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第6話「魔法、VSワルズ=バークン」

「テメェこそ、なんなんだ?俺は今こいつと話してるところだ」

 酔いもすっかり冷めたようにワルズの呂律は意外にも回っている。でも、舌は回っても頭は酔いで回っていないのは致命的。


「シノアさんから離れろよ」

 ハルは今にも殴りかかりそうな声だ。


「ハルお兄ちゃんー!待って!」

 そんな剣呑な空気とは似つかわしくない少女の声が二人の火花を遮断する。


「ペトラ、危ないから下がってろ」

 頭を撫でながらもぶっきら棒な口調だ。普段のハルと比較すると現状の怒りがよくわかる。


 ペトラはなんと言うべきか、そもそもなにをするべきか少し分からず迷いが生じていた。


 ワルズとハル、両者が再び睨み合う寸前シノアが高速でハルの後ろまで動く。



 ワルズはそれを見てこんなことをのたまった。


「それで自分から離れたみたいだけど、これで文句はないだろ?英雄気取りのクソガキ」


「さっき、シノアさんの胸ぐらを掴んでたろ?謝れよ」

「あぁ、それはすまない」

 本当に悪いと思ってるのかワルズはシノアの方を向いて謝罪をする。


「は、はい!私はいいですよ」

 酒場の店員かつ冒険者の憧れである受付嬢をしてるのだから、絡まれることはよくある。

 だから、シノアは本心から構わないという気持ちだった。


 つまり、ワルズもハルも戦う理由もなくなり一件落着。

 ーーとはいかない。


「なぁ、クソガキ。お前はなんで冒険者をやっているんだ?」

「はぁ?……それは」

 突然の質問に一瞬戸惑いながらも、ハルは考え始めた。


 なぜ、自分が冒険者をするのか?


 今は生きるためなのかもしれない。

 しかし、それは適切な答えなのか。


 ハルは考えないようにしていた質問を投げかけられ深い思考を何度も繰り返す。


 答えは簡単だ。始まりは単純だ。

 英雄のように輝きたいと思った。それだけだ。


「今は生きるためもあるけど。本とかに出てくる英雄みたいに輝きたいと思って」


「チッ!そうかよ」


「おいクソガキ。今から俺が絶望(現実)ってやつを教えてやるよ」



 中指を立て不敵に笑うワルズの眼光は鈍く灰色に輝いた。


 褐色の腕が腰につけられた鞘から曲刀を引き抜く。刃は夜の街に一筋の光として銀と輝く。



 ハルとワルズの間は二メートル程だろうか。その距離をワルズは一足飛びで詰める!


(速ッ!!!)



 ハルの顔面を目掛けて曲刀が横向きに薙ぎ払われる。


 ハルは体を後ろに曲げて間一髪、その刃から免れる。


 しかし、体に強い衝撃が走る。

 瞬間、十メートル以上後方に吹き飛ばされる。

「がぁっ!」


 ワルズの上がった脚を見て、ハルは今のが蹴りによるものだと理解する。


 吹き飛ばされたハルが立ち上がり体勢を整える。


「っ!そっちがその気なら」

 ハルは剣を引き抜く。無論殺す気などないが、それでもこのままやられる訳にはいかないだろう。


 両者、敵へ向かい走り距離を詰める。瞬時、ワルズの間合い内の距離になる。


 ワルズは体を鞭のようして、曲刀を振るう。まるで体全てが一つの武器であるかのような流暢な動きだ。


 一方ハルは荒々しくも力強く振るった剣で、一撃を受け止める。鉄と鉄がぶつかり甲高い音が響く。


 鍔迫り合いの状態になり睨み合う。ワルズが力でハルを押しのける。


 最速最短を狙いワルズがハルを突く。


 回避はーー

 ーー間に合わない。 


 一撃はハルの脇腹に当たる。皮の鎧のおかげでハルはなんとか無傷だ。


 今度はハルが剣を振った。弾かれ、顔面を蹴られる。


顔面を蹴ったことで若干ワルズに隙が生じる。体勢が立て直される前にハルは攻める。


 それは最善手に近い。戦闘経験の浅いハルにしては上出来の選択。


 だが、良い手ゆえに読まれやすい。

 ワルズが軽く足払いして、ハルは冷たい地にその体を伏せた。


「なぁ、いいことを教えてやるよクソガキ」

 地面にうつ伏せになるハルの髪を掴みハルは不気味に笑う。


「お前は何が目的なんだ。なんでシノアさんや俺に敵対するんだよ?」

 ワルズの言葉を遮り、ハルはワルズをにらんだ。汚い手を払いのけゆっくり立ち上がる。


「それはーー、お前らを見てるとイラつくんだよ」

「ぐはっ!!あっぐっ」

 そう言いながらワルズは曲刀でフェイントをして左手でハルの腹を殴る。


「お前みたいな英雄なんて馬鹿なことを夢見てる脳内お花畑なやろうは特にな!」


(こいつはなんなんだ訳が分からない。でも、なんだかこいつだけには負けたくない)

