた。


「……『お父さん』で、いいの……?」

 

 ん? と首をかしげるオミさんに、聞いてみた。


「――『伯父さん』じゃなくて、いいの……?」

 オミさんはにっこりと笑ってうなずいた。


 本人に確認しようと顔を向けたら。


 バチーン!!


 座卓を乗り越えて父さんが平手打ちをかましてきた!


「――阿呆ーッ!!」

 そのまま行儀悪く座卓の上で仁王立ちになり、父さんはオレを蹴飛ばした!

 さらに馬乗りになって両方の頬をバチンバチン叩いてくる!


「阿呆! 阿呆!!

 オレはお前の父親だ!

 そんなこともわからないのかこの阿呆!!」


「春日さん春日さん。それじゃあ話が聞けません」

 オミさんに指摘されて、父さんはやっとオレを開放した。


 もう、頭も頬も腹も痛いんだけど。

 オレが阿呆なのって、この家庭内暴力のせいなんじゃないのか?


 ヨロヨロしてたら、誰かがぎゅっと抱きしめてきた。

 母さんだった。


「アンタはホントに阿呆なんだから……!

 アンタは、私の息子よ!

 お父さんと私の、息子よ!」


「――母さん……」


 いいの?

 オレ、息子でいいの?


 そう聞きたくても声にならなくて、なんだか目の奥が熱くなった。


「そうだ! お前はオレの息子だ!

 今度『伯父さん』なんて言ってみろ! ぶっ飛ばすぞ!!」


 もうぶっ飛ばしてるじゃないか。

 理不尽な父さんに怒りたくても、母さんごとぎゅうぎゅうに抱きしめてくるから怒ることができない。


 なんだか胸がいっぱいになって、なんでか涙が出てきて「ごめんなさい」と謝った。




 オミさんが帰ってから夕ご飯を食べて、大人たちがいろんな話をしてくれた。

 ユキチさんとミズキさんはずっと剣道部でライバルだったこと。

 ミズキさんは警察の特練員だったこと。

 だからオレが剣道に夢中になって「特練員になりたい」と言い出したときも「やっぱり『蛙の子は蛙』だ」と納得したという。


「本当の息子じゃないから『刀鍛冶継げ』って言わなかったの?」と聞いたらまた殴られた。

 そうではなく、オレは『木』の属性特化だから、刀鍛冶には向かないと説明される。

 同じ属性特化でも『火』か『金』ならまだいいらしい。

 一番理想は属性特化なし。

 特化と言えるほど飛び抜けたものはなくても、全属性が均等にあるほうが万人が使える刀が打てるそうだ。

 属性特化した人が造ると、どうしてもその属性の刀になってしまうらしい。


 ユキチさんが亡くなって、刀鍛冶は今じいちゃんと父さん、父さんの従兄弟にあたるおじさんとで行っている。

 この春からおじさんの息子が弟子に入った。

「だから家のことは気にするな」と説明された。



 姉妹達にも「阿呆」と(ののし)られた。


「私も知ってたわよ」と妹に言われ、びっくりする。


「話聞かなすぎ」「脳みそまでゴリラ」「脳筋が過ぎる」と口々に責められ、ちいさくなるしかできない。

 それでもこれだけは聞いておきたくて、おそるおそる聞いてみた。


「……オレ……兄弟で、いいの……?」


 勇気を振り絞った問いかけを、姉妹達はものすごくバカにした目で一蹴した。


「何を今更」

「アンタみたいなゴリラ、ウチ以外飼育できないでしょ」

「昨日までそんなこと考えもしなかったヤツがナニ言ってんだか」


 全く態度が変わらない姉妹に、なんだかホッとした。


「バカ言ってないでアイス持ってこい」

「私抹茶」

「私バニラ」


 もうちょっと態度を変えてくれてもいいのにと思いながら大人しくパシった。



 それから毎日、何回も、大人たちはいろんな話をしてくれる。

 ユキチさんのこと。ミズキさんのこと。オレの昔のこと。


倉科(くらしな)のおじいさんおばあさんのことはどう思ってたのよ」


 倉科のおじいさんおばあさんは、ミズキさんの両親。オレの母方の祖父母になると教えられる。


 てっきりじいちゃんの友達か親戚だと思ってた。

 正直にそう言ったら、でかい紙に家系図を書かれ、ひとりひとり説明された。

 いっぺんに説明されても覚えられないよ!!


 今度改めて倉科の家にご挨拶に行くことになった。




 話を聞きながら『ユキチさん』と『ミズキさん』て言ってたら、ある日父さんが言った。


「『お父さん』と『お母さん』と、呼んでやってくれないか」


 でもオレの『お父さん』と『お母さん』は、父さんと母さんなのに。

 そう思ったけど、ふと、晃の話を思い出した。


 晃の本当の母親は、記憶を封じられて実家に帰って別の人と家庭を作っている。

 それでも『お母さん』だと晃は言っていた。

 晃にとっては育ててくれた白露(はくろ)様が『母さん』だけど、産んでくれたお母さんも『お母さん』だし、ずっとそばで支えてくれた幼なじみのひなさんも『お姉さんみたいな母親みたいな存在』と言っていた。


 オミさんもタカさんも言っていた。

「父親は何人いたっていいんだよ」

 自分達は『霊玉守護者(おれたち)』みんなの父親だと笑ってくれた。


 それなら。

 もうひとりふたり増えたって、いいかな?


