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明日の天気は  作者: アライ
6/10

第2章 直樹(1)

 

『新型コロナで仕事なくす

 カード詐取疑いで女逮捕』


 ――高齢女性からキャッシュカードをだまし取ったとして、神奈川県の高津署は5日、詐欺の疑いで自称埼玉県志木市、派遣会社社員佐藤真由美容疑者(44)を逮捕した。同容疑者は容疑を認め「新型コロナウイルスの影響で仕事がなくなり、収入を補うためのアルバイトだった」と供述しているという。


 逮捕容疑は、氏名不詳者らと共謀し、同日、川崎市高津区の80代の無職女性からキャッシュカード2枚をだまし取った、としている。


 署によると、女性宅に昼すぎ、区役所職員や銀行員を名乗る人物から「医療費の還付金がある」「口座に振り込むので口座番号を教えてほしい」などとうその電話があった。同容疑者は銀行員を装って女性宅を訪れてカードを詐取した。


 同容疑者は調べに対し「新型コロナウイルスの影響で派遣会社の仕事がなくなり、収入を補うためにツイッターでアルバイトの募集を見て申し込んだ。途中でおかしいと気付いたが、脅されて指示に従ってしまった」と供述。「だまし取ったキャッシュカードで口座から数十万円の現金を引き出した」とも話している。――




「新型コロナ」「カード詐取」の文字が目に留まり、鈴木直樹は梱包作業の手を止めた。地元の新聞の社会面。「ベタ記事」と呼ばれる小さな扱いの事件だった。


「いくらコロナで仕事がなくなったっていっても、詐欺なんかしちゃ駄目だよ」


 普段はあまり新聞を読まない直樹だが、新型コロナウイルスが影響したニュースにブツクサと独り言を言いながら目を通した。


「『氏名不詳者らと共謀』って詐欺グループは捕まってないんだろ。この人、騙されて受け子にされたんだよ。受け子が捕まっても詐欺グループは捕まらないようになってんの。受け子は使い捨て。これじゃ詐欺はなくならないよ」


 記事を読み終えた直樹は、この犯人について考えていた。


「途中で気づいたのに脅されてたんだろ。ある意味、この人も被害者なんだよな。44歳で逮捕されて。この先、生きていけんのかな」


 こんなに気になるのは容疑者が自分と同じ年代、被害者が母親と同じ年代だからかもしれない。


 目の前にある紙面に母親の顔が浮かんできた。なんとなく心がザワザワする。



 直樹は新聞紙をクシャクシャに丸めて、段ボール箱に詰めた。フリマアプリのメルカリで売却した中古のゲームソフトを発送する準備をしていたのだった。


 壊れてしまったゲーム機のソフトだから、あまり使用していない状態で出品した。販売数が少なくレアなものだったので思いのほか高値で売れた。販売手数料や配送料を差し引いても、ソフトがもう1本買える値段だ。


