表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/5

第四話 痛みわからず


「洗脳をされた動物は命令に忠実だ。その結果、国に操られたあの熊は、命令されれば自らの体さえも躊躇わずに食らう」

 犬は目を背け、説明をした猿は青筋を浮き立たせる。

 熊は、振り上げた自分の腕を食っていた。骨を噛み砕く音が議場に木霊する。痛みを感じていないかのように、熊は無心となって自身に食らい付いていた。

 異様だ。

 異様と呼ぶ以外に、どんな表現があろうか。

「なんでじゃ……何故そんなことを」

「爺様」

 妻は笑った。子供のような笑顔で。

「どうしても、私を食った熊を許せなかった」

「……婆さん」

「あの後、私はこの世界に転生しました。最初はどうなってるのか、さっぱりで……。でも、時が経って、忘れなかった前世のことを少しずつ理解しました。それからは、熊に復讐する方法だけを考えて……生きてきました」

 筋肉の落ちた細い足で、伏せる熊の頭に乗せる。

「復讐するにはどうしたらいい? 熊を殺す? 熊を痛めつける?」

 ニヤリと、彼女は笑う。

「ちがぁう」

 それは人間と思えないほど不気味で、体がブルッと震えた。

「そんなんじゃあ、私の心は癒えない。スッキリしない」

 頭をぐりぐりと押し付け、熊はもう片方の腕を食い始めた。

「熊を人間様が自由に弄ぶこと。それなら私もスカッとすると思ったのですよ! いまだって、この高鳴り! 凄く気持ちが良いぃぃ! 最高に堪らないッ!」

 顔を朱に染める彼女は、両腕で自身を抱き締める。

「死んだら終わり……だから、そんな楽なことはしなぁい。何度も何度も痛ぶって、自由を奪って、一方的な命令に従わせて屈辱感を味あわせるッ‼︎ その為にはどうするか」

 高笑いをする。

「辿り着いたのが——『洗脳』」

 彼女は、自分の頭を横からぐりぐりと指を押し付けた。まるで脳に穴を開けるように。

「私は長い時間をかけて研究してきた! 洗脳の方法を!」

 眼鏡から覗く狂気の瞳。妻は踵の高いヒールで刺すように、痩せ細った熊の腹を蹴りだした。

 桃姫が知っている妻はあんなヒールを履かない。転生する前は、いつも使い古したシューズを履いていた。オシャレに金をかけなかったのに。

 もしかして、転生前から我慢をさせ続けていたのだろうか。だから、転生して、その気持ちが爆発したのでは?

「わしが婆さんの気持ちに気づいてやれなかったばかりに」桃姫はやりきれない気持ちになった。

「ほら見て! 腕を食っても痛みを感じない面。動物のくせに似合わない涙を流してる! おかしいですよね! 動物のくせに泣いてるのですよ?」

 様変わりをした妻の姿に、桃姫は言葉を失った。力なく議席に座る。

 優しかった妻。

 どんな時も美味しいご飯を作ってくれた。

 妻が握ったおにぎりはなによりも美味しかった。自分で握っても、形は不恰好だし、塩が効きすぎたり、味がなかったり、美味しくない。

 どうしてそんなに美味しいのかと尋ねると、


『真心が入ってますからね』


 綺麗な笑顔で答えてくれた。

 そんな彼女が、いまは心が醜く、顔も醜悪。

 ああ、反吐が出そうだ。

「——鬼だ。鬼がいる」

 妻の皮を被った正体は、きっとそんな名だ。

 彼女が鬼になった要因に自分も含まれているのかもしれない。だから自分が選ばれ、この世界に転生したのか。

 そう考えると、胸につかえていた黒いものがストンと落ちた。

「犬と猿よ、手伝ってくれるか」

 桃姫は立ち上がる。

「国という名の鬼退治じゃッ!」

「メンソォォォォレエエエエエエエ‼︎」

 犬は鳴く。遠くまで聴こえるように。

「鬼ヶ島にいる奴らもまた、国に操られているに過ぎない。最初から我は言っているだろう。狙うは、国の首のみで十分だと!」

 刃のように鋭い眼差しで、猿はリボルバーを構えた。

「鬼の首を討ち取れぇぇ!」

 気持ちを奮い立たせるように叫ぶ桃姫は、腰元に手を伸ばす。その場面に必須なアイテムを持つ為に。だが、何度探しても手は空気を掴むだけ。

「あれ?」

 腰元には半分なくなったきびだんごの麻袋のみ。

「刀がなあああああああいッ!」

 鞘すらない。

 どうやって戦えと?