 不思議なくらい素直にそう思えて、仏壇に向かって呼びかけた。


「お父さん」「お母さん」

 後ろで父さんと母さんが泣いていた。




『オレのせいでお父さんとお母さんが死んだんじゃないか』という思いは、トゲのようにココロに刺さっていた。


 なんだかモヤモヤして、ハルに相談してみた。


「……否定はできない」


 ハルはよくそんなムズカシイことを言う。

『イエス』か『ノー』かで答えてもらいたいんだけど。


「高霊力保持者の赤ん坊のまわりではよくある話だから『佑輝が災厄を招いた』可能性はある。

 だが、現場を『()て』いない以上『絶対そうだ』とは言い切れない」


 そりゃそうかもしれないけど。


 納得いかないオレに、ハルは諭すように言った。


「お前の両親の死が誰かのせいだとしても。

 死んだ者は戻ってこない。

 どれだけ嘆いても後悔しても、それは変わらない。

 ならば、遺された者にできることは、死んだ者の分も懸命に生きることだ。

 前を向いて、死んだ者に恥じることのない生き方をすることだ」


 納得はできないけれど、やるべきことを示されたらちょっと落ち着いた。



 タカさんにも話を聞いてもらった。


「佑輝が生きて、誰かの役に立ったなら、それはご両親が存在した意味があるってことにならないか?」


 そう言われたらそうかも。と、なんだか納得した。



 ナツも話をしてくれた。


 ナツも双子の出産のときの話を聞いて、オレと同じ思いを抱えていた。

『高霊力保持者の自分のせいで母親は死ぬ運命になったんじゃないか』『神様でも護りきれない災厄を招いたのは、自分のせいじゃないか』


「だからオレ、佑輝のそのモヤモヤ、わかる」

 うつむくナツは、やけに大人びてみえた。


「でも、神様方がおっしゃったんだ。

『天命だ』って。

『人間には産まれてくるときに寿命が決まってるんだ』って」


『天命』。

 ふと、サトさんの魂を送ったときのことが頭に浮かんだ。


「おれのおかあちゃんは、おれを産むときに死ぬ『天命』だった。

 それを神様とばあちゃんがなんとかのばした。

 おかあちゃんが事故に遭ったのは、おれのせいかもしれない。

 でも、そのときまでの寿命だったのかもしれない」


「そうかもしれない。ちがうかもしれない。

 そうやってぐるぐる考えてたらさ。

 タカさんに怒られた」


「『考えても考えてもわからないことは、考えるな』って」


「『そんな時間があったらやるべきことをやれ』って。

『人間すぐ死んじゃうんだから、悩んでる時間がもったいないだろ?』って」


「『それもそうかも』って思って、それからは考えないようにしてる」


 なんだか納得できて、オレも考えるのをやめた。



 玄さんにも話を聞いてもらった。

「知ることができてよかったね」と玄さんは喜んでくれた。


「君が知らないままだったら、きっと亡くなったご両親は悲しいと思う。

 君が知ることができて、『お父さん』『お母さん』と君に呼んでもらって、きっとご両親は喜んでおられるに違いないよ」


 そうかも。


 そして玄さんは「私とサトさんも、息子や娘がたくさんいるんだよ」と教えてくれた。


 お葬式をしたお寺を継いだトモのおじさんは養子だという。

 トモの父親が家を継がず学者になるために飛び出してしまったので、お寺を継ぐために養子に来てもらったのだと。


 それ以外にも、高霊力保持者なために家族や世の中とうまくいかなくて困っていた子供の親代わりとして一定期間育てていたという。


「その子達が私のことを『お父さん』と呼んでくれているよ」


 タカさんの言うとおりだ。

 父親や母親が何人もいる人は、けっこう多いらしい。


 じゃあオレもいいのかな?

 父さん母さんがいて、お父さんお母さんがいても。


 あ。タカさん達も父親母親だって言ってた。

 あれ。オレ、保護者がいっぱいだ。


「たくさんの人が君を守り育ててきたんだよ」

 玄さんの言葉は、なんだか胸に染み込んでくる。

 オレの根幹を支えるナニカに言葉が注がれる。


「君は、みんなの大事な息子なんだよ」


 なんだかうれしくて、照れくさくて、胸の奥が熱くなる。


「君が元気でしあわせであればそれでいいと、皆さん願っているだろうけどね。

 もしできるなら、感謝を返しなさい。

『いつもありがとう』と、言葉で、態度で示しなさい」


 具体的にやるべきことを教えてもらって落ち着いた。

「ハイ」と返事をしたら、玄さんは頭をなでてくれた。




 推薦入試に必要な書類は無事に完成し、期日までに無事提出できた。

 試験もなんとかなって、みんなよりも一足早く合格が決まった。


 春になったら高校の制服を着てあちこちに挨拶に行こう。

 家族で写真を撮ろう。


 仏壇の前で写真に向かってそう話しかけた。

 お父さんとお母さんが笑った気がした。

『霊玉守護者顛末奇譚 番外編』に続けて掲載しようかと思ったのですが、時系列がわかりにくくなりそうなので別にしました。

明日も投稿します。

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