7話「休暇、兎はいつも月を見上げる」
ワルズの消えた後、少しの間ハルたちは固まっていた。
ハッと気づいたようにハルがレイスを見て感謝を言葉にする。
「あの、ありがとうございました!」
「あ!わたしもありがとうございました!」
ハルが言うのを見てペトラも遅れてお礼を言う。
「……うん、怪我は?」
レイスはなんだか上の空のように歯切れ悪く返事した。
「えっと、シノアさんがさっき蹴られて」
「あの、兎人の人?」
「はい」
「そう。ハルもこれ」
ポーションを手渡される。
「えっ?」
「隠さなくて良い、遠慮も強がりもいい。動きでわかる。怪我」
この人には敵わない。ハルはそう思いながらポーションを飲んだ。
その後、レイスはシノアにポーションを渡して飲ましていた。
「あの!ハルさん、ペトラさん、そしてレイスさん。今回はご迷惑おかけしました!助けいただき本当にありがとうございます!」
シノアが立ち上がり三人を見ながら頭を下げた。
「いや!俺は全然。結局レイスさんにまた助けられましたし」
「それ言うならわたしは本当に何もしてない」
「あ、それよりレイスさんあの人追わなくていいんですか?」
(さっき捕まえて組合に連れてくって言ってたのに)
「あ。まぁ、組合に報告すれば大丈夫……だと思う」
レイスの意外な反応にハルはあっけにとられていた。なんだか上の空というかそんなレイスへの違和感がハルの胸を淀ませた。
「では組合へ行きましょう!」
シノアの合図とともに四人は冒険者組合へ向かった。
☆
「ふぁぁぁ」
「おはよー、ハルお兄ちゃん!」
「あぁ、おはようペトラ」
「そろそろ準備しないと集合に遅れるよ!」
「そうだな」
二人は剣を置いてギルドを出た。しばらく歩くと見慣れた白い耳を見つける。
「あ、おはようございます!」
「「おはようございます!」」
シノアもこちらに気づいて手を振りながら、近づいてきた。
「昨夜は本当にありがとうございました!」
「いや、全然全然!」
ハルは勢いよく手を右往左往させて否定する。
結果的に助けたのはレイスでありハルとしては感謝の言葉はむず痒いのだ。もっと言えば、自分の無力を思いされるというかそんな感じだ。
「レイスさんはやっぱり来てもらえませんでしか……」
シノアは少し寂しげに笑う。
「一応誘いはしたんですけど」
とほほとでも言うようにハルは頰を掻いた。
「そんなことより、早く行こうよ!シノアさんは夜から酒場の仕事はあるんだし」
三人は組合前から歩き始めた。本日三人はいわゆる休みだ。ただし、シノアは夜から酒場の仕事は入っているが。
昨日の一件を組合に報告したところ、目撃者はすぐに見つかった。それも複数でかなり信頼できるものだ。
しかし、戦っているところしか見ておらずワルズの非は証明出来なかった。
そのためハル・ペトラ・レイスはシャルルから事実が判明するまでの活動禁止を言い渡された。
そして現在、冒険者組合が調査を行なっている。そのため関係者であるシノアは組合での仕事が禁止されている。
ーーよって四人は暇なのだ。
シノアから昨日のお礼とお詫びをしたいと誘われ、ハルとペトラは来た。
一方、レイスは考え事があると言って断った。
三人がまず向かったのは武器屋だ。
昨日の戦いで形見でもあったハルの剣は折れた。ハルとしては形見が折れたというよりも守ってくれたと思っており、特に残念だったりはしない。
ともあれ、剣の新調は必須だ。
しかし、
(高い!相当妥協してるのに0が一つ多い)
(これは、ギルドから剣借りるしかないかな……)
ハルは剣の値段に驚いていた。今までハルが使っていた剣のレベルを求めると所持金より0が二つは多いのだ。
自分はかなり良い剣を父から貰ったのだという感動がハルの胸を叩いた。
「すいません、出来ればお礼にと思ってたんですが……私もあまり余裕がなくて」
「シノアさんもお金ないんだ!一緒だね!」
(そういえば、お金が苦しくて掛け持ちしてるって初めてあった日に行ってたっけ?)