 ハルからしてワルズは意味不明だった。それでも男として負けたくないという闘志は胸に燃えているのだ。


「知ってるか?冒険者ってのは利益しか考えてないクズの集まりなんだぜ?犯罪ギルドなんてのもあるしな」

 ワルズはハルを嘲笑するかのように言う。


「英雄なんていない。いたとしてもそういう奴は誰かを庇ってすぐに死んじまう」

 嘲笑から一転、不機嫌そうにかわり言葉を吐き捨てる。


「そんで庇われた誰かは、一生苦しんでいく。誰も救えない救われない」

 暗くワルズの顔に影が曇る。


「それがこの世界だ。英雄なんていねーし、なれねーよクソガキ」



 ワルズの話を聞いていたハルが口を開く。

「そんなことない!誰も救われないなんてことはーー」


 出てくる言葉は否定だった。実際理想ばかりじゃ生きていけないのだとハルも知っている。

 ハル自身失ったものだらけなのだから。


 それでもなお、英雄の光は確かにあった。


 芥子色の髪をした風の如しひとりの英雄を脳裏に浮かべてハルは思う。


 誰も救われないなんてーー

 英雄がいないなんてーー

 英雄になれないなんてーー


 そんなことはーー


「ーーない」



「……そうか、これでもか?」

「きゃっ!」

 ボソッと呟いたワルズは一瞬でペトラの元へ移動して曲刀を喉に突きつける。


「やめなさーー」

 ーーゴン!!


「ぐぁっ!ぁがっ……」

 シノアが止めようとすると蹴りですぐさま吹き飛した。



「あ、ハルお兄ちゃん……」


「お前、何をする気だ」


「さぁ?なんだろうな?救えるものなら救ってみるといい」


「ーーっ」


 こいつの目的はなんだ?分からない。

 どうすればペトラを救える?分からない。

 分からない分からない分からない。


 ハルは混乱して困惑して、滅茶苦茶だった。


 ワルズの剣が高く振り上げられる。

 世界がゆっくりと動いている。


 刹那の時間ハルは超思考に至っていた。

 時間が果てしなく遅く感じる。


 その刹那の世界で、胸にビリっとした痛みが走る。


『ハル、私はいつもここにいるから。大丈夫だよ』

 母の声がした気がした。母はとうに死んだというのに。


 リフレインされる思い出にハルは胸が裂けそうな苦しみを味わった。


 ーー胸だ、胸が痛い。


 ハルがそう感じていると、胸から青白い光がバチバチと音を立てて発生している。


 それは稲妻だとハルが気づいた頃には胸から右手へ稲妻は移動している。


 ハルは自分でも訳が分からないままに、腕をワルズへ向け一言唱えた。




雷閃(ライトニング)





 青白い電気は雷として空中を走る。


「うぐっ!」

 ペトラに刃が到達する直前、雷によりワルズの動きが硬直する。

 その様をみてペトラは逃げた。


「今のはなんだ?クソガキ」

「今のは……多分魔法だと思う」

 ハルは曖昧に答えた。


 正確なところは鑑定でもしないと分からないがそれ以外には考えられない。突如として目覚めた力、訳も分からないが可能性としては魔法というのが一番濃い線だ。


「魔法ね……」

 ワルズは一人苦笑する。


 ボォン。


 激しい風音とともにハルが吹き飛ばされる。最初の一撃の倍ほど遠くまで。


 また蹴りだ。ただ一度目より遥かに重たい。


 先程までが遊戯であったのかのような速度で、ワルズが連続で仕掛けてくる。


 一撃一撃が重くハルの体に響く、吹き飛ばされ地面に叩きつけられ。


 みるみるうちに満身創痍になる。


(ダメだ、文字通り手も足も出ない。そうだ、なら!)


雷閃(ライトニング)


 青く輝く雷が再びワルズの体を焦がす。

 この魔法を受けるとほんの僅かコンマ数秒の間は硬直するようだ。


(今だ!今しかない)


(全力で、強く、速く!)


 満身創痍のハルが渾身の一撃を放つ。


「ふぅーー。『牙塵(がじん)』」


 ハルの横薙ぎが空をきる。


 ワルズは深く深く獣のように四つん這いになり屈むことで回避した。


 その状態からハルをめがけ剣で斬り上げる。


 バキン!!!!!