「ひゃー!」

 後ろに隠れていた熊達が、桃姫達を一斉に襲う。

 武器もなしに焦る桃姫は紙一重で爪を避けた。

「嬢ちゃん! いつまでも逃げてんじゃねえ! 戦え!」

「猿さん! 猿さん! わしは気付いたんじゃよ、刀がないってな!」

「お前の筋肉はただの飾りかっ!」

「今更さん付けすな!」回避能力に長けた桃姫に呆れながら、猿は叫んだ。

「無駄に発達した筋肉をどう扱えと⁉︎ 言っておくが、わし、生後一日じゃからな! 一日じゃからな! あんま文字を書きたくねえっつー理由で一日じゃからな!」

「グッドラック! なんちゃらブレスユー」

「うっせえ! クソ犬!」

 クワッと桃姫は睨みつけた。

「ぎゃああああああ!」

 強靭な右腕で、熊に吹っ飛ばされる桃姫。

「壁えええええ! 近いいいいいいい! 死ぬううううううう!」

 迫り来る、絹布が貼られた立派な壁。

 この勢いのまま壁にぶつかれば怪我だけでは済まないだろう。だからといって、筋肉に特化しただけで、ただの人間である桃姫には、スピードを緩める方法は持ち合わせてはいない。

 目を閉じ、死を覚悟した。

「桃ちゃん、少しくらい戦いましょうよ。戦線離脱するの早すぎ。それに、その筋肉があれば簡単に死なないから」

 帯に軽い衝撃。そして、宙に浮く感覚。

「キジか!」

 桃姫がバッと見上げると、そこには地味な茶色のキジが帯を掴んだまま飛んでいた。必死に翼を羽ばたかせるが、やはり桃姫は重たいようで徐々に落ちていく。

「メスッ」

「メスで悪いのかい⁉︎」

「いだだだだだだ」

 床に下ろされると、嘴で頭を突かれる。

「桃ちゃんは立派な筋肉でがむしゃらに戦えばいいの!」

「はい」

「声が小さい!」

「はいっ! ごめんなさい!」

 ぴえん。



 そして、桃姫、犬、猿、キジは力を合わせて熊を倒し、残るは妻一人となった。

「……」

「……」

 お互いに口を閉じ、黙ったまま。

 そして、妻は細い両腕を挙げる——降参の合図だ。

「参りましたよ」

 それを見た桃姫は、息を吐く。

「婆さん、もうこんなことをしないと約束してくれ」

「どうしてですか? もしかして、爺様は私が死んでよかったと? 熊に食われてよかったと?」

「違うッ!」

 力強く否定。怒りと悲しみを帯びた瞳が妻を捉える。

「何故じゃ、婆さん。こんなことをしても悲しいだけじゃて。なんも解決はせん。そうじゃろ? 本当はわかっとるんじゃろ?」

「解決? そんなもの初めから求めてなどいませんよ! あんなところで、あんなふうに……死にたくなかった! 病気で死ぬのは仕方がない。交通事故でも、嫌だけど仕方がない。でも、食われるのは絶対に嫌だ! 人間は捕食する側なのに……どんな時も食う側なのにッ、何故食われなければならんのですか⁉︎」

 死ぬ間際の記憶が脳裏に浮かんでいるのか、妻は声を震わせた。

「あんな怖い思いをして、痛い思いをして、何故死ななければならないの? 熊さえいなければ私は死ななかった! いまもまだ爺様と一緒に暮らせていたかもしれない」

「そうじゃな。わしも婆さんと共に生きたかった。だが、それを言ってしまえば、皆そうじゃて。動物達も人間さえいなければと思っとる」

 桃姫はちらりと犬、猿、キジを一瞥した。

「皆、生きとる。わしも、婆さんも、ここにいる犬、猿、キジも。皆、死にとうないんじゃ。必死に生きていたいんじゃて」

「生きたい? 動物が?」

「動物にも感情はある。熊もまた自分の体を食らいたくはなかったじゃろう。わしも嫌じゃ。自身の体を食らうのは、悲しすぎる」

「爺様。長い時を共に生きましたが、私らは分かり合えません。だから——」

 妻はゆっくりと桃姫に近づいた。手を挙げたまま、ゆっくりと。

「爺様」

 前世の時に聴いた声。

「爺様」

 優しそうな声。

 優しそう、な。

「爺様ぁ」

「なんじゃ」

「私の為に」

 かんざしを手に取る。

「死んで?」

 そのままオレンジ色のかんざしを振り下ろした。

「痛ッ!」

 首に刺さるかんざし。

 しゃらりと装飾が揺れる。

 桃姫は、咄嗟に首を押さえながら後ずさった。

「婆さん……⁉︎」

「私、まだ試してないことがあります」

 かんざしを抜こうとする手が止まる。

「人間に対して、洗脳したことがないのです」

 ニッコリ微笑む彼女を見て、ゾクッと背中に悪寒を感じた。それは動物達も同じようだった。

「身内なら、いいですよね? 爺様」

「婆さん……!」

 痛覚で顔を歪める桃姫。それを見た妻はうっとりとし、喜ぶ。実験ができてよかった、と。

「実は、そのかんざしには洗脳する薬が入っていたのです。それを刺したら、薬が体内に入り、脳を壊す。そうすれば私の都合の良いお人形さんの出来上がり」

「ごめん、婆さん……ごめん」

「今更謝って、なんのつもりですか? ここまで追い詰めた私に謝罪?」

 高らかに笑った。

 面白そうに、ずっと笑った。


もし気に入っていただけましたら、評価【⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎】をしてもらえると嬉しいです!

作者のやる気に直結します!

宜しくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