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8話「二の決意、そして少年少女は月を目指す」

「くぅー、くぅぅーー」


「寝てるね」

「寝てるな」

 ペトラのつぶやきにハルも眉をひそめて同意する。


 しっかり者というイメージのあったシノアが酔って寝るとは……。

 二人にとって不測の事態というやつだ。


「これ、どうしよう」

 ハルが気持ちよさそうになるシノアを見て困り顔を浮かべる。


「すいません、私は店長のアイザックと言います。ご足労おかけしますがシノアを送ってはいただけませんか?」

 そんなハル達を見て、老父が近づいて来る。この店の店長らしい。


「えっと、それは勿論。ただ場所がわからなくて」

「でしたら、簡易なもので良ければ地図を書かせていただきます」

「あ、お願いします」


 少しして店長から手書きの地図を貰う。

「お客様……シノアのことを頼みます」

「はい」

 頼むと言われるほどのことだろうか。少し疑問を浮かべながらしたハルの返事は曖昧なものだった。



 ☆



「ここ、だよな?」

 地図に示された場所までハルとペトラは来ていた。


 現在シノアはハルが背に背負っている。

 ハルの今の筋力スなら、睡眠中でもシノア一人なら軽々しく持ち上げられる。


「うーん、見た感じそうだと思うけど」

 ペトラも辺りを見渡して、疑問を抱いた。


 ここは言ってしまえば貧民街。シノアのような人物が住むような場所とは思えない。


 コンコン。

 2回ほど、古びたドアをノックする。

 ドアにはカビやら汚れやらが相当量付いている。


「はーい、何の用ですかニャ……って!」

 はーいと返事しながら出てきたのはダルタニャンだ。


「っ!なんでダルタニャンさんがここに」

「こっちこそ、寝てるシノアは連れてニャニする気だったニャ!」


「あの、わたしもいるから。変なことないからね!ただ酔って潰れたシノアさん運びに来ただけだから」

「あ、ペトラもいたのニャ」


「ダル姉さん、どうしたの?」

「あー」

 玄関の奥の方から声が聞こえて来る。声に反応してピクリと一度耳が動く。

 そのあと「あー」と間延びした声がおわってから閃いたように耳が再び動く。


「セリカもちょっと来てくれるニャ!」

「え?うん」

 少し戸惑いながら、一人の少女が姿を現す。


 真っ白な髪と耳。赤い瞳というシノアと似た特徴を持つ少女だ。

 髪と耳、背丈がシノアより短いので印象はかなり違うが。


 年はペトラと同じくらい、十二歳前後ほどに見える。


 そして、少女にハルの視線は吸い込まれ近づくにつれハルの鼓動は高まっていった。

 ついにハル達の眼前に来た時、ハルは息を飲んだ。それはペトラも同様で。


「えっと、シノア姉さんの妹のセリカだよ。こんばんは〜」

 控えめにひらひらと手を振りながら挨拶をしてくる。二人はセリカと呼ばれる少女に笑顔を繕って挨拶した。

「「こんばんは」」

「俺はハル、こっちはペトラ」


 ダルタニャンは真剣な目で、ハルとペトラを見ていた。

「シノアは預かるニャ!」


 そう言って寝ているシノアの体をあづかり、ダルタニャンはハル以上に軽々しく運ぶ。


 それに続きセリカも奥にいって姿が見えなくなる。


 ダルタニャンは一人戻ってきて、ハルの耳元に唇を寄せる。

「ハル、これからどうするかは任せる」

 ニャというあざとかわいい語尾もなく、感情がイマイチ掴めない声がハルの耳に残った。


 シノア家の玄関から出て、貧民街を出た二人は会話もなく歩いていた。


 二人とも考えいたのだ。セリカのことシノアのこと。


 セリカと呼ばれた少女。

 シノアによく似た少女。


 その少女の体のあちらこちらに黒い痣があった。腕、首、頰。


 二人とも理解していた。あの痣は暴力によるものではないと。

 黒いというのは比喩でもなく、真っ黒なのだ。ありえない皮膚の色だ。


 その黒い肌にハルもペトラも心当たりがあった。

 漆黒の痣はとある病気の特徴として有名だ。


 その病は『黒斑天(こくはんてん)』という。


「やっぱりセリカって子のあれは黒斑天だよなぁ」

 空を見ながらハルはおぼろげに呟いた。

「そうだね」


(薬とか相当お金かかってるだろうな。だから、あんな場所に住んであんなに働いて。でもーー)


