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明日の天気は  作者: アライ
5/10

第1章 真由美(5)

 土曜日だし夜も遅いし、アルバイトの返事は週明けになるかと思ったが、応募から30分も経たずにメッセージが届いた。


[ご応募ありがとうございました。

佐藤真由美様を採用させて頂きます。

  一緒にがんばりましょう。]


 あまりにもあっさり採用され、ちょっと拍子抜けした。

 まずは連絡用に専用のアプロをダウンロードするようにとのことだった。さっそくダウンロードして「よろしくお願いします」とメッセージを送った。


 するとすぐに、身分証明書を作成するので顔写真を送って欲しいと返ってきた。しかも正面の写真だけだと本人の確認がしづらいので上下左右から撮影した写真、計5枚が必要ということだ。

 スマホで自撮りするのは苦手だが、身分証ならば仕方ない。わざわざ駅前に行って証明写真ボックスで撮ることを考えれば、時間も料金もそれほどかからない。


「うーん。上からならこんな私でもちょっとはかわいく撮れたけど、下からだと二重あごになって太って見えるなぁ…」

 一瞬、画像を修正することを頭がよぎったが、写真と本人が違うと言われるのは嫌なのでやめておいた。

 結局、自分の写真5枚を送るのに、化粧などの支度を含めて2時間もかかってしまった。それでも「3万円」と思えば、苦ではなかった。



 次の日、正式な採用通知書と共に身分証が速達で送られてきた。この会社は仕事が早いな。ふと、疑問が湧いた。

「この会社ってどこにあるの?」

 封筒にも書面にも住所や電話番号が明記されていない。


「連絡をとる手段ってアプリだけ?」

 急に不安に襲われた。確かめないと。

 身分証が届いたお礼と、直接ご挨拶がしたいので電話番号を教えて欲しいとメッセージを送った。


 [ご丁寧なメッセージ、ありがとうございました。

 ご不安になるお気持ちは分かります。

 詳しくはお伝えできませんが、弊社は重要機密を扱っております。

 試用期間内は住所や電話番号はお教えできません。

 正式採用となるまでアプリでのご連絡となること、ご了承ください。]


 重要機密を扱うのか。確かに向こうにとっても私は得体の知れない者になる。試用期間が終われば教えると言っているんだし、大丈夫かな。

 対応の早さや返答の丁寧さに、疑惑は薄らいでいった。


 初仕事は応募してから3日後だった。朝9時ごろに突然「今日の11時に仕事がある」と連絡がきたので真由美は慌てた。

 内容は東京・日比谷にある事務所で書類を受け取り、秋葉原の事務所まで届けるというもの。詳細は追ってアプリで連絡するとのことだった。

 念のためスーツに着替え、前日に送られてきたアタッシュケースを持って家から出た。


 [11:00 地下鉄日比谷駅A4出口にお願いします。]


 日比谷駅には20分以上前に着いた。新型コロナで自粛要請が出たとはいえ、駅前は人通りが多い。

 11時ちょうどに指示がきた。事務所の住所ではなく、交差点を右折して、カフェの所を左折して、という行き方が書かれていた。


「住所送ってくれればGoogle Map見ながら行くのに」

 地図を見るのが苦手ではない真由美は少しイラついた。だが、これもテストの一環なのかもと思い直して、指示通りある雑居ビルに着いた。


  [階段で5階へ行き、非常扉の前で待っていてください。]


 エレベーターあるのに。息を切らして5階に着くと、真由美は深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。すると背の高い50代くらいの男性が扉から出てきた。濃い紺色のスーツに髪型は七三分け。いかにもビジネスマンっぽい。


 真由美は「リモーターから参りました、佐藤です」と名乗り、身分証を提示した。男性はうなずき、無言でA4サイズの茶封筒を渡してきた。

「承りました…」


 真由美は、美人の秘書に案内してもらい立派な応接室で受け渡し、というのを勝手に想像していたため、あまりの違いに手にある茶封筒をじっと見つめていた。

 薄い。札束ではなさそう。ちょっと考えすぎだったか。


 男性がアタッシュケースを指さす。真由美は慌てて封筒をケースにしまった。男性が一礼する。最後まで、話す気はないらしい。真由美もお辞儀をして階段を下りた。


 秋葉原駅への移動は電車という指示だった。有楽町駅まで歩き、JR山手線で3駅。 電車の中で、男性がひと言も話さなかったが大丈夫だったかとメッセージを送った。


 [問題ありません。

 どこで盗聴されているか分からないので、

 見ず知らずの方との会話は控えているのでしょう]


 なるほど、重要機密っていうのは大変なんですね。

 秋葉原駅の電気街口から出ると、先ほどと同じように案内され雑居ビルに着いた。同じように非常階段で男性に茶封筒を渡す。男性が話さないのも同じだった。


「これで3万円?」

 荷物を届けるのに1時間もかかっていない。もっと言えば家を出てから帰るまでを考えても3時間かからない。あまりにも手応えがなかった。

 まるでこちらの気持ちが読めるかのように、帰りの電車の中でメッセージが届いた。


 [ご苦労様でした。任務完了です。

 先ほど口座に3万円を振り込み致しました。

 ご確認ください。]


