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第23話 じりじり、ずるずる

「どうして畑を荒らしていたんですか?」


 熊を追い払って任務完了!


 としてしまっても良いのかもしれないけれど、それで終わらせたくはなかった。理由をはっきりさせて、畑を荒らさないように説得したい。でも、熊は何も言わない。口をぐっと引き結んで、こちらを見ているだけだ。


 じっと待っていたところで、何かを話してくれる雰囲気ではない。私はいきなり本題に入ったことに問題があったのかもしれないと、自己紹介から始めることにする。


「じゃあ、名前を聞いても良いですか? 私は吉井瀬利奈です」


 にこりと笑って尋ねると、ツキノワグマだった小柄な女の子が困ったように口を開いた。


「ハナです」


 小さな声で名前が告げられ、私は握手を求める。ハナさんがおずおずと手を伸ばし、私はその手をがしっと握る。ぶんぶんと勢いよく握手をしてから、私はハイイログマだった大柄な女の子を見た。けれど、彼女は黙ったままだ。


「名前教えてあげて」


 ハナさんがツンツンと隣にいるハイイログマだった女の子をつつく。


「ヤナギ」


 私はぼそっと答えたヤナギさんとも握手をしようとしたけれど、彼女はそれを拒否するようにハナさんの上着を引っ張った。そして、ハナさんを引きずるようにして後ずさる。


 彼女は、どう見ても私を警戒していた。さっきまでがおーと威嚇しまくっていたとは思えない様子で、ヤナギさんがじりじりと下がり、ハナさんがずるずると引きずられていく。


 じりじり、ずるずる。

 繰り返すたびに、二人の姿が遠くなっていく。


 あ、これ逃げるヤツだ。

 何も話さずに逃げるヤツだ。


 二人を捕まえるべく一歩踏み出すと、いつの間にか私の後ろまで来ていたセレネさんが飛び出して二人の肩をがしりと掴んだ。


「はーい、ストップ。お話、しようねえ。あたしの車壊したことについても聞きたいし」

「やだっ。話すことなんかないもん」


 ヤナギさんが眉間に皺を寄せる。けれど、問答無用とばかりにセレネさんが言った。


「さあ、瀬利奈ちゃん。質問どうぞ」


 私は、遠慮なくこの騒動についてお話を聞かせてもらいますよと意気込む。だが、喋ることはできなかった。


「そっちが悪い」


 むすっとした顔でヤナギさんが言う。


「え?」

「ヤナギちゃん、謝ろうよ。こっちだって悪いし」

「やだっ。私は悪くないもん。謝りたければ、ハナだけ謝ればいい。もともとは猫のせいなんだよ? 私は脅したら猫が来なくなるかもしれないって思って畑を荒らしただけだし、謝るのは猫の方だもん」


 悪者は熊だと思っていた私の頭の中が霧に包まれる。


 この騒動の発端が猫だなんて聞いてない。

 いやいや、熊の責任転嫁なのか。


 畑を荒らした原因はもやもやとした何かに覆われて、実体がよく見えない。私は、唐突に始まった内輪もめに疑問を投げかけることで問題を解決することにする。


「えっと、話がよくわからないんですけど、もともとは猫のせいってどういうことですか?」

「猫が熊の国に罠を仕掛けたから、こうなった」


 ヤナギさんが不機嫌そうにこちらを見る。


「罠?」

「そうだよっ。そっちが先に罠を仕掛けて熊を捕まえようとしたから、仕返ししただけだもん。ハナだって、罠にかかって怪我したんだから。だから、そっちが悪い」

「ヤナセちゃんってばっ。私たちだって畑を荒らしたりしたし、謝らないと」

「悪くないっ! 絶対に猫の方が悪い」


 肩を掴んだセレネさんから逃れようとするようにヤナセさんがバタバタと手足を動かしながら、私の後ろをにらみ付ける。つられるように振り向くと、そこにはルノンさんが立っていた。


「罠の件は間違いです。そちらの国の責任者にもお話しましたが、私たちは罠を仕掛けたりしていませんよ」

「猫の国との国境近くにだけ罠が置いてあったんだよ? 猫以外ありえないし、もし猫じゃないとしたら誰が仕掛けたって言うのさ」


 ヤナギさんがぷんすか怒りながらルノンさんを指さす。 


「罠については調べてはいるんですが、まだわかりません」

「わかんないなんて言って誤魔化そうとしても無駄だから。国境付近を見回りしてた熊が猫の姿を見たって言ってたし」

「そんなことを言われても、猫はわざわざ揉め事の種をまくようなことしませんよ。争い事なんて面倒じゃないですか」


 熊の前じゃなかったら煩わしそうな顔をしたんじゃないかと思うけれど、ルノンさんは村長らしく神妙な顔を崩さない。――言葉はややぞんざいだったけれど。


 それにしても、基本的に猫は面倒事が嫌いなようだ。

 穏便に、平和に、気ままに暮らしたいという気持ちが前面に出ている。でも、熊はまだ納得していないようで、ハナさんが静かに言った。


「じゃあ、罠は誰が仕掛けたんですか?」

「先ほどもお話した通り調査中です」


 でも、だって、なんで。


 ルノンさんの言葉にヤナギさんが食いついて、話し合いは進まない。堂々巡りというヤツだ。セレネさんは早々に飽きてしまって、熊を解放して座り込んでいる。乙女も隣で欠伸をしているし、アシュリンさんに至っては車に戻っていた。


「あのー、とりあえずハナさんの手当てしませんか?」


 ぐるぐる回って進展のない話し合いをどうにかすべく、私はハナさんの足を指さした。


「人間にハナを触らせるなんて、絶対にやだ」


 ヤナギさんが信用ならないという目で私をにらみながら、ハナさんを抱きしめる。


「人間が嫌なら猫でも」


 怪我の手当てが上手くできるかはわからないけれど、やる気はある。でも、私が嫌だと言うなら、猫にお願いしてでも手当てをしたいと思う。


「猫なんてもっと――」

「ヤナギちゃん」


 ハナさんがヤナギさんの言葉を遮る。そして、腕の中から抜け出して私の方へやってきた。


「手当てするほどじゃないと思うんですが」


 そう言って、ズボンをめくって靴下も脱いだ彼女の足には、縄の跡のようなものがついていた。


「そう酷くはないようですが、手当てしますね。車から救急箱を取ってくるので、待っていてください」


 ルノンさんが宣言をして車に向かう。

 そして、十分も経たないうちにハナさんの足首に包帯がぐるぐると巻かれることになった。

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