 ーー黒斑天は不治の病だ。

 薬で症状を遅れさせることは出来ても完治することはほぼ不可能。死亡率は九割九分以上。


 死の病気と恐れられるのが黒斑天だ。


 ただ、一つだけ。たった一つだけ治す方法が存在する。


(『これからどうするかは任せる』か……)


「確か、あの病気って『天の雫(てん しずく)』で治るんでしょ?」

「そうだな……。十層のボスを倒せば一パーセント未満の確率でドロップする天の雫でな」


 ボスモンスターは十層ごとに存在し、並みのモンスターより遥かに強い。

 しかし、ボスとはいうが十層では戦わずとも上の階に行けるし復活(リスポンス)には丸一日掛かる。

 十層のボスは移動したり隠れたりするというのもよく聞く話だ。

 一層一層が町並みの広さを持ち入り組んだ地形のダンジョンでそんなモンスターを見つけるのはむずかしい。


 見つけにくさ、ドロップ率の低さ、加えてボスの情報も少ないというリスク。そもそも『天の雫』の存在は都市伝説という説もある。


 だからこそ十層のボスは基本的にスルーされるし、天の雫は市販には出回らない。

 もし出たとしても価格は村人の生涯年収の数百倍はある。


「あれはもう長くないだろうな」

 黒斑天があそこまで広がっていると言うことは余命はもう僅か。


 今ハル達はやっと六層に登ったところで、十層のそれもボスモンスターとなれば遠い存在だ。


 その上、少しの間ダンジョン出入り禁止。

 その上、ドロップ率一パーセント未満。


 普通に考えて無理だ。間に合わない。

 救おうと言うのならば危険な冒険を繰り返さなければならない。

 そんのリスクを負っても救える可能性なんて極小。


 何もかもを救えるはずがない。ハルは痛いほど知っている。自分の無力も現実も。


 二兎を追う者は一兎をも得ず。


 シノアの為の行動は、比してペトラを危険に巻き込む行為なのだ。


 まだシノアと付き合いができて日も浅い。妹のセリカに関してはさっき会ったばかりだ。



 でも、でもだ。


 (さっきセリカちゃんが人前に出るのを躊躇したのを俺は見た)


 (シノアさんが毎日朝から晩まで働いているのも、ずっと笑顔で冒険者達にやさしく接してるのも知っている)


 (それで十分だ)


 (英雄が人を助けるのには十分だ)




「ペトラ……俺助けたいよ。セリカちゃんの病気治して、シノアさんだって自由に」

「うん、わたしもおんなじ」

 ペトラは力強い笑顔で短く言った。その笑顔の決意をハルは受け取り頭を撫でた。


「目指せ、十層だね」

 後ろで手を組み感慨深くペトラが言う。


「さっさと帰って素振りしないと」

「わたしも弓矢の練習しよっと」


 帰り道の二人の足取りはだんだんと早くなっていた。一刻も早く強くならなければ使命感が二人を突き動かしていた。


「ねぇ、ハルお兄ちゃん。これから命がけで頑張るわけでしょ。シノアさんのために」

「まぁ。もちろんセリカちゃんのためもだけど」


「だからね。聞いていいかな?……」

「何を?」


「シノアさんのことどう思ってるのか、好き、なのか、とか」

 後半の方は照れたのか声が小さくなっていく。微笑ましいなーとハルはニンマリした後、一拍で真面目な顔になる。


「正直分からない」

「そっか」

 ペトラは軽く微笑んだあと立ち止まる。


「ねぇ、ハルお兄ちゃん。星、綺麗だね」

 空を指差してペトラは言う。

「確かにすごい綺麗だ。キラキラ輝いてて」

 夜空なんて見てるほど今までは余裕なかったからなーとハルは内心自嘲する。まぁ今も余裕などないが。


「でも、月も……」

「ーーうん、綺麗だね」


 二人は再び歩き始める。

 シノアをセリカを救うため。


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