 銀の刃が宙を舞う。それはハルの剣、その刃の部分だ。


 ワルズの一撃からハルを守った剣はその刃を砕かれてしまった。



 もう一撃。


 ワルズの剣がハルの首もとに再度迫る。

 刃折れの剣では到底受けることなどできない。


(やばい、やばい、やばい)



 ビッ!!剣はハルの首の横を数ミリ手前で止まる。いや、()()()()()


 ワルズの曲刀は刃とは逆の方から三本のゆびで摘まれて、動きを止められている。


 止めたのはハルでもなければペトラでもシノアでもない。この三人にそんな芸当は出来ない。


 現れた第三者の姿にみな息を飲ま、ワルズは顔を歪ませた。



「えっと、どういう状況?」

 腰まで伸びた芥子色の髪は夜風に揺れている。



「レイスさん……」


 またしても窮地に現れた姿はハルがあの日惨劇の夜に見た姿と変わりはなかった。

 そう変わらなく輝いていて英雄だった。



「うぉらぁ!!」

 ワルズが曲刀を捻り回すことでレイスの指から剣を抜く。


 ワルズは逆手につかを握って、水平に刃を動かす。


 キィン!


 しかしそれはレイスの腰から抜かれたレイピアにより防がれる。


 続いて左手に曲刀を持ち替えレイスの右目にめがけてワルズは突きを放つ。


 最小の動作で繋がれたら二撃目。


 カキンッ!!

 それも弾かれる。


 ここまではワルズも想定済み。二撃目が弾かれる寸前既に右脚で蹴りを放つ動作に入っていた。


 一撃目は逆手からのトリッキーな動きで意識を剣へ向けさせるための布石。

 二撃目は速い技で向いた意識をさらに左手方向へ誘導するためのもの。


 そして、三撃目の蹴りはレイスを倒す為。ワルズが全力で放ったもの。


 ビュンン!!豪快な蹴り。

 ハルとの戦闘で見せたものより数段速い。


 正真正銘、全身全霊の蹴り。


 しかし、驚異的な速度でレイピアは動きその蹴りすらも受け止める。


 レイピアという細い武器と腕一本で蹴りを軽々しく受け止めてみせた。


 それもピクリとも動かず。その構図はハルやペト戦闘経験の無いシノアにすら実力差を示していた。



「なんでハルや私を攻撃するの?」

 当然の疑問だ。シノアもペトラもハルもそれがよく分かっていない。


 シノアなどは最初酔っ払いだからと思っていた。だが、ハルとの会話の様子を見てなんだか違うように感じ疑問符を頭に浮かべていた。



「それは」

(それは、言ってしまえばただの)


(ただの八つ当たりだ)

 ワルズは心の中でのみ言った。


(自分の過去を思い出して、重ねて、嫉妬して、イラついて)


(たんなる八つ当たりでしか無い。そんなこと自分でも分かってる)


(でも今更変われねぇよ。最低で自分勝手でクズで、それでもそうしないと生きてはいけない)


(所詮俺はお前らとは違うんだよ)


「お前らがムカつくからだよ」


「そう。まだ襲う気?」

 レイスは眉ひとつ動かしはしない。関心なんて微塵もないような雰囲気だ。



 自分から聞いておいて。ワルズはそう思った。

 レイスから攻撃してくる様子はない。ここで逃げるのが最善なのはワルズも馬鹿ではないのだから理解している。


 した上でワルズはレイスに再び剣を向ける。


「そういうことなら、捕まえて組合へ連れて行く」


 実力差を考えれば負ける気がないのも当たり前だ。

 腰にさす二本のレイピアのうち一本しか構えないことも当然。


 そして、先ほどの攻めで一歩も場を動かなかったことも当然。


 それでもワルズはチッと舌を鳴らす。



 ワルズは単純かつ思い切り攻めた。


 曲刀を背負うように構えて振り下ろす。


 今度は剣で弾くのではなく体を半回転して躱される。


 そして攻守交代。レイスはレイピアでワルズは峰打ちを行う。


 それも死なない程度にかなり加減されたものだ。


 だからこそ、ワルズは回避に成功する。


牙塵(がじん)


 大きく屈み四足の姿勢になり、地に伏せて斬りあげる一撃。


 スキルを使用したワルズの全てを込めた一撃だ。



 それでもなおーー

 ーー英雄には届かない。


 キィン!またしても防がれる。

 それが当然であるかのように、簡単に弾かれる。



「クッソ!」

 手も足も出ない自分の無力さにワルズは歯を食いしばる。


 ワルズは悔しそうな顔をしながら、夜の街に帰る。レイスはその背中を興味なさげに流し目で見ていた。



 こうしてワルズという酔っ払いのダークエルフによる事件は死者を出さず、組合への報告もなく終わった。

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