犬神、親になる。
六つ尾の白狐______心和は呆れていた。
何に呆れているのか、目の前の惨状にである。
「お前には緋雨という名を与えよう。父様からの最初の贈り物だ、嬉しかろう?」
「ぅ……」
本来ここにいてはいけない小さな存在と、それに嬉々として話しかける犬神______黒。
めちゃくちゃやかましい。
「おい、黒。一体何を拾ってきた。」
「人間の赤子だ。心和様ともあろうお方が、この私に相談するまでに感覚が鈍ってしまったのか弟子として嘆かざるを得ん。」
「そんなことはわかっている。だが俺は、彼岸の秩序を保つ一角としてこの質問をしなければならない。」
「はぁ……面倒じゃのう。此岸と彼岸の狭間で拾った。箱のようなものに押し込められ、随分可哀想な赤子だった。今日から私が父だ。充分か?」
捻くれ者の黒はぴっと師匠である心和を睨み、赤子_____緋雨を抱き直した。
おそらく陰陽師の類が捨てた赤子なのであろうが、本来であれば此岸へと帰さなければならない存在だ。
しかし、黒のこの様子だと、それは至難の業である。
というのも、黒はこれと言ったら聞かない性格なのだ。
至急呼び出しているとある青年の説得を聞いて何かが変わるといいが。
「狐さ〜ん、犬神さ〜ん、至急の御用事を聞きに来たけど〜?」
噂をすればなんとやら。
青年がやってきた模様。
心和が屋敷に貼っていた"目隠し"と"通せん坊"の結界を解くと、ドタバタと騒がしく屋敷へと入る青年が1人。
結界を貼り直した心和は騒がしさを増した屋敷に頭痛を覚えながら返事をした。
「来たか、ヤエ様。突然だが、黒が拾い物をした。どうすればいい。」
「どうすればいい……ってえぇ!?!?赤ちゃんだ!?!?」
「赤ちゃんではありませぬ、名は緋雨と付けました。」
「犬神さんってば名を与えたの!?ありゃりゃ〜!!」
黒髪赤眼の青年______ヤエは、黒と心和を交互に見つめて大袈裟にため息をついた。
「多分白狐さんの言いたいことは察したけど、もう手遅れだよ〜。
此岸の産まれであれど、彼岸の産まれであれど、名を与えた名付け親が住む世界が彼岸であれば子も彼岸の住人となる。
白狐さんも犬神さんも、彼岸の内乱管轄だからそのへん知らないのも仕方ないよね、でもこの子は君たちが育てるしかないよ〜。」
その言葉に、心和の目は点になり、黒はにっこりと頷いた。
「どのようなしきたりがあろうと、最初からそのつもりにございます。拾った時から、緋雨の父親になるのは私だと決めていたのですから。」
「あぁぁ………嘘だろ……俺は人間の育てかた何ぞ知らぬ……。」
ヤエがふと緋雨へと視線を移した。
そして慌て始める。
「いやまあ育てるのは大変ではあるものの出来なくはないと思う!!でもまず先にご飯食べさせなきゃ死んじゃうから調達してきて!!てか何で衰弱してるのに気付かないの!?!?」
______黒も心和も、人間の赤子を初めて見たので、衰弱しているか元気なのかなんて区別ができないのである。
そんな子育ての子の字もわかっていない黒と心和に不安を覚えたヤエは黒の腕に抱えられていた緋雨を奪い取り、しっしと手を動かすのだった。