 直樹は気持ちを切り替えて、丁寧に梱包した。



「母ちゃん、新聞ありがとう。コレ、廊下の新聞整理袋に入れちゃっていいの?」


 先ほど、母親の節子に「梱包材として新聞紙もらうよ」とことわったら、テーブルに置いてあった今日付けのまだ読んでいない新聞を渡されたのだ。


「うん、もういいよ。最近あんまり新聞読めないからねぇ」

 今年で80歳になる母親は近頃よく「新聞を読むのが疲れる」とこぼしている。


「じゃあさ『小さすぎて読めない!』で有名なルーペとか、買ってみる?」

「キャッ!」

 突然の甲高い声に何かあったのかと思って見てみたら、母親が椅子から立ち上がり両手を広げていた。どうやらコマーシャルの真似をしたようだ。

「母ちゃんの体重じゃ、頑丈なルーペでも壊れちゃうよ」

「あ、それセクハラになります」

 直樹は「はぁ? 何ソレ」と言って笑った。


「でもルーペはいらないよ。ニュースはテレビで見ればいいから」

「だったら新聞とるの、止める?」

「ううん、止めない止めない。新聞紙は色々使い道あるからね」

 確かに母親は野菜を包んだり窓ガラスを拭いたり、おばあちゃんの知恵よろしく新聞紙を家事のもろもろに使っている。

 新聞代もバカにならないはずだが紙としての使用価値はある。最後に古紙回収でトイレットペーパーにもなるし。まぁ、いいか。


「じゃ、メルカリ出しにコンビニ行ってくるから」


 直樹が住むのは地方の県庁所在地でもない市で、普通の田舎。最寄りのコンビニに行くのも車で10分かかる。


  車を運転しながら直樹は詐欺のニュースを思い出していた。


 別に働かなくても稼ぐ方法はいくらでもある。何も犯罪に手を染めなくても、世の中なんとかなるものだ。


 このメルカリだってそうだ。自分には必要なくなったものが、別の人には高額のお金を払ってでも欲しいものだったりする。

 メルカリはネットオークションとは違って自分で値段を決められるから、状況を見極めれば元値より高く販売できるのだ。


 直樹は決して良いこととは思っていないが、「転売ヤー」と言われる人たちは市場の情報感度が高いと感心している。

 今回の新型コロナウイルスの騒動でも、衛生マスクをはじめ除菌グッズやトイレットペーパーがいち早く高額で出品されていた。まさかそんなものが売れるのかと思っていたが需要があったのだろう、次々とSOLDになった。

  市場を的確に判断してスピーディーに動く。すべての商売に通じるのではないか。さすがに衛生マスクはメルカリで出品禁止になったが。



  直樹はいわゆる「仕事」をしていない。しかし、無収入ではない。

 動画配信サービスのYouTubeで、ゲームの実況をする動画を作成している。いわゆるゲーム実況系YouTuberだ。


 今やYouTuberは小学生の「なりたい職業ランキング」の上位にくるほど人気の職業だ。有名YouTuberのなかには広告収入で年間数憶円も稼ぐ強者もいる。


  動画配信のジャンルはさまざまあるが、一大市場となりつつあるのがゲーム実況動画の分野だ。


 もともとゲーム漬けの毎日を送っていた直樹も「ゲーム実況で一旗揚げてやる」とYouTuberを目指した。

 アクション系のゲームの腕には自信があったから、必ず成功すると過信していた。


 まず、直樹は動画編集をするためにキャプチャーボード、高性能のマイクやイヤフォンなどパソコン周辺機器を揃えた。

 ヤフオクやメルカリを利用してなるべく安く抑えようとしたが、初期投資はそれなりの金額になってしまった。


 ゲーム実況は面白いが動画編集は根気のいる作業だった。最初は勉強しながら、何度もやり直して丸2日かかった。

 完成した作品は我ながら上出来だと思ったが、まったく再生されない。立て続けに3本アップしたが再生回数はまったく伸びない。

 初めての報酬金額は十数円だった。驚愕。いくら何でも費用対効果が悪すぎる。初心者はこれに気づいて撤退する人も多いだろう。


 だが、直樹は違った。ゲームをするのはもちろんだが、動画を編集することが楽しくなってきたのだ。

 もっと再生回数を増やすには。ない知恵は絞れないので、ネット検索したり先輩実況者を研究したりした。


 そこでゲームにキレるというキャラ設定をして、実況中はテンションを高めてツッコミまくった。普段はボソボソしゃべるクセのある直樹は、意識してワンオクターブあげてハキハキ話すようにした。


 すると少しずつ見てくれる人が増え、チャンネル登録者が1000人になり少しずつ稼げるようになってきた。不安定ではあるが月に数万円程度。


 大手実況者の足元にも及ばないが、動画でお金を稼ぐのだから立派なYouTuberだ。これで「ゲームをしているただのニート」という後ろめたさはなくなった。

 ただ初期投資した費用を回収できたかというと…あまり自信はないが。


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