 最寄駅に着き、構内にあるATMで通帳に記帳した。入金欄に30000と印字されている。

「ほんとに、もらえた」

 もう他のアルバイト、しなくていいかも。月に10回くらいできれば、派遣での仕事よりよっぽど稼げる。いや、1日で10万円もありえるのだ。


 真由美は振り込みを確認したことと、仕事のお礼をメッセージで送った。そして「なぜこんなに高額な給料を頂けるのですか」と率直に聞いてみた。


 [国家機密を守るためには大金が動くのです。

 その手伝いをするのですから、当然の報酬なのです。]


 これは重要な仕事なんだ。これは当然の報酬なんだ。

 暗闇だった人生に光が射してきた。まるで〝天使の梯子〟のようだ。

 雲の切れ間から太陽の光が漏れて地上へ降り注いでいるように見える、薄明光線と呼ばれる気象現象だ。



 次の仕事は、その2日後にきた。

 しかも、これが成功すれば試用期間が終わり、正規メンバーになると任務完了するごとに報酬が1万円ずつアップするという。夢のようなプログラムだ。


 スーツに着替え、髪を後ろで一つにしばり、ナチュラルメイクをした。鏡を見ながら真由美は「よしっ」と気合いを入れた。

 今回の依頼主は「極上」のため、就活の面接に行くような格好というオーダーだった。


  [15:00 東急田園都市線二子新地駅にお願いします。]


 二子新地駅に来るのは初めてだ。駅前に商店街はあるものの、少し離れれば住宅街。立派なベッドタウンだった。

 こんな所に「極上」の会社などあるのだろうか。


 15時ちょうどにメッセージ着信。例によって「右折して直進」など指示通りに歩くと、多摩川に近づいてきた。

 目的地は庭に鯉が泳ぐ池があるような立派な日本家屋だった。会社ではなく自宅だったのか。大きな門扉を目の前にして、ちょっと緊張してきた。


  [呼び鈴を押してください。]


 ピンポーン。いよいよだ。スマホをしまおうとして、手が止まった。


  [神奈川銀行の佐藤と名乗ってください。]


 画面の文字を疑った。銀行って何? これって詐欺じゃない?


「はいはい。どちらさま」

 ガラガラと引き戸の玄関から、80歳過ぎくらいの女性が出てきた。

「あの、私、か、神奈川、銀行の…」

 だめ。言っちゃだめ。のどが苦しい。

「はいはい。お待ちしておりましたよ」

 いかにも人のよさそうなおばあちゃんは、疑いもせず真由美を迎え入れてくれた。

「いや、あの、ち、違います」

 どぎまぎして上手く話せない。

「はいはい。あんまり時間がないのですってね。これね、よろしくお願いしますね」

 高級そうな花瓶が飾られた下駄箱の上に置いてあった、白い封筒を差し出した。

「4桁の数字もね、忘れないように書いた紙を入れてあるから」

 それって暗唱番号? これってキャッシュカード?

 だめだ。受け取っちゃだめだ。

「わ、わざわざ、ご丁寧に、あ、ありがとうございます」

 ナニイッテルノ、ワタシ? 

「はいはい。あとね、こんな大変な時にね、こんな所まで来てくれて、ありがとうね。これ、よかったら食べてね」

 小さなミカンを2つ、手渡してくれた。おばあちゃんの手は小さくてシワシワで、温かかった。

「あ、ありがとうございます」

 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

 もう、おばあちゃんの顔を見られなかった。逃げるように外へ出た。


 震える手で文字を打つ。


 [詐欺じゃないですか!

 これは犯罪です。

  もう辞めます。]


 騙された。早くどうにかしないと。


 ピロン。メッセージではなく、画像が来た。

「ひぃっ!」

 女の人の裸。思わずスマホを隠した。

 いや、私だ。私じゃないけど、私だ。恐る恐る画面を見る。やっぱり、私だ。

 身分証用に送った写真が使われている。上目使いをした真由美の顔に、下着をつけずにベッドに横たわる、みだらな裸体が合成されていた。


  [どうなるか、分かる?]


 違う。私じゃない。でも私だ。

 やめて。やめて。やめてー。

 怖くなって走った。泣きながら走った。

 もう自分がどこにいるか分からない。



  [ATMで全額引き出せ]


 画面の中で、私は全裸で顔を右に向け、男根をくわえようとしている。


  [現金を駅のコインロッカーへ入れろ]


 画面の中で、私は全裸でこちらを見下ろし、両手で胸を揉みしだいている。



 お願い。もう許して。

 真由美は祈る思いで、コインロッカーの鍵を閉めた。


「すみません。ちょっとお話伺ってもいいですか」

 振り向くと警察官が2人立っていた。

「いや、あの、えっと…」


 〝天使の梯子〟は外された。


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