「次は道具屋でも行きませんか?ポーションくらいなら買えそうですし」
シノアが人差し指を立てながらニコッとして言う。
「そうだね!」
「うん、行きましょう」
☆
「今日はありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
「いえいえ!助けてもらったので当然です!」
日は暮れ始め、夜が訪れようとしていた。シノアの仕事ももうすぐらしく三人は解散となった。
道具屋や服屋を周り、昼食は食べ歩きして三人は存分に楽しんだ。
「良かったら酒場よって行きますか?特別にまけますよ!」
シノアにそう言われてハルはペトラにチラリと視線を送る。
「ハルお兄ちゃん行こうよ!」
ペトラも行きたがっている。酒場『月ノ下』で夕食をすることになった。
「いらっしゃいませニャー!」
カランカラン。戸を開くと入店の音が酒場に響く。
すると、たちまちのうち甘えるような萌え萌えしい声で歓迎される。
店内はやはり酒場特有の賑やかで物騒な雰囲気に包まれている。
ギロ、ジロ、チラ、ジー。
酒場に入ると四方八方から視線をもらう。擬音の通り、自然の種類も様々。
そして、自然の理由だがのルーキーとしてハルの知名度は今ではそこそのものとなっているからだ。
この頃は組合でもよく視線を向けられる。、
ハルとしては慣れないもので、イマイチどんな顔をすればいいのか分からなず困っている。
「じゃあ、私は仕事に行ってきますね」
「はい、頑張ってください」
「ありがとうございます!では!」
シノア店内を早歩きして、奥の店員だけが入れるところへ消えていった。
ハルとペトラが注文を決めて、「すいませーん」と店員さんを呼ぶ。
そしたら、猫耳の店員が他の仕事を周りに押し付けて駆け寄ってくる。
「いらっしゃいませニャ!君、さっきシノアとこの店来たけど、どういう関係ニャ?」
「どういうって……」
(友達?知り合い?なんかどれも違和感がある)
「煮え切らないのニャー!デートニャ?付き合ってるのかニャ?」
「というか、わたしもいるんだけど!」
ペトラがひょいとひょいと跳ねながら存在をアピールしながら言った。
「ニャ!小さくて気づかなかったニャ!」
「な!むぅ〜」
ペトラは拗ねてむくれ出した。
「ダルタニャン。なに遊んでるんですか」
「シ、シノア」
酒場の制服に着替えたシノアが少し怒ったような笑顔で言う。
あ、これヤバイやつだとダルタニャンの体からは汗が流れ始めた。
「はぁ。はやく仕事に戻ってください」
ため息をついて、呆れたという感じにシノアは言う。
しかし、語気からは「しょうがいなぁ、もう」的なツンデレ的愛情が漏れていた。
「あ、そういえば名前、なんて言うニャ?」
仕事に戻ろうとする猫耳店員は振り返りハルに聞いた。
「ちなみに、私はダルタニャン=ニャースト。ニャ!」
「俺はハル=グリースです」
「わたしはペトラ=ルルカ!」
「あ、ちっこいのの名前は聞いてないニャ」
「こら、ダルタニャン!ペトラさんに意地悪したらダメです!はやく仕事戻ってください」
「はーいニャ!」
「えっと、じゃあ私も仕事に」
二人はそう言って仕事は戻った。
「ねぇ、ハルお兄ちゃん」
「なんだ、ペトラ?」
「注文してない」
「あ」
注文するために呼んだのにすっかり忘れてた。いや聞かずに帰る店員が問題か?
「すいませーん!」
「人、だいぶ減ってきたねー」
「うーん、そうだな」
そろそろ真夜中ということで客は殆どいない。意外にも冒険者で深夜まで酒を飲むものは少ない。毎日が過酷で余裕がないから酒自体は飲むが割とはやく帰るのだ。
「ハルお兄ちゃん、お酒ってどんな味がするの?」
ハルの飲むお酒を羨ましそうにペトラはみた。
「なんか、酒って感じの味」
「ハハ!なにそれ」
ペトラはくしゃりと屈託無く笑う。
「なんだろな」
ハルもつられてフッと笑う。
「シノアお客さん減ってきたし、あがったらどうニャ?」
机の片付けをするシノアにダルタニャンが言う。
「そう、ですね……たまには早く帰ってあげたいですし」
シノアの様子にダルタニャンはうーんと柄にもなく考え込む。
「私も今からあがって妹ちゃんの世話しに行くから、シノアはあの二人と飲むニャ!」
「え?でも悪いですよ。そんなの……」
「ニャー!たまにはわがままするニャー!誰かを頼るニャ!シノアは自分一人でなんとかしようとしすぎニャ」
遠慮するシノアにダルタニャンが叱咤する。
「ありがとう、ダルタニャン」
「ニャ!」
フンとでもいうように腕を組みながらダルタニャンはそっぽ向く。
「じゃあ、妹のこと頼みますね!」
「セリカちゃんとは何度もあってるし任せるニャ!」
「だから、シノアは今夜だけは何も心配せずに何も考えずにーー」
「ーー飲んで、歌って、楽しむニャ」
「本当にありがとね、ダルタニャン」
「シノアには恩義があるニャ。それに友達ニャから当然ニャ」
ダルタニャンは感謝されることに慣れないのか、照れ臭そうに否定した。
シノアはハルとペトラを見て、輪に入っていいものかと少し迷って悩む。
それでも、今日くらいはと一歩を踏み出した。
「ハルさん、ペトラさん仕事終わったので私も混ざってもいいですか?」
ハルとペトラはお互いの顔を見て笑う。そして返事する。
「「もちろん!」」
「じゃあ。改めて」
「「「かんぱーい」」」
コツン。三つのジョッキが音を立てた。