第4話「酒場月ノ下、出会うものたち」
現在、ハルとペトラは酒場にいる。
正確に言うのなら、レイスやシャルル、ネイラも含む現在『迷宮都市ガブリエル』にいる進栄騎士団のメンバー全てだ。
組合から帰ると、いきなり「飲みに行こう!」と団長のシャルルから言われて強引に二人は連れてこられたのだ。
シャルル曰くこれは歓迎会らしい。
いまハルたちがいる酒場は冒険者組合の近くに位置し、冒険者が多く利用する酒場だ。
名前は『月ノ下』と言い、なんともロマンチックだ。雰囲気はちっともロマンチックではないが。
「さて、ハル君、ペトラ君、自己紹介を」
シャルルに促されて、ハルとペトラはゆっくり立ち上がる。
「えー、本日より進栄騎士団に入団させていただきました。ハル=グリースです。未熟者ですがよろしくお願いします!」
「同じく、ペトラ=ルルカです!精一杯頑張りますのでよろしくお願いします!」
「うん、では二人の入団を祝って乾杯ーー!!」
「「「「「かんぱーい!!!」」」」」
幾多もの声が重なる。
団員は各々仲のいいものと話し始めた。
ハルは手が震えていた。
ついさっきのことなのだ。
同じ光景が、ついさっきまであったのだ。
自らの成人式と重なる光景。ハルはいつのまにか泣いていた。
(あれ、俺……なんで)
ハルは目を拭いて周りにバレないように涙を隠した。
「泣くといいよ。悲しい時は」
ハルの左隣に座るレイスは小さく呟いた。
「僕も同意見だ。元々この会はその為に開いた。うんと泣いてうんと笑うといい」
レイスのさらに左に座るシャルルが付け足す。
何かが切れる音がした。ずっとしていた我慢ができなくなる音。
ダムが決壊するようにハルの感情が爆発する。
「ぐずっおれっ!なにも、なにもでぎなぐで」
涙は溢れもう止められない。
「ハルくん……うんうん。ハルお兄ちゃんは悪くないっ。わたしの方がなにもでぎなかった。ひぐっハルお兄ちゃんに、ぐず助けてもらっで」
ハルを励まそうとペトラが声をかけるが、ペトラ自身泣いてしまっている。
二人は泣いて、泣いて、それからまた泣いた。
親が、知人が、みな死んだのだ。
どれほど泣いても泣き足りない。
酒場は賑やかだし、二人のことはみな気に留めない。同じ進栄騎士団の団員のものも意図的に気を止めない。
しかし、二人が泣いているのをよく思わない男が一人いた。褐色の肌に長い耳、いわゆるダークエルフと呼ばれる種族の男だ。
名はワルズ=バークン。飛ばず泣かずの底辺冒険者だ。ワルズは席が近いため、二人の声が聞こえていた。
「チッ、びゃーびゃー泣きわめくなよっ。うるせーな」
ギリギリ聞こえる程度で嫌味のようにワルズが呟いたが、一団には届かなかった。
結果、それが余計に男の苛立ちを加速させる。
自分など眼中にないと言われたとような気がしたからだろう。実際そんなことはないと理解していても、気分の問題というやつだ。
どこにもぶつけることのない不満感を男は自分より弱者へとぶつけることにした。
最低とも言えるが、賢いとも言える選択だ。
「おい、そこの姉ちゃん!これ、ゴミ入ってたんだけど」
近くにいた酒場の店員を呼びかけ文句を言う。勿論、真っ赤な嘘だ。ゴミなんて入ってはいない。
「え?申し訳ありません!それでは取り替えさせて……
ーーワルズが言葉を遮る。
「あ!?申し訳ありませんじゃないだろ?なぁ、ゴミ入ってたんだぞゴミ!?」
「えっと……」
店員も流石に困っている。その様子を見て男はますます調子にのる。
その様を見て、すぐに他の店員や店長が動こうとしていた。
『月ノ下』は冒険者の多く集う酒場、冒険者が暴れてもある程度は大丈夫な武力が存在している。
これは冒険者の中でも優秀なもの、あるいはそういった知人を持つものなら知ったいることだ。
知っている客は店員をいびる道化を鼻で笑っていた。その様子を見て他の客もなんとなく状況を察する。
当然ながら、歴戦の冒険者たちである進栄騎士団の面々も馬鹿だなと酒のつまみのようにワルズを見ていた。
もっとも、冒険者なりたてほやほやのハル達はそんなこと知らない。そして、他の冒険者のように状況を理解するには経験が浅かった。
しかも、今は情緒が安定していない冷静な判断力も鈍っている。
だから、みんなが店員が責められているのを見て笑っている。
ハルにはそう見えてしまったのだ。
(誰も店員さんのこと助けない?しかも笑って。そんなの酷い……。そんなのおかしいだろ!?)
元冒険者である他の店員がまさにワルズを追い出そうとする寸前。
ーーハルは勢いよく立ち上がった。
「おい、お前!その辺にしとけよ」
ハルは腹の底から血という血に熱くなるもの感じていた。
「あ!?」
ハルの言葉に男は立ち上がり、睨みを効かせる。
負けじとハルも相手を睨み返す。
(オークと比べればこんな男くらい……)
「あわわわ!ハ、ハルお兄ちゃん!」
ペトラは困っていた。
自分が加勢しても迷惑だし、ハルを止めるのもどうかと。
「止めないのか?シャルル」
シャルルの正面に座るネイラが聞く。
「んー、なんだか懐かしくなってね」
「ふん、そういえばグレイも同じことをしていたな」
「うん」
グレイ。かつての知人を思い出しシャルルとネイラは懐かしんでいた。
進栄騎士団の面々は団長のシャルルや副団長のネイラの態度からも手を出す様子はない。
一方で酒場の店員たちも今、手を出すのは男の意地を踏みにじる。そういう考えで静観を貫いている。
そして、他の客は「俺は進栄騎士団のガキにかけるぜ」なんて喧嘩の行く末を賭け事のネタにし始める始末だ。
「ゴミ入ってたっての嘘なんだろ?」
「はぁーー?だとしたら?お前に関係あんの?」
「自分の目の前で起こってることだから関係はある」
「あ?テメェ英雄気取りか?ふざけんなよ!」
ワルズは胸ぐらを掴む。血走った目で拳を振りかざす。
一方ハルはただ真っ直ぐとワルズを睨む。
(なんだよ、その目。お前ほんとに英雄気取りかガキが)
「……チッ!」
(嫌な気分だぜ、たくよぉ!)
拳は振り下ろさなかった。
ワルズはポケットから金をだして、乱雑においてその場を立ち去った。
「ふぅー!!かっこいいぞ!」
「いいじゃねえか!新入り!!」
周りから茶化す声が次々に上がる。素直な関心もあれば、少し嘲笑じみたものもある。
「賭けは俺の勝ちだな」なんて声もひっそりとする。
「えっと、ありがとございました!」
「いや、当然のことで……」
ハルはお礼に対し、恥ずかしそうに返事をする。
店員の顔を見るとハルはハッと気づいた。
「あっ!受付の」
今朝の受付嬢だと気づいた。
綺麗な腰まで伸びた白髪と兎人特有の耳がハルの記憶によく残っていたのだ。
「……あ、さっきのお客様じゃないですか!」
遅れながら店員も気づいたようだ。ハルの水色の髪も珍しいからか一客のことをよく覚えていたものだ。
「なんでここに……?」
「お金が苦しくて、ここでも働いてるんですよ!」
「そうなんですか」
(お金が苦しい?借金でもあるのかな。受付嬢の給料悪くないはずだけど)
「はい、良かったらいつでも来てくださいね。私も冒険者の知識とかありますので!アドバイスとか出来ますよ!」
「はい、ぜひ」
店員はニコニコとして仕事に戻る。
その背中を見て、ふとハルの口から言葉が出た。
「あっ名前!なんて言うんですか?」
「私はシノア=アルラージです」
「俺はハル=グリースって言います」
「ではハルさん、ゆっくりしていってくださいね」
「はい」
(シノア。シノアさんか……)
その後も歓迎会は続いた。成人したてのハルは初めてのお酒に存分に酔いしれた。
ペトラが背伸びしてお酒を飲もうとして、ネイラに激怒されたことはまた